26 秋の〆月 4 大夜会1
こんなほいほい忠誠を捧げられるものではないと思うのですがと頭を抱える暇もなく、ついに大夜会の夜がやって参りました。
今夜、わたくしは正式に、イングラム王太子殿下と婚約したものとして御披露目されます。
候補から、確定へ。
周囲の目はますます好奇に満ちて、厳しさを含んだものになるでしょう。
わたくしとエステルは支度のために前日から町屋敷に戻っております。
纏うドレスは殿下の瞳の色の深い青。金髪碧眼の殿下に並ぶとどうしてもわたくしは見劣りしてしまいますが、このように深い色ならむしろ、目立たなくて良いかもしれません。
もちろんこちらも、マダム・ゲイザーの作で、イングラム王太子殿下から贈られたものでございます。
深い青のドレス、白金の金具に大振りなサファイアのネックレスと、それに揃いのピアス。髪を結った白い絹のリボンは、純潔の証だそうです。
今夜の入場は、家族と共に。
そのまま壇上へ上げられて、陛下から公示が為される予定です。わたくしは深く息を吐きました。エステルが、あの香水を吹き掛けてくれます。蓮の花の香り。わたくしの武装。
「そういえば、今日をデビュタントにする令嬢で、お一人、メアリー様のように庶民から養子に入られた方がおられるのですって」
エステルが最後に髪の後れ毛を整えてくれるのへなんとなしに口にすると、無言で支度を終えたエステルが真面目な顔でいいました。
「調べますか?」
ニンジャ。クノイチ。
いえ、そうではなく。
「耳にして少し気になっただけよ。気にしないで」
エステルがしぶしぶと承知しましたと答えます。
「お時間ですね、お気をつけて。ご武運を」
エステルに見送られて部屋を出ます。
お兄様はメアリー様をエスコートするために別の馬車で先に出ています。
エントランスホールで両親と合流して、馬車へ乗り込みました。
「こうしてプリムちゃんと大夜会へ向かうのもこれが最後なのかしら」
しんみりとお母様が仰り、お父様がお母様の肩を抱き寄せます。
「大夜会は、難しいかもしれませんが、会いに参ります、もちろん」
何だか今夜嫁ぐみたいなやり取りですわね。
お父様もお母様も正装のランクが例年より上ですし、やはり緊張なさるのでしょう。
「ステラちゃんがほら、ばっと決めてさっと行ってしまったでしょう?」
「お姉さまは、確かに」
「あの子は手が掛からなかったし良くできた子だったけれど、結婚の心配もさせてくれないのかって、わたくし拗ねてしまったわ」
「そうだったのですか」
「ええ。だから、プリムちゃんは、目一杯心配させてね」
うふふ、と笑うお母様にわたくしは苦笑してしまいます。
「ご心配は、出来るだけお掛けしたくないのですが」
お父様も苦笑して
「こういう時くらいは、親孝行と思って心配させておきなさい。正直、私は今も殿下を殴りたくて仕方がないよ」
一発殴らせろ、は世界線を越えた父親の台詞なのですか!?
わたくし、目を丸くしてしまいます。
「殴れないけれどね」
とお父様が悪戯っ子の様にウインクされます。中年のウインクは痛いのでは無いかとお思いになるかも知れませんが、それは攻略対象であるお兄様の父親です。イケメン無罪。イケオジ無罪でございます。
「お父様、そういったことは、お母様のみに為さってくださいまし」
お父様ったら、今度は目を真ん丸にして。
「昔はこれで照れてくれたのにね」
「本命がいるんですもの。仕方ないわ」
ほ、ほほほ、本命とか! 何をおっしゃいますのやら!
ですけど、わたくしわかります。こうしてわたくしの緊張を、解してくださっていること。
「ありがとう、ございます。お父様、お母様」
馬車はいよいよ、王城の馬車止めの列に並びます。三人だけの時間も、あと僅か。
「でも良かったわ」
お母様が嬉しそうに笑われて
「ずっと、プリムちゃんは、居場所が無いみたいに思い詰めて居たから。物心付いたときから。だから、そっとしておこうと思っても、心配していたの。本当に、良かった。貴女がきちんと自分の居場所を見つけられたなら」
そう言って、目に涙を浮かべられました。
「お、母様……」
ああ。
わたくしはずっと。
ずっと自分の世界だけを見つめていて、こんなにも大切にされていたことに、ようやく気付くなんて。
「ごめんなさい。お母様。ごめんなさい。わたし、わたくし──!」
ゲームの世界だなんて、一線引いて居場所を無くしていたのはわたくし自身。エステルに支えられて、メアリー様や、皆様と出会って、この世界に立てたと思っていたのもわたくしの思い上がり。わたくしは。
「わたくしは、最初から、ここに居りましたわ」
目に涙が浮かんで、視界が滲みます。
思わず立ち上がって、向かいに座る両親に抱き付きます。お化粧が崩れたって知りません。だって。だってこれは、今伝えなければ──!
「愛しております。お父様、お母様!」
抱き止めてくださった両親と、わたくしの三人で抱き合って、暫く涙をこぼします。
本当に、お嫁に行くみたいです。
やがて馬車が少し揺れて止まり、両親がわたくしをしっかと抱き止めてくださって。
ドアが開いて、泣いてボロボロのお顔を扇で隠しながら降り立ちます。
すぐに駆け寄ってくれる王城の侍女に頼んで、わたくしとお母様は早速控え室でお化粧直しと相成りました。
プロの手際で涙で浮腫んだ目元をあっという間に整えて、お化粧も塗り直してくださって。
来たときよりも若干華やかですわね。
さあエントランスへ戻りましょうかとお母様と控え室を出ようかという時、高位の侍女と思われる一団が、わたくしたちの前に現れました。
「失礼いたします。イングラム王太子殿下より、ジンカイイ侯爵令嬢プリム様のお召しにございます」
お母様がふぁさりと扇を広げます。
「今宵の入場は、家族水入らずの筈ではありませんの?」
お母様の言葉に、顔を上げぬまま侍女は答えます。
「その質問には、わたくしからはお答えいたしかねます。わたくしは、ジンカイイ侯爵令嬢プリム様をお連れするよう命を賜ったのみにございます」
その様子に、わたくしは、微かな違和感を憶えました。
イングラム王太子殿下や、ましてや陛下や妃殿下が、その様なことをなさるとは思えません。ジンカイイ侯爵家が化粧直しをしたら呼んできてくれなんて、予め言い置くことはできませんし、誰が何時、控え室を使ったかまで王族に伝えるとも思えません。
この方々は『知っていて』こちらにお出での方なのです。ジンカイイ侯爵家の到着を待っておられた方。出来れば、入場前に確保したい方。わたくしはお母様に頷いてから、侍女に向けて伝えます。
「では、殿下にお伝えくださいまし。入場前からお呼びいただけるのは光栄ですが、マナーに反することはいたしかねます、と。殿下なら分かってくださいますわ」
婚約発表前に、王城内で呼び出し、などその様な迂闊なことを殿下がなさるとは思えません。
わたくしが深々とカーテシーをいたしますと、流石にこれ以上は不利と悟ったのでしょう。侍女たちは、かしこまりました、と言い置いてそそくさと去っていきました。
お母様は振り返って、呆気に取られている控え室の侍女に命じます。
「騎士の方をお呼びくださる? 不心得者が居るようだわ」
侍女たちは即座に是と答えて慌ただしく動き出します。わたくしたちはひとまず、控え室で待つことになりました。
その間に、侍女が呼んできてくれたのでしょう、お父様と騎士がやって来ます。
侍女たちから話を聞いているのか、何も問われることなく、ここでお待ちくださいと言われるばかり。
お父様は険しい表情です。
あの、高位の侍女たちはどういった方々なのでしょう。
侍女同士全員の顔を知り合っているわけではないのでしょうから、こちらの方々が何も言わなかったのは不思議ではないのでしょうが。
「ねえ」
わたくしたちに紅茶を出してくれた侍女に、そっと声をかけました。
「はい、お嬢様」
「先ほどの、あの方々のお仕着せは、どちらにお勤めの方のものなの?」
「お答えできません、お嬢様」
まあ、それはそうですわよね。
「わかったわ。ありがとう。ごめんなさいね」
「いいえ。申し訳ありません。このお城では見ないものですから」
そう答えて、侍女は下がります。
ありがたいことですわ。『答えられない』けれど『お城では見ない』と教えてくださったのですから。高位の侍女とわたくしが判断したのはその装いからですが、その装いでありながら、この城にお勤めの方ではないということ。しかも、主城の控え室にその姿で来られるお立場。
つまり。
賓客の従者。
ですけれど、賓客の従者の方が、殿下の名前を出してわたくしを呼び出す理由が分かりませんわね。
わたくしが首をかしげておりますと、お父様とお母様は険しい表情です。
「お母様?」
お声がけいたしますと、すぐに穏やかな笑みに戻されます。
お母様にも、思うところがおありなのでしょう。
「大丈夫よ、プリムちゃん。なんでもないわ」
わたくしはここで、思い出してしまいました。
あの、お仕着せの意味を。
あのお仕着せは。
『輝きのソナタ』でヒロインがイングラムルート以外の時に、イングラムの政略結婚のお相手としてやってくる姫君の──!
わたくしが固まっておりますと、ドアが開かれ騎士達がやって来ました。
「お待たせをいたしました。会場へご案内いたします」
騎士に囲まれて、ジンカイイ家はホールの入場口へ。
「中の警備は万全です。お楽しみください」
と騎士の一人が仰ってくれて。
そして。
「ジンカイイ侯爵家、ご入場!」
掛け声と共に、ジンカイイ侯爵家、入場でございます!




