けれど、君を信じたい― カールとオリアナのその後 ―
ロザリウム学舎の春は、風がよく通る。
石造りの校舎の間を抜ける風は、
新しい季節の匂いを運んでくる。
カールは訓練場で剣を振っていた。
いつもより力が入りすぎているのは、自覚していた。
(……オリアナ、今日は来ないのか)
図書塔で勉強を教えてもらう約束をしていた。
だが、時間になっても彼女は現れなかった。
「カール、今日はやけに荒れてるな」
キッドが呆れたように言う。
「別に」
「別に、って顔じゃないぞ。
オリアナと何かあったのか?」
「……何もない」
そう言い切ったものの、
胸の奥に小さな棘が刺さったままだった。
翌日。
カールは図書塔へ向かった。
扉を開けると、
オリアナが誰かと話している声が聞こえた。
「……本当に助かったわ、クリストファー。
あなたがいなかったら、魔術式の修正が間に合わなかったもの」
「気にしないで。
オリアナは努力家だから、手伝いたくなるんだ」
クリストファー。
エミリアの恋人であり、騎士科の優等生。
二人は親しげに笑い合っていた。
カールの胸に、
言葉にできない感情が広がった。
(……なんだ、これは)
オリアナがクリストファーに笑いかけるたび、
胸がざわつく。
オリアナはカールに気づき、
ぱっと顔を明るくした。
「カール! 来てくれたのね」
「……ああ」
「ごめんなさい、昨日は急に用事が入ってしまって。
今日こそ、魔術理論の続きを――」
「……クリストファーに教えてもらえばいいだろ」
その言葉は、
自分でも驚くほど冷たかった。
オリアナの表情が曇る。
「カール……?」
「俺がいなくても困らないんだろ」
「そんなこと――」
「じゃあ、続けてくれ。
邪魔したな」
カールは背を向けた。
オリアナの呼び止める声が聞こえたが、
振り返ることはできなかった。
その日の午後。
カールは訓練場で剣を振り続けた。
(……何を怒ってるんだ、俺は)
オリアナが誰と話そうと、
それは彼女の自由だ。
分かっている。
分かっているのに――
(あいつが笑ってるのを見ると……胸が痛む)
それは、
エミリアに抱いた痛みとは違う。
もっと深く、
もっと苦しい。
「カール」
振り返ると、
オリアナが立っていた。
息を切らし、
必死に走ってきたようだった。
「話がしたいの」
「……今は訓練中だ」
「訓練より大事な話よ」
カールは剣を下ろした。
オリアナの瞳は真剣だった。
「さっきのこと……誤解よ」
「誤解?」
「クリストファーに魔術式を見てもらっていただけ。
あなたに教えるための準備をしていたの」
カールは言葉を失った。
「あなたに分かりやすく説明したくて……
だから、助けてもらっただけなの」
「……俺のために?」
「ええ。
あなたが頑張ってるの、知ってるから」
オリアナは一歩近づいた。
「でも……あなたがあんなふうに言うから、
私、悲しかった」
カールは胸が締めつけられた。
(……俺は、こいつを傷つけたのか)
「……悪かった」
「どうして、あんなこと言ったの?」
カールは言葉を探した。
だが、うまく出てこない。
「……分からない。
ただ……胸が苦しくなった」
オリアナは静かに微笑んだ。
「それはね、カール。
あなたが私のことを大切に思ってくれてるからよ」
「……大切?」
「ええ。
だから、誰かと仲良くしていると不安になるの」
オリアナはそっとカールの手を取った。
「でもね、私はあなたを信じてる。
だから……あなたも私を信じてほしい」
カールはその手を握り返した。
「……信じたい。
お前のことを」
「なら、もうすれ違わないわ」
オリアナは微笑み、
カールの胸にそっと額を寄せた。
カールはゆっくりと腕を回し、
彼女を抱きしめた。
(……ああ。
俺はこいつが好きなんだ)
ようやく、自分の気持ちを認められた。
夕暮れの訓練場。
風が二人の間を優しく通り抜ける。
「カール」
「なんだ」
「これからも……隣にいてくれる?」
「……ああ。
お前が望むなら、ずっと」
オリアナは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、仲直りの証として……
手、つないで帰りましょう?」
「……ああ」
二人は手をつなぎ、
学園へと歩き出した。
すれ違いは痛かった。
けれど――
それを乗り越えた先に、
確かな絆が生まれていた。




