24 秋の〆月 2
今回も切りが良いので短めです
すみません、一話飛んでいたので修正しました
大夜会までの間は、学生が本業です。特にマナーの先生方は、最後の仕上げとばかりに厳しさを増しています。
腰から上をぶらさずに歩くのは、もはやお手のもの。粘り腰が唸ります。カーテシーはスカートの中の震えを見せてはなりませんし、深く、頭をぶらさずに落とすのがポイント。
男性方は男性方で、正しい臣下礼や、美しいエスコートの所作。特に女性に負担をかけないような気配りと正装の時の姿勢に重きが置かれております。
貴族専科にとって、大夜会は二学期の期末試験の様なものです。
座学の試験もそれなりに、マナーとダンスの特別講義が今月は大夜会まで続きます。
ダンスの講義では貴族専科二クラスが合同でホールで実施されます。授業ですから、ペアも特にこだわりなどはありません。
本日も一曲踊ってから、先生の講評です。
「ジンカイイさんは、お一人だけ安定感がありすぎて、むしろ男性をリードしてしまいそうですね。タベーモアさんは、女性の安定感に助けられているうちはパートナーとして不足と思ってください。ジンカイイさんはもう少し相手を、その、信頼するように」
「信頼ですか」
「女子生徒さんにはクラスメートとはいえ、婚約者でもない男性と踊ることに抵抗を感じられることもあるかもしれませんから、一概に言いきれるものではないのですが。相手に委ねることで美しい踊りになるものもあるのですよ」
ダンスの先生はそう仰りつつ
「とはいえ、ジンカイイさんの安定感に勝るリードができない男子のふがいなさです。ジンカイイさんは少し休んでいて結構。次の曲に行きますよ!」
次の方々がホールに立ちます。わたくしは休んでいろと言われてしまいましたから、ホールの壁際で見学しておりましょう。
***
こそこそ。こそこそ。
ダンスの順番を待つ令嬢たちは、壁際で見守るプリムを見つめて囁き合う。
「殿下の婚約者候補でらっしゃいますもの。下級貴族にお委ねになるなんてことありませんわよね」
「左様ですわ。お勤めとはいえ、自治会で平民ともやり取りされておられますもの。お労しいこと」
「畏れ多く貴ぶべき方とわたくしたちが皆様にお教えしていかなければなりませんわね」
子爵や男爵、騎士爵の娘たちが囁き合う。その様子を、ローズマリーは見つめていた。
「プリム様はそのようなことは願われていないと思いますが」
そして、令嬢たちに声をかける。
令嬢たちはローズマリーを見やると顔をしかめた。
「プリム様に目にかけていただいているからといって、良い気にならないでいただきたいわ」
その言葉に、ローズマリーは目を見張る。
プリムは、ただ、困っていた自分を助けてくれただけだ。それを贔屓だと誤解されるのは、己はともかくプリムへの侮辱に感じられた。
「プリム様は、わたくしが助けを求めた際に、躊躇わず手をさしのべてくださっただけです。わたくしがプリム様を敬いこそすれ、プリム様からお見掛けをいただいていると仰るならそれこそ、プリム様への侮辱です。たとえ相手がわたくしでなかったとしても、プリム様は助けてくださったことでしょう」
ローズマリーが告げると、令嬢たちは狼狽え始める。彼女たちにとっては『特別』を与えてくれるものがプリムだったのだろう。下級貴族の自分達にも、『特別』のお零れが貰えるのではないか、と。
プリムが学園祭を何故思い付いたのかを聞けば、そんなこと思い付きもしないはずだ。
ローズマリーは令嬢たちを見やる。
クラスでも特に、授業よりも茶会と夜会に出歩く令嬢たちだ。おそらく、学園を卒業する前に、嫁ぎ先を得たいのだろう。そこで、プリムから目をかけて貰えれば、今後も安泰、というところなのだろう。
己にも身に覚えのあることに、ローズマリーは苦いものを感じる。
下級貴族とは、不安定な立場だ。領地を持つものは少なく、イルフカンナにおいて子爵から下は雇われ貴族と言って良い。伯爵も多くは雇われで、領地を持ち自前で俸禄以外の歳入を得られる貴族の多くは侯爵以上だろう。
そういう立場の家々にとって、主家の力というのは、己の暮らしに直結する。
「出過ぎたことを申しました。プリム様のお考えをわたくしごときが慮るなど、身の程知らずも良いところです。ですが、望まれぬと分かることをお止めするのはわたくしの忠義でございます」
ローズマリーは背筋を伸ばし、令嬢たちを見つめた。
自分の体型が嫌だった。父たちの視線が。それでも。
プリムに向き合うために、背筋を伸ばし、顔を上げるのだ。ローズマリーは、そう決めた。
これが、この行いが、彼女たちがやろうとしたことと同じだったとしても。己はそれでも、彼女の、プリムの望まぬことだけはさせない。ローズマリーは顔を上げて、令嬢たちを見つめている。
令嬢たちは、たじろぐ。次の言葉を継ごうにも、プリム本人の知己であるローズマリーに対し、プリムに相応しくない、などと言うことも難しい。プリムの選択を否定することになり得るからだ。ただの令嬢たった頃ならまだしも、今は、ほぼ確定的な未来が見えている。その相手を否定することなど。
だからと言って、自分達から下がることもできない。相手はイルワ元侯爵配下の男爵家でしかない。家格で言えば騎士爵よりも上ではあるが、家の力で言えば風前の灯火というのが、今年の社交界の見方だ。
それが、去年からの動きで分かる今年の状況。
しかし、ローズマリー個人で言えば、そんなことはまったくない。それを、彼女らは知らない。
入学当初俯いていたローズマリーが、なぜ背筋を伸ばすのかを。
***
スノエルは、その姿を視界の隅で認めた。侯爵令嬢として、声は聞こえずとも話される内容は凡そ予想が付く。ローズマリーが、どんな覚悟でそこに立っているのかも。
自分は恵まれている、と、スノエルは思う。
鉱山で栄える領地。豊かな家。確かな家格。
婚約者とは婚約こそ政略だったが、今は相思相愛だ。正確に言えば、顔合わせその日に相思相愛になった。互いに一目惚れだった。スノエル自身は、これは運の良い婚約だと思った。出会った日に恋におちたのだから少なくとも不幸な結婚にはならないと思えたから。
その想いを口にできるかはお相手の反応次第だし、気に入られなかったら一生秘めて過ごそうともその一瞬で覚悟した。しかし、予想に反して、彼女の覚悟のその直後、彼は言ったのだ。
「全く驚きだ! こんなことってあるかい? 目の前の令嬢に一目惚れしたと思ったら婚約者だなんて! 幸運を使いきったな!」
快活に笑った彼に、スノエルは二目惚れさえした。だから真っ赤になりながら、令嬢の作法も忘れて叫んだのだ。
「わたくしの方が先に一目惚れしていました!」
と。
両家の両親は揃って苦笑いして、スノエルは真っ赤なまま固まり、彼、グルー・ラ・クレイン侯爵──当時は子息が付いた──は声を上げて笑い、突然に彼女を抱き締めた。
そんな、思い思われる相手を政略で得られた。それを幸運と言わなかったら、なんと言うのだろう。
恵まれた自分の立場を、スノエルは理解している。幸せだと思っている。だからこそ義務を果たさねばと思うし、為すべきことを成そうと思うのだ。
他方、ローズマリーと向かい合う三人。下級貴族で、スノエルが知る限り財政も芳しくない。彼女たちも、己の立場に忠実なだけだろう。より強いもの、高いものに靡くのは、平民だけではなく、むしろ貴族にこそ多い。
その行いが正しいかは横において、彼女たちなりの生存戦略であるのは想像に難くない。
ローズマリーも、彼女たちも、プリムを恃んでいるのは同じことだと、スノエルは思う。
自分より上位の存在だと敬うことは、同時に、同じではないと差別することと同じだ。区別とも言うかも知れない。
それは、プリムを望まぬ孤独に置くだろう。人はそれを孤高と言うのだ。となりに王太子殿下が居るから孤独ではないとも言うかもしれない。
スノエルは一歩踏み出す。
プリムの対等な友人として、彼女を、孤高の孤独に染めないために。
***
フィリィは、練習パートナーの男子と躍りながら、るんるんとステップを踏んだ。踊るのは好きだ。次の夜会はフォルバレイ騎士爵がエスコートしてくれることになっている。大きな夜会が他にないため、警備に付かなくて良かったからだ。だから、彼と楽しく踊れるのが、嬉しくて仕方ない。終わってから、先生からはもう少し落ち着けと言われてしまい、フィリィは少ししょんぼりした。楽しいだけでなく、美しくあれ、と言われればそれはそうだ、と思い直す。
もう17になるのだし、フォルバレイに大人のレディとして扱って貰うためにも落ち着いた様子を見せなければならない。
フォルバレイは、フィリィと婚約してくれた。きちんと貴族議会にも届けを出した、正式な婚約だ。
始めはフィリィの一方的な片想いだった。貴族では無くもないとはいえ、彼は元々平民だったから、十以上年が離れた娘が懸想をしても、あまり本気に捉えてくれなかった。
夏休みが最後のチャンスだと思った。夏休みの前に親に会ってくれと頼んで、彼は、漸く頷いてくれたのだ。
そして夏休みに実家へ彼と──道程は別々だったけれど──帰ると、フィリィの父母と姉と双子の侍女とフォルバレイは、フィリィを差し置いて部屋に籠ってしまった。
その密談は夕食の時間に終わり、晴れて婚約が認められたのだった。家族とフォルバレイの間でどんな話がされたのか、フィリィは、婚約によって一緒の馬車に乗れた帰り道で彼に尋ねた。
彼は、穏やかに微笑んで、
「みんな、貴女が大事なんですよ」
と答えて、初めて唇にキスしてくれた。
だからすごく嬉しくて、すごく幸せで、世界で一番幸せな花嫁になるぞ、と決意した。
だから、ダンスの練習も、大夜会も、今は何もかもがフィリィには薔薇色だ。
愛されたいと思う。愛したいと思う。それはただそう願うだけでは駄目で、愛し愛される努力が必要だ。話し合うこと、隠さないこと、何より、言葉で伝えること。
己が子どもっぽいと思われていることを、フィリィは理解している。正直が過ぎる。表情に出すぎる。それを可愛いと言ってくれる友人たちと、それを愚かだと内心に秘めた知人たち。大事にするのがどちらかなんて、フィリィには明らかだ。
ダンスを終えて、ローズマリーの様子に気付いたフィリィは、だから、たとえ怖くても、友だちになりたいと思った、怖くなくなったらご一緒しましょうとプリムが言ってくれた、そんな彼女のところに向かうのだった。




