15 夏の明け月
夏休みが終わり、秋です。
少し短めです。
6/8はお休みさせていただきます。
次回は6/15の予定です。
夏休みが! 終わります! ごきげんよう、プリムでございます。
夏休みが終わる二日前に、わたくしはまたエステルと共に寮へ戻りました。
片付けと通学の準備をするとあっという間に新学期。
学園が始まりますと、学園祭の準備が本格化。1ヶ月後には学園祭ですから大詰めです。自治会で帰りが遅くなることも増えそうですからエステルには終業後に学園に来て貰うことに致しました。授業が終わった後ならば、迎えなので、ということでお目こぼしいただけるのです。
自治会では、ホールの割り当てや予算配分、準備に大わらわ。わたくしもそういった部分の忙しさになると思っていたのですが、実際は片隅でせっせとお礼状を書いております。
スポンサーとして広告を出してくださったり、出店に協力くださる商店、個人。あるいは、飲食の露店に協力くださる食堂の皆様──ピアさんのハンドトスも参加いただけることになりました!──へ、まずは開催前の取り急ぎのお礼とご関係の方を是非お招きくださいという招待状を兼ねたお便り。
そして、開催後にお送りする本式のお礼状。
こちらをせっせと量産しているのです。
リストは頂いておりますので、各店の特徴などを調べ、協力頂いた内容を加味し、各々に合った文面を書きますので、頭から湯気が出そうですわ。
法務専科の方などはお礼状なのだから全部同じ文面を印刷してサインだけでも良いのですよ、と言って下さったのですが、折角ご協力頂いたのですもの。真心を伝えるべきだと思いますわ。わたくしがしたくしてしていることですから、もし継続するとしても、それを強要するつもりもございません。
お便りにも、一方的かつ個人的な謝意である旨はきちんと書いておきましょう。もし、来年度以降もあれば、ご協力を給わりたいことも添えて。
こういうことは、情熱ある一人がクオリティを勝手に上げてしまって、後々の負荷として残ることも考えられます。いわゆるサービス過多ですわね。
本来なら費用対効果の面で過剰とされることが当たり前になってしまうと、物やサービスの価値が下がり、結果として経済の停滞を招いてしまいます。要するにデフレです。
わたくしのお便りなども、本来必要とされる礼状よりは過剰なものでしょう。それでも、『初回なのでくれぐれも』と書いてでも印象を良くしておく必要がございます。
来年度以降もやるにしろ、やらないにしろ、心証は良いに越したことがありません。
わたくしの悪筆でよければいくらでも書きますとも!
なんとなく、実務から引き剥がされてる気が致しますが!
というわけで、せっせとしたためております。
箔押便箋を商会から買ってきましたし!
文面の素案は法務専科の皆様が印刷用に考えてくださったものがありますから、アレンジのみ。
それでも結構な枚数です。
「沢山の方が協力してくださるのね」
わたくしが呟くと、
「そうなんです!」
と力一杯頷いてくださったのが商業専科のサーティ様。
「皆さんすごく良くしてくださって、ジンカイイさんの資産には殆ど手を付けずに済みそうですよ」
「そんなに?」
「そうなんです」
答えながら、サーティ様の手は止まらず計算を続けます。全体の会計を統括するサーティ様の業務量も相当です。
「お嬢様、そろそろ」
とエステルが声をかけて来ます。迎えに来てくれたエステルは、時間を見計らって帰るように促してくるのです。
確かに、時計石はもう夕方遅い頃。寮に帰ればすぐに夕食の時間になりそうです。
「そうね、わかったわ」
わたくしは頷いてから、文箱に書きかけの手紙を納めます。
「皆様もそろそろ」
わたくしが声を上げますと、はっと皆さんが顔を上げて壁に下げられた大型の時計石をご覧になります。それから、わらわらと立ち上がって、お疲れ様なんて声を掛け合って。
今日の自治会、学園祭準備はここまでです。
皆様にお別れを告げて、エステルと共に帰路につきます。
こんな毎日があっという間に過ぎて、学園祭がやってくるのでしょうか。
そうして、学園祭があと二週間と迫った頃。
わたくしは、ムジーク様から、お便りを頂きました。
ムジーク様とは、お茶会以来これといったお話をしておりません。新学期の教室でも、必要最低限という感じです。どういったご用件かと便りを開きますと、わたくしは目を丸くすることになりました。
お便りの内容は、学園祭の後夜祭でエスコートさせてほしい、というものです。
後夜祭は、別にダンスパーティなどではなく、講堂に集まって、お疲れ様でしたと言い合うだけの会です。
確か、出展の人気投票結果の発表もあったような。
そのエスコートとは? とわたくしは首をかしげます。
それに、わたくしは自治会の仕事で後夜祭もスタッフなのです。ムジーク様もご存知だと思うのですが。
意図が分かりませんわね。
とはいえ。
わたくしがもし、ムジーク様に誠意を示すなら、ここできちんとご説明するべきなのでしょう。
なんだか、自意識過剰みたいで気恥ずかしいですけれど、わたくしの心、わたくしの未来図が、どなたと共に、あるのかを。
ぼんやりと、考えながら、わたくしは夕食のために食堂へ向かいました。
いつもの方々と夕食を終えて、部屋にもどって。
いつもと違う手紙の返事に、すこし頭を悩ませます。
うん。無理。
これはお兄様に相談致しましょう。すぐにお兄様宛の手紙を書いて、エステルに明日届けてくれるよう頼みます。
ムジーク様には教室で言えば良いのかもしれませんが、お便りで来たものはお便りでお返しするのが作法ですわね。
翌晩、エステルは日中持ち帰ったお兄様の返事を渡してくれました。
「お兄様は屋敷におられたの?」
問いかければ、エステルはいいえ、と答えます。
「兄が、一大事なのでと下男を城へ向かわせまして、閣下を呼び戻して返事を書いていただきました」
トーマスもお兄様も大事にしすぎでは。
ただ、日もないのですぐに返事が来るのは助かりますけれど。
早速開きますと、わたくし、頭を抱えました。
「お嬢様?」
エステルが怪訝に思って、声をかけてきますから、わたくしはため息をつきながら口を開きます。
「殿下がお出でになるから、わたくしにご案内をと。そのために、エスコートは断るように、ですって」
エステルは、目を真ん丸にして、それからがっくりと肩を落とします。
「大人げない」
わたくしは苦笑いして、兄の便りを仕舞いました。
***
ムジークはその日、王城に招かれていた。通された部屋は私的な来客向けという部屋で、確かに城の応接間というには小型なものだった。
呼んだ相手が来るまでにと供された茶も上質なものだ。控えたメイドたちも洗練されている。
ムジークが座るソファの後ろには、彼の従者である深緑の竜の亜人が控えていた。
やがて扉が開き、イングラムがラーシュと共に入ってくる。
ムジークは立ち上がって頭を下げた。
イングラムは少し目を見張ってから
「楽にしてくれ」
と、声をかける。
顔を上げたムジークは、イングラムがソファに座るのと同じタイミングで、改めて腰を下ろした。
「来てくれたこと、感謝する」
まずイングラムが口を開く。
同時に、ムジークの前の紅茶が下げられ、改めて二人分のティーカップが、それぞれの前に配された。まるで音をたてない、洗練されたメイドの動きだった。
「王太子の召喚を断れる者がいるなら見てみたいものだ」
ムジークが軽口で応じると、イングラムが苦笑した。
異種族とはいえ、互いに次の長の立場だ。公式の場ではこのようなやり取りは出来まい。
深く深く息を吐いて、イングラムがムジークを見た。
何を言われるか、何となく察しながら、ムジークは彼を見返した。
「今日招いたのは、プリム嬢のことだ」
だろうな、と、ムジークは視線で先を促す。イングラムは少し言葉を探す様子を見せてから、口を開く。
「まず始めに聞きたい。亜人の『番』というのは、どれくらい強制力を持つのだろうか」
「質問に質問を返してすまないが、仮にそうでなければ血を吐いて死ぬ、などと答えて、お前は諦めてくれるのか」
イングラムは眉根を寄せる。
「それは出来ない。が、プリム嬢がそれを知ったらどう思うだろうかと思った」
ああ、そうか、とムジークは思う。この質問も、プリムの為なのだろう。己がそれで死ぬとか大きく損なわれる事実が分かっているのならば、恐らく、嫌々だろうともプリムは納得して自分を選ぶだろう。
それを、この男は心配している。奪われることよりも、プリムの心を心配している。
彼女が、いたく傷付き悩むだろうことを憂いている。
ムジークはちら、と後ろの従者に視線を向けた。
「僭越ながら」
深緑の竜の亜人が口を開くと、イングラムとラーシュの視線は彼を捉える。
「聞こう」
イングラムが頷いたので、彼は続ける。
「まず、わたくしめはムジーク様の従者、ソリオと申すものです。
竜の亜人の番に関しては、魂による、と伝わります。同じ種族のものの場合ももちろんのこと、異なる種族のときも、長い生のうち、いつ出会うとも分かりません。一生出会わぬ者もおります。或いは出会えても、生まれたばかり、死に際。あるいは、他の種族ならば振られることも、ございます。なので、我らは言うのです。
『次の生は私におくれ』
と」
イングラムは目を丸くして、ムジークを見やる。
ムジークは目を伏せて、
「プリムの『次』は、おれがもらう。あるいは、お前が先に死んだときもだ。もちろん、選ばれるならば、『今』さえも」
唸るように告げて、ムジークはイングラムを射貫くように見据えた。
イングラムは真っ向からその視線を受け止める。
「出会わぬこともある、諦めることも出来る、ならば、番とは、なんだ」
「我らの種族では、神が決めた、と伝わる。己が番と感じた相手以外では子は成せない」
ムジークが答える。イングラムはムジークの後ろ、ソリオを見やるが、彼は目を伏せて待機の姿勢だ。否定も訂正もないということだろう。
「それで良いのか」
イングラムが重ねて問えば、ムジークは息を吐く。
「良いわけがあるか。おれの後継が生まれぬということだぞ」
「なら──」
「だが、お前たちの一生など高々百年ほどだろう。我らは少なくともその5倍ある。平均的には人の十倍は生きる。おれは竜の亜人の長の後継ではあるが、継ぐのはずっと先だ。番わなければなおさらな」
「それは、プリム嬢のための方便ではないだろうな」
「さて、な。プリム嬢はおれの『初めての番』ではあるが、『最後の番』ではあるまいよ」
「複数いるのか」
「魂だからな。死んで、生まれて、また番う。その繰り返しだと伝わっている。ただ、同じ時に二人はいない。だから、我らには浮気も不貞もあり得ない。お前たちは、難儀だな。番でなくても、婚姻して子を成せるなど」
ムジークは憐れむようにイングラムを見た。暗に、イングラムの心変わりがあり得ることを示唆して。あるいは、人のしがらみ、政略が在ることを。
「私は、そんなことをプリム嬢には感じさせない。あなた方の『番』のように、私は、彼女を想っている」
ムジークは、薄く笑う。
この男は、プリムの才覚や生まれだけでプリムを望んだわけでは無いようだ。今まで番の重さを聞いた上で、こう答えるなら、まあ、及第点と言ってやらなくもない。
ムジークは、竜の亜人としては赤子も同じだ。まだ先は長く、永い。その上、狭い社会で生きていた。子どもとして、甘やかされていたのだろう。それが、学園に来て、プリムに窘められて、ソリオに叱られて、社会の仕組みが、漸く分かってきたところだ。
『大人』であるイングラムから見れば、ムジークなど掌の上だろう。
それでもこうして向き合っているのだから、プリムという天秤に、等しくのせて量ってくれている分、尊重されているのかもしれない。
「人の営みとしがらみを、否定する気はない。プリム嬢には、春に怒られたばかりだからな」
あの言葉を思い出して、ムジークは苦く笑った。
「怒られた?」
イングラムは目を丸くする。
「屠殺される家畜が、選ばれたことを有り難がると想うのか、と。おれが世を知らず傲慢だったゆえだ」
「そうか」
「ああ。プリム嬢は『父と王が命じるなら地獄の王にも嫁ぐ』とまで言い切った。貴族の令嬢の覚悟なのだろうな、あれが」
その言葉に、イングラムは深い納得を得た。
今この国に、そこまでの覚悟を持った令嬢がどれほど居るだろうかと、感嘆し、そして、その彼女が、己を選んでくれることに、面映ゆい心地になる。
「お前でも、そのような顔をするのだな」
目を見張ったと思うとすぐに頬を緩めたイングラムの姿に、ムジークは呟く。
イングラムはすぐに、整った色のない微笑みに戻る。ムジークは笑った。
「初恋をした子竜でももっと上手く誤魔化すぞ」
「放っておいてくれ。私でも、もて余すほどのものなんだ、心というのは」
「ああ、心とは、ままならんな」
イングラムの言葉に、ムジークは頷く。
プリムには、幸せななって欲しい。同時に隣にいて欲しい。それを同時に成り立たせるのは、プリムに己を好いて貰うことだが、それはプリムの心だ。己の思うままにはならない。そして、それに納得できるほど、己の心も思うままにはならない。
「番でないのだから、お前は諦めろ、とおれが言ったらどうする?」
ムジークがふと問うた。
「おれは、番の運命を持たぬ種族だったとしても、出会ったらきっと、プリムのことを想っただろう」
滲むような声に、イングラムはそうだな、と頷く。
「彼女は、きっと、この世界を尊んでいるんだろう。この世界に相応しく生きようと気を張っているように、私は思うよ。この国の令嬢として正しくあることで、それを成そうとしているように。私は、そんな彼女に、この世界は美しいと見せたい。そんな国にしたい。私は、彼女を通してなら、正しくこの国を愛せると思う。だから、諦めない」
イングラムは、静かに、けれどはっきりと答えた。
「国のために?」
「私自身のために」
「お前の?」
「私が、私と言う人間でいるために、私が、人間を忘れないために」
イングラムの言葉に、ムジークは顔を顰めた。
「意味が分からん」
「私には、そうだな、国を治め国を動かすために、どうあるべきか、どうするべきかは分かっているんだ。加えてそれが、民の心に寄り添うものばかりではないことも、理解している。けれども、私には、民がどう感じるのか、何故そう感じるのかの実感がない。そうあるべきとわかっているのに、そうあらない民が分からない。普通なら最適で最善を選ぶだろうに、そうしない心が分からない。分からなかった」
イングラムはわずかに目を細める。
「彼女は、成すこと、為すべきこと、為せること、そして、思うことと思われることを、自然に理解しているように思う。そこに自分自身を含めているのかは、多少疑問だが、それを疑問に思えたのも、彼女のお陰だと、思う」
「馬鹿馬鹿しい」
ムジークはそう吐き捨てた。そして続ける。
「長々しく言いよって。おれならそれは一言で済むぞ。
あれが好きだ、と」
言いきったムジークに、イングラムは遂に顔を赤くした。ムジークは珍しいものを見た気になって──実際珍しいのではあるが──気分良く微笑む。
「人間らしいではないか、なあ」
言って、背後のソリオに視線をやれば、ソリオは目礼して同意を示した。
人間の心が分からない、など馬鹿馬鹿しい。生きる限り心はある。ただ、イングラムは合理的であるだけだ。相手の心など分かりようはない。それは誰だって同じことで、己の考えと人の考えが離れれば離れるほど、察しにくくなるというだけだ。
イングラムは王により過ぎている。仕組みによりすぎてきる。機能に寄りすぎている。
民は、そこまで王を思わない。支配者を思わない。長を思わない。それだけのことだ。
「お前がその体たらくならば、まだおれには目があるかもな」
「っ! 私は──」
「ならば、お前がプリム嬢を頼むばかりでないことを、おれに示すことだ。話はもう良いな? おれの話すべきことは話したし、これ以上、敵に槍を贈るような真似はせん」
ムジークが立ち上がると、イングラムは視線だけを彼に向けた。
「すまない。感謝する」
「ああ、番のことはお前の好きにするが良い。おれはあれには話さんが、お前が話すのを止めも
しない」
言い置いて、ムジークは部屋を後にした。
一国の王太子に許される態度ではないのだが、彼はまたある意味他国の王族と同じ扱いであるので、だれも、イングラムの背後に立っていたラーシュさえも、彼を咎めることはなかった。
6/8はお休みさせていただきます。
次回は6/15の予定です。




