22.メイド長の命乞いと、優雅な朝食の誘い
「……さま、ロレナ様。朝ですよ」
「ん……」
優しく揺り起こされ、ゆっくりと覚醒する。カーテンの隙間からは朝日が射し込んできた。
ぼんやりとしたまま何度か瞬きをすると、コニーが笑顔でロレナの顔を覗き込んでいる。
「コニー……?」
「はい、コニーです。おはようございます、ロレナ様」
屈託のない笑顔だった。
他の使用人たちがロレナを気味悪がっている中、コニーだけは最早首吊りのことなど忘れてしまったかのように接している。戸惑ってしまう反面、まともに仕事をしてくれることに好感を抱いていた。
ゆっくりと起き上がり、小さく欠伸を漏らす。
「おはよう、コニー。いい天気ね」
「はい、とっても。お散歩したら気持ちよさそうです」
「散歩……それも良いかも知れないわ。ところで、何か変わったことはない?」
ベッドから降りながら聞いてみる。コニーは不思議そうに首を傾げる。
チャコがベッドの上で伸びをしているのが見えた。
「変わったこと、ですか……?」
流石に遠回し過ぎたらしい。イヴォンの様子と部屋に籠もっているアデルやエルネスタのことを聞きたかったのだが、上手く伝わっていないようだった。
イヴォンのことははっきり聞けないが、アデルやエルネスタのことは心配するふりをすれば大丈夫だろう。
「ほら、ここって屋敷から離れているでしょう? 向こうで何かあってもわからないことが多いの。
お義母様とアデルはずっと部屋にいるし……体調は回復されたのかしらと思って……」
「ああ! そういうことですね!」
パチンと両手を合わせるコニー。合点がいったらしい。そして、任せてくださいと言わんばかりに自分の胸を叩いた。直後にちょっと噎せていたので、(大丈夫かしら)と思いながらその様子を微笑んで見守った。
「エルネスタ様とアデル様は今日は部屋を出られています。
……あの、朝食はどうなさいますか? こちらに持ってきましょうか?」
控えめに、それでいてロレナを気遣うような眼差しを向けるコニー。
何故そんな眼差しを向けるのか不思議で、顔を洗いながら思案に耽る。タオルを受け取って顔を拭き、コニーに返しながら一つの答えが思い浮かんだ。
「お義母様とアデルは食堂?」
「は、はい……」
「なら、私も食堂で食べるわ。二人の元気な顔が見たいもの」
にっこり。そんな擬音がつきそうなくらいにロレナは明るく微笑んだ。コニーは「本当によろしいのですか?」と戸惑っている。
(……すごいわ、この子。私の首吊りのことはもう気にしてないのに、私があいつらに虐められてたから避けたいんじゃないかって気遣ってる。……私に対する不信感の方が先に来ない? どういう神経をしているのかしら……)
思わずじーっとコニーを見つめてしまう。コニーは不思議そうに瞬きをするだけだ。その表情からは”きょとん”と音すら聞こえてきそうだった。
とは言え、ロレナを全く警戒しないのは有り難い。気負わずに接することができる。
そして、エルネスタとアデル――。
二人がロレナの顔を見てどんな反応をするのか楽しみで仕方がない。
笑い出しそうなのを何とか堪え、コニーに身支度を手伝ってもらった。
昨日から着替えが楽しい。着るドレスも、身につけるアクセサリーもあるおかげで選ぶ楽しみというものができた。これまででは考えられないことである。
「どう? コニー」
「ええ、とってもお似合いです。あの店員さんはすごくセンスがいいですね」
「本当ね。紹介してくれるデザイナーも楽しみだわ」
そう言って笑っている最中のこと。
部屋の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。ドタドタと、よほどのことがない限りは侯爵家に似つかわしくない足音が。
眉を顰めたところで、バァンと乱暴に扉が開け放たれた。
「ろっ、ロレナ、お、おじょ、う、さまっ……!」
そこに立っていたのはイヴォンだった。
血相を変え、山姥のように髪を乱し、ぜいぜいと肩で息をしている。手には箱を持っていた。
「まぁ」と小さく声を上げて口を手で覆い隠す。ニヤつく口元を見られないためである。
イヴォンはふらふらと部屋の中に進み、やがてその場に膝をついた。持っている箱だけは落とさないように、しっかりと抱き抱えて。
「メイド長……ど、どうしたんですか?!」
コニーが慌てて駆け寄る。しかし、イヴォンの目にはロレナしか映っていない。
「お嬢様、ロレナお嬢様!」
「なぁに? イヴォン。……そんなに叫ばなくても聞こえているわ?」
コニーの背後からゆっくりとイヴォンに近付くロレナ。その肩にはチャコが乗り、オレンジの目をイヴォンに向けている。
笑い出すのを堪えているせいで、口元がひくついてしまう。
小さく深呼吸をして自分を落ち着かせながら、膝をつくイヴォンの傍にしゃがみこんだ。
「どうかしたの? ああ、すごい汗だわ……コニー、予備のタオルを」
「は、はい!」
ロレナはイヴォンの首、耳、そして手首を順に見つめた。流石に胸は服のせいで変化がわからない。
見つけたのは、手首の痣。
青と赤が入り混じったような痣が手首をぐるりと覆っている。こんな痣、普通にしていたらつくわけがない。昨日、彼女の手首が落ちたことを思い出しながら、そっと彼女に手に触れた。
びく、と面白いくらいに震えるイヴォン。
「――あら、イヴォン。これは、痣? どうかしたの?」
「い、いえ……ロレナお嬢様に心配していただくようなものではございません……」
そう言ってイヴォンはそっと手を引いた。
代わりに、持っていた箱を差し出す。まるで神への供物のように、恭しく。
中を覗くと、イヴォンがロレナから盗んでいったアクセサリーの数々が詰め込まれていた。
「まあ! なくしたと思っていたお母様の形見だわ! イヴォンが保管してくれていたのね?」
「……ッ」
ロレナはわざとらしいくらいに明るく嬉しそうに言い、イヴォンをじっと見つめる。
イヴォンは顔を伏せたまま震えるだけで何も答えなかった。いや、答えられないのだろう。
(ケッ。せめて素直に”私が盗みましたごめんなさぁい”って謝りゃいいのに。最後まで誠意ってモンがねぇんだよな……)
内心毒気づきながらも、笑みを絶やさない。箱の中に入っているアクセサリーをいくつか手にして目を細める。
そして、悲しそうな顔を作って溜息をついた。
「でも、いくつか傷がついているみたい。
お父様には話をしておくから……貴女からお父様にこのアクセサリーを渡してくれる?
きっとお父様が腕利きを見つけてくださると思うから――……」
そう言って箱をそっと閉じる。イヴォンはカタカタと震えていた。
ベルトランに話はするが――イヴォンがアクセサリーを持っていって受け取るかどうかまでは知らない。大体、こんなに大量の形見のアクセサリーをイヴォンが持っていること自体が怪しいのだ。
(お母様のアクセサリーは修理に出せて、お父様にも金銭的ダメージを与えられて、イヴォンにもお父様への報告というプレッシャーをかけることができるわ。ラッキーね)
そう思いながらゆっくりと立ち上がる。窃盗を働いた老婆を冷たく見下ろし、くすりと笑った。
「じゃあ、私は食堂に行くわ。――コニー、イヴォンは体調が悪いみたいだからついててあげて」
言いながら、肩に乗っているチャコを見る。チャコはロレナの意図を察し、ストンと肩から降りた。
コニーが「イヴォンさん、行きましょう」と言って部屋を出ていくのを見つめる。チャコがすうっと姿を消して二人の後を追いかけていった。
(さて、と……クソゲスビッチと、生みの親の顔を見に行きましょう)
ロレナを見てどんな顔をするのだろう――。
楽しみで楽しみで、ロレナは恍惚とした笑みを抑えられなかった。




