24.魔女のコンパクトは、突然に
部屋に戻るが、チャコがいない。
イヴォンの様子を見に行ってくれたはずなのでもう戻っているのかと思ったが、まだかかりそうだ。何か急ぐ用事があるわけでもないので、ロレナは悪夢保管用に買ってきた小瓶を手に、ソファへ腰を下ろした。
まだ使ってない二つの小瓶をしげしげと眺める。
(さて、と……次の悪夢はどんな風にしようかしら)
死んだロレナが相手を殺す悪夢。小道具を使って相手を殺す悪夢。
どちらも一定の高揚感と臨場感があって非常に楽しめた。
とは言え、次のターゲットを決めないことには悪夢自体もぼんやりとしたものにしかならない。特にイヴォンに対しては”形見を返させる”という目的があったのでああいう夢にしたのだ。
使用人の大半はタチアナに見せた悪夢で良い気がするが――少しつまらなく感じる。やるなら徹底的にやりたいのだ。
ベルトランやエルネスタ、テオドール、そしてアデルに対してはもう少し様子見である。
コンコン。
何かが窓を叩く音が聞こえたので顔を上げる。視線を向けるとリーネの小鳥が窓際にいた。小さな包みを咥えている。
なんだろうと思いながら立ち上がり、小鳥を迎え入れた。
「ピィ」
小鳥は可愛らしく囀り、ロレナの手の上に包みを落とした。
手のひらに乗るくらいのサイズで、形状は丸く、厚みは親指ほどである。首にリボンを巻いた小鳥が「ピィピィ」と鳴きながら、包みをツンツンと突いている。
「……えっと、開けていいのかしら」
「ピィー!」
小鳥が満足気に鳴く。魔法で操っているのか、はたまた作り出したのか、どちらにせよ愛嬌があり可愛い。
言われた通り、包みをそっと開けてみる。
中には、コンパクトが入っていた。
この世界では比較的珍しいはずなのに、何故か見覚えがあり馴染みがある。不思議に思いながら、パカッとコンパクトを開く。
蓋の内側に鏡がついているのは予想通りだったが――容器部分には黒いガラスのようなものが貼られている。
誘われるように手を伸ばす。指先が黒いガラスに触れると、まるで水面のように波紋が広がった。そして、音もなく黒いガラスが淡く発光したかと思えば、そこに「通信中…」という文字が表示される。
「……これは……もしかして……?」
仕組みは全くわからないが、これが何なのか想像がついた。
やがて、鏡にザザッとノイズが走り――リーネの顔が映し出された。
『あ! 繋がった~。ロレナちゃん、聞こえる~?』
「聞こえるわ。これ、やっぱり通信機だったのね」
『よくわかったねぇ、その通りだよ~。手紙も趣があっていいかな~って思ったけど、やっぱり直接話した方が手軽で早いもんね』
そう言ってリーネが笑う。ロレナはコンパクトを手にソファに座り直した。
リーネとの通信が繋がった後、黒いガラス部分には文字が記号が浮かび上がっている。『切る』『保留』などの文字があるので通信を操作するものだとわかった。初めてなのにやはりどこか馴染みがある。
感慨深さを感じながら口を開いた。
「とても助かったわ。いつでも連絡が取れる、ってことでいいのかしら?」
『そだよ。気軽に連絡してくれていいからね、待ってるね~。
ちなみに今大丈夫だった?』
「ええ、大丈夫よ」
コンパクトを膝に置いて笑いかけた。
チャコはまだ戻らないし、今日はこれと言ってやることはない。強いて挙げるなら瓶に夢を詰めることだが、別に今である必要はない。
『なら良かった~。――あ、そうそう。手紙でもらってた相談あるでしょ?』
「悪夢を見せるために私が起きていること?」
『そうそう、夢の中に入るとロレナちゃん自身が眠れなくなっちゃう~ってやつ』
「そうなの、このままじゃ寝不足になっちゃうわ……」
『ロレナちゃんも無理せず寝ちゃえばいいんじゃない?』
驚くほどあっさりとした言葉が返ってきた。ロレナは目を見開き、鏡の中でニコニコしているリーネを見つめてしまう。
無理せず寝ちゃえば――。
リーネの言葉の意味がわからずに混乱してしまった。
「……えっ」
『眠った相手を夢の中に誘い込んでるんでしょ? なら、同じように眠ったロレナちゃん自身が夢の中に行けば良いんだよ~』
さも簡単なように言うリーネ。ロレナは口元に手を当てて思案に耽る。
同じことをすればいいだけ、と思えば難しくはない。意識だけは夢の中にあっても、体は寝ているのだから睡眠不足にはならないだろう。むしろ、爽やかな目覚めが迎えられる可能性すらある。
知らず知らずのうちに笑みを浮かべるロレナだったが、不意に現実に引き戻された。
『でも、気を付けてね』
「何に?」
『眠ってる間に、だよ~。夢の中に入っちゃうと特に反応が鈍くなりそうだし対策しなきゃね?』
対策――。
つまり、寝込みを襲われるということだろうか。いまいちピンと来ないのがわかったのか、リーネが笑って肩を竦める。
『今はまだいいだろうけど……そのうち、”ロレナちゃんが帰ってきてからおかしい”って思う人間が出てくるよぉ。
夜、部屋に忍び込んできたり、短絡的な犯行に及んだり……身の危険があるってこと~。
だから、そういうことが起きても大丈夫なようにしときなね、って話』
ロレナはその言葉を聞いて目を細めた。
コニーを除き、周囲はロレナのことを不気味に思って遠巻きにしている。遠巻きにしている間はいいが、そのうち不審に思った誰かが行動を起こす恐れがあるということだ。現時点でその可能性は全く否定できない。
真剣な顔をしてリーネを見つめ返す。
「対策って、例えばどんなことをするのがいいの?」
『それは結界とか魔法を込めた――……あ! いやいや、こういうのってエリくんのが詳しいよぉ。
どうせだし、今日にでもエリくんに会いに行ったら~?』
「ええっ?! ど、どうして急にそんな話になるの?!」
突然の提案に素っ頓狂な声が出てしまった。予想にもしない相手の名前に動揺するのは当然だ。しかも”今日”だなんてあまりに急すぎる。
しかし、そんなロレナを尻目にリーネは「名案~♪」と楽しげに笑っている。
「ヒントさえ教えてもらえればチャコと何とかするわ」
『え~? でもぉ、エリくんだってロレナちゃんのこと心配してたよ? 元気な姿を見せてあげなよぉ』
「昨日お手紙を出したし……大体今日だなんて急過ぎだわ」
『わたしが伝えておいてあげるよ~。気にせず会いに行っちゃって~!
――あ、お母さまが呼んでるからまたね~! いつでも連絡して~!』
「あ、ちょ、ちょっと! リーネさんっ!!」
呼びかけも虚しく、通信がブツンと切れてしまった。
黒いガラス面に触れて再度通信をしようとするが、リーネの反応がないようで一向に繋がらない。
(リーネさんが伝える、って言ってたわよね……? え、本気……?
これで会いに行かなかったら……却ってエリオス様にご迷惑をおかけするんじゃ……)
コンパクトをじーっと見つめたまま悶々と考え込む。
エリオスに会うのが嫌な訳では無い。ただ、これまで全く接点がなかった上に、殿上人のような存在なのだ。おいそれと会えるとは思えない。
悩みに悩み、がっくりと肩を落としてこれ以上なく大きなため息をつく。
「ロレナ、戻ったよ! ……って、どうしたの???」
戻ってきたチャコがソファに乗ってきて、不思議そうに首を傾げている。
顔を上げて「ちょっとね」と誤魔化しながらチャコを見た。チャコはオレンジの目を不思議そうに瞬かせている。
(ま、まぁ、いいわ。後でもう一度リーネさんに連絡して……それから考えましょう)




