20.魔女インクと、次なるターゲット
屋敷に帰り、客室へ戻る。
荷物をコニーとクレストが運び終えたところで、付き合ってくれたお礼を告げて下がるように言う。二人とも「いつでもお呼びください」と笑顔で部屋を出ていった。
ペン、インク、レターセットを机に置きながら、小さく息を吐き出す。
「……あの二人、私が首を吊ったことを忘れてるんじゃないかしら?」
「あはは。別にいいんじゃない? 忘れるくらいにロレナが”お嬢様”してたってことだよ」
チャコが笑いながら机の上に乗ってくる。尻尾をゆったり揺らしながらロレナを見つめた。
「確かに……変に警戒されるよりは良かったわ」
「でしょ? じゃあ、早速魔女インクを作る?」
「魔女インク……リーネさんが使ってたみたいな魔女にしか見えないインクってことよね?」
「そうだよ」
買ってきたインクは二瓶。普通の手紙用と、魔力を込める用だ。
片方を手元に引き寄せると、チャコがインクの匂いをくんくんと嗅いだ。何の変哲もない普通のインクである。
少し緊張していると、チャコがロレナを見上げて「ははっ」と声を上げて笑う。
「そんなに緊張しなくていいよ。難しいことじゃないから。
とりあえず、インク瓶を両手で持ってみて。最初は両手でちゃんと魔力を流し込んだ方がいいよ」
「ええ、わかったわ」
言われた通りにインク瓶を両手で包み込むように持つ。チャコに次の指示を求めるように視線を送った。
「僕の言う通りにイメージしてね。
……君の魔力がインクに流れ込んで、ぐるぐると混ざり合っていく内に別の色に変わるんだ。
その色は魔女にしか見えない、君だけの色――……」
童謡を歌うような、優しくゆったりとした声。
目の前にある黒いインクがイメージの邪魔をしそうだったので、ロレナは静かに目を閉じる。
そして、両手から小瓶の中にあるインクに魔力が流れ込んでいくイメージをした。その魔力が意思を持っているかのようにインクと混ざり、小さな渦巻きを発生させると徐々に色が変わっていく――。
そんな風に、頭の中でインクの色が変わる様子を思い描いた。
(私だけの色――。考えたこともなかったから困るわね……。でも、そうね……)
引き続き、インクの色が変わる様子をイメージした。
黒いインクがロレナの魔力と混ざって色を失い、次第に別の色に変わる様子を。
ふっと意識が引き戻される。妙な手応えを感じ、ロレナはそっと目を開けた。
「成功だよ。流石僕のロレナ!」
「ふふふ、本当。綺麗な紫色ね。でも、このインクが他の人間に見つかったら面倒ね」
「普通の人間には見えないよ。だから、そのインク瓶は空っぽに見えるんだ」
「そう、なの……?!」
チャコは気楽に笑う。ロレナの目にははっきりと紫色のインクが見えているのだから、空っぽと言われてもピンと来ない。しかし、これまでチャコがロレナに対して嘘や誤魔化しをしたことはなかったこともあって自然とその言葉を信じられた。
インクの準備もできたところで机の上に、レターセットを広げてペンを持つ。
「リーネ宛?」
「そうね、先にリーネさんに書くわ。
上手くいったことと、お礼と……あとは悪夢を見せるために私が夜起きてることをどうすればいいか相談してみるわ」
まずは他の誰かに見られても良いように普通の黒インクで当たり障りのない手紙を書いた。
その後、紫のインクで魔女や魔法のことを報告し、相談ごとを重くならないようにしたためていく。
実母が亡くなって以降、こうして誰かに手紙を書くことがなくなったので懐かしく、それでいて楽しい。長くなりすぎないようにするのが大変だった。
何とか書き終え、おかしいところがないか読み返す。
「よし、これでいいわね。……次はエリオス様宛だけど……」
エリオス宛のレターセットを選びながら、少し悩む。
「エリオス様へのお手紙はどちらのインクがいいかしら?」
「うーんと……多分、彼なら魔女インクも見えると思う。リーネ宛と同じで魔女じゃない人間に見られたくないなら魔女インク、そうじゃないなら普通のインクでいいんじゃないかな」
「……そう」
(けど、エリオス様宛の手紙は……送り届けてくれたことへのお礼くらいよね。あ、保護して頂いたという話になってるからそのことも……この内容は普通のインクでいいでしょう)
考えを巡らせなから、あくまでも”今回のことのお礼”という内容の手紙を書いた。
とは言え、ロレナの復讐を知っている彼にも一応どうなっているかは知らせるべきかも知れない。ロレナはペンを変え、魔女インクを使って短くメッセージを入れた。
『エリオス様のお力添えもあり復讐は順調に行きそうです。機会があればご報告いたします』
あくまでも”機会があれば”だ。
彼自身、シュタールベルク家に悪印象があったからロレナの復讐に肯定的であったが、詳細に聞きたいかどうかは不明である。大司教は高潔な存在だと認識されているので、あまり生々しい復讐報告は求めてないかも知れない。
聞かれたら答えよう。そんな気持ちで、ロレナは手紙を書き終えた。
リーネへの手紙は窓の外にいる小鳥に、エリオスへの手紙はコニーに任せることにした。
次にインテリア用――もとい悪夢用の小瓶を手に取る。
小瓶の一つに真珠を入れ、またもう一つにはコットンフラワーを入れ、最後の一つには石を入れた。これを棚に飾っておけばどこからどう見てもただのインテリアだ。
「……どんな悪夢にしようかしら」
真珠を入れた小瓶を手にとって眺めながら考え込む。
「今回もロレナが出るの?」
「ううん、ちょっと趣向を変えようと思ってるわ。実験だもの、色々試してみないとね」
「へえ、楽しみ!」
「あら、どんなものか聞かないの?」
「うん! 夜の楽しみにするよ!」
てっきりどんな夢か聞くかと思っていたのだが、「楽しみ」だと笑うなんて思わなかった。
復讐なんておどろおどろしくて、決して善いものではない。奇跡的にリーネとエリオスが同調して背中を押してくれたものの――やはり傍にチャコがいるのは大きかった。
チャコの首をそっと撫でながら目を細める。
「ありがとう。そう言って貰えると作りがいがあるわ」
「当然だよ。ロレナは僕の魔女だからね」
(使い魔にとって魔女ってどんな存在なのかしら……。これもそのうち聞かなきゃね……)
何か理由があるはずだ。チャコがこうまでロレナを肯定し、応援する理由が。
今はとにかく自分のこと、復讐のことが最優先――しかし、いずれははっきりさせた方が良い。それが今ではない、というだけの話だ。
◇ ◇ ◇
その夜。
真夜中。明かりの灯ってない客室。
「さて、と。そろそろ悪夢の時間ね」
ロレナは闇の中で真珠の入った小瓶を手にしてベッドに腰掛けていた。その横ではチャコが尻尾を立てて目をキラキラさせている。
「眠くない? 大丈夫?」
「昼間に少し眠ったし、多少の寝不足が続いても大丈夫よ」
「良かった。体調も魔力に影響するから気をつけてね。あ、これは人間も同じか」
「わかったわ、気をつける」
そこは人間と変わらないのかと思いながら頷く。
でもまだ全然大丈夫。そう思いながら、手の中にある小瓶に意識を集中した。
(……イヴォン、次はお前だよ)
口の端を釣り上げ、イヴォンの反応を楽しみにしながら――悪夢にダイブした。




