25 秋の〆月 3
フィリィと同じ回で踊り終えたメアリーは、男性を振り回さないように、と教師に釘を刺されて頷いた。
見た目にか弱さとたおやかさしか感じられないメアリーだが、誰もが今のところの学園最強であることを知っている。騎士専科トップのフォース・ブラックとの戦いの話は尾ひれ背鰭が付いて出回っており、今では木剣を持つブラックを拳のみで圧倒し、現役騎士のホエール公爵子息ラーシュをも薙ぎ倒したことになっている。だからか、詳しく知らない男子生徒は対面した時点で狼狽える。そしてそのままダンスでリードできないまま終わってしまうのだ。
筋力量の差といえば良いのか、男子が不甲斐ないのか。
今日のパートナーはシェイマスだったので、事情を知る分まだましだったはずだ。二人でフロアの隅に避けながら、シェイマスはメアリーに微笑んだ。
「体幹がしっかりしてるから引き寄せにくいね」
メアリーはその言葉になるほど、と頷く。己の踊りには、しなやかさとか柔らかさが足りないのだ。無意識に抵抗してしまうのだろう。
メアリーはシェイマスに礼を言ってプリムの元へ向かうために離れる。無様に見えないよう滑らかにして速い歩みで、壁際に佇むプリムに近寄った。
「プリムさま」
「あら、メアリー様も終わられたの?」
「はい、今の回で。プリム様は?」
「先生から見学を申し付けられましたの」
プリムの言葉に、メアリーは頷く。
メアリーが見てもプリムの脚運びは見事だし、恐らく教師も、これ以上他の男子と踊らせることを躊躇ったのだろう。プリムが変わらなくても、プリムの周りは少しずつけれど急激に変わっていくだろう。
それは、メアリーがあの日、義父に引き取られて貴族になったことよりも大きな変化かもしれない。そしてそれは、プリムを今までの世界から少しだけ、けれど無理矢理に引き剥がしてしまう。
別に家族を失うわけでも、何を奪われるわけでもないけれど、確かに。
だから、プリムのそばにいたいと、メアリーは思うのだ。
あの日、プリムが手を取ってくれたように、今度は自分がそばにいよう、と。
***
ローズマリーと三人の令嬢の元へ、ストロベリーブロンドの少女が歩み寄る。
「騒がしくてよ」
甘さのある声が耳朶を震わせる。
四人がはっと顔を向けると、小柄な少女が立っていた。
「フィリィ様」
ローズマリーが呟いてから、さっと頭を下げた。他の三人もひとまずそれに習う。もちろん、学園に置いて爵位によって頭を下げねばならないことはない。が、今はダンスの講義中で、さらに『騒がしい』と咎められたところであったので、公式のマナーに従ったわけだ。
「楽になさって。ファルファッラ伯爵家のフィリィですわ。皆様方から、プリム様のお名前が聞こえたものですからお声掛けしてしまったの。ただ、今は授業中ですもの、もう少し落ち着いて話されてはいかがかしら」
何時もより背伸びした風の話し方に、ローズマリーは自分達四人が咎められているのだろうと察した。
他の三人も、恐らく同じように感じているだろう。
四人は姿勢をただし、ローズマリー以外の三人がまず自己紹介をした。
それに頷くフィリィに、三人は味方を得たと思ったのだろう。
「フィリィ様は、プリム様のご友人でらっしゃいますでしょう。プリム様は、庶民の目に晒されてお困りではないですか?」
「わたくしどもで、注意いたしましょうと申していたのですわ」
「あのように壁際で佇まれて視線に晒されているなんて、お痛わしいですわ」
三人の言葉にフィリィはなるほど、と思った。
三人がそうやって、良かれと思ってプリムに壁を築こうとして、ローズマリーはそれを咎めたのだろう。プリムが望む望まないで言えば望まないことであろうから。
フィリィは考える。
ローズマリーは悪い子ではない。
三人も、悪い子ではない。
ただ、立場が違うだけだ。
三人はその立場には壁が必要だと言い、一人はその壁は望まれないと言っている。
放って置かれないのは大変だな、とフィリィは思いながら、にこりと笑う。
「なら、わたしがプリム様に聞いて参りますわ」
勝手に慮って動かれても迷惑だから本人に聞け、とフィリィは言外に告げる。
三人は表情を固くし、ローズマリーは目を丸くする。
「だって、皆様プリム様のことをお考えなのに、意見が食い違うのでしょう? プリム様の望まれるように為されば良いわ」
プリムの友人である立場を存分に使って、なおかつ、好きにはさせない。
にこりと微笑むフィリィの姿は、ローズマリーには新鮮に映り、三人には恐ろしく見えた。
ふわりとスカートを翻し、フィリィは告げる。
「さあ、参りましょう」
次の組のダンスを邪魔しないように迂回して歩き始めるフィリィに誰も逆らえずに付いて行く。
やがて壁際に佇むプリムと、隣に控えるメアリーが見えて、令嬢たちは息を飲んだ。
その上、二人のもとへスノエルも歩み寄るのが見えて、ローズマリーは静かに心を決めた。三人は内心震えているだろう、とローズマリーは思うけれど、出過ぎたのは自分達なのだと割り切った。
やがて、五人と三人は壁際で邂逅する。
ローズマリーは、今一度背筋を伸ばした。
***
フィリィ様が四人の令嬢を引き連れてずんずんとこちらへやって来ます。群れのボスか、はたまた、良い枝を見つけたわんこでしょうか。とにかく、なんというか、鼻息をふんすふんすと荒らげておられるような?
すすす、と別方向からスノエル様もおいでになって、いつの間にか結構な団体ですわね。
「プリム様、彼女たちがお尋ねしたいことがあるそうですの」
ふんす、とフィリィ様が仰いますから、わたくしはその後ろの皆様に視線を向けました。
ローズマリー様と、あとは
「ごきげんよう、皆様。記憶違いでなければ、ノーチラス子爵令嬢、アミーカル男爵令嬢、クリムウィル騎士爵令嬢ではなくて?」
家名を呼ばれた三人は、びくり、と背筋を伸ばしました。間違いましたかしら。とはいえ、わたくしから声を掛けましたから、三方も話していただいて構わないはずですが。何も仰いませんね。
ローズマリー様がにこりと微笑まれて
「ごきげんよう、我が君」
と仰います。
えっ、今その呼び方されますか? ここでほかの方から指摘されても対応できませんから微笑んで逃げましょう。
「ごきげんよう、ローズマリー様。お三方とどうなさったの?」
三人が固まったままでらっしゃいますけれど、ご用があったのではないかしら。首をかしげて、フィリィ様を見ますと、フィリィ様は三人を御覧です。
ローズマリー様は三人が口を開かないからか、一つ息を吐かれました。
「プリム様は、今、その、ほかの専科の方々からも注目されておられますが、ご不快になられているはずなので注意しよう、と三方が仰っておられて、ですがわたくしは、プリム様はそういったことを望まれないのではと」
ローズマリー様の言葉に、三人は顔を上げられます。
ああ、これは前世でも何度か見た景色です。意見の異なる相手が己を取り上げるときに、否定的にされるのではないかという怯えと、それを聞いた相手が、己に味方して、ともすれば自分を紹介した者を諌めてくれるのではないかという期待。
他者に頼り縋る姿。
わたくしも、そうでしたし、そういうものを見てもきました。
わたくしは、そんな風に縋られるほど、高貴なものでも尊いものでも無いのですが。
何より。
気付けば周囲の視線が痛い。
これだけの人数がホールで集まればそれなりに視線を集めてしまいます。まずは納めて詳しくは後程、とするのが良いでしょう。
「そうなんですのね。お気遣いありがとう存じますわ。ですが、今は授業中です。放課後に、女子寮のサロンでゆっくりお話いたしましょう?」
わたくしがそう答えますと、ローズマリー様とお三方、メアリー様はもちろん、フィリィ様とスノエル様も頷かれました。
なんだか大事になりそうですわ。
どきどきしながら周りを見渡すと、先生方とも視線が合いました。なんだか深く頷かれます。
え、ええー。公認ーー。
常識的な行動をしただけで好感度が上がるとか、どういうことですの。
その後は特に事件もなく、穏やかにその日の授業を終えて。
そして現在わたくしたちは、貴族女子寮のサロンに集まっております。
お三方とローズマリー様、わたくしとメアリー様にスノエル様、フィリィ様。八人で長テーブルに四人ずつ向かいあって座っております。エステルとシトラス、駆けつけたオパールとショコラッテの四人が給仕をしてくれて、お茶が並べられました。
わたくしはエステルの淹れてくれた、馴染みある味を楽しんでから口を開きます。
「お気遣いありがとう存じますわ。集まってくださったことも、感謝を。まずはお名前をお聞かせくださる?」
びくり、と三人は肩を震わせました。熱も下がって死刑囚の気分、でしょうか。執行なんてしませんから、落ち着いてくださいましな。
「ノーチラス子爵家マリーナでございます」
「アミーカル男爵家カデナにございます」
「クリムウィル騎士爵リアセーナと申します」
「マリーナ様、カデナ様、リアセーナ様ですわね。わたくしは、ジンカイイ侯爵家次女のプリムですわ、こちらが」
「スノーヴィ侯爵家スノエルですわ」
「ファルファッラ伯爵家のフィリィです」
「コンツェルト伯爵家メアリーです」
「これで見知らぬ他人ではなくなりましたわね。では、早速お話をしましょうか。マリーナ様たちとローズマリー様は意見の相違があったのよね? わたくしに、関することで。有難いことですから、きちんとお話を聞かせてくださる?」
問い掛ければ、代表することを決めたのでしょう、マリーナ様がお答えになります。
「おそれながら、プリム様は王太子殿下の婚約者候補であられます。そのようなお方にわたくしども下級貴族や、ましてや平民がご迷惑をおかけするなど、あってはならぬことと存じます。このようにお言葉を交わさせていただくことすら、同じ学園にいることすら、大変に名誉なことでございましょう。ですから、それを知るわたくしどもが、それを知らぬ皆様にきちんとお伝えし、弁えていただかねばならないと思うのです。全てわたくしどもがいたします。どうぞプリム様は安らかにお過ごしください」
マリーナ様がわたくしをじっと見つめておられます。完全に善意で、正しいことを為さっているという確信がおありですね。先ほど怯えられたように見えたのは、あくまでもわたくしに直接それを言うことになるとは思ってらっしゃらなかった、ということでしょう。
「お気持ち、ありがとう存じますわ。ローズマリー様は、それをどうお感じになったの?」
わたくしは淑女の微笑みを崩さずにローズマリー様へ水を向けます。
ローズマリー様はしゃきりと背筋を伸ばしてから、
「はい。わたくしはそれを行きすぎだと感じました。プリム様が実際に困られ、苦しまれていると口にされ頼られたのならば兎も角、現状、プリム様のお望みは不明です。わたくし個人の感覚では、むしろ、皆様に距離を置かれることを悲しまれるのでは無いかと思いました」
入学当初からは見違うほど堂々たるご様子でお答えになります。
そしてわたくしは、二つの意見を伺って頷きました。
「マリーナ様、ローズマリー様、カデナ様、リアセーナ様、皆様わたくしのことをそこまで気遣ってくださっていたのですね。とても心強いですわ」
どちらに味方しても悪化することしかない気がしますからなんとかおとしどころへ落とさねばなりません。責任重大です。
私のために争わないで! なんて、ヒロインの台詞ではありませんか。
「確かに、皆様の好奇の視線は煩わしく感じることもございます。ですが、だからといって、わたくしはそれを咎めるつもりもございません。だって、きっとわたくしも、ほかのどなたかがこういった立場になられたなら、多かれ少なかれ興味を抱いたと思いますわ。ならばこれも、わたくしの勤めの一つ、とまでは申しませんが、その、花嫁修行、の様なものと思えるかと、思いますの」
口にするととても恥ずかしいですが、実際これからイングラム王太子殿下と行動するようになれば今以上の視線にさらされるでしょうし。だからって恥ずかしく無いわけがないのですけれども! 慣れはしませんが、緊張しないようになれればと、思いますし!
ああー顔が熱いですわ。
あら、皆様も少しお顔が赤いですわね。
「で、ですから、お気持ちはとても嬉しいのですが、どうか、静観くださいましね。実際、皆様は好意的に見てくださっているのですもの。祝福を拒めませんわ」
これが悪意だったらもちろん全力でお断りなのですが、微笑ましく嬉しそうに見守られて事実ですか事実なんですね、という雰囲気でおられますと咎めるのも申し訳なくなりますし。
わたくしがわたわたとご説明いたしますと、ローズマリー様はうんうんと頷かれ、残りの三人、とメアリー様は何だか感極まった様子で胸元で手を組んで祈るかのような姿勢です。あら?
「プリム様、御言葉が完全に殿下のおとなりに立たれた時の視線ですわ」
フィリィ様がにこにこと仰り、スノエル様が微笑んでおられます。
お三方は頬を紅潮させて興奮した様子で口を開かれました。
「「「わたくしたち、プリム妃殿下に忠誠を捧げますわ!」」」
まだです!!!!




