第二章 いつもと違う日常、揺れ始める心
ロザリウム学舎の朝は、鐘の音とともに始まる。
石造りの廊下に光が差し込み、学生たちのざわめきが満ちていく。
「昨日はありがとう、クリストファー。寮まで送ってくれて」
エミリアが微笑むと、クリストファーは少し照れたように視線を逸らした。
「気にしないで。困っている人を放っておけないだけだよ」
その言葉は自然で、優しくて、
エミリアの胸の奥がまた温かくなる。
「今日の授業、騎士科と魔術科の合同だろ?
よかったら一緒に行かない?」
「えっ……う、うん!」
二人は並んで歩き出す。
その距離は昨日よりも近く、
周囲の学生たちがひそひそと囁くほどだった。
「……また一緒にいるのか」
柱の陰から、カールが二人を見つめていた。
表情は冷静そのものだが、胸の奥に小さな棘が刺さる。
(あの子……エミリア。
どうして、あんなに気になるんだ)
彼は自分でも理由が分からなかった。
ただ、彼女が笑うたび、胸がざわつく。
「おい、カール。そんなに見つめてると、石像にでもなるぞ」
キッドが肩を叩く。
「……別に、興味はない」
「はいはい。で、興味がないのに、なんで毎朝あの子のいる方向を見てるんだ?」
カールは返事をしなかった。
だが、キッドはにやりと笑う。
「三角関係ってやつ、始まってる気がするな」
一方、女子寮の前では、アイリーンがエミリアを見つめていた。
(エミリア……最近、クリストファーとよく一緒にいるわね)
友人として嬉しい反面、
どこか胸騒ぎのようなものも感じていた。
「アイリーン、どうしたの?」
イレーヌが声をかける。
「……エミリア、恋をしているのかもしれないわ」
「えっ、あの子が? 誰に?」
「クリストファーよ。
でも……それだけじゃない気がするの」
アイリーンは、昨日の放課後に見た光景を思い出す。
薔薇園の影から、じっとエミリアを見つめていたカールの姿。
(あの視線……ただの興味じゃなかった)
合同授業は、広い訓練場で行われた。
騎士科は剣技、魔術科は基礎魔法の実演を行う。
エミリアは緊張しながらも、クリストファーの隣に立つ。
「大丈夫。僕がついてる」
その一言で、胸の鼓動が跳ねた。
しかし――
その様子を、カールは遠くから見ていた。
(……あいつの隣にいるのが、どうしてこんなに気に入らないんだ)
自分でも理解できない苛立ちが胸に渦巻く。
「カール、次はお前の番だ」
キッドに促され、カールは剣を手に取る。
だが、その目はエミリアから離れなかった。
魔術科の実演中、エミリアが魔力の制御を誤り、
光の球が暴発してしまった。
「きゃっ!」
爆風でエミリアの身体が後ろへ吹き飛ぶ――
その瞬間、
クリストファーが素早く駆け寄り、彼女を抱きとめた。
「エミリア、大丈夫!?」
「う、うん……ありがとう……」
二人の距離は、抱きしめられるほど近い。
周囲の学生たちがざわつく。
だが――
その光景を見たカールの胸に、
鋭い痛みが走った。
(……なんだ、この感情は)
彼は初めて、自分の心が乱れるのを感じていた。




