第41話 山越え前
私とアリシアさんはエクサロを後にして、広大な森の上を飛んでいた。人家はとうに目につかず、森の先には秀麗な山々がそびえ立つ。さすがに地方を分ける山なだけあって、これまで越えてきたものとは一線を画すほどの威圧感があった。結構な標高なので、決して寒くないこの時期でも、山の上の方は冬くらいの気温かもしれない。…冬は言い過ぎか。秋かちょっと冬くらい。でも私にはこのローブがあるので何も怖くない。
リヒト達との別れの挨拶は割と手短に済んだ。長々とやってると却って心に来そうだったのだ。リヒトはこれからソフィーさんにしごかれるんだろうなぁ…なんて他人事のように思ったりもしつつ、大きく成長していくんだろうから、負けてられないなと。
「いろいろ想定外なことがありましたけど、結果的にエクサロに寄って正解でしたね」
アリシアさんが隣に並んで飛びながら話しかけてくる。ほんとに全くその通りなのである。
「アリシアさんには大大大大大感謝ですよ。もしエクサロに寄ってなかったら…、考えたくもないですね…」
口に出すだけで、ifは考えない。今思えばそれくらいのことだった。…いかんいかん。山越え前に気分が暗くなっちゃった。
「私もお二人には感謝しても仕切れないですよ。だって、こんな素敵なローブ姿を思う存分目にすることができるんですから!」
反対にアリシアさんはスイッチオンで目がキラキラに。箒から両手を離し、私に意識全開で完全によそ見運転である。
「あ、アリシアさん落ち着きましょう!山が迫ってきましたよ!」
私はなだめつつ、前方を指差す。さっき見た時よりだいぶ近づいてきた。それとほぼ同時に、パタパタとローブがはためきだした。肌に当たる風が強くなって、時折呼吸が難しいほどの突風が吹いてくる。
「…なんか風がだいぶ強くなりましたね」
「そうですね…。いくら魔法で飛んでいるとはいえ、突風に煽られると危ないですね」
山の天気は変わりやすいなんて言葉を聞いたことがあるけど、これもそういうことなのかな?山登りなんてものをやったことがない私にはよくわからない。
すると、アリシアさんが懐から地図を取り出して、今いる位置を確認する。
「この近くに街道があります。街道は谷沿いを進んで峠を越えるので、その上を飛んでいけば、風の影響も和らぐかもしれません」
…ということで、私達は山の中を縫うように続いている街道の上空を飛んでいくことにーーーした途端
「わあああああああぁぁ!!」
ロファの町長がお化けに怖がって絶叫した時くらいの叫び声が聞こえてきた。顔を見上げると、私達よりずっと高い位置から、箒に跨った女の子が恐怖に顔を歪めながら、結構なスピードで落ちてくるのが見えた。
「落ちる落ちる落ちるーー!」
女の子は茶色の短髪を騒がしく乱しながら、恐怖の絶叫をあげている。
「危ない!」
私はすぐさま杖を振って、彼女の真下から上昇気流を生み出した。それを受けた彼女は、クッションに当たったかのようにスピードが落ち着いて、なんとかバランスを取り戻すことに成功した。
「あー…助かったー…」
女の子は尚も冷や汗を垂らしながら、荒い息を整える。
「だ、大丈夫ですか…?」
私は様子を伺うようにゆっくり近付いて声を掛けた。彼女は私達に気付くや否や、ハッとして目を合わせた。
「あ、ありがとうございますっ!助かりましたっ!」
「良かったです。…何かあったんですか?」
私はなんであんな操縦不能な状態になっていたのか尋ねる。単純に不慣れなようには見えないし。
「えっと…なんか山のてっぺん越えようと飛んでたんですけど、山を越えた途端急にすごい風に煽られて…」
「ほぇー…」
そんなことが起きるんだと、失礼ながらも感心してしまった。やっぱり遠回りだけど街道の上を辿るのが良さそう。
「あれっ…!そちらの方はもしかして魔女の方ですかっ!?」
彼女は私の少し後ろにいるアリシアさんを見て目を輝かせた。…なんというか、慌ただしい。対するアリシアさんはニコッと優しく微笑む。
「はい。私は魔法省の者です」
「ま、魔法省…!あの選ばれしスーパーエリート魔法使い達が集う組織…!そしてそこの魔女ということは…!スーパースーパーエリートってことですよねっ!?」
彼女は唾を飛ばす勢いだ。私は軽く気圧されている。スイッチオンのアリシアさんより勢いあるかも…。
「そんなことないですよ」
アリシアさんは謙遜の笑みを浮かべる。またまたーとお決まりのやり取りが始まるが、彼女はまたもやハッとすると、乱れていた髪を慌ててささっと直す。
「申し遅れました!わたくしめはティナと申しますっ!一応魔法使いです!」
ティナさんが右手を差し出し、アリシアさん、私の順に握手をする。
「私はアリシアです」
「シエルです」
「シエルさん!先ほどは助けていただき本当にありがとうございましたっ!」
「いやいや〜」
再び熱烈なお礼を受けて照れる私。私の表情も人の事言えないくらい慌ただしいのかも。
「そのローブ、すごくお似合いですねっ!」
「…!」
なんとまたしてもローブ姿を褒められてしまい、私はわかりやすく赤色に染まってしまうのだった。




