18.三文芝居と、見習い騎士
「お父様」
出掛けようとするベルトランを呼び止める。ベルトランはロレナの声に驚き、慌てて振り返った。その顔には引き攣った笑顔が張り付いていた。
にこにこと微笑みながら近付くロレナから少しでも遠ざかろうと一歩後ずさる様子が滑稽だ。
「エリオス様にお礼の手配はしましたか?」
「――!! い、いや、まだだ……」
言われて初めて気付いたらしい。気まずそうに顔を背けていた。
ベルトランの傍に控えていた執事に視線をやれば、彼もまた気まずそうな顔をしてロレナの視線から逃れる。
「まぁ! そんなにお仕事がお忙しいのですか?」
ロレナはわざとらしく声を上げ、口に手を当てた。しかし、内心ではうんざりしている。
(おっさん二人いて、なんで準備すらしてねぇんだよ。手紙くらい出せよ)
普通に考えれば――娘を保護して送り届けてくれた礼を即座にすべきだ。お礼の品はすぐに準備できなくとも手紙くらいは出すのが礼儀というものである。しかも、大司教自ら送り届けたのだから、相応の礼は必須だ。
なのに、侯爵本人と補佐をするはずの執事は何もしてない。
ロレナが生きて帰ったことで動揺したことを差し引いても間抜けな展開だ。
ロレナは困った顔をして「はあ」と溜息をつく。
「エリオス様にきちんとお礼をしなければ失礼にあたりますわ。私、明日にはエリオス様にお手紙を差し上げようと思っていますので」
「わ、わかっている! 今日中には手配をする! ギース! 手配をしてくれ」
「は、かしこまりました」
”自分が出す手紙よりも遅くなるなんて真似はやめてくださいね”という釘刺しである。
ギースと呼ばれた眼鏡の老執事は、ベルトランに頭を下げた際に一瞬だけ忌々しげな視線をロレナに向けてきた。
元々ギースはこれまでロレナに関しては無関心だった。メイドたちと一緒になって虐めてくるようなことはなかったが、かと言って彼女らを止めることはない。言ってしまえばことなかれ主義で、自分に厄介事が降りかかるのを嫌う質なのだ。
だから、ひょっとしたら今屋敷の中で一番ロレナを疎んでいるのは彼かも知れない。
ロレナが戻り、ロレナがこれまでとは違う振る舞いをすることで手を焼いているのは彼だろうから。
「ふふ、安心しました。では、私は出かけてまいります。
エリオス様にお手紙を出したくとも、レターセットやインク、ペンすらも泥棒のせいでなくなってしまいましたので……」
微笑んで言えば、ベルトランもギースも口を噤んだ。
使用人たちはロレナの私物を全て盗むか、駄目にしてしまったのである。ドレスやアクセサリー同様、ロレナの私物は皆無だ。
ベルトランは無理やり笑みを作ってロレナを見る。視線が泳いでいるが。
「あ、ああ。必要なものは何でも買いなさい。遠慮することはないんだ……」
「ありがとうございます、お父様。やっぱりエリオス様やリーネ嬢の言葉は正しかったのですね」
「はははは、そうとも。お前が我慢をして、不自由をしていることに気付いてやれずに悪かったな」
最初こそ覇気がなかったが、段々とヤケクソになっているのがわかる。ギースが後ろでこっそり溜息をついていた。
「まぁ、嬉しい。無駄遣いはしないから安心してくださいませ」
空々しい三文芝居だ。ベルトランも、ロレナも、本心では話してない。嘘で塗り固められたツギハギのやり取り。
ベルトランにとってロレナは不気味に見えているだろうし、ロレナにとってベルトランは滑稽である。ベルトランがロレナのバックにある『教会』『大司教エリオス』、何よりも『死んだはずの娘』を恐れているのは明白だった。
今はとにかく刺激せずにやり過ごしたいと思っているのが手に取るようにわかる。
(私もまだまだ準備が足らないもの。しばらくはこの家族ごっこに付き合ってあげるわ――……)
そうして、出かけるベルトランを見送った。
彼の背中は最早ただの中年男にしか見えず、父と慕っていた人間はどこに行ったのだろうと少しだけ寂しく感じるのだった。
ギースに馬車を用意するように伝える際、護衛としてついてくる騎士についてもリクエストをした。
歴が浅い者を一人つけてくれればいい、と。
ギースは一瞬ぽかんとした後、どこかホッとしたような顔をして「承知しました」と頭を下げた。下手に腕の立つ人間や、歴が長い人間はロレナ付きを嫌がるかもしれない。話をするのが容易であることに安堵したのだろう。
そして、緊張でカチコチになりながらロレナの前に立ったのはクレストという騎士見習いだった。
一見するとひょろりとしているが騎士らしく体はしっかりしているようだ。くすんだ金髪と茶色の目を持っていた。
変に監視目的の騎士をつけられるよりはよほどいいと思いながら、ロレナは柔らかく微笑んだ。
「クレストね。よろしく。今日は買い物に行くだけだから――」
「は、はい! 誠心誠意お守りいたします!」
「そんなに気負わないでいいのよ、気軽な買い物なんだから。貴方も楽しんで。コニーも」
そう言うと二人は目を丸くした後、互いに顔を見合わせていた。同時に首をぶんぶんと振る。それが全く同じタイミング、同じ動作だったものだから、ロレナはおかしくて軽く声を上げて笑ってしまう。
笑い出すロレナを見て二人は縮こまった。
「ごめんなさいね。二人が仕事に真面目で驚いたのよ」
――普通では。
そんな言葉が、声に出さずとも聞こえてくるようだった。しかし、二人共何かに気付き、気まずそうな顔をして口を閉ざす。更にはバツが悪そうに俯いてしまった。
気付いたのだ。
ロレナの周りにいる使用人が、誰一人として真面目に仕事をしなかったことに。
二人共まだシュタールベルク家に来て日が浅い。もっと長く勤めた人間ならこんな反応はしないだろうから、二人は新鮮で非常に好ましい。
「じゃあ、行きましょうか。そんなに遅くならないわ」
二人の反応を気にした素振りを見せず、馬車へと向かう。
玄関を出たところで、黒い小さな影がロレナの前に飛び出してきた。驚いて足を止める。
「にゃーん」
チャコだった。尻尾をピンと立てて、ロレナの足にまとわりついてくる。
「こ、こら! ロレナお嬢様のドレスに毛が……」
慌てて追い払おうとしたコニーの肩をそっと押さえてから、足元にいるチャコをそっと抱き上げた。
ロレナの行動にコニーもクレストも驚いている。
「いいの。この子、私が飼ってるのよ。大切な相棒なの。……お父様たちには秘密にしてちょうだい」
コニーとクレストはまたもや顔を見合わせる。
そして「お嬢様がそう仰るなら……」と不思議そうな様子で頷いたのだった。




