23.楽しく白々しい家族劇
その後、軽い足取りで食堂へ向かった。
これまでであれば絶対に近づこうとしなかった場所である。三人の家族団らんを見るのが辛かったのと、自分の居場所がないことを再認識するのが苦しかったからだ。
しかし、今は違う。
三人がどんな顔をするのか、楽しみで仕方ない!
(ふふふ、楽しみだわ。本当に楽しみ……クソビッチも恥知らず勘違い女もすぐに良くなってくれてよかった……!
ずっと部屋に引き籠ってたらどうしようかと思ってたわ)
スキップしそうになるのを堪え、あくまでも淑女らしく歩く。
夢や心の中でどれだけ暴言を吐こうとも、現実では最低限の淑女らしい立ち居振る舞いは必要だ。かなり昔にアデルに礼儀作法について意見したことだってあるのだ。揚げ足を取られるような真似だけは避けたかった。――相手が覚えてなくても。
そんな気持ちで、食堂まで辿り着いた。
周囲にいたメイドがギョッとしつつロレナのために道を開ける。そのことに心地よさを感じながら、食堂へと入っていった。
カシャンとナイフが落ちる音がする。
アデルが取り落としたのだ。
「おはようございます、皆さん」
朗らかに明るく、それでいて優雅に微笑んでみせた。
キラキラしたロレナとは裏腹に食堂にいたアデル、エルネスタ、ベルトランの三人の顔はさぁっと青褪める。
「……お、おねえ、さま……」
「ロ、レナ……」
アデルとベルトランが唇を震わせる。ベルトランは引き攣ったような笑いを浮かべているが、アデルは信じられないものを見るような目でロレナを凝視している。
エルネスタに至ってはまともにロレナを見れないようだった。
「ふふ、嫌だわ。そんな顔をして……私にだって家族団らんを楽しむ権利があるでしょう? ノルニア様の教えにもあるのだから」
ね。と、微笑みながら席につく。
アデルの隣に座り、彼女の顔を横から覗き込んだ。アデルは逃げるように顔を背けた。
困ったように笑ってから、ベルトランを見る。彼はギクッと肩を竦めた。
「お父様。朝から申し訳ないのですがご相談がございます」
「あ、ああ、なんだ? 何でも言いなさい」
「実は――私がお母様からいただいた形見のアクセサリーなのですが、てっきりなくしたと思っていたらイヴォンが保管していてくれていたようなのです。ただ、年月が経っているからか傷などがあり……修理に出したいのです。よろしいでしょうか?」
ベルトランは「イヴォンが保管していた」というくだりを聞いたあたりで目を見開いていた。彼女が盗みを働いていたことを知っていたかどうかはさておき、”ロレナ自身がそれを口にした”ということに驚いているように見える。
すぐに返答はなかったが、ベルトランはわざとらしく「ごほんごほん」と咳をしながら、ロレナの視線から逃げる。
「うむ……わかった。手配しよう」
「まあ、ありがとうございます! 後ほどイヴォンからお父様に届けさせますわね」
無邪気に喜んで見せれば、ベルトランは安堵し、アデルは何か言いたげにロレナを見た。
話の間にメイドが朝食をロレナの前に置いていく。メニューは他の三人と同じで、これまでのように残飯やカビの生えたパンなどをこの場に出すようなことはされなかった。
食前の祈りを捧げたところで、横目でアデルを見る。
「……アデル? どうかした?」
「ッ……な、何でもないでぇす。と、ところで、おねえさまは随分お元気になられたんですねぇ?」
「――そうね。エリオス様とリーネ嬢のおかげよ」
探りを入れようとするアデルにクスリと笑いながら答えれば、アデルの口元がひくつく。
(はっきりと首を吊ったんじゃないのかって聞けば面白いのに……まぁ、無理よね)
温かいスープをスプーンで口に運ぶ。料理人の腕は悪くないので普通に美味しかった。
「エリオス様は家族の絆を維持するために双方の努力が必要だと諭してくださったわ。
リーネ嬢も我慢はよくないと言ってくださって……勇気を貰ったのよ」
馬車の中で二人と話したことを思い出しながら言う。家族への建前として教義の話や、二人との辻褄合わせを事前に行っていた。
「それに……”汝を害するものは、血が繋がっていようとも偽りの血脈である”という教えもあるでしょう?
ノルニア様の名のもとに、”血の返上”も考えていいとエリオス様は教えてくださったわ」
――血の返上。
女神ノルニアから貰った家族の絆を、女神に返すことで家族の縁を切る儀式だ。世間では家族と縁を切ることは悪のように思われているが、エリオスによれば教義的には問題はなく、不仲や虐待によって縁を切ることはむしろ推奨しているとのことだった。
しかし、”血の返上”という言葉にベルトランが過敏に反応する。
「ならん! ”血の返上”などと……! そんな不名誉な……!」
「嫌だわ、お父様。エリオス様がくださったのはあくまでも選択肢です。
――それに、私が”血の返上”をするのを望む人もいるのではないかしら?」
そう言ってアデル、エルネスタの二人に視線を送った。アデルは今にも舌打ちをせんばかりだったし、エルネスタはあんなにイキっていたのに今ではヘビに睨まれた蛙だ。
ベルトランもこれまで二人が何をしてきたのかを知っているためか、言葉に詰まってしまった。
三人それぞれの様子を眺め、ベルトランへと視線を戻す。
「でも、お父様がそう言ってくださって良かったわ。賛成されたらどうしよう、って不安だったの……」
「は、ははは。まさか賛成などするものか。ロレナは私の大切な娘だ。いつまでも家族だ」
「ふふふ、良かったわ」
空々しいセリフの応酬だった。ベルトランは引き攣った笑いを浮かべているし、ロレナも形だけ笑っているに過ぎない。
エリオスが言っていた「大根役者しかいない白々しい家族劇」という言葉を思い出す。今がまさにそうだ。残念ながら、アデルとエルネスタは不参加だけど。
柔らかく温かいパンを口に運んだところで、隣にいるアデルの手が微かに震えていることに気付いた。
ロレナは”妹を心配する姉のふり”をし、アデルの顔を覗き込んだ。
「アデル? どうかしたの?」
声をかけた瞬間、アデルがテーブルを思い切り叩きながら立ち上がった。ガシャン! と、食器が音を立てる。
「……まだ気分が悪いので、部屋に戻りまぁす……」
「お、おお、そうか。あまり無理をするなよ……」
「……わ、私も部屋に戻るわ……」
アデルに続き、エルネスタも気分悪そうな顔をして立ち上がった。
歩き出そうとするアデルを見て声をかける。
「アデル。――あの話は、お父様にしていただいたかしら?」
肩を微かに震わせるアデル。
あの話というのは、テオドールとのことだ。よくよく考えれば本当に子供ができたのか怪しいところではあるし、さっさと両家にはないを通して欲しいのが本音である。最早テオドールのことなど道端のゴミ程度にしか思ってないのだし。
「ま、まだ……!」
「そうなの? 相手もいることだし、早めに――」
「うるさぁいッ!!」
キンキンと頭に響く声で怒鳴ると、アデルは逃げるように食堂を出ていってしまった。エルネスタが慌てて「アデル!」と名を呼びながら追いかけていく。
残されたベルトランは困惑していた。聞きづらそうにロレナへと視線を向ける。
「……ロレナ。さっきのは……?」
「いずれアデルがお話をすると思いますので……」
自分の口からは言えないと緩く首を振る。
ベルトランとの白々しい家族ごっこをした後、部屋へと戻るのだった。




