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34 秋の〆月 12 大夜会から3日


***



 身体検査済みだったはずの侍女は、纏めた髪の中から隠しナイフを取り出すと、部屋を出ようとする令嬢へ一目散に駆け出した。

 侍女にとっては己の主こそが正しく、美しく、慕わしい相手であって、であるから、その彼女が座るべき場所を退かないあの娘は、悪でしかなかった。

 悪路を乗り越え大夜会に合わせてこの国に来たのだ。両親も家族も国さえも欺いて、侍女の主は二国の平和を願ってここに来たのだ。

 そんな尊い方の心を理解しないその他大勢など、掃除してしまうほか無い。居なくても構わない相手だ。むしろ居ない方が、侍女にしてみれば助かる。いや、二国にとっても、キットそうに違いない。

 主の前で無作法をすることになるが、そもそもそれは主のためなのだ。

 だって。


 ──だって、あの女はその他大勢(モブ)だもの


 侍女にとって、主役は何時だって姫様だ。

 だから。

 だから。


 侍女はナイフを持ったまま、渾身の力でかの令嬢にぶつかった。


***



 目を覚ましますと。

 そこは昨夜お泊まりした王城の客間のベッドの上でございました。

 そして、わたくしを覗き込むお兄様とエステル。


「プリ」

「お嬢様っ!」


 お兄様がわたくしを呼ぶよりはやく、エステルが声を上げました。


「わたくしは」


 お兄様が痛々しげにわたくしを御覧になります。


「セインゴナコマチェスカ嬢の侍女に襲われかけたんだ。覚えているかい?」


 ああ。

 あの時の熱さは。


「刺された、のですか?」


 それにしても、今は痛みがございません。

 まさか完治するまで意識不明とかそんな重傷でしたか!?

 あるいは気付いたら十年後みたいな。

 にしても、お兄様更けてませんし。

 エステルも、変わりありませんし。


「……ああ、そうだ」


 お兄様が低く、頷かれます。


「でも」

「刺されはした。その後の事は、にわかに信じがたかった」


 わたくしの疑問を先取りするように、お兄様が仰います。


「大夜会からは三日経った。お前が刺されてから、二日だ」


 二日も、わたくし寝ておりましたか。えっということは、また寝ている間に色々解決してるパターンでしょうか。


「眠くはないかもしれないが、今日は休め。もう夜だ。空腹ならエステルに言うといい。わたしは、一度屋敷に帰るよ。両親に伝えよう」

「わた、くし」


 何も話せてはいませんが、確かに今は休むべきなのでしょう。

 何より、お兄様や、エステルが。

 きっと付きっきりで看病してくださったに違いありません。


「明日には、両親も登城するだろう。話しは、そのときにしよう。お休み、プリム」


 お兄様が低く、甘やかにおっしゃいます。

 暖かなお兄様の手が、目蓋に載せられて視界を遮られると。

 ゆったりとした、睡魔が、わたくしを微睡みへと連れ去って行きました。




 翌朝。

 呑気に寝て、起きれば朝です。


 ぐぅ、きゅるる、というお腹の音で目を覚ましました。


 情けない。令嬢として情けないの一言に尽きるのですがいかんせんお腹が空いたのです。お兄様のお言葉を信じるならばわたくしこれで丸三日何も食べておりませんので!

 むくり、とベッドから起き上がり、少しだけ窓の方へ視線をやります。カーテンから薄日が差し込んでおりますから、冬の朝としては起床してもおかしくはない時間でしょう。

 ベッドサイドの呼び鈴をならそうとして手を伸ばせば、触れるより前に続きの間からノックが響きます。


「お嬢様、お目覚めですか?」


 なぜ気付くの、エステル。


「ええ。起きておりますわ」

「失礼いたします」


 直ぐにドアが開いて、エステルがカートを押して入ってきます。

 カートの上にはティーポットが乗せられているようですから、モーニングティーの用意をしてくれていたのでしょう。侍女が優秀で怖い。


「お加減はいかがですか」


 と、カップを差し出しながら問い掛けるエステルに、大丈夫よ、と答えます。

 実際のところ、刺された、と言われても痛くも痒くもなく。

 何が起こったのかも良く分かっておりませんので。


「今日は、学園に行けるかしら」


 ふとそう呟けば


「年越しのお休みに入っておりますよ。領地に帰られるほどの長さのお休みでもありませんので、皆様、寮か町屋敷にはおいでと思います」


 ああ、もうそんな時期なのですね。

 苦味の強めのモーニングティーのブレンドが、だんだんと意識をはっきりさせていきます。


 ひとまず、今日は。


「今日は、お兄様がお話しくださるのよね。着替えてお待ちしましょう」

「お着替えは後程になさってください、お嬢様」


 えっ。

 エステルがそんなことを言うなんて、やっぱり、その


「ねえ、エステル、わたくし、痛くもなにもないのだけど、やっぱり傷口がひどいのかしら? だから着替えない方がいいって、ことなのかしら?」

「いいえ! ただ、ご説明の前に御覧になっても、お困りになるかと思いまして」

「エステルが、そう言うなら信じるわ。でも顔を洗って髪を梳かしたいの」

「ご用意いたします。お嬢様は本日はできるだけベッドからお降りになりませんように」


 過保護!

 いえ、刺されたのが事実でわたくしが痛みを感じていないだけならそれは正しい対応なのだと思いますが!


 と、ふと、痛みを感じないその原因のひとつを考えます。


 例えば。傷が深くて、神経を傷付けたとかで麻痺している、可能性です。現代日本でも事故の後遺症などで聞きますし。

 わたくしの記憶が確かなら、あるとすれば胴から下に傷口があるはずですから、最悪下半身麻痺などでしょう。

 恐る恐る、布団に隠れた中で足の指を握っては開いてみて。


 拍子抜けします。


 少なくとも、そういった麻痺も無いように思いますし、ますますベッドの住人の意味がわかりません。

 お兄様が登城されて説明を受けられれば話は別でしょうか。

 わたくしが考え込んでおりますと、エステルが空になったカップを受け取りつつ尋ねてきます。


「朝食も直ぐにお持ちいたしますか」

「移動はできそうだけれど、ベッドにいた方が良いのよね?」

「ひとまずはその方が宜しいかと。お食事を終えられましたら侍医をお呼びするように仰せつかっております」

「どなたに?」

「……皆様に」


 少し止まったのはなぜですか。


「皆様、」


 わたくしが問い返すまでもなくエステルに説明されました。両親とお兄様は我が家の主治医を置きたがり、倒れたという事実だけ聞かされたプリムローズ商会からは商会お抱えの医師と薬師をジンカイイの町屋敷に送り込まれかけ、それ経由で隠れ家食堂の方とかハンドトスのマム、取引のあった商店街の皆様からはお見舞いの品が一晩で山になり、学園の友人たちからもお便りやお見舞いが届いていて。その全てに言付けられていた言葉を纏めますと「可能な限り一番いい治療を受けて欲しい」に、集約されたそうでございます。

 婚約発表の翌日に倒れたらしいと言われればそうもなりますわね。


 そして何より、イングラム王太子殿下が、王城の御殿医の中から一番の医師をつけて下さったとか。

 それで、その医師の判断を仰ぐためにも、変化がなければ定時、何か変化があれば即応するので呼ぶように、と言われていると。


 なんだか。

 すごく大事(おおごと)になった三日間だったということはわかりました。


 そんなわけで、ベッドの上で簡単な朝食を頂くと、エステルがドアの外へ声をかけます。

 王城のメイドたちが控えているのだそうです。

 それで、エステルがへやから出ること無く朝食は下げられ身支度の道具も整えられベッド上とはいえ磨かれた上で、待つこと暫し。


 医師と共においでになったのは、看護師ではなく、イングラム王太子殿下でした。

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