35 秋の〆月 13 大夜会から4日 1
「目が醒めたと聞いた」
イングラム王太子殿下が口を開かれましたので、わたくしはベッドの上で頭を垂れます。
「ご心配をいただきまして、ありがとう存じます。この通り、無事にございます。もう起きて動けると思うのですが、このような姿で失礼いたします」
お答えすると、私の頭の天辺から掛ふとんに覆われたつま先まで見通すようにしげしげと眺められてから、
「良かった」
と小さくおっしゃいました。その表情を見ていたのは、わたくしだけ。なにせ皆様わたくしの方をご覧なので。
完璧スマイルではない、ほっとした、と言うしかない表情です。
「顔を見て安心した。あとでリバートとご両親を呼んでおこう。診察にわたしは役に立たないから、一先ず失礼する」
きっと、お忙しいのに足を運んでくださったに違いありません。わたくしは一つ頷いて、できるだけ優雅に微笑んでみせます。大丈夫だと伝わるように。
「お見舞いくださってありがとうございます。殿下」
すると、イングラム王太子殿下は目を丸くしてから、自分に納得するように数度頷かれ、そして
「プリム嬢、今後、わたしはそなたをプリム、と呼びたい」
「殿下の望まれるとおりに」
呼び捨てとかちょっと照れてしまいますが! そういうこと口にする場面でないことは察しております! ご安心ください! わたくしやればできる子です!
「だから、プリムも、わたしのことを名前で呼んでほしい」
……ぱーどぅん?
「そっ、そんな、恐れ多いことです」
「婚約も公表されたのだ。わたしが許すのだから問題ない」
完璧スマイルで押し切ってこられましたわね。
視線を巡らせますとお医者様のおじいちゃんはにこにこ顔。エステルとお城の侍女たちはポーカーフェイス。ポリィとオルトが少しだけテンション上がってるのが見て取れますわね。
「……イングラム、さま」
「様もいらない」
「そ、それはお許しを」
なんで急にこんな辱めを受けますの!?
「病み上がりには酷か。おいおい、楽しみにしている、プリム」
イングラム様はそうおっしゃると、踵を返し、部屋をあとにされました。
残されたお医者様は部屋に備え付けられている鏡台から椅子を引き寄せて、ベッドサイドに腰を下ろされます。
診察は主にわたくしの体調面、脈ですとか顔色ばかり。不調はないかと聞かれたり、普通の健康診断のようです。
だって。
刺されたはずなのに傷口をご覧にならないなんて。
「よろしゅうございます」
一通りの診察を終えたらしいお医者様の言葉に、わたくしはついに訪ねます。
「傷口は、ご覧になりませんの?」
その問いかけに、お医者様は穏やかに微笑まれました。
「はい。そちらは、昨日の定期診断で見せていただいております。意識のない中で失礼をいたしましたが、問題ございませんでした。あとはお嬢様が目覚められてから、心身に問題がなければ、と考えておりました。
問題はございません、お嬢様。あとは療養され、体力を戻されるとよろしいかと存じます」
お医者様はそうおっしゃると、椅子から立ち上がりました。
「何か気になることがございましたら、何時でもお呼びください。それでは、御前を失礼いたします」
言いおいて、出ていかれました。
傷口に問題はなく、心身も問題ない。
そして私はいまベッドの上。
これ、動いてよいのでは?
ちら、とエステルを見ますと
「療養です、お嬢様」
過保護エステルでしたわ……!
これは入院リハビリ的な生活を求められると察しました!
壁に掛けられた時計石を見ますと、もう昼ごろの色合いです。
ランチは流石にベッドの上は嫌なのですけども……時計から視線をエステルに向けますと、
「昼食はご両親とリバート様が御出でになるそうです。王太子殿下が、家族で水入らずに過ごせるようにと別室をご用意くださっておりますので、そちらへご移動いただきます。その間に、ポリィとオルトが寝室を整えさせていただきます」
察して、すぐに答えてくれました。
「お部屋の移動は、いいの?」
「車椅子をご用意致しておりますので」
「まさかの過保護」
「当然の措置でございます」
「機能回復訓練というのかしら、そういうのも必要だと思うわ」
「一先ず今日は、ご容赦くださいませ、お嬢様」
泣きそうな顔でエステルが言います。
「……心配掛けて、ごめんなさい、エステル」
エステルの心配も最もです。送り出した主が意識不明で帰ってきて二日間寝たきりとなれば、起きた! 元気! 自由にしろ! なんて言われてもすぐにうなずけないのは当然ですわね。
「いいえ。お嬢様がご無事で、本当に、何よりでございます」
よく見れば。
エステルは化粧でうまく隠しておりますけれど、目の下とか疲労の痕跡が見えます。
「エステル、お父様たちが来たら、わたくしはお兄様に案内してもらうわ。貴女は休んでいて頂戴。お願い。ポリィ、オルト、あなた達にも心配をかけてごめんなさいね。昼食の間くらいは、楽にしていて」
三人にそう伝えると一斉に涙を流し始めました。
えっ、えっ。なんで!?
「ごっごぶじで、ほんとうに、なによりでごじゃいまぃた」
「わだぐじどものことまできづかっていただいて、いっしょうついてゆきましゅ」
嗚咽をあげながらポリィとオルトが答えます。
エステルは涙を手で拭い、ベッドサイドに跪いて、わたくしの手を握ります。
「わたくしは、お嬢様のためにおります。ご心配には及びません。ですが、お心の通りにいたします。ポリィも、オルトも」
後ろで二人も頷いておりますから、「よろしくね」と頷きます。
さて。
車椅子移動とはいえ、流石に部屋着のままともいかないので、上にゆったりとしたカーディガンのようなものを羽織って、迎えに来たお兄様に車椅子を押して貰って、ご用意いただいたという別室へ向かいます。
「お兄様、あの」
「聞きたいことはあるだろうが、まずは両親に元気な姿を見せてやってくれ。説明は、その後に」
それもそうかと私は頷いて、家族四人で王城で昼食をいただく、というよくわからない事態を受け入れるのでした。
実際、車椅子で入室した私に、両親は駆け寄って、母などは涙を流してしまわれて。
ご心配をおかけしましたという他なかったのです。
それからは、
食事を終えて、食器が下げられ、優秀な侍女侍従たちによって食後のお茶が供された頃。
その部屋に、来客が訪れました。
「陛下!」
開かれた扉から現れたその方に、お父様が気付かれ、すぐさま立ち上がって臣下の礼を取りました。お兄様とお母様もそれに習います。わたくしは、車椅子、という姿ですので、座ったまま頭を下げるほかありません。
「良い、楽にしてくれ」
お言葉に顔をあげますと、陛下の後に続いて王妃殿下、イングラム様がおいでになります。
もともと広い晩餐用のテーブルでしたから、陛下はその空いている席に腰を降ろされました。
「ジンカイイ、まずは親として謝罪したい。娘御を危険にさらし、済まなかった」
頭は下げられませんが、陛下がおっしゃるのへお父様が深々と頭を下げます。陛下が、このように謝罪を口にしてくださることが、どれほど特異なことか、上位貴族の家長としてお父様は十分に理解されておいでです。
「勿体ないお言葉です、陛下」
ですから、お父様はただ謝辞を述べるにとどめます。
「犯人である先方の侍女は、すでに投獄している。加えて、その主であるセインゴナコマチェスカ嬢についても、迎賓館へ護衛付きで留まらせている。我が国として、便利な交渉材料を得た、と言えるだろう」
陛下は、ただ淡々と事実のみを仰せですが、それでも、こちら側の状況だけでは、おそらく戦争は回避できません。というのも、戦争をしたいのはあちらで、その上チェスカ様がおいでになったのは彼女の独断。つまり、
「我が国側の陰謀論を振りかざされる可能性も、まだ残っている、ということですね」
お父様が陛下のお言葉に答えますと、陛下は深く頷きます。生中継も記録映像もないこの時代、この世界で、『証拠』の確保がどれほど難しいかは、想像に難くありません。
「今後については、大夜会の後ではあるが、貴族議会を招集する。改めて、その場で皆の意見を聞くことになろう。
そして、我が愚息とプリム嬢の婚約についてだが」
陛下のお言葉に、わたくしは息を呑みました。
刺されたということは、腹部や腰部に傷があるはず。そう言えば傷口をまだきちんと見ておりませんが、体に傷があるということがどれほどの瑕疵であるか、わたくしも貴族令嬢として知っています。
きっと、婚約破棄を申し渡されるのです。




