第55話 暗闇に潜む赤 中編
眼下に広がる街の灯が、箒に乗って宙に浮く私とルージュの姿を僅かに照らす。私はじっとルージュの動向を窺う。杖を持つ手が僅かにでも動けば、反射的に動けるように。
「キミはさぁ、あたしを捕まえたい?」
ルージュが口角を上げながら尋ねる。捕まえたいか聞くとか……どうかしてるな。紫色の水の件でどれだけ周りに影響出していたかわかってるんだろうか。
ペースに飲まれまいと私も負けじと口角を上げて対抗姿勢を見せる。
「そりゃ当然。懸賞金かかってそうだし」
「あはは、そんなに極悪人じゃないから〜」
ルージュは小馬鹿にした感じを残しつつ、おかしそうに声を出して笑う。…ここが街じゃなかったら大技でも一発喰らわせてやりたい。…いや、これも自分のペースに誘い込む作戦かもしれない。悔しいけど、コイツは光魔法の使い手だし、私より魔法の腕も上だと考えといた方がいい。
「それより早く何企んでるか教えてよ。ミロルの北の森で魔獣増やしてた理由もまだ聞けてないし」
「さ〜てねぇ…」
ルージュは答える気が無さそうだ。そういや、前回も同じように尋ねたら魔女じゃないからとか言われてプッツンしたんだっけ…。さすがに今は同じことできないけど……と、私は杖を微かに動かしていく。―――その時
「きゃあああ!」
下から悲鳴が上がった。私はビクッとして顔を下に向ける……と、大きな熊の魔獣が街中に現れたのだ。
「なっ…!ルージュ!」
私はルージュを睨みつける。対して、ルージュは冷ややかな笑みを浮かべていた。コイツ…!平気で魔獣を…!
魔獣は今にも通行人に襲いかかりそうだった。一人の女性が腰を抜かしてしまっている。私はすぐに降下して魔獣の前に立ち塞がった。魔獣は荒い鼻息を重く響かせて、獰猛な目つきで私を睨んでいる。でも怖いとか言ってられない。
私は杖を魔獣に向ける。…次の瞬間、魔獣が勢いよく飛びかかってきた。…とほぼ同時に魔獣の体が一瞬で凍りついて、巨大な氷の塊と化した。
「大丈夫ですか?」
私は後方で座り込んだままでいる女性に手を貸す。
「あ、ありがとう!助かったわ…!」
私の手を借りて立ち上がった女性がお礼を言う。私は安堵の笑みを浮かべつつ、上空に目を向けた。…ルージュの姿は無くなっていた。
まさかこんな事態になるとは思わなかった。相変わらずの飄々とした態度と、何を考えているのかわからない感じ。…そして街中でも魔獣をけしかける容赦の無さ。…三角帽子を被っているんだから魔女のはずなのに、アイツはなんでこんなことをしてるのか。
夜も遅いけど、私は一旦宿に戻ってローブを着てから、アリシアさんの寮へと向かった。ローブは夜の肌寒い風から私の身を守ってくれているようだった。
寮の前に降り立ち、ドアをノックする。程なくして部屋着姿のアリシアさんがドアをそっと開けた。
「シエルさん?どうしたんですか?」
「アリシアさん、ルージュが現れました」
「…!」
アリシアさんは目を見開く。動揺してるんだろう。当然だ。…逆に私は妙に落ち着いていた。
私は家の中に招かれて、ソファーに座りながらアリシアさんにさっきのことを話す。アリシアさんは真剣な表情で話に耳を傾けていた。
「ありがとうございますシエルさん。…やはりこのまま放っておくのは危険ですね」
「はい。…アイツは見失いましたけど、どこにいるかはわかります」
私は立ち上がって杖を発現させると、素早く床に一つの魔法陣を描きあげた。
「ルージュの服に追跡の魔法陣を描いたんです。あまり距離が離れると追跡できなくなっちゃいますけど、まだ捕捉できてますね」
私は魔法陣の中で光っている点を指し示す。隣町くらいの距離だったら十分追跡できるだろう。
「シエルさん、そこまで…!」
アリシアさんは感嘆の声を上げた。普段から私のことを褒めてくれるけど、今はもっとこう…驚きに近い感じだ。
「どこかに急いでいる感じじゃないですね。ただ、またさっきみたいに魔獣を操って街の人を襲うかもしれません。…アリシアさん、私、今からルージュを捕まえに行きます」
私はじっとアリシアの目を見つめていた。お互いに視線を合わせる中、アリシアさんは一呼吸置いて口を開いた。




