13.魔女の優雅なお買い物
馬車に乗り、王都内で一番大きなブティックに向かった。
付き添いの騎士やメイドはギョッとしたが、何か言いたげな視線を向けるだけで何も言わない。
外で待っていると言っていたチャコは言葉通りに馬車にいたが――その姿は不思議なことに誰にも見えてないようだった。今もロレナの足元で物珍しげにあちこちを見て回っている。あの調子なら放っておいても大丈夫そうだ。
ロレナが店の中に入ると一人の若い店員がにこやかに近付いてきた。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
「ドレスを何着かいただきたいわ。支払いはシュタールベルク侯爵家でお願い」
「まあ……! シュタールベルク侯爵家の……ロレナ様でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうよ。実は、ここだけの話だけど……部屋に泥棒が入ってドレスがほとんどなくなってしまったの。
父がとても心配して……好きなものを選んで良いと……」
(言われてないけどね。まさか、この支払いは拒否しないでしょう。店から今の話が伝わるだろうし)
ロレナは心の中で舌を出しながら、”父の優しさに感謝する娘”を演じる。
ロレナ・シュタールベルクは社交界にはほとんど顔を出していない。話を近くで聞いていた貴婦人がロレナに好奇の目を向けている。今、こうして王都一のブティックを訪れたことでどんな噂が広まるのか――少し楽しみだった。
店員はロレナの同情したのか、「どうぞこちらへ!」とドレスがずらりと並ぶクローゼットに案内してくれる。
「最近の流行りはレースやリボンをあしらったものになります。ロレナお嬢様のお好みはございますか?」
「そうね……私にはこういうのは似合わないと思うから、落ち着いたデザインのドレスがいいわ」
レースやリボン。こういうのはアデルの好みだ。内心うんざりしながら、ゆるりと首を振った。
店内を見渡してみれば、目立つところに飾られているのはレースやリボンがふんだんに使われたデザインのものである。自分があれを着るところを想像できない。
ついでに言えば、ピンクなどの淡い色合いも似合わないと知っていた。
このくすんだ鼠色の髪とはどうしても相性が悪い。
「でしたら、こちらなどいかがでしょうか? お嬢様の大人っぽさを強調できるかと思います」
「あら、素敵」
そう言って店員が持ってきたのは深い紫色のドレスだった。レースは裾に控えめに使われているのみで、ロレナ好みの露出の少ない落ち着いたデザインである。
彼女が持ってきたドレスをしばし眺め――くすりと笑った。
「貴方のセンス、気に入ったわ。貴方が選んだものを全部いただくことにする」
「ええっ!?」
「そうそう、ドレスに合わせてアクセサリーも見繕ってくれる?貴方が選んだものなら文句は言わないわ。
金額も気にしなくていいから……私に似合うものを、そうね……とりあえず十着ほど」
ロレナはそう言って優雅に微笑む。アデルにあんなに色々買い与えているのだから、ドレスの十着なんて大したことはないはずだ。シュタールベルク侯爵にとっては。父親としてはアレだが、商才はあるらしい。領地経営も順調である。
年若い店員は目をまんまるにしてロレナを凝視し、慌ててペコペコと頭を下げた。
「こ、光栄でございます。で、ですが、本当によろしいのでしょうか……?」
「ええ、もちろんよ。貴方は私の名前を聞いても好意的に接してくれた。それだけで十分だもの。
あとは――そうね。今日じゃなくて構わないから、デザイナーを紹介して欲しいわ。
パーティーやお茶会に行くドレスも新調したいの。父や主催者に失礼のないように、ね……」
あくまでも貴族としての体裁を気にする体で話をした。店員はこくこくと頷き、「腕利きをご紹介します!」と鼻息を荒くする。
『侯爵家令嬢のデザイナー』という触れ込みなら、それなりの腕の人間が手を挙げるだろう。ロレナの名前がどれだけ影響するかはわからないが、そこは運だ。最悪、リーネやエリオスのツテを使うという手もある。
周囲には聞き耳を立て、こちらをちらちらと気にする婦人や令嬢がいる。
足元にいるチャコが「魔法で音を集められるよ」と教えてくれたので、彼女たちの内緒話を拾い集めてみた。
――あれが、ロレナ・シュタールベルク? 社交の場にはちっとも顔を見せないからどんな酷い顔かと思えば……。
――普通、ですわね。何故出てこなかったのかしら。振る舞いも問題ありませんし……。
――ドレス選びのセンスなら、アデル嬢よりマシじゃなくて? ほら、彼女はゴテゴテしたものばかりですし。
――でも、学園では妹を虐めてたって噂ですわよ。短気でヒステリックな女性なんですって。
――婚約者とも上手くいってないとか……。
(学園の噂は未だに尾を引いてるわね……。まぁいいわ。
今日のところは、ロレナ・シュタールベルクは案外普通だったという印象さえつけば)
すぐに噂がなくなったり、評判が良くなるとは考えてない。
少しずつ、少しずつ――アデルが塗り固めた嘘が剥がれ落ちていけばいいのだ。
内心ほくそ笑みながらこれからのことに期待を膨らませるのだった。
肩越しにちらりと後ろを見ると、ついてきた護衛の騎士とメイドが互いに気まずそうに顔を見合わせている。これまで全く外出をしなかったロレナが、惑うことなく店員と話をしてドレスやデザイナーの注文をしていることに戸惑っているようだ。
ふっと口元に笑みを浮かべながら、二人を振り返る。
「二人とも、どうかした?」
「い、いえ、何でもありません」
「そう。帰りにお菓子でも買っていきましょう」
優しく話しかけながらにっこり笑ってみせると、二人はまたも顔を見合わせている。ロレナの言動、いや、性格がこれまでと違うことに驚きを隠せない様子だった。
(復讐をするにしても、使用人たちの印象も変えていかないとね。前みたいに私を軽んじないように……)
これまで笑顔など滅多に浮かべて来なかったので、若干頬の肉が痛い。が、これも必要経費だ。
ロレナ・シュタールベルクの印象も内外から変えていく。
以前のようには絶対にならない。
そんな想いがロレナの中にしっかり根付いていた。
「ロレナお嬢様。選ばせて頂いたドレスをご確認いただきたいのですが……!」
「あら、早いのね。ありがとう、見せていただくわ」
見れば、店員が選んでくれたドレスがずらりと並んでいる。他の客もいるのに良いのだろうかと思ったのだが、一度に十着とアクセサリーを買っていく上客である。優遇されるのだろう。
しかし、十着と伝えたのに並んでいるのは十五着もあった。
「申し訳ございません……色々と選ばせていただいたのですが、絞りきれなくて……」
並べられたドレスは、確かにどれもこれもロレナに似合いそうなものばかりだった。それでいてロレナの好みにも合っている。可愛らしいタイプのものは一切なく、落ち着いた色とデザインのものばかりだ。流行りのレースやリボンがついているものもあるが、決して浮いていない。腰や背中にワンポイントとしてあるだけだ。
ロレナはドレスを一つ一つ見て回り、それに合わせられたアクセサリーや小物をしげしげと眺めた。
足元ではチャコが「素敵だね、どれもロレナに似合いそう!」と声を弾ませている。
ロレナは少しだけ悩み――にぃ、と口も端を持ち上げた。
「ねえ、貴方」
「は、はい! どのドレスがお好みでしょうか?」
「全部よ」
「え?」
「全部いただいていくわ。貴方のセンスが気に入って、選べなくなっちゃったわ。
左の三着は今日持ち帰るから、残りはシュタールベルク家に届けてくれるかしら?」
店員はぽかんと口を開けていたが、すぐさま胸元で手を組み頬を紅潮させた。感激しているようだ。
「は、はい! ロレナお嬢様、ありがとうございます! デザイナーの件もお任せください!」
年若い店員がこれだけの注文を取れた――というのは、彼女の成績にとっても決して悪くないだろう。
(……選ぶのが面倒なだけだったけど、彼女に任せて正解だったわ)
ロレナはドレスに興味がある方ではない。彼女が選んでくれて楽な買い物だった。
ドレスを持ち帰った時、残りが届けられた時のベルトランの反応が楽しみである。途中でお菓子を買い、ついてきた二人に分けながらから屋敷に戻るのだった。




