33 秋の〆月 11 その翌日3
次週はお休みの見込みです
チェスカ様は顔をしかめながら
「ですが、非公式ではありますがわたくしは王族です。わたくしが有る限り、攻めいられることは」
「逆だ。今の貴国ならば『王族を誑かした悪』として我が国に攻めいるだろう。自国の状況を正しく理解しておられるか」
イングラム王太子殿下が畳み掛けます。情け容赦なしとはこのことでしょう。
明らかに、チェスカ様は青ざめておられます。テーブルの下で見えない両手を、きっと握り締めておられる。
「そんな……ことは」
弱々しく、チェスカ様が口にされますが、その先の言葉は出てきません。
イングラム王太子殿下は、視線をチェスカ様からわたくしへ向けられました。
「プリム嬢、言いたいことはあるか?」
なぜ、イングラム王太子殿下がお兄様なのですか、などと聞いて良いものでしょうか。
なんとなく、そこにポイントがある気がするのですが。とはいえ、ここでそれを聞くのも場違いな気もいたします。
ですから、そもそもの質問をいたしましょう。すなわち、
「イングラム王太子殿下の側近の方々の婚約が決まったから、お出でになった、と仰せでしたが、なぜお出でになったのでしょう。戦争を防ぐための婚約、ならば、側近の婚約やしきたりなど捨て置いても来られて良いはずです。何故、今だったのですか」
例えば、婚約者候補が『ヒロイン』ではない『わたくし』だったから、ではないのでしょうか。彼女自身、または周囲の人間に、『輝きのソナタ』を知る方がおられるのでは。
シナリオ通りならば、ヒロイン、メアリー様との婚約でないのなら、チェスカ様がその席に着くのですから、『断られるわけがない』とお思いになっても不思議ではありません。あ、いえ、不思議ではありますが、思い込むのもあり得るかもしれません。
むしろ、ゲームと知らずに、まるで予言のように言われ続けていたら? 信じたまま疑う余地もなく育っていたとしたら?
周囲の、信頼の置ける誰かに、そうささやかれ続けていたら?
例えば、わたくしならエステルが予言のように、当然のように言うのなら、信じてしまうと思うのです。
少し落ち着かれたらしいチェスカ様はわたくしをご覧になりながら、お答えになりました。
「機を読んだからですわ」
まあ、そういう言い回しになりますわよね。今がそのときです、みたいな。
「機、ですか。もはや戦争を回避できないと思われるこの時が、最適でいらしたのですか」
思わず、問いを重ねてしまいますわね。
ですが、自分が信じる何かまたは誰かを思い出されたのでしょう。顔色を取り戻したチェスカ様は、ゆったりと頷かれます。
「そう考えるのは貴女だけですわ」
「…………」
沈黙で先を促しますと、
「我が国は精霊の加護厚い国ですから」
うっとりと微笑んで答えられました。
「ありえんな」
そしてそれを、今まで黙っておられたムジーク様が切り捨てました。
チェスカ様がきっとムジーク様を睨まれます。
ムジーク様は目を細めてハッと鼻で笑います。
「そこな、長ったらしい名前の女、お前の国がこの国でないのは分かったが、精霊の加護厚いとは笑わせてくれる」
去年の強気ムジーク様の再来でしょうか。むしろはらはらしてしまいます。自分のおうちに遊びに来た二人が喧嘩してるときってきっとこんな気持ちです。
「俺は竜の亜人の後継である。あの戦から百年の節目の竜の亜人の後継がどういうものか、はお前にも分かろう」
金の目を縦に細めてムジーク様がチェスカ様を見つめられます。
チェスカ様は頷かれました。
「人の国が百年続いたら、人を番とする竜の亜人が生まれる、というものでしょう。神と精霊と魔が立ち会ったという」
「それが俺だ」
「この場に居られることと、名乗られた内容からそのようには察しておりましたが、それが我が国が精霊の加護厚いことをありえないと断言することにどう繋がるのですか」
国として信じていることをあり得ないと否定したのです。流石に侮蔑ととられても仕方はないかもしれません。
ですが、ムジーク様がなんの根拠もなくそのようなことをおっしゃるとは思えません。
ムジーク様はふっと鼻で笑われてから、
「この国どころか、この世界にはもはや、精霊も魔もおらんからな」
は!? 初耳なんですが!?
攻略本にもそんな重要情報載ってませんでしたが!?
それは皆様同じ感想のようで、イングラム王太子殿下も、チェスカ様も、お兄様方や、侍女の皆様も。息を飲んでムジーク様の次の言葉を待っております。
「百年前の終戦を見届けて、彼らは向こう岸へ帰った。竜の亜人、我ら竜人族の間ではその場に立ち会ったものも健在だからな。間違いあるまいよ」
なんてことないようにムジーク様が仰います。
「そ、それこそ戯言でしょう! 精霊も魔も居ないなら、魔獣や魔力持ちが生まれる理由がないではありませんか」
魔が居なければ魔力はない、魔獣は魔の眷属、と考えれば、その指摘は確かに的を獲ているように思えます。ですが、ムジーク様がその答えをお持ちだろうとも、わたくしには確信できてしまうのです。
その確信の通りに、ムジーク様はお応えになります。
「向こう岸とこちら側は完全に断絶されているものではない。神が目に見えぬように、すぐとなりにあるものだ。そうだな、魔力などはこう考えろ、館のすきま風だ、と」
向こう岸から僅かに漏れ出す魔力が、この世界にある魔力、ということでしょうか。
ムジーク様の言葉に、イングラム王太子殿下はほうと言い、チェスカ様は目を見開かれました。
怖いですわ。令嬢はポーカーフェイスかアルカイックスマイルが基本でしてよ。
それから、チェスカ様は深く深く息を吐かれました。
「我が国は、精霊の加護厚い国です」
「未だ分からんか」
「いいえ! そうでなければ! 我が国は……」
「貴殿の国のことなど配慮の外だ」
「っ」
「どうせ、精霊の加護厚いゆえ、民よ耐えよ、与えられた試練だやがて栄える、この国よりも幸せな国はないだの言っていたんだろう」
「そうではありませんか。国境の難民村は、我が国へ逃げ込まんとするあなた方の国の民でしょう!」
え、えええーーー。
おそらくお出でになる際に視界に入られたのでしょうか。
その方々は──
「セインゴナコマチェスカ嬢。それは違う」
イングラム王太子殿下が、固い声音で仰います。
「何がですか。己の国の民をさておいて、あのような夜会を開き、その上──!」
言い募るチェスカ様に、イングラム王太子殿下はそれを遮りました。
「あの難民たちはみな、貴国の国の民だ」
「既に見捨てたと!?」
「違う。むしろ保護しているのはこちらだ」
話が噛み合いませんわね。いかがいたしましょう。
手前味噌ですが、おそらく、我が国の言い分の方が事実なのだと思います。チェスカ様は、隣国において自国の情報を秘匿されておられる。自分の国がこの世の楽園で何より素晴らしいと信じて。
だからこそ、自分が嫁すことは相手にとって喜ばれることで、戦争も発生しない、と信じられるのでしょう。
「チェスカ様の国の、小麦は今、一単位いくらで卸されておりますか」
「銀貨四枚だったかしら」
わたくしの問いかけに、チェスカ様は少し考えてからお答えになります。
小麦の卸単価が銀貨四枚!
円換算で1トン4万円ほどでしょうか。
「我が国では銀貨二枚を切っていたか」
イングラム王太子殿下がセマニ様を振り返ります。
「はい、殿下。先月の終値は一単位あたり銀貨一枚、小銀貨九枚でございました」
セマニ様が頷かれれば、イングラム王太子殿下の視線はチェスカ様に戻ります。
「我が国では飢饉どころか不作は発生していない。備蓄も十分にあり、難民の出るようなことはない。証拠が必要ならすぐに用意させるが、知りもせず我が国を侮辱するのはやめていただこう」
小麦の卸単価が倍違うとは思いもしませんでしたが、卸単価が違えば民の手に届く頃にはもっと差が広がっているはず。
そのことを確認するために尋ねたのですが思わぬ結果になりそうです。
イングラム王太子殿下が反撃を始められましたから。
というか、確かに国家的な侮辱に該当すると言っても良さそうでしたわね。先程のは。
「まさか、そんな」
「疑われるなら、城下の商店を見てこられるといい。大夜会のあとだ、物価はこれでも年内で一番に上がりきっている頃のはずだ」
チェスカ様がいよいよもって青ざめられます。
「でも、『おねえさま』は……おねえさまは間違ってなど……」
そして虚ろに呟かれます。
どうやらその『おねえさま』が彼女にないことないこと吹き込んだのでしょうか。
設定でも隣国の家族構成まではのっておりませんでしたし、実の姉かはわかりません。
「チェスカ様、ひとまず原点に立ち返られてはいかがですか。そもそもお出でになったのは、戦争を起こさせないため、でお間違いありませんよね?」
わたくしが問い掛ければ、チェスカ様はこくりと頷かれます。
「イングラム王太子殿下も、戦争の回避については賛同いただけると思ってよろしいですか?」
「ああ」
「ムジーク様、ここまででご意見は?」
「ない」
「ありがとう存じます。では、チェスカ様は何故、戦争が起こるとお思いですか」
我々はイルワ元侯爵の件から、隣国の開戦機運を存じております。ですが、チェスカ様はどうでしょうか。自国の飢饉すら秘匿されておられる姫君は。
チェスカ様は顔を上げられます。
「その時が来たからです」
「その時、とは?」
「我が国こそが真に王権を持つ、精霊の加護厚い国。百年の節目に今度こそ真の統一を図るのです。王権が正しき者の手に無いからこそ国内外が荒れすさぶのですわ」
チェスカ様はしっかりと、イングラム王太子殿下を見詰めて仰います。
「我が国はそのように考えております。ですが、その為に戦を開くなど民が苦しむに違いありません。ですから、わたくしが来たのです。わたくしと、次期王であるイングラム王太子殿下が結ばれることで、緩やかな統一を図れます」
考え方の筋としては、合っている……のでしょうか?
大分こじつけておられる気も、するのですが。
イングラム王太子殿下はじっとチェスカ様を御覧です。
「それを、貴女が独断で成そうとしたことこそが、問題なのだがな」
「仰りたいことはわかりましたわ。先程も仰られましたもの。わたくしが人質として我が国に認識されれば、貴国は神罰を受けかねませんから」
神罰とまで仰る。
なんだか段々話の通じない方とお話しされている気分になって参りました。
チェスカ様にしてみれば、正しいのはあくまでも自国ですものね。
つまり、折り合う場所は既に無い、のでしょう。
我が国と隣国。我々とチェスカ様がた。どちらにも。
チェスカ様だけが、それに気付いておられない。
「よし」
ムジーク様が不意に口を開かれます。
「話は分かった。この場で利害関係にないのは、オレだけだな。まあ、この国に肩入れしているのは否定せんが」
そう言って、ムジーク様はチェスカ様を御覧になりました。
「オレがお前と共に、お前の国に行こう。まずはオレが見定めてくれる」
ムジーク様が宣言されます。
「このオレが行くのだ。貴国も、話を聞かざるを得まいよ。何せ、『百年の節目の竜の亜人』だ」
チェスカ様が驚きに目を見開かれます。
「そんな話は」
そして口を開こうとして
「意見は聞かない。お前も、イングラム、プリム嬢、お前たちもだ。オレが決めた。貴様らには関係ない。
案内し先導せよ」
ムジーク様がまるで議長か、神官の託宣のように告げられます。
「承知、いたしました」
渋々、でしょう。チェスカ様が答えられると
「姫様!」
無作法にもチェスカ様の侍女の一人が声を上げました。
全員の視線が、その侍女に向きます。
「いいのよ、わたくしは」
チェスカ様はその侍女に穏やかに──まるで悲劇のヒロインのように──微笑まれますが、侍女の視線は──わたくしを、睨み付けておられます。背筋に鳥肌が立って、産毛が逆立つような、そんな視線です。
「姫様がお痛わしいです!」
侍女は許しを得ずに口を開きます。
「まだ婚約のみというのに、国のために身を引くこともできぬとは、しょせんその程度の国なのです、姫様」
侍女はわたくしを睨んだままそう口にします。
「無礼な!」
お兄様が流石に声を上げました。ここは『イルフカンナの臣下』としてそう口にすることは無礼には当たらないでしょう。
「無礼なのはあなた方です! 姫様がここまでお心を砕いておられるのに」
え、えええー。
どこに砕いた心の欠片がございますの。開こうとした口が止まってしまいますわ。
「セインゴナコマチェスカ、会談は仕舞いだ。お引き取り戴こう。次があれば、また。今度はまともな侍女を伴うことだ」
イングラム王太子殿下が、低く、怒りを抑えられた声で仰います。ムジーク様も冷めた眼差しで侍女を御覧です。
会談の席で、このような暴言を、侍女に言わせてそれを咎めないのであれば、こちらとしても、礼を尽くす必要がなくなります。会談は決裂、と言って良いでしょう。
わたくしやチェスカ様が話を続けたかったとしても、イングラム王太子殿下が戦争を避けたかったとしても、ここでなあなあにしてしまっては、国として下に見られる切欠になってしまいます。
機会を、彼女たちは自分たちで捨ててしまったのです。
イングラム王太子殿下が立ち上がられますので、わたくしも続いて立ち上がります。ムジーク様も立ち上がられ、イングラム王太子殿下が退室するのへ続いて歩まれますから、わたくしはその後に続こうとして。
「プリム!」
お兄様の叫ぶ声。
視界に走るラーシュ様の背中。
体当たりされる衝撃。
ふらつく足元。
熱い。
あつい。
次週はお休みの見込みです




