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52、スターチス国

スターチス国中枢には激震が走っていた。 

タングストン侯爵とガーランド公爵が国を離脱すると表明したことに端を発している。

その二家に連なる者たちが挙って職を辞した。

タングストン侯爵を師と仰ぐ兵士たち軍の幹部もタングストン侯爵と共に生きたいと願った。それにガーランド公爵家の息のかかる者たちも、『恩返しをさせて欲しい』と次々にガーランド公爵家に集結してしまった。そして冷静に考えてスターチス国から軍事を司るタングストン侯爵と知略と財力と人材を抱えたガーランド公爵家が抜けた場合、どちらに付く方が得かと考えれば、どう考えてもタングストン侯爵とガーランド公爵につく方が得策であった。

ただ、そのニ家が誰でも受け入れてくれる訳ではない事を皆が分かっていた。日和見な損得勘定であっちにフラフラこっちにフラフラする者では信用されない。日頃の行いも見てキチンと見て評価されている。寧ろその二家は一筋縄ではいかない曲者、口先だけでどうにかなる人間ではない。


新しい国は間違いなく発展を遂げ良い国になるだろう、スターチス国を経済的にも人材的にも支え、牛耳ってきたのはガーランド公爵家だ、寧ろ独立しても困ることはない、今の実務責任者の大半がガーランド公爵の手の者だ。立ち行かなくなるのはスターチス国だろう。

タングストン侯爵とガーランド公爵に連なる者たちは人材豊富で有能、つまり自分たちが割り込む隙はない。スターチス国であれば寧ろ今なら空席のポストに割り込める、そこで実績を残せば功臣となる事も夢ではない! タングストン侯爵とガーランド公爵を相手にするよりもスターチス国の方がやり易い、そう思う者も多かった。


新しい国とスターチス国、どちらに住みたいかと聞かれれば恐らく全員が新しい国と答えるだろう。だが、これまで大臣など高官であった者が新しい国で同じポストに就けるかと言えば、恐らくNoだ。家柄や派閥や金などで動く人間ではない、ガーランド公爵は甘い人間ではない、役に立たない者をのさばらせておくことはしない。

ガーランド公爵に断られてスターチス国に尽くします、と言ってもスターチス国が受け入れる訳もない…、ここが思案のしどころだった。



当然の如く重要ポストに就いていた者たちが悉く国を去ってしまいスターチス国は混乱の渦にいた。

また、ガーランド公爵がいなくなった後、周辺国の情報も入らなくなってしまった。

王家にはこの隙に取り入ろうと耳障りのいいことしか言わない者たちで溢れ、目も耳も塞がれていた。

政務を回す為、残っている者で見知った人間を重要ポストに置き何とか形を作り始めた。

領地も堅実な領政を引いていた者たちは挙って離脱表明した為、日を追うごとに食料や物資が王都から姿を消していった。


貴族学園にもその影響は出ていた。

真面目で優秀な生徒は勿論、優秀な教師たちも学園から去った。正直授業どころでは無かった。教室などは空いた席が目立つ。だが、王家におもねる者たちは変わらずそばに居る。忠誠心からと言うより、他に居場所もないからだ。


アレクシス王子殿下の側には相変わらず側近と婚約者がいる。


パトリシアは当然アレクシス王子殿下の婚約者として何が何でもこのポジションを守る必要があった。父クーゲル公爵は国務大臣の任に就き国政に深く携わった。

そして ハワード・ヴァルトは騎士団長の息子であり、自分自身もいつかこの国の騎士団長になるべく研鑽を積んでいる。ヒューゴ・キンバリーは大商家の息子、家業から考えると当然新しい国にも一枚噛んでおきたいところではある。ガーランド公爵領には最大のライバル ドースン商会やセレニテやヴィーナスなどが拠点としており、ガーランド公爵家独立の後、それらの店は全て撤退してしまった。キンバリー家は王都で栄光再びの脚光を浴びているが、それは他に買う場所がないからだと理解していた。キンバリーが新しい国に今すぐ食い込むのは難しい、だがいずれはガーランド公爵領で商売を出来るようにしたいとは思う、だからこそ現在の王都の拠点を死守するために心血を注ぐ。


ドナルド・オースティンは元側近だ。

父はこの国の魔術師団長 本来であればこの国に留まり続けるであろう立場であったが、ドナルド自身はアシェリやセルティスたちと行動を共にしたいと望んだ。父はそれを許さず現在は家に軟禁されている。密かに侍女に手紙をセルティス宛に送らせている。ドナルドは魔術師として、この国を捨てアシェリたちと共にいたいと望んでいる。


マリア・ダラスは現在学園と王宮の魔術師団に通い将来魔術師団に入団するために研鑽を積んでいた。入学してつい最近までは周りの環境やカミラに振り回されていたが、母の元へ帰り話し合った結果、魔術師として生きていく道を選んだ。

貴族たちに振り回され嫌悪した時もあったが、回復魔法を完璧に習得することができれば魔術師団でもそれなりに稼ぐことが出来る。定収入を得て独り立ち出来るようになれば、王都に母を呼んで暮らすことも出来る、そうと決まれば自分の中に確かな信念が芽生えもう惑わされる事はなかった。

因みに父ダラス男爵は相変わらず名前ばかりの父親だった。ダラス男爵家にはマリアの居場所はない、だがそれで良かった。今後も父と呼ぶ日は来ないだろう。

学園では相変わらず孤立していたが、もう不安はなかった、困った事があれば聞ける教師も同級生もいた。ずっと貴族という化け物しかいないように見えていたが自分と同じ年の人間がいるのだと分かった。兎にも角にも普通の学園生活が送れるようになった。



ペトローシス第3王子殿下はチェルシー・コークス公爵令嬢と婚約が決まった。

チェルシーの性格はこれぞ悪役令嬢と言った感じで気が強く我儘娘、自分が世界の中心であり頂点でいなければ我慢ならない。ペトローシス第3王子殿下も本来は最も避けたい人物であった。てっきりルチアーナ・アーノルド公爵令嬢と婚約が決まるかと思っていたが、アーノルド公爵はルチアーナの相手にタングストン侯爵の孫ロイド・タングストンと、ステファン・ガーランドにロックオン! 自分の席はスターチス国に置きながら『スターチス国との架け橋になれれば』などと都合のいいことを言って外務大臣の座に就いている、なかなかのおとぼけっぷりだ。

(まあ、ガーランド公爵やタングストン侯爵に擦り寄っても振られるだろうが…)


まあ、そんな状態で王家はこれ以上スターチス国から人材の流出を防ぐべくペトローシス第3王子殿下の婚約を決めたのだ。しかしペトローシス第3王子殿下にしてみれば災難以外の何者でもなかった。チェルシー・コークスはアレクシス第1王子殿下の婚約者となりこの国の王妃になるつもりであった。自分こそが頂点につくべき存在だと信じて疑わない。だから、アシェリにもキツく当たっていたし、自分の予想に反してパトリシア・クーゲルが婚約者に収まると、影で嫌がらせも行ってきた、その上ヒステリーが酷いとも聞く。ライバルを蹴落とし排除する、誰かの下につくなんて我慢ならないと公言している。だから当然ペトローシス第3王子殿下を敬うこともしない。『何故わたくしが第3王子の妻にならなければなりませんの?』会えば嫌味で心身共に疲弊させた。

花束を贈っても『ありきたりの花ですわね、我が家に咲き誇る花の方がもっと素晴らしいですわ』贈り物を贈っても『この程度の物で喜ぶ人間がいるのかしら? もう少しセンスをお磨きになったら?』好意どころか嫌悪が広がっていく。胃に穴が開きそうだった。


「陛下、いえ父上! チェルシー嬢と婚姻を結ぶくらいなら私は修道士になります! もう、彼女の暴言や振る舞いには耐えられません!彼女はいずれ禍根となります! どうか、彼女との婚約を解消してください!!」

「お前も今の状況が分かっているだろう、このスターチス国の危機なのだ。少しでも有力貴族を繋ぎ止める必要ある、分かっているだろう! この国の王子として役に立ちなさい!」

「陛下! あのチェルシーさんはこの子を見下して下僕扱い、あんな子を王族に迎えれば問題を起こし王家の威信が地に落ちます! どうか、どうかもう一度お考え直しくださいませ!!」

「だが…、コークス公爵にまで出て行かれてはこの国は……、今は流出、それだけは何とか阻止しなくては!!」

「陛下、お言葉ですが…ガーランド公爵がコークス公爵を受け入れるとは思えません。あの方には良くない噂がございますもの、領民たちも悪政に苦しみ移住者が後を立たないとか…。ガーランド公爵領を真似て色々と手を加えているようですけど、その皺寄せが民に行き今にも問題が起きそうですわ。陛下、どうかペトローシスの為とは申しません、どうかこの国の未来の為にご決断ください!!」


そしてここからが大変だった。

一度結んだ婚約をコークス公爵が破棄するわけもなく、あの手この手でごねた。

だが、公の場でチェルシーがいつも通りの傲慢っぷりを発揮し、自ら失態を犯し無事婚約破棄となった。親子揃って王家の悪口を言っていたが普段からいい噂がなかったので、人々の不信感が王家に矛先が回る事はなかった。そこだけは助かった。


付け焼き刃で充てがわれた役職は実務が伴わず空転状態で国中がギスギスしていた。



そしてアレクシス第1王子殿下はと言うと、この国の第1王子として父の力になるべく忙しくしていた。知れば知るほど、ガーランド公爵家の政策や人材育成など感銘を受けることばかりだった。結ぶ事ができなかった縁を今更ながらに悔やまれてならない。


王都にあったドースン商会やセレニテ、ヴィーナスなどの店は閉めたままだった。

移転したなどの話は聞かないがこの情勢で店はガーランド公爵領の拠点のみで続けているらしい。セレニテは薬の評判が良かったので王家と契約をと思っていたのだが、センダラーハン国に店を壊され薬を盗まれ怪我を負い開店できないらしい。

それから王都で流行っていた漫画喫茶なるものも他にも数店が姿を消した。恐らく評判のその店たちもガーランド公爵領に拠点があったのだろう。こうして見てもガーランド公爵家の影響力に慄き、陛下のアシェリ嬢に対する仕打ちが悔やまれてならない、あの時に戻す事ができれば、と何度も後悔を重ねた。


もう、アシェリ嬢に会う事は出来ないのだろう。

一度は交差した関係だが今はどこまでも離れていってしまう、もう二度と交わる事も近づく事もないのだろう。

見かけるだけでも満足だった、心の片隅で想う事だけは自分を許してやりたいと思っていたが、それすらも出来ない。心の柔らかいところがゴリゴリ削られていく。

本当に戻りたい場所はいつだってあの、初めてアシェリ嬢に出会った王宮でのお茶会の時だった。あの時に戻れたなら彼女を傷つけたりしないのに。アレがなかったら彼女はどんな女性になったのだろう? セルティスに向けるあの潤んだ瞳を私に向けてくれていたのだろうか? 私も彼女を傷つける何ものからも護り愛したのに、この腕に抱いて離さなかったのに。心は決して許されない彼女へ向かい求めてしまう。

仕事に忙殺され考えないで済む時間が今は有難かった。


最近、パトリシアが許可も求めず遠慮なく私に纏わり付き、勝手に物事を決めてしまう事が増えた。

「それはカールバン伯爵ではなくネーリュオ伯爵が適任と思われます。ハワード、ネーリュオ伯爵に打診して頂戴」

「待ってくれパトリシア、そんなに勝手に担当の人間を変えては困る。カールバン伯爵はマーラーン国に太いパイプを持っているのだ、カールバン伯爵から変更するつもりはない。

ハワードいいね?」

「お待ち下さいアレクシス様、この件は父の意向です、ネーリュオ伯爵を使いカールバン伯爵をネーリュオ伯爵に置き換えれば利益が上がると申しておりました。

こう言っては何ですが、現在のスターチス国は財政難ですのよ、無駄は省く必要があります。ですからアレクシス様もその様に動いてくださいませね」


こんな事が続いていた、

アレクシスが必死に考えを出したこともにべもなくすげ替えられる。


「パティいい加減にしてくれ、君の気持ちは有難いが私の仕事にまで口を出して欲しくない。それから執務中は断りなく入らないで欲しい、私の部下を勝手に使わないで欲しい、いいね?」

「アレクシス様、それはどういうおつもりですの? わたくしが邪魔だと仰ってらっしゃるの? わたくしは殿下の為に!」

「だから! 君は君の仕事をすれば良い、だがこれらは君の管轄外だ」

「アレクシス様、わたくしにその様な口を聞いて宜しいのですか? 今 わたくしの父が手を引けばこの国がどうなるかはお分かりですか?」

「君は私を脅すのかい?」


シーーーーーーン


「殿下もパトリシア嬢も落ち着いてください! 皆寝不足でピリついてるんですね。少しここいらで休憩しましょう! さーさーさー、深呼吸して頭を冷やしましょう! お茶を飲んで一呼吸 良いですね!」


「…ああ、そうだな。私は少し散歩に出てくる」

アレクシス王子殿下は部屋から出て行ってしまった。


「もう、何ですのアレ。状況が分かっていないのかしら?」

「パトリシア様、侍女が来ているみたいですよ」

「あら、ではわたくしは失礼させて頂きますわ」



「ああーーー、超気まづいんですけど」

「本当に俺らの主人って殿下なの? パトリシア嬢なの? 険悪で勘弁して欲しいんだけどー」

「だけどどうなんだろうな?」

「なにが?」

「さっきのじゃないけど、こっちが真剣に考えたこともクーゲル公爵の意向で却下される。その影響はここだけじゃない。今では陛下の意見ではなくクーゲル公爵の意思で決まってくって話だ」

「サルバトール宰相も最近はガーランド公爵に接触を図っているらしく、陛下が拗ねちゃって宰相の意見を聞かないんだってさ。だからクーゲル公爵の意見がそのまま通ってしまうらしい」

「はぁぁぁぁ、俺らこれからどうなるんだろうなぁー、タングストン侯爵とガーランド公爵がいなくなった途端、うちの国がこんなにもガタガタになるだなんてな」

「ああ、ガーランド公爵は圧倒的な政治手腕を持っていたが、自分の意に沿わないものを排除する様な事はなかった。反対意見の者ですら上手く使っていた」

「それに対立する派閥も弱小貴族も踏み潰す様なこともなかったな。支援をして生きる場所まで与えていた」

「ここだけの話、どちらについて行きたいか? そう聞かれればガーランド公爵を選びたくなるよな。身分ではなく能力で判断してくれる人だから」

「ドナルドはいいな」

「ああ、本当にな 選択ができて羨ましい」

ドナルドはとうとう監禁された場所を抜け出しいなくなってしまった。どこに行ったか誰も知らなかったが、恐らくガーランド公爵領を目指したのだろうと思っていた。




ブリースト王太子は最早スターチス国に居場所がなかった。

自分たちが支援を求めたことにより国を二分する事態に陥らせてしまった。

冷静に考えれば、戦争真っ只中の国に連れて行って、1人の少女に一国の命運を全てを負わせ殺すような案、あり得ないものだった。それをスターチス国の国王陛下が強行したことによりスターチス国の核たるガーランド公爵とタングストン侯爵が抜け、あっという間に崩壊し始めてしまった。

今までガーランド公爵家は乗っ取る力はありながら、スターチス王家に尽くしてきた。娘の件に関しても強硬手段は取らずに沈黙してきた、故に『あのモノたちが王家を裏切ることはない』そう侮ってしまった。


ブリースト王太子は自国を救いたいがため、スターチス国に縋った為、とんでも無いことになってしまった。自分たちが巻き込んだせいだと分かっているが、もう取り返しがつかない。


ブリースト王太子たちは今はなくなってしまった亡国へ向かうことにした。

だがその前にガーランド公爵に挨拶をしてアシェリ嬢に詫びてから帰ることにした。



突然の訪問にガーランド公爵には今回も会う事は叶わなかった。

代わりに会ってくれたのは今回もステファンだった。

「多大なご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした」

深く深く腰を折り謝罪をした。

「恩を忘れるなと言ったのに守ってはくださいませんでしたね…。ですが今更言っても仕方ない、それに今となってはこの結果で良かったと思っていますよ」

「そう…なのですね、とは言え、アシェリ嬢を道具のように扱った事、本当に申し訳ありませんでした」

「ああ、そうだね、だがそれはスターチス国国王陛下の判断であってあなた達の責任ではない。今後はどうなさるのですか?」

「一度祖国を見に行くつもりです。センダラーハン国の目を盗み行動しなければならないので時間はかかると思いますが、私の務めだと思っています」

「そうですか、センダラーハン国は滅亡しました。ですから貴方の旅路を邪魔するものはありませんが、何もないので食料、水などにご注意ください。お気をつけて、では」

「待ってください! 今なんて!? センダラーハン国が滅亡? いつ、いつですか!!」

「先日です。我が国…当時のスターチス国に極大魔法を仕掛けた様ですが、位置設定に間違いがあったみたいですよ? 自国に落ちて滅亡しました。これからは情報料を頂きますよ? ふふ、それでは」

ステファンはそれだけ言うと部屋からいなくなってしまった。


残されたブリーストとカラバスクは涙を流しながら深く感謝しながらいつまでもステファンが出て行った扉を見つめた。そして同時に憎むべき敵を失い、自分たちは何もかもを失ったのだと痛感したのだった。

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