第三章 後ろめたさを感じる二人だけの秘密
ロザリウム学舎の昼休み。
中庭の噴水のそばでは、学生たちが思い思いに過ごしていた。
エミリアは、魔術の教本を抱えながら歩いていたが――
「……あれ? また道を間違えたかも」
学園は広く、複雑な造りをしている。
彼女は地図を見ても方向が分からず、立ち止まってしまった。
そのとき。
「エミリア?」
振り返ると、クリストファーが立っていた。
陽光を受けて、彼の青い瞳がきらりと光る。
「また迷ってるのかと思って」
「うっ……見られてた?」
「いや、なんとなくそんな気がしただけだよ」
クリストファーは微笑み、エミリアの手から教本を受け取った。
「魔術の授業、難しいだろ?
よかったら、僕が教えようか」
「えっ……いいの?」
「もちろん。君が困ってるなら、助けたい」
その言葉に、エミリアの胸がふわりと温かくなった。
クリストファーに案内され、エミリアは学園の奥にある図書塔へ向かった。
塔の中は静かで、古い本の香りが漂っている。
「ここなら落ち着いて勉強できるよ。
騎士科の学生はあまり来ないから」
「すごい……こんな場所があったんだ」
二人は窓際の席に座り、魔術の基礎式を広げた。
「エミリア、魔力の流し方は分かる?」
「う、うん……たぶん」
「じゃあ、手を出して」
クリストファーはエミリアの手をそっと包んだ。
その瞬間、エミリアの心臓が跳ねる。
「ひゃっ……!」
「ご、ごめん! 嫌だった?」
「ち、違うの……びっくりしただけ……」
クリストファーは少し照れたように笑い、
エミリアの手の上に自分の手を重ねたまま、魔力の流れを示した。
「魔力はね、こうやって……指先からゆっくり流すんだ。
焦らなくていい。君のペースで」
エミリアは彼の声に導かれるように、魔力を流していく。
すると――
「……できた!」
「ほら、やればできるじゃないか」
クリストファーが優しく頭を撫でる。
その手つきに、エミリアの頬が赤く染まった。
勉強を終え、塔を出ようとしたとき。
「エミリア」
「な、なに?」
クリストファーは少しだけ真剣な表情になった。
「今日のこと……ふたりだけの秘密にしておいてくれない?」
「えっ……どうして?」
「君とこうして過ごす時間を、
誰かに邪魔されたくないから」
エミリアは胸がぎゅっと締めつけられた。
嬉しさと、少しの戸惑いが混ざった感情。
「……うん。秘密にする」
「ありがとう」
クリストファーは微笑み、
エミリアの髪にそっと触れた。
その距離は、もう友達以上のものだった。
図書塔の外。
古い石壁の影に、ひとりの少年が立っていた。
黒髪の カール。
彼は、塔から出てくる二人をじっと見つめていた。
(……秘密、ね)
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
ただ、エミリアが誰かと親しくしているのが、どうしようもなく気に入らなかった。
「カール、何してるんだ?」
キッドが声をかける。
「……別に」
「ふーん。じゃあ、なんでそんな顔してるんだ?」
カールは答えなかった。
ただ、エミリアの笑顔が頭から離れなかった。




