第39話 出発前夜 中編
私は不安なのか怖いのか期待があるのかもわからない感情でリヒトに視線を向ける。対するリヒトは、わざとなのか顎に手を当てて考える素振りを見せる。焦らすなぁ…。
「うーん…」
答えがすぐに出ないようだ。ホントかよ。答えなんて最初からあるんじゃないだろうか。
「アリシアさんから聞いたよ。リヒトは私に魔女になって欲しいんでしょ?」
言いそうにないから私から言ってしまった。答えを急いでいる感じがして自分が嫌になる。
「シエルはなりたいのか?」
「えっ…?」
質問返しされてしまって、私は言葉に詰まる。なりたいか?………わからない。なりたいってなんだろう…。
「ごめん…わかんない…」
私は消えてしまいそうな声で答えた。今まで経験したこともないような壁に行手を阻まれた感じだ。
「あんたはなれって言われて素直に従うやつじゃないだろ?」
「それって悪口?」
「そうだ」
この期に及んで悪口を忘れないことに逆に感銘………しない。普通にイラッ。
「やっぱほっぺ禁止だな〜」
私は強力な交渉材料をチラつかせるこすい策を取る。…いかんいかん。本題から逸れてしまう。
「というのは置いといて……、確かにいきなり魔女になってねって言われても拒否する自信はある」
「あからさまに嫌そうな顔するだろうな。想像できる」
私はムスッとする。自分ではなんとなく認めつつも、リヒトから言われるとムスッとなる。
すると、タイミングを待っていたかのように、リヒトがまた頬をつついてきた。でも今度は驚かなかったので、変な声はあげなかった。代わりに無言でリヒトにジト目を向ける。
「そうそう。そんな顔しそう」
「私の表情で遊ぶな。て言うか、禁止って言ってるそばからつつきやがって」
私は呆れ顔で文句を言うが、真面目に耳を傾けるわけもなく、リヒトは顔を逸らして笑う。……こんなに笑うやつだったのか。前まであんなに刺々しかったのに。
「リヒト……まだ私のこと嫌い?」
何を血迷ったのかわからない。自分でも言った後に、なんでこんなこと聞いたんだろうと思った。ピタリと時間が止まったかのように、リヒトは笑うのをやめて、こちらに顔を向けた。
「んなわけ……あ」
言いかけて、ハッとして口をつぐんだ。そしてまた顔を逸らす。首が痛くなるんじゃないかと思うくらい。
「シエルは…どうなんだ」
「んーー……、ノーコメントで」
「おいっ!ずるいぞ!!」
私は声を出して笑った。やっぱり今のこの時間がすごく心地良い。ふわふわなローブのおかげもあるかもしれないけど、リヒトとのやりとりが私の心に潤いをもたらしていると感じた。
「休みの日にメリーベル来なよ」
「半日くらいかかるんだぞ…」
私が軽く誘ってみるが、さすがに渋られた。そりゃね。往復だけで一日終わるのはつらい。しかも私みたいに暇人じゃないし。
「シエルなら本気出せば移動時間半分になるんじゃないか?」
「うーん…いけるね」
私は強者っぽく余裕な笑みを浮かべてみた。
「全然強者っぽくない」
「なぬ。ならも一回戦う?」
「嫌だよ…。外で爆炎マッチ燃やしてろよ」
「近所迷惑だね」
「シュール」
二人で笑う。時間を忘れるような心地良さ。今日だけ一日の時間が長くなれば良いのに。魔法でもそんな都合の良いことはできない。
私はちょっとだけリヒトの方に体をずらした。
「ほっぺつついても良いんだよ?」
私がそんなことを言った瞬間、リヒトの耳がまた赤くなる。おー、赤い赤い。
瞬間、リヒトの手は私の頬じゃなくて頭に触れた。
「わっ…!」
私が思わず声を上げると、瞬間的にリヒトの手が離れる。それを私の手が引き留めて、頭の上に戻した。
「フェイントかけられたからびっくりしたの」
「ごめん…。なんか手が勝手に…」
リヒトはか細い声で謝りつつ、ゆっくりと私の頭の上で手を動かす。
「……リヒト撫でるの上手だね」
「褒められた…」
「褒めちゃった。気持ちいいですなぁ〜」
私は目を瞑ってじっとする。頭を撫でられるのなんてすっごく久しぶり。昔はママに撫でられるのが好きだったなぁ。
「髪柔らかいな」
「私も女の子だからね。ちゃんと手入れしてるんだよ?」
「すごくその……えっと……あれ……」
「んん?」
突然オドオドしてしまうリヒト。もう顔真っ赤っか。
「か、か、かわいいと言うか…」
勇気を振り絞った一言…にしてはちょっと勢いが弱かったかもしれないけど、私は充分過ぎるくらいに嬉しかった。




