15.アクセサリー入れの悪夢
薄暗い階段の踊り場。
エルネスタの命令で、首を吊ったロレナの死体を落とした階段――。
そこに、タチアナは立っていた。
「……え?」
慌てて周囲を見回す。何の変哲もないシュタールベルク家だ。
だが、人の気配がしない。普段一緒にいるはずのメイド仲間の姿もない。
いや、そもそも何故自分は真夜中にこんなところで立っているのだろうか。部屋で眠りについたはずなのに。
突然置かれた状況に戸惑っていると、階段の下に何かがあるのに気付いた。
(な、何……?)
不気味すぎるほど静かな屋敷。
階段の下にあるのは、ロレナの死体だった。首や足が有り得ない方向に曲がっている。
「ヒッ!?」
ずさっと後ずさると、トンと肩に何かがぶつかる。
慌てて振り返ると――そこには、ロレナの足があった。ギィとロープが軋む。ロレナの体はロープにぶら下がっている。
「キャアアアアア!! な、何?! 何なの?!」
階段の下には変わらずロレナの死体が転がっている。なのに、目の前には首を吊ったロレナの死体。
何が何だかわからず、タチアナはパニックを起こしていた。
ガクガクと震えていると、目の前にあるロレナの首にかかっているロープが切れ、ゴトンと死体が落ちた。
音と衝撃に腰を抜かし、その場に尻餅をついてしまう。
「あ、あ……ああっ……」
手足を動かして死体から離れる。しかし、上手く力が入らず、その場で手足をバタつかせるだけになった。
ピクリとロレナの死体が震えたかと思えば、ゆっくりと、ぎこちない動きで起き上がる。
そして、生気のない顔でタチアナを睨む。――目だけは憎しみにギラつき、忌々しげだった。
「……よくも、私を殺したわね……」
「ち、ちが……あたしは、何もしてな――」
「私を階段から落としたでしょう?」
その言葉とともに階段下にあったはずのロレナの死体が階段を這い上がって、歪に折れた手でタチアナの足首を掴んだ。
「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
恐怖のあまり絶叫するタチアナ。必死に足を動かしてロレナの手を振り払おうとするが、その手は決して離れなかった。むしろ抵抗すれば抵抗するほどに手の力は強くなっていく。
目の前にいる生気のない顔をしたロレナがぎこちなく歩きながらタチアナに近付き、その顔を見下ろした。
「さぁ、タチアナ。次は貴方の番よ」
そう言って笑うロレナの手には輪っかの作られたロープ。ロープは天井からぶら下がっている。
「私と同じように首を吊った後、階段から落としてあげる」
「い、いや……いやッ……! あ、あたしじゃない! あたしのせいじゃない!!
し、死んだのはあんたの勝手だし、階段から落としたのはエルネスタ様の命令だった!!」
タチアナは顔を真っ赤にし、涙を零しながら喚く。
直後、ゴキッ! という鈍い音がした。
足首の骨が折れたのだ。――ずっと掴んでいたロレナの手に握り潰されて。
「ギャアアアアア! あ、足がッ……痛い、痛いッッ……!」
足首を掴むロレナの手は離れない。折れた足首を更にギリギリと握りつぶす。
目の前のロレナは「はっ」と息を吐き、タチアナの胸ぐらを掴み上げた。
「お前のせいじゃないとか知らねぇよ! この他責漏らしオンナが! お前が私に何したのか忘れたのかぁ?! 汚ねぇ雑巾で顔を拭いたりわざと針で刺したり残飯みたいなメシを運んできたよなぁ!? 忘れたのか?! このスポンジ頭がよ!
確かにお前一人のせいじゃねぇけど、お前だって加担してただろうが! ふざけてんじゃねぇよ!!
吊れよ、オラァッ! さっさと吊れぇっ!!!」
ロレナの言葉に呼応して、ロープがしゅるりとタチアナの首に絡みつく。
タチアナが何か言う前に、グンッとロープが引っ張り上げられ――やがてその体は宙吊りになった。
バタバタと藻掻く音が聞こえるが、やがて静かになる。
ふっと、明かりが消えるように夢が終わった。
意識が浮上し、パチと目を開ける。
ロレナは手の中にある小さなアクセサリー入れをしげしげと眺めた。
見た目には何の変哲もない陶器製の可愛らしいアクセサリー入れだ。傍ではチャコが一緒になってロレナの手の中を覗き込んでいる。
「上手くいったんじゃない? 自分が悪夢の登場人物になるなんて想像してなかったなぁ」
「ふふ、助演女優賞がもらえそうかしら?」
「? よくわからないけど、もらえるんじゃないかな!」
助演女優賞を知らないチャコはわけがわからないままに笑う。それを見てロレナも笑った。
時刻は深夜だ。ほとんどの使用人たちは寝静まっている。
くぁ、とロレナは欠伸を漏らしながら、アクセサリー入れを膝の上に置いた。そして、小さくため息をつく。
「これだと私が寝不足になりそうね」
呟くと、チャコが小首を傾げた。
そう、タチアナに悪夢を見せるためにこの時間まで起きていたのだ。求めていた臨場感はばっちりだったが、これだと連日続けられない。続けたとしても昼夜逆転の生活になってしまうだろう。
新たな課題が見つかったことで、ロレナはまた考え込んでしまった。
チャコは不思議そうにロレナを見つめている。
「うーん……とりあえず、今日はもう寝る?」
「ええ、そうしようかしら」
「タチアナはもうこれでいい? どうせなら今日はずっとその夢を見せておいたら?」
そう言ってチャコは膝の上のアクセサリー入れに前足で触れた。
ロレナは驚いて目を見開き、膝の上のアクセサリー入れをじっと見つめる。
「……なるほど、それは良いかも知れないわ。ちょっと待ってね……」
アクセサリー入れを両手で包み込み、魔力を送り込む。
――タチアナの意識は、このアクセサリー入れと繋がっている。
元々相手を引っ張り込むという話をしていたが、本人が消えたら問題になる。だから、魔力でケーブルのようなものを作り、タチアナとこのアクセサリー入れを繋いで悪夢を見せることに成功した。このイメージもまた前世の記憶が役に立った。
(前世のことがなかったらここまで上手くできなかったかも知れないわ。顔も名前もわからないけど、前世の私に感謝ね)
魔力を送り終わると、今度は鏡を手にした。
タチアナがさっきの夢を繰り返し見ているかどうか確認するためである。
鏡にはさっきの夢を延々見ているタチアナの姿が映し出された。三回目らしく、「なんで、また……?!」と絶望している。それを見て愉悦の表情を浮かべると、アクセサリー入れと鏡を大切にテーブルに置き直した。
「チャコ、寝ましょう」
「うん!」
声をかけるとチャコが尻尾をぴんと立ててついてくる。
二人でベッドに入り、そう時間も経たずに眠りについた。




