第38話 出発前夜 前編
ランチの後、私は二人と一旦別れ、ちょっとした用事のために宿へと向かう。今はローブを着なくてもいいくらいの気温だけども、着ていても暑いと感じない。さっきまでアリシアさんから、“かわいい、凄く似合ってる”と十回以上褒められた時は暑かったけども……今はその熱も和らいで、時折吹く風が心地良い。ふわふわでルンルンである。
宿に着いたら、宿のおばさんにも褒められた。…恥ずかしい。けど…このふわふわがそんな気持ちも落ち着かせてくれる。ふわふわは正義だ。うん。
用事が終わって駐在所へと戻る―――と、何やら建物内が賑やかそうだった。…もしかして、代わりの人たちが着いたのかな?
私が執務室に顔を覗かせると、アリシアさんとリヒトの他に、年上のスラッとした体型の男の人とソフィーさんがいた。
「あれっ?ソフィーさん?」
「おっ、シエルちゃん」
私が意外そうな顔で声をかけると、気づいたソフィーさんが顔を向けて笑みを浮かべる。
「いろいろ助けてくれたって聞いたよ。ありがとう」
「あっ、いえいえ…!そんな」
ソフィーさんから急にお礼を言われて、私は両手をわたわたさせる。
「そのローブいいね。すごく似合ってる」
「ひょえ…!?」
ソフィーさんは畳みかけるように私のローブ姿を褒めてきた。びっくりして変な声出しちゃったけど…。は、恥ずかしい…!
「ですよねっ!帽子も凄く似合うんですけど、ローブもイメージぴったりなんですっ!眼福です!」
化学反応のようにアリシアさんがはしゃぎ出した…。もはやアリシアさんは場所を選ばずスイッチが入ってしまうようだ。周りは宥めるように困り笑いを浮かべる。
それはさておき、どうやらソフィーさんとこの男の人がエクサロ常駐を任されたようだ。ソフィーさんはもちろん、男の人もシゴデキ感が凄い…。すると、男の人が右手を差し出してきた。
「申し遅れた。私はハンス。噂はかねがね聞いているよ」
「シエルです…!」
握手をしつつ、丁寧な口ぶりと爽やかな笑顔に緊張してしまう。は、ハンサムだ…。
……ん?なんか視線を感じる…。チラッと顔を向けると、リヒトと一瞬目が合った。一瞬で逸らされたけど。
何はともあれ、心強い二人が来てくれたので、私とアリシアさんは安心してメリーベルへ向かうことができる。…そう、安心して。
この後は仕事したり雑談したり、ソフィーさんに苦手意識持ってるリヒトをいじったりして過ごし、早く進む時の流れに漂流した。
気付けばもう夜。明日は朝食を食べたらすぐに出発する予定だ。慌ただしい別れの挨拶だけじゃ素っ気ないと思った私は、ローブを身に纏い、アリシアさんにも内緒で宿を抜け出し、空へと飛び上がった。
箒で飛んだらあっという間に目的地に着いた。そこは小ぢんまりとした一軒家だけど、これが寮なんだから凄い。
ドアの前に降り立った私は、周りに音が響かないように軽くノックする。今朝早かったけど、もう寝てないよね…?ちょっと不安になるけど、―――少しして、ドアが開いてリヒトが顔を覗かせた。
「どうした?」
「ふふ…お届けものです」
私はそう言って、リュックから小袋を取り出し、リヒトに差し出した。リヒトは受け取ると、小袋の中を覗いた。
「わざわざ作ってくれたのか」
「欲しいって言ってたし」
「ありがとう」
なんかすごくこそばゆい。お礼を言われて嬉しいのか恥ずかしいのか。
「中…入る?」
リヒトは視線を逸らしつつ尋ねてきた。私はお言葉に甘えて首を縦に振る。
私はリビングに案内され、フワフワそうなソファーに座る。
「ひろーい!寮なのに凄いね!」
「一人暮らしにしちゃ広過ぎるくらいだ。しかも、ここ来てずっと忙しかったからろくに過ごせてない」
リヒトは私の隣に座って、ぐっと背伸びをする。私も真似して伸び伸びする。
「真似すんなよ」
リヒトが背伸びしたままジト目を向けてきた。良いじゃん別に。ソファーのふわふわとローブのふわふわが合わさって、ふわふわふわふわくらいになってる。やっぱりふわふわ最高〜。
私はだんだんとだらしない座り方になっていく。警戒心など皆無でまったりしていると、不意を突くようにリヒトの指が私の頬をつついた。
「うひゃい!?」
びっくりした私はありえない声を出してのけ反った。ガバッとリヒトに顔を向けると、そっぽ向いて笑いを堪えていた。なんだコラ!失礼なやつめ!
「ほっぺつつくの禁止にするぞ!」
「それは困る。ごめん」
素直に謝ってきた。私はハァーとため息つくと、姿勢を正すように座り直した。
「リヒトも私のほっぺつつきたいんだ。そーかそーか。お高いよ〜?」
一転して私はニヤける。少しでも弱みっぽいものを握ると、すかさずエサにする私。
「じゃあ次は帽子か」
「えっ!?いやっ…!そういうのじゃなくて…!」
急すぎる発言に、私は目まぐるしく表情を変える。シュンとなってしまった…。帽子……。この前もリヒトはアリシアさんの帽子を私に被せたな。
「リヒトはさ…、私に魔女に……なって欲しいの…?」
私は恐る恐る尋ねてみた。




