第50話 陰と陽 後編
アリシアさんとミネルヴァのやり取りが終わり、ミネルヴァはお礼を言うと、奥の部屋に行こうとした。
「ミネルヴァ…!」
咄嗟に声をかけたのは私だ。別に何も用はないのに。ミネルヴァは足を止めて振り向き、不思議そうに目を向ける。
「あ…その…、久しぶりに会えたし、ちょっと話したいなー…って思ったり…、その、仕事の邪魔じゃなければ…!」
「いいよ。アリシアさんのおかげで欲しい情報は手に入ったし」
ミネルヴァは快く受け入れてくれた。アリシアさんにも断りを入れようと目を向けると、ニコッと笑みを向けてくれた。
「私も大丈夫ですよ。せっかくお会いできたんですし」
「ありがとうございます」
私はお礼を言って、アリシアさんが部屋を出ていくのを見届けると、息を整えてからミネルヴァと向かい合うように席に座った。
「ごめんわがまま聞いてもらっちゃって…」
「良いよ良いよ。せっかくだし。にしても久しぶりだよね。卒業式以来?」
「うん…。あの後私は地元に帰っちゃったし。ミネルヴァは魔法省入ってからずっとここ?」
「研修期間中は本部だったり別のところに行ってたけど、本配属になってからはここ」
ミネルヴァもリヒトみたく首都グラツェに行ったりしたのか。…というかリヒトと同期なんだよな。接点とかあったのかな。魔法学校時代は…リヒトはただただ私を敵視している印象しかなかったから、リヒトがミネルヴァをどう思ってたのかはわからない。
ミネルヴァの魔法学校の時の印象は…、品が良くて、なんでもそつなくこなして、リヒトのように噛み付くこともなくて、しっかりした性格で、間違いなく優等生だった。先生たちは私のことをよく褒めてたけど、私からしたらミネルヴァの方が優等生だ。魔法の腕だけじゃなくて、人間性まで含めて優れているからだ。
「シエルは魔法省入ったんだっけ?」
今度はミネルヴァから、私のことに関する問いが投げかけられた。ミネルヴァ相手には、何も自慢することなんてない。私は一気に体が重くなる。
「えと…その…、入ったわけじゃなくて、いろいろ訳があってアリシアさんの手伝いしてるんだ」
ひどく抽象的なことしか言えないけど仕方ない…。夢に神様が出てきて魔女になれって脅されて、挙句家にやってきたアリシアさんに連行されたなんて言えない…。
でも案の定、ミネルヴァは首を傾げて不思議そうに私を見た。
「手伝い?体験実習とかじゃなくて?そんな制度あったっけ」
「いや…その…一応支部長にも話は通してあって…」
もう早速苦しい。支部長に話を通しているという事実が救いではある。…ただ、それでもミネルヴァの表情は変わらなかった。
「ふーん。どういう立ち位置なのかな。それにしても、アリシアさんはすごいなぁ」
ミネルヴァはアリシアさんに感銘を受けている。もちろんアリシアさんは敬われるような素晴らしい人格者なので、それ自体は私も同じである。
「私もミロルからずっと一緒にいたけど、アリシアさん優しくて、頭良くて、冷静で、光魔法もレベル高いし、こんな優秀な人が居るんだなって」
「結構忙しいのに、シエルの面倒も見てくれてるんでしょ?すごくない?」
………その通りだ。全くその通り。正論でしかない。アリシアさんが忙しいのは、ミロルでのソフィーさんへの引継ぎを見ててよくわかった。それなのに、アリシアさんは忙しそうな素振りを一切見せずに私に接してくれている。…それなのに、私ときたら、魔女になりたいとも答えずにいる……。私は……。
「アリシアさんには感謝しきれないよ。私みたいな厄介者の相手までしてくれるなんて。ごめんミネルヴァ。私そろそろ行くね」
私は笑顔を作り、逃げるように立ち上がった。
「うん。がんばってねー」
ミネルヴァは座ったまま、いつもの笑顔で軽く手を振った。私はろくに視線も合わせずに、素早く部屋を後にすると、ズキズキする胸を押さえながら足早に去った。




