17.魔女の文通、ピンクの秘密
その後、朝食は部屋まで運ばせた。聞けば、アデルもエルネスタも部屋から出てこないということだったので、わざわざ食堂に赴く意味がないと思ったからだ。
身支度を済ませ、食事を終え、コニーは呼ぶまで来なくていいと伝えて――ようやく一息ついた。
タチアナの様子を見に行ってたチャコは既に部屋の中、日当たりの良い場所で日向ぼっこをしている。待たせたことを詫びてから本題に入った。
「チャコ、タチアナの様子はどうだった?」
「鏡に映せるよ?」
「じゃあお願いするわ」
昨日と同じように鏡をテーブルをセッティングする。
チャコがそっと目を閉じると、額の紋様から魔力の波動のようなものが鏡に向かった。鏡がまるで水面のように震えたかと思うと、タチアナが映し出される。
◆ ◆ ◆
タチアナは苦しそうに浅く呼吸を繰り返し、時折喉を押さえてゴホゴホと咳き込んでいる。
夢の中で何度も首を吊った影響だろうかと目を細めたところで、別のメイドが部屋に入ってきた。
『タチアナ、体調はどう?』
『……よくないわ。ずっと喉が苦しくて……足も痛いし……』
そう言ってタチアナはゆっくりと起き上がり、濡れタオルを乗せた足へと視線を向ける。
そっと濡れタオルを取ると、足首が真っ赤に腫れている。しかも赤く腫れた部分は見ようによっては人の手形に見えないこともない。
メイドは「うわぁ」という顔をし、足首を見つめる。タチアナはそれ以上見られるのを嫌がり、濡れタオルを乗せ直した。
『これ、本当にどうしたの? 昨日はなかったよね?』
『……朝起きたらこうなってたの』
『ふーん、早く良くなるといいね。――そうそう、あの女……こほん、ロレナお嬢様からあんたに伝言よ』
その言葉にビクッとタチアナの肩が震える。滑稽なほどに。どこか卑屈な表情になり、メイドを恐る恐る見上げる。
『な、何を言っていたの……?』
『ゆっくり休むように、だそうよ。良かったね、コニーが世話を引き受けてくれて』
あからさまにホッとするタチアナ。そんなタチアナをよそに、メイドはベッドに腰掛けてタチアナにひそひそと話しかける。
『てか、あの女ちょー怖くない? だって……首、吊ったよね? アタシらがあの夜見た死体って何? なんで普通の顔して戻ってきたの? しかも”あの氷の大司教”、エリオス様と一緒に。みんな死体はあったって言ってるから見間違いじゃないじゃん。なのに――』
『やめてッッッ!!!』
耐えられないと言わんばかりにタチアナが声を荒げる。何をしたわけでもないのに、は、は、と肩で息をしていた。
その顔は恐怖で歪んでおり、メイドの内緒話など聞きたくないのかぶんぶんと首を振る。ただでさえ体調不良で酷い顔をしているのに、その顔はやけにやつれて見えた。
メイドはタチアナの様子に目を丸くして、ヒクリと口の端を動かしていた。
『な、何? 急に。あんただって昨日は散々文句言って、怖い怖い、面倒なんか見たくないって言ってたじゃない……』
『だからよッ! ……き、昨日の夜、ひどい悪夢を見たの。あの女があたしを殺す夢……何度も何度も……!』
『はあ? 何言ってんの? 流石に考えすぎ。アンタが怖がり過ぎるからそんな夢見るんじゃないの?』
『で、でもこの足は夢の中であの女に握り潰されたのよ!?』
タチアナの必死の訴えも虚しく、メイドはキョトンとした後――まるで小馬鹿にするようにぷっと吹き出した。
笑われたタチアナの顔はカッと赤くなり、ぶるぶると手を震わせる。
メイドはまるで幼子をあやすようにタチアナの肩を撫で、ゆっくりとベッドに押し返した。布団をかけ、濡れタオルを再度濡らして絞って足首に乗せてやり――そっと頭を撫でる。
『変なことが起きて、アンタちょっとおかしくなってるんだよ。あの女もいいって言ってるし、ゆっくり休みな?
足のことがあるから、世話はコニーがやってくれるし……とにかく寝なよ』
『……寝るのが怖いの。またあの悪夢を見そうで……』
『はいはい。アタシは仕事があるから行くわ。――じゃあね、タチアナ。お大事に』
『カリン、気をつけてね。……しばらくあの女には従った方がいいよ』
タチアナの友人らしきメイド――カリンはまたもやキョトンとした顔をし、それからふっと息を吐き出した。腰に手を当てて、ゆるゆると首を振る。
『エルネスタ様もアデル様もあの調子だし……しばらく様子見だよ。心配しないで。
――ああ、あと。……アンタ、またおねしょしないでよ』
『し、ししし、しないわよッ!!!!』
からかうように言い、カリンは部屋を出ていく。タチアナの顔は真っ赤だった。
タチアナはゆっくりと深呼吸をし、天井をぼんやり見上げる。
徐々に瞼が下がっていくが、眠りそうになるとタチアナはビクッと震え、慌てて目を開けた。
何度も何度も同じことを繰り返す。
眠るのを恐れているのは明白だった。
「寝たくない」と呟くタチアナを最後に、映像は消えるのだった。
◆ ◆ ◆
映像を見終わると、チャコが笑って「これで終わり」とロレナに笑いかける。ロレナはチャコを見つめ返し、その頭を優しく撫でた。
「ありがとう、チャコ。タチアナの様子が知れてよかったわ。
……夢の中で漏らしていたけど、まさか現実でも漏らしておねしょをしていたなんて……ふふっ」
あまりにおかしくてロレナは口元に手を当ててクスクスと笑う。
悪夢の中で「漏らしオンナが」と罵ったが、あれは彼女が漏らしていたことに起因する。現実世界で自らそのことを罵れないのが残念なほどだ。だって、実際おねしょをしたことなんてロレナは”知らない”からだ。
一頻り笑った後、「ふう」と息をついて胸を撫で下ろす。
「それにしても……案外、夢のことは信じないのね」
「今は夢よりもロレナが生きて戻ったことの衝撃の方が大きいんだろうね」
「なるほど。ある意味今がチャンス、と……とは言え、悪夢を見せすぎると弊害もありそう。ペース配分や中身もきちんと考える必要がありそうだわ」
そう呟きながら、ロレナはゆっくりと立ち上がって文机に近付いていった。
引き出しを開けてリーネからの手紙を取り出す。チャコを見て「ふふ」と笑った。
「今度はこっちね。何が書いてあるのか楽しみだわ」
手紙を手にソファに戻る。チャコも興味津々と言った様子で手紙を見つめていた。
ゆっくりと開封をし、折りたたまれた便箋を開く。
そこには淡いピンク色の文字と、普通の黒インクの二種類の文字が綴られている。ピンクの方は見たことのないインクだったので目を白黒させてしまった。
黒インクの方はごくごく普通の令嬢同士で送り合う手紙の内容だった。だが、ピンクの方は違う。
『親愛なるロレナちゃんへ
昨夜は記念すべき悪夢一回目だったかな? ロレナちゃんが魔法を使ったのは伝わってきたよ。
一度やってみると、わかることや課題、もっとこうしたいってことが出てくると思う。
そんな時は、リーネちゃんにおまかせ! 困ったことがあれば何でも相談に乗っちゃうよ!
手紙はわたしの小鳥ちゃんに預けてね。
ちなみにこのインクは魔力を込めた特製インクなので魔女以外には見えません。
作り方はチャコちゃんが知ってるはずだからチャコちゃんに聞いて。
あなたのリーネ
p.s.エリくんにもお礼の手紙なり、教会で直接お礼を言うなりしてね。多分待ってるよ。』
ピンクのインクで書かれていたのはこんな内容だった。
リーネはロレナが昨夜魔法を使って悪夢を見せたことは筒抜け――。流石に溜息が漏れるが、彼女の方が力が上なので仕方がないだろう。
手紙を折りたたみながらリーネへの相談事を考える。
聞きたいことは山程あってなかなか考えがまとまらない中、それとは別に頭を悩ませることがあった。
(……エリオス様にお礼。た、確かに、あくまでも教会の大司教として送り届けてくださったんだもの。正式にお礼を言うべき、よね……)
普通なら父親が何らか手配し、娘もそれに倣うべきである。
しかし、ベルトランがそうしている気配もないし、ロレナに何か言うこともない。
(ふむ……考えようによっては、教会を盾にしてお父様をチクチク刺す良い機会でもあるわ。ふふ、ぜひ使わせてもらいましょう)
リーネの思惑はもっと別のところにあったが――ロレナはそれに気付きもしないのだった。




