19.猫とメイドと、悪夢の小瓶
チャコを抱いたまま馬車に乗る。コニーも馬車の中で、クレストは御者席だ。
「にゃーーーん(猫のふりしてるから安心してね)」
「!?」
猫の鳴き声に混じってチャコの声が聞こえる。一瞬耳が馬鹿になったのかと驚いたが、チャコがロレナをじっと見上げているので幻聴などではなさそうだ。恐らくロレナにだけ聞こえるように喋っているのだろう。
返事をするとコニーに不審がられてしまうので、了解の代わりに小さく頷きながらチャコの頭を撫でた。
コニーはロレナの膝の上にいるチャコをじーっと見つめている。どこかソワソワしているようにも見えた。
(ひょっとして猫が嫌いなのかしら。ううん、そんな感じじゃなさそうね……)
少し思案を巡らせてから、コニーに笑いかけた。
「コニーは猫が好きなのかしら?」
「ふぇっ?! ……ぁ、う。は、はい……す、好きです」
ぎゅうっとスカートを握りしめ、もじもじしながら言うコニー。
不意にチャコがロレナの膝を降り、コニーに甘えるようにすり寄っていった。コニーを見上げて「にゃあ」と鳴くものだから、コニーはとても驚いている。
ロレナはくすりと笑う。
「撫でてもいいそうよ」
「わぁ……ありがとうございます! では失礼しますね……」
コニーは目を輝かせてそーっと手を伸ばす。チャコは首を伸ばして自分から撫でられていった。
彼女の手つきは最初こそおっかなびっくりだったが、何度か撫でるうちに慣れたのか、耳の後ろや首の下を触る。チャコはその間、ずっと気持ちよさそうに目を閉じていた。
「猫には慣れてるの?」
「は、はい。実家の近くに結構猫がいて……家に上がり込む子もいたので慣れてます。
この子はすごく人懐こくて大人しいです。それに、賢そうですね……」
「……黒猫は不吉だって言われてるけど、気にならない?」
チャコが言っていたことを思い出しながら聞いてみると、コニーは一瞬だけ手を止めた。しかし、すぐに先ほどまでと同じようにチャコを撫でる。
「そうやって言う人もいるとは思いますけど……少なくとも、私は気にしないです。
黒猫って甘えん坊が多くて可愛いと思ってます」
そう言ってコニーは笑う。指先でチャコの頬を撫でてやっており、可愛いと思っているのは本心のようだ。それを聞いて安心し、チャコを見つめる。
「だそうよ、よかったわね」
「にゃぁん」
チャコが満足げに鳴いた。まるでお礼を言うようにコニーに頭をぐりぐりと押し付けてから、ロレナの膝の上に戻ってくる。
そっと小さな頭を撫でたところで、馬車が止まった。
クレストが「着きました」と告げてから扉を開けたので、ロレナはチャコを下ろした。
「にゃお~(店の中までついていくとトラブルになりそうだから姿を消してから追いかけるよ)」
いかにも「馬車の中で待ってます」という顔をするチャコに、コニーと共に「留守番よろしくね」と声をかけてから馬車を降りたのだった。
着いた先は貴族子女御用達の雑貨屋。
ゆったりとした店内には、様々な文具やそれに付随するものが品よく並べられている。母が生きていた頃はこういったお店にもよく顔を出していたが、亡くなってからはさっぱりだ。
懐かしさと物珍しさで目を細め、ゆっくりと店内を巡る。
いつの間にかチャコが足元にいて「ロレナ以外には見えないから安心してね」と笑った。
後をついてくるコニーとクレストを気にしながら、並ぶインクを眺める。
価格やボトルデザインはいくつかあり、黒以外のインクもあった。
「手紙で使うのは普通のインクでいいかしら」
『大丈夫だよ。リーネが使ってたのも普通のインクだからね』
独り言のように呟くと、足元で姿を見えなくしているチャコが答えた。出たり消えたり器用だと思いながら、そこそこの値段のインクを二つ買うようにコニーに指示を出した。
ペンとレターセットをいくつか――と選んだところで、棚に飾られた小瓶が目に入った。中には何も入っていないのだが、丸いもの細長いものなど、形状は様々だ。
「……可愛いわね」
「本当ですね、小さくてかわいいです。
あ、こちらのドライフラワーや石などを入れて、インテリアとして楽しむものみたいです」
「へえ……」
コニーが指をさした棚には小さなドライフラワー、カラフルな石の数々、他にも小瓶に入れられそうなものが並んでいた。
ロレナとコニーの二人は並ぶ小瓶、そして中に入れる小物を眺める。
「ロレナ様は入れるとしたらどれがお好きですか?」
「そうね。こっちの小さな石を色々入れて飾ってみたいわ。コニーはどう?」
「私?! な、何がいいかな……あ、これ! これ綺麗ですっ」
「えへへ」とコニーが照れくさそうに笑う。こうして好みを聞かれることはなかったのか、少し戸惑っているようにも見えた。
コニーが指さしたのは真珠だった。アクセサリーにはできないクズ真珠だが、瓶に詰めることで一定の需要があるらしい。
後ろで自分には関係ないと言わんばかりの顔をしているクレストを振り返る。
「クレストはどう?」
「えっ。お、おれですか?」
クレストは戸惑いながら、棚を眺める。
男性はあまり興味なさそうなインテリアだ。聞かれるとは思ってなかったのだろう。
やがて、あるものをそっと指差した。
「これ、ですかね……」
「コットンフラワー? どうして?」
「実家の方が産地で、ちょっと懐かしくなっただけです」
「あら、そうなの。ご実家はどちら?」
「マウンレイクです」
「素敵。秋の紅葉が美しい地域ね」
クレストは瞬きをして戸惑った様子を見せ、やがて僅かに頬を染めた。
「ありがとうございます。ロレナお嬢様」
よほど問題がなければ、生まれ育った地域を褒められることは嬉しいのだろう。コニー同様に(チョロいな)と思いながら、静かに笑みを返すのだった。
不意に、足元にいたチャコが棚に上がる。器用に物を避けて歩く姿を追いかけていると、チャコが尻尾で小瓶を撫でた。
『この小瓶に夢を入れてもいいかもね。インテリアにもなるから、たくさん持っててもおかしくないよ。
流石に空のアクセサリー入れをいくつも持ってるのはおかしいと思うし』
(確かにそうだわ。チャコ、ナイスアイデアよ)
夢をどうするかというのを深く考えてなかったのでチャコのアドバイスはありがたかった。これらを並べておいてもただのインテリアにしか見えない。高価でもないので買いやすく、小瓶の形状や中身を変えることで判別もつきやすい。
「折角だし、これも買っていくわ。真珠とコットンフラワーと……あとはこの石の欠片ね」
コニー、クレストが良いと言ったものと、自分の好みのものを選ぶ。小瓶はひとまず同じものを三つ買うように指示を出す。今日はわざわざ買い求めに来たが、次回以降はコニーに好きなものを買わせてもいい。
必要なものを買えて満足したところで、コニーとクレストを見る。
「さて、何か美味しいものを買ってから帰りましょうか」
二人は少し戸惑ったが、嬉しそうに「はい」と返事をする。ロレナは満足そうに笑って見せた。
(どうせ私の財布じゃないんだから、これくらいは許してくれないとね)
内心ほくそ笑み、昨日と同様にお菓子を買って帰るのだった。




