51、後片付け
カミラ・グラハム男爵令嬢は王宮に留め置かれ魔力操作を学ぶはずであった。
だが、魔術師団の人間が2人ずつ派遣され1時間ほど何かをしているだけで、とても魔法訓練とは呼べないものだった。その上、一日の中でその1時間が済むとずっと部屋にいるだけ、体のいい軟禁だった。
「あの! 私は何の為にここにいるのですか?」
「ん? 説明のあった通りですよ。カミラ嬢は珍しい魔力の色をなさっているので、今はそのデータ収集と解明を行っているところです。本来は魔力操作を覚えて頂きたいのですが、今までと同じ対処で良いかこちらも手探りなのです」
「申し訳ありません、退屈ですよね? 学業もカミラ嬢は優秀と聞いていたので家庭教師などはつけておりませんでしたが、必要であれば教師をつけることも可能ですし、本などをお持ちする事も可能です。ああ、刺繍など趣味のものでも構いませんよ?」
「ああ、そうだったのですね。(まだ方針が決まらないだけか…)
あの! 父から連絡は来ていませんでしょうか?」
「お父上ですか? いえ、今のところは」
「一応、魔力発現により暫く王宮で魔力訓練が行われる旨はお伝えしていますよ」
「何か、言っていませんでしたか?」
「何かとは?」
「お恥ずかしながら父は物凄く人が良くて、すぐに借金を作るのです。その返済に困って…私に縁談を持ってきたのです。すぐにでもって言っていたので、それがどうなったのかと」
「なるほど、それで。あー、いや、実は確かに伝えに行った者が困惑している様子だったとは言っていたのです。いつ戻ってくるのかしきりに聞いていたと。
えっ!? まさか婚約・結婚の日取りも決まっているって事はないですよね!?」
「話を聞いた時は2〜3ヶ月後と言っていましたが、もう決めてしまったかも知れません」
「なんと!? それは失礼致しました。上の者と話してみます!」
「い、いえ! いいのです。望む婚姻ではありませんから。ただ、父は放っておくとすぐに借金を重ねるので心配なのです」
「手紙など託していただければお届けしますよ? そのついでに様子を見て参りますが?」
「有難うございます!」
「優しいのですね、とても父親思いだ」
「いえ、そんな事はございません」
「では、何かあれば遠慮なく言ってください」
「はい、感謝致します」
その後父親宛に手紙を書き持って行ってもらった。だが、父親からの返信はなかった。それを不審に思い訪ねた。
「あのー、父には手紙を届けてくださったのですよね?」
訝しがりながら尋ねると、明らかに動揺を見せた。
「本当の事を教えてください!」
「…申し上げにくいのですが、お父上は家にはいらっしゃいませんでした」
「はっ!?」
思っていた答えとは違っていたのでつい素が出てしまった。
「我々もお父上はどこかに引っ越したのかと思ったのです、その小さな家に移ったとか。ですから聞き込みもしてお探しはしたのですが見つからず、仰っていたチャック・ゴーギャンと言う者にも会いに行ってみました。するとカミラ嬢との縁談は白紙になったと…、その…『納期が間に合わないなら商品としての価値はない』と撤回されたそうです」
「えっ? えっ! 待って、えっ? どういう事!?」
「恐らくですが、結婚が白紙撤回された為、他の方法で借金を返す事になったのだと思われます」
「ただ…、住んでいた家も既に人手に渡っていて、住み込みで働いているのか、逃げたのか、或いはゴーギャンみたいな者たちに捕まっているのかは分かりませんでした」
「うそ! 嘘よ! お父様を探して! 助けてあげてよ!! ぶ、無事なのよね? 死んだりして無いよね!?」
「手は尽くしましたが、見つかりませんでした」
「どうして? あんた達が無理やり私をここに閉じ込めたんじゃない! 嫌よ! ここから出して! 私が探すから!」
「申し訳ありませんが、致しかねます」
「出して! 出してよ!!」
「ですから、それは出来ませ…くっ!」
嫌よ! また捨てられるの!? あんな惨めに死にたく無い!!
私が何をしたって言うのよ! お父様は借金を重ねる困った人だったけど、私を愛してくれた、もう捨てられたく無い! 一人ぼっちになりたく無い!!
邪魔しないで! そこを退いて!!
「「ぐぁぁぁぁぁ!」」
扉が開かれた。
「えっ?」
今までどんなにこっそり出掛けようと脱走を図っても開かなかった扉が今は開いている。カミラは一歩を踏み出した。
今までは何かに阻まれていたのに、今は自分の意思で外に出ることができた。
「これが私の力? あははは…、王宮魔術師達よりも私の力の方が強いの?
だってそう言うことよね? うふふあはははは! 私って凄いじゃん!
ごめんなさい、あなた達は良い人だけどお父様を探させて! 見つかったら戻ってくるかも…それじゃあバイバイ」
カミラは王宮を後にした。
カミラが部屋を出ると魔術師たちはすぐに動けるようになった。だが、カミラの意思に反した行動は出来ない。出て行くカミラを止める事は出来なかった。
『カミラ嬢は魅了に似て非なる力を持っている可能性がある』と事前にアシェリ嬢付き魔術師クラウン卿とバーナム卿から聞いていた魔術師たちは、これまで王宮にカミラ嬢を留め置いた時間で様々な検証を行ってきていたが、思ったより厄介な力であると確証を得た。
「始めは半信半疑でしたが、これ程までとは思いもよりませんでしたね」
「ああ、『魅了』は相手に好意を持ち相手の意思に沿う形で従ってしまうが、カミラ嬢の力は所謂『洗脳』や『暗示』…『支配』だ。しかも術式を唱えたわけでも無い。強く望んだ事を実現させてしまうかなり厄介な力だ」
「だが今のところ魔力が発現したばかりで魔力操作も上手く出来てはいないし、自分のスキルについても把握できていないようだ」
「ですが、我々に彼女を拘束する事は出来ませんよ? 先程も魔道具をすり抜けてしまった。アレはどういう事なのでしょう? 人の意思だけではなく魔道具まで意のままとなれば、太刀打ちできません」
「そうだな、だが確証はないが魔道具については思うところがある」
「何ですか?」
「カミラ嬢はお前たちに『ここから出せ!開けろ!』と命令し、それに呼応してお前たち自身が解除したと言う事だ」
「ああ、なるほど。それなら分かります。ですが、どんな魔道具で拘束しても同じ結果ではないですか?」
「ふむ、対策を立てねばならぬな」
王宮から出たカミラは自分の力、スキルについて知りたくなった。
『私は珍しい魔力の色をしていると言っていたわ、私のスキルはどんなものかしら? 私はスキルで何が出来るのかしら?』
街に出て目についた男に
『私に跪け!』
そう願ったが何も起きなかった。
『あれ?なんで…?? もう一回 跪けー!!』
やっぱり何も起きなかった。
『あれれ〜? 何よ! さっきのは勘違い?扉が開いたのも偶然?』
目の前にある貴族の男の馬車が停まり、中から宝石をジャラジャラつけた男が降りてきた。
『あーあ、うちにもアレくらいお金があれば借金なんてすぐに返せたのになぁ〜。
あのおじさんあの宝石私にあげます!とか言ってくんないかなぁ〜、欲しいんなー金持ちだったらなー』
すると、グルンと男がこちらを見て近づいてきた。
『え?え? なになに 怖いんですけど、なにー!?』
「お嬢さん、お嬢さんにこれらを差し上げましょう」
そう言うと自分の10本の指全部に嵌めていた指輪を外してカミラの手の上に乗せていった。最後に親指に嵌められていた指輪はどう見ても当主の証である魔法契約が刻まれている代物だった。
「いえ、あの見知らぬ方に頂くわけには参りません」
『えー!? 本当に貰っちゃっていいのかなー?』
「構いません、どうか受け取ってください!」
『やったー! ラッキー!!』
「では、遠慮なく…あっ、でもこれは大切なものだと思うのでこれだけはお返ししますね」
当主の証の指輪だけは返した。
別れるとカミラはその足ですぐに換金した。
『これで借金が返せる!! お父様と暮らせる!!』
自分の生家に行ってみると魔術師たちが言っていた通り、既に売却され門の所には売り家と貼られていた。父の行方は分からなかった。父が借金していた先に行ってみた。父は資産の全てを換金し借金を返していたが若干残っていた分もあった。それを先程手に入れた金で支払いこれで晴れて借金はなくなった。
『ねえお父様、どこに行ってしまったの? 私を捨てたんじゃないよね?』
ゴーギャンのところにも行ってみた。
ジャッカル商会にはカミラとの縁談が白紙撤回させられた時に1番最初に借金を家を売って返させられた事は既に聞いて知っていた、だから今更 結婚と言われることがないと知って向かった。
初めて会ったチャック・ゴーギャンは四角い顔に髭を生やし、毛深い指には指輪の前後に指毛がフサフサしていた。人を見下し値踏みするような視線に全身が粟立つ。
「あー、これなら結婚しても良かったかな〜」
上から下まで舐め回すように見ている。
「それでご用は何でしょうか 元婚約者のカミラお嬢さん」
「お忙しいところすみません、お父様の行方をご存知ないかと伺いに参りました」
「何故 私が知っていると思われたのですか?」
「私との婚姻が白紙撤回されましたが、家を売った位で借金が全て回収できたのか疑問だったのです。ですから残金を回収するべく何かご紹介くださっているのでは、と思ったのです」
「ふっふっふ、ええ、そうですね、ご紹介させて頂きましたよ。そして私は残金を回収しお父上との関係は精算いたしました。ご希望でしたらお教え致しましょうか?」
「ええ、お願い致します」
「ではこちらを訪ねてみて下さい、ここにいると思いますよ。
ふー、それにしてもこんな事なら婚約を撤回しなければ良かったかぁ〜、今からでも私と結婚しますか?」
「お断りします。今日は父が心配で外出してきましたが、次はいつ外出できるか分からないのです。ですから、やはりご縁が無かったのだと思います」
「実に、実に惜しい。気が変わったらいつでもお受けしますよ。まあ、その時1人であれば、の話ですが、ガハハハ」
クソッタレ!
この男を誰か殺してくれないかな? 何が悲しくてお前みたいな男の妻にならなきゃいけないんだよ! お父様が無事じゃなければあんたを殺してやる!!『 1週間後 あんたはそこの恨みを持つ男に殺される!』そんな知らせを持ってきてくれればその人にお駄賃あげたくなっちゃうわね! へっ! 死ねこの変態!!
カミラはゴーギャンと別れ、メモにある父親のところに向かった。
1週間後、従者の男がゴーギャンを道連れに死んだことは知ることはなかった。
メモの住所に父親を探しに行った。
そこはコークス公爵領にある工事現場だった。
国内の有力貴族はガーランド公爵が道路の舗装工事や上下水道の完備など、王都をはるかに凌ぐ発展と設備を目にし、それらを真似する貴族が増えた。つまりどこへ行っても仕事にありつける、だがどこの貴族でも労力に見合う報酬を支払うわけではない、そしてピンハネする輩も出てくる。その場合は労力だけを搾取され手元には僅かな賃金が支払われるだけ。
カミラの父は当然 労力を搾取されるだけで報酬は無いにも等しい貴族の元で働いている、報酬は元締めに巻き上げられてしまう、どんなに身を粉にして働いても利子は膨れ上がり元金が減る事はない。一生奴隷のように働くしかないのだ。
カミラは到着すると早速 父を探した。
見渡しても似たような労働者ばかりでちっとも区別がつかない。
担架で運び出される人間がいた。チラッと見ると真っ黒に日焼けし、いかにも労働者という感じだった。痩せこけ髭も伸び仙人みたいな風貌。借金がある者たちは皆似たようなものらしい。その後 死んだ者たちは纏めて穴に捨てられているらしい。
早くお父様を探し出さなければ! お父様、もうお金に苦労しなくて済むの! 2人で幸せに生きられるのよ!!
あちこちの現場へ直接出向き確認をした。
だけど結局父親は見つからなかった。
そこで、そこにいる労働者や元締めたちに話を聞いて回ると…既に死んで穴に捨てられていた事が分かった。
カミラは茫然と立ち尽くし現実を受け止めきれない。
また一人ぼっちになった。死んでいると解っていながら、穴の上から父が捨てられた死体の山を見つめた。
お父様、ねえどっち? お父様は私を捨てたの?それとも捨ててない?
何故お父様はここにいるの?
人のために借金をしなければこんな所で1人で死ぬ必要はなかったのに、他人の借金を背負ってこんな所で寂しく死んで本当に馬鹿みたい。
私をゴーギャンに売り渡せばお父様はこんな目に遭わずに幸せだった? 私が手元にいないから結婚が駄目になったから自分で働いたの? 何で家を売った事…私に教えてくれなかったの? 私を捨てたの? まさか売れなくなって、役に立たなくなったから見限った? 私はまた親に捨てられたの?
もう、答えは得られないのね。
なら要らない、私を捨てる親なんてこっちから捨ててやる。私は親なんて要らない。
なんで親を選べないんだろう? 選べるなら前の親も今の親も選ばなかったのに!!
私は私だ。もう、捨てられたりしない、誰にも期待しない。親なんていらない。




