14.魔女の実験と、三つの選択
買い物を終えて屋敷に戻った後、買ってきたお菓子をアデルに、残りを使用人で分けるように言った。
そして、今度はエルネスタを訪ねる。
が、エルネスタは本格的に寝込んでいた。あれこれ理由をつけて無理やり部屋に入ってみたが、青い顔をしてベッドで眠っていたのだ。ロレナはそれを見て心底がっかりした。
エルネスタ付きのメイドに「無理に入ってごめんなさいね、どうしても心配だったから」と微笑みながら部屋を後にする。
(チッ。死体を階段から転がす外道根性はあるのに、その死体が蘇ったら気絶かよ。ガッツが足りねぇな……)
どいつもこいつも死んだはずのロレナを見て震え上がっている。
腫れ物でも触るかのように、接触を避けてオドオドしている。
その反応は当たり前と言えば当たり前だが、全員がそうなのでつまらなさを感じていた。誰か一人くらい以前と同じように嫌がらせをしてくる人間がいれば、気兼ねなく返り討ちにできたものを――。
(……普通は生き返るなんて考えないから仕方ないわね。やったことは消えないんだから、しっかり報いは受けてもらうわ。
とにかく、どんな夢を見せるか考えなきゃ……)
ロレナの復讐として悪夢を見せること。
彼女らが感じる恐怖を臨場感とともに楽しみたいこと。
目下のロレナの希望は二つだ。どうするのか――少し考えたかった。
客室に戻り、ソファで寛ぐチャコをじっと見つめる。チャコは仰向けになって目を閉じていた。
「……聞いてる? チャコ」
「うん、聞いてるよー。夢に入る方法、でしょ?」
「そうよ。何か良い方法はない?」
チャコの尻尾が気怠げにゆらゆらと揺れる。本当に考えてくれているのか不安になっていると、チャコがパチっと目を開けた。
「えっとね、方法は三つあるよ」
「三つ……?」
チャコはぐいーっと両足を伸ばしてから起き上がった。猫のようにソファの上におすわりをして、テーブルの上に前足を乗せる。
「一つ目は、相手の夢の中に入っちゃう。二つ目は逆にロレナの夢の中に引っ張り込む。
三つ目は、専用の空間を作って相手を引っ張り込み、自分もその中に入る」
一つ目、二つ目、三つ目と話す度にチャコが前足を動かした。
話を聞きながら腕組みをしながら、軽く首を傾げる。
「それぞれどう違うのかしら? デメリットがあるなら教えて欲しいわ」
「相手の夢の中に入るのが簡単だけど、リスクが大きいね。相手が起きたら終了だし、最悪相手の夢の中に閉じ込められるかも」
「……私が眠らせて悪夢を見せたとしても、根本的な主導権が相手にあるってことね」
要は他人の家に入るようなものだ。間取りや家具の配置など、相手の方が詳しいに決まっている。ロレナが好きにできたとしても相手に無理やり追い出されてしまうかもしれないのだ。
「なるほど」と呟いていると、チャコが続ける。
「ロレナの夢に引っ張り込むと、相手が予想外の行動をした時が怖いよね。見られたくないものを見られたりするかも」
「却下だわ。恐らく自由度は高いんでしょうけど、私の中に土足でなんて入らせたくない」
今度は逆に、自分の家に入らせるパターン。隠しているものを見られる可能性がある。
つまり、夢とは言え――ロレナが魔女であるとバレるリスクがある。
三つの選択肢の中で一番リスクが高いだろう。
ロレナは溜息をついて首を振った。チャコが楽しそうに笑う。
「じゃあ、三つ目だね。専用の空間を作る!」
「……言ってることは何となくわかるんだけど、イメージが沸かないのよね」
専用の空間を作る。――夢で?
ロレナは難しい顔をして考え込んでしまった。風が窓から入り込み、レースのカーテンを揺らす。チャコが気持ちよさそうに目を細めた。
やがて、チャコはソファを降りて鏡台へと向かう。鏡台の上にある空のアクセサリー入れを咥えて戻ってきた。
小さなアクセサリー入れをテーブルの上に置き、前足でちょんちょんとつつく。
「この中に作るとかね?」
「こ、こんな小さなものに……?!」
「大きさは何でも良いんだよ。君の見せたい悪夢をこの中に作って、相手を引っ張り込むイメージさえできれば。
モノに自分の魔力を込めて使うのは、魔女にとっては珍しくないよ。このまま保管もできるしね」
ロレナは陶器製のアクセサリー入れを両手で包み込み、しげしげと眺める。
リーネもイメージが大切だと言っていた。
とにかくやってみないことには始まらない。ふう、と息を吐き出してチャコを見つめる。
「わかったわ。とにかくやってみる。――実験には丁度いいしね」
「あはっ。その意気だよロレナ♪」
そう、実験なのだ。
ベルトラン、エルネスタ、テオドール、そしてアデル……。
あいつらに本格的に復讐するにはまだまだ実験が必要である。地獄を見せるためにも、まずは自分に何ができるのかを知らなくてはいけない。
そう考えながら、まずはタチアナにどんな悪夢を見せようかと考え――歪んだ笑みを浮かべるのだった。
夕刻。件のブティックからロレナのドレス一式と請求書が届いた。早くともドレスが届くのは翌日だと思っていたので驚く。
ロレナの驚きとは裏腹に、ドレスと請求書を見てワナワナと震えるベルトラン。
「ロレナ、これはなんだ……?!」
「私のドレスとその請求書です。お父様も見ましたでしょう? 私の部屋を……。
ブティックの店員に話をしたら、とても親身になってドレスを選んでくださったの」
頬に手を当てて、わざとらしく傷付いたような顔をしてみせた。以前なら我慢一辺倒でこんな風に演技をするという発想すらもなかったが、今ではいくらでもできる。できてしまう。
ロレナの部屋が荒らされていたのはベルトランも当然知っている。
何か言いたげに唇を震わせるベルトランだったが、ブティックの人間がドレスを運び入れている最中のため声を荒げることができない。
「アデルやお義母様の買い物に比べたら可愛いものですわ。これだけでも二人の半分にも及びませんもの。
それに――……エリオス様にもリーネ嬢にも、心配されてしまいましたから」
「し、心配、だと……?」
「ええ。父親ならば娘にドレスやアクセサリーを買いたがるはずだ、と。
そうしないのは私が何も言わなさすぎるせいで、きっとお父様も不安に思っているに違いないと……」
「だから」と一度言葉を切り、寂しそうな顔をして俯いてみせた。
エリオスたちを盾にして、あくまでもロレナ自身に問題があったように言えば、ベルトランは口を噤んでしまった。表面的には”教義を大切にする家族思いの家長”で通っているベルトランなので下手なことは言えない。実際、外に着ていくドレスがなければ教会にだって通えないのだから。
請求書の額に歯噛みするベルトランをちらりと見て、小さく頭振る。
「……お気に召さないようなら、返しても構いませんが……」
「い、いや、いい。……これくらい、我が家にとっては出費でも何でもない。はっはっは。
私もお前の物欲のなさを心配していたのだよ。ようやく好きなものを買ってくれてよかった」
ベルトランはブティックの人間たちに聞こえるようにわざとらしく声を張り上げる。ブティックの店員たちは「そうなんだ、よかった」と言わんばかりの顔をしている。中には、ドレスを選んでくれた若い店員もいて、ロレナを見て「良かったですね!」とウンウン頷いていた。
ロレナはベルトランに晴れやかな笑顔を向ける。
「ありがとうお父様。――私、もう我慢は止めることにしたの」
「そ、そう、か……うむ、そうだな。我慢は良くない……。じゃ、じゃあ、私は仕事があるから……」
「ええ、いってらっしゃいませ。……お父様」
そそくさと立ち去る中年男の背を笑顔で見送る。
しかし――その目には、復讐の炎が揺らめいていた。




