25.外面ジジイの醜悪なる過去
チャコはロレナが持っているコンパクトを見てピンと耳を立てた。
「あ、それってひょっとして……通信機?」
「ええ、リーネさんが送ってくれたの」
「そっか、よかったね!」
チャコはニコニコと笑っている。彼の顔を見て曖昧に笑い返しておいた。
確かに”よかった”のだが、やはりリーネという魔女の真意がいまいち図れない。彼女が求めているのが暇つぶしだということはひしひしと伝わってくるので、ロレナが復讐をしている間はきっと力になってくれるだろう。その点に関しては頼もしく感じている。
とは言え、エリオスを絡ませてくる理由がわからなかった。
「ロレナ。イヴォンの様子と、あとアデルとエルネスタの様子を見てきたけど……?」
リーネの真意について考え込みそうになったところで、チャコの明るい声で思考の海から引き戻された。
「え! あ、ああ、そうね。わざわざありがとう。見せてもらっていいかしら?」
「もっちろん!」
自信満々かつ意気揚々と答えるチャコ。置き鏡の前に立ち、そっと目を閉じる。
タチアナの様子を見てきた時のように鏡面が震え、チャコの見てきたものが映った。
◆ ◆ ◆
イヴォンは母の形見であるアクセサリーが入った箱を持って、とある部屋の前をうろうろと歩き回っていた。そこはベルトランの部屋の前で、ロレナの言いつけ通りにベルトランにアクセサリーを預けようとしている。
しかし、顔は白く、手が微かに震えていた。
使用人が侯爵家で盗みを働いていた、なんて――普通に考えれば許されることではない。
やがてベルトランが食堂から戻ってきて、部屋の前でうろついているイヴォンを見て固まってしまった。イヴォンが申し訳なさそうに彼を見たところで、ベルトランが大きく溜息をつく。
『……全く、何をしているんだ。部屋に入りなさい』
『は、はい……申し訳ございません……』
呆れ顔のベルトランに続き、イヴォンがペコペコしながら執務室に入っていく。
映像はそれを追いかけていく。バタン、と扉が閉まる音がした。
部屋に入ったところでベルトランがイヴォンを振り返る。
『ロレナから話は聞いている』
イヴォンは居心地悪そうに体を小さくし、ぎゅっと箱を抱きしめていた。
『ああまで言われたら修理をして返さないわけにはいかんだろう。
その箱を置いてさっさと戻りなさい。手配はしておくから。……全く、余計な仕事を増やしてくれる……。
しかし、どうしてロレナにバレたんだ?』
『……あまりに恐ろしい夢を見たのです。これを持っていたら、呪われてしまいそうな――!』
ロレナは二人の会話に違和感を抱く。
これではベルトランがイヴォンの盗みを黙認していたように聞こえる。しかも当主と使用人の関係にしてはやけに距離が近い。
妙な寒気、微かに鳥肌が立つのを感じながら、鏡の中の二人を凝視する。
ベルトランはイヴォンの言葉を聞いて、「ハッ!」と馬鹿にするように息を吐き出した。
『夢だと? 馬鹿馬鹿しい! 死んだはずのロレナが帰って来たせいで変な夢を見ただけさ』
『私だってそう思っています!
旦那様からの贈り物だと思っていましたが……もうこれを持っていたくなくて……』
『代わりはやらんからな。……お前との関係はとうに終わっているのだから』
ロレナの目が点になった。目を丸くし、口を半開きにして食い入るように鏡を見つめてしまう。
『ええ、ええ。わかっておりますとも。私はテレジア様がいた時のただの遊び相手だったということは』
『いい思いはさせてやったはずだ。――話はそれだけだな? 出ていけ』
『かしこまりました。旦那様』
そう言ってイヴォンはアクセサリーの入った箱を置いて部屋を後にした。
イヴォンが出ていった後でベルトランは「まだ女のつもりなのかアイツは」と呟く。
映像がぶれて廊下へと移動する。部屋の外ではイヴォンが淋しげな顔をして溜息をつき、「私はもうおばあちゃんだものね」などとしんみりと自嘲した。
◆ ◆ ◆
鏡の中の映像が途絶える。
ロレナは呆然と自分の顔が映る鏡を見つめていた。チャコが心配そうにロレナを見上げ、膝の上にそっと前足を置く。
「……ロレナ?」
「あ、の二人……いくつ離れてると思ってるの……?
イヴォンはもう六十近いはずよ……十歳以上離れていて……お母様が生きていた時から……?」
ぶるぶると手が震えた。
怒りなのか、不快感から来るものならかわからない。
とにかく確かなのは、あの二人が決して許せないということだけ――。
思いっきり拳をテーブルに打ち付ける。ガン! と派手な音を立ててテーブルが揺れ、上に置いてある鏡や小瓶が揺れた。
「ああ、そう言えばエルネスタもクソジジイより年上だったなぁ? はっ、あの外面ジジイ、ババア専だったのかよ! しかも色狂い! クソッ、あの野郎の血が半分も流れてるなんて気持ち悪い、穢らわしい、許せない――ッッ!!」
ガン、ガン。と、ロレナは何度もテーブルを殴った。その度に小瓶が揺れてとうとう倒れた。小瓶はコロコロと転がって床に落ちる。チャコがゆっくりとソファを降り、小瓶を咥えてテーブルに置き直した。
「……ロレナ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ……けど、平気よ。あいつらに一切の遠慮が不要ってわかったから……」
言いながら不敵に笑う。笑ってないとやってられなかったからだ。
チャコは心配そうにロレナに寄り添う。
「あんまり無理しないでね。あと、感情のコントロールに気をつけて」
ロレナの顔を覗き込み、チャコが控えめに伝えてきた。瞬きをし、チャコを見つめ返す。
「……感情の、コントロール?」
「そうだよ。ほら、リーネのところで……シャナが倒れたでしょ?
君の感情に魔力が呼応して、勝手に魔法が発動することがあるんだ。感情が強ければ強いほどね。
自分でも制御できないほどに感情が暴走すると取り返しがつかないから――……本当に気を付けて」
感情が暴走すると取り返しがつかない?
眉を顰め、チャコをじっと見つめる。しかし、チャコはそれ以上何も言おうとしなかった。
ただ――シトロン家での一件は、ロレナの心にきちんと残っている。
親切にしてくれたシャナに悪夢を見せてしまったことは、本当に申し訳ないと思っているのだ。
――君はずっと辛い気持ちを溜め込んできたし、ああやって発散するのはとてもいいと思う。
――溜め込んでないかって心配だったからよかったよぉ。
チャコとリーネに同じことを言われていたのを思い出した。
二人ともロレナの感情の暴走を気にかけていたのだろうということに思い当たる。きっとそうして気にかける必要があるほど、”取り返しがつかない”のだろう。
何となくだが、それくらいはわかる。
さっきの怒りとも不快感ともつかぬ感情によって、自分の魔力が不安定になったことも。
ロレナは拳を解き、ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出した。
「……チャコ。心配させてごめんなさい」
「ううん、いいんだ。僕は君の使い魔だから、心配するのは当然のことだよ」
「ありがとう」
チャコがホッとしたように表情を緩める。そっと手を伸ばしてチャコの頭や首のあたりを撫でながら、自分の心を落ち着けた。
「アデルとエルネスタの様子はどうだったの? ……私が怒りそうな内容なら、少し時間を置くわ」
「うーん? あの二人の様子なら大丈夫、じゃないかなあ? ひたすらアデルが怒ってただけだし」
「あら、それなら大丈夫そうね。でも、少しお茶を飲んでからにするわ」
アデルが怒ってるだけと聞いて少し笑ってしまった。想像がついたからだ。
しかし、今はまださっきの気分を引き摺っている。心を落ち着かせてからアデルの醜態を見た方が絶対に楽しいはず――そう思いながら、コニーを呼んで心を落ち着けるハーブティーを用意してもらうのだった。




