第51話 濡れた砂 前編
少し、心を落ち着かせたい。このまま騙し騙しアリシアさんの手伝いをしてたら、却って心配をかけてしまう恐れがあった。…体調悪くなったと伝えて、今日は休ませてもらおう。
私がアリシアさんのいる執務室に入ると、アリシアさんが私に気付いてこっちへ来てくれた。赴任したてで忙しいはずなのに、こうやってすぐに気付いてくれる…。やっぱりアリシアさんはすごい。
「あの…アリシアさん。ちょっと熱っぽくて…。すみません、今日は宿に戻って休んでても良いですか?」
「大丈夫ですか?私も看病しに行きましょうか?」
「いえいえ…!そこまでしてもらわなくて大丈夫ですよっ!うつしたら悪いですし」
「無理しないでくださいね。お大事に」
アリシアさんは優しい。忙しいのに本当に私のことを第一に考えてくれている。私は…それに甘え過ぎてるのかもしれない。思えば私の周りは優しい人ばかりだった。アリシアさんだけじゃない。家族だって、私が卒業後に魔女にならなくても温かく接してくれていた。リヒトだって……素直じゃないだけで、すごく優しい。
私は宿には戻らず、昨日夕日を見た場所と同じところに来た。シートは無いけど、そのまま砂浜に座り込む。まだ日は高くて、海を煌々と照らしている。街の中のはずなのに、辺りの喧騒が閉ざされたように静かで、波の音が私の心を癒してくれる。私は目を瞑ってじっと波の音に耳を向けていた。
…ミネルヴァは、もしかすると魔法学校の時から、私に興味なんて無かったのかもしれない。…そもそも、私は興味を惹くような立派な人間じゃない。魔法が強くても、心はこんなにも弱い。今まで目を瞑っていた自分の弱みを、否が応でも見せられたのだ。
…私はふとローブの袖を見ると、ハッとして立ち上がって、慌ててローブについた砂を落とす。宝物をこんなところで汚しちゃダメだ。ローブを一旦脱いで入念に砂を落としていく。……よし、なんとか汚さずに済んだ。
ローブを着直して、立ったまま海を眺める。リヒトに今の私を見せたら笑われそうだ。なんとなくリヒトなら、そんなこと気にするほど暇人なのか?…とか言ってきそうだ。思いの外頭の中でリヒトの声を忠実に再現できたので、思わず頬が緩んでしまった。
「あっ!やっぱりここにいましたか」
突然アリシアさんの声が耳に入って、私は驚きの表情で振り向いた。
「え…?どうしてここに…?」
驚く私に対して、アリシアさんは包み込むような微笑みを向けている。
「なんだか仕事に集中できなくなってしまって…、宿屋へ向かったら、まだ戻っていないと聞いたので、もしかするとここかなと」
私は目頭が熱くなってきた。そして、それを隠すように顔を俯かせる。
「…ダメじゃないですか。私なんかより、仕事の方が大事じゃないですか…」
「いいえ。私にとってはシエルさんの方が大事ですよ。シエルさんがここまで一緒に来ていただいたの、本当に嬉しいんですから」
ポトリと雫が落ちて、砂を濡らした。




