きざしは静かな図書塔で― カールとオリアナのその後 ―
ロザリウム学舎の図書塔は、いつも静かだった。
古い本の香りと、差し込む光の粒が漂うその場所は、
カールにとって“余計なことを考えずに済む場所”になっていた。
だが最近は――
そこに行く理由が、少し変わりつつあった。
「カール、今日も来たのね」
柔らかな声が響く。
本を抱えたオリアナが、微笑んで立っていた。
「……ああ。魔術理論を教えてもらう約束だったからな」
「ふふ、あなたって本当に真面目ね。
でも、そういうところ……嫌いじゃないわ」
カールはわずかに目をそらした。
(……こういうとき、どう返せばいいんだ)
エミリアのときとは違う。
胸の奥が痛むのではなく、
静かに温かくなるような感覚。
それが何なのか、まだ分からない。
「カール、ここの式はね……こうやって魔力を流すの」
オリアナはカールの手元にそっと手を添えた。
その距離は近いのに、不思議と落ち着く。
「……なるほど。お前は教えるのが上手いな」
「あなたが素直に聞いてくれるからよ」
オリアナは微笑む。
その笑顔は、どこか安心させる力を持っていた。
「ねえ、カール。
あなた、最近少し表情が柔らかくなったわ」
「そうか?」
「ええ。前よりずっと……話しやすい」
カールは少しだけ照れたように視線を落とした。
(……こいつと話していると、確かに気が楽だ)
それは、エミリアに抱いた想いとは違う。
もっと穏やかで、静かで、
気づけば隣にいるのが自然に思えるような――
そんな感情だった。
「カール」
オリアナが本を閉じ、まっすぐに彼を見つめた。
「今度の休日……一緒に市へ行かない?
新しい魔術書が入るって聞いたの。
あなたにも見てほしいの」
カールは驚いた。
だが、すぐに答えは決まっていた。
「……ああ。行こう」
オリアナの顔がぱっと明るくなる。
「嬉しい。じゃあ、約束ね」
その笑顔を見て、
カールの胸に静かな温かさが広がった。
(これは……悪くない)
エミリアへの想いは、もう痛みではなく、
過去の大切な記憶として胸に残っている。
そして今、
新しい感情がゆっくりと芽を出し始めていた。
図書塔の窓から差し込む光が、
二人の未来をそっと照らしていた。




