16 秋の実り月 1
今回も少ないですすみません。
ムジーク様へ、お便りを書きました。殿下が来ることと、自治会の業務があることを書いて、お誘いをお断りするお詫びを添えて。承諾のお返事が来たのは、学園祭の一週間前。
つまり、社交シーズンの到来です。
町屋敷からドレスが数枚寮に持ち込まれましたけれど、ここで着替えて繰り出せと? いえ、そればかりでなく、貴族専科でもシーズン中は実践授業として、正装や盛装のお茶会や夜会が行われるので、その為の衣装でもありますが。
装いの用意がままならない場合は、学園の貸衣装もございますが、貴族専科で衣装を用意できない、と知られると、それはそれで実家の経営を疑われることになり、真に社交界の縮図の様な様相になります。
メアリー様はドレスの仕立てが何着か間に合ったとおっしゃっていましたし、わたくしに届けられたドレスも、マダム・ゲイザーの新作です。
ローズマリー様にも、ご実家からドレスが届いたようですが、困り顔をしていらっしゃいました。
「父が、どうせお前にはそれしか価値がないのだから家の役に立つ男を捕まえろと言い出しまして」
見せていただいたところ、届いたドレスがどれも品がないというか、一言で言えば、おっさんセレクトセクシードレス、でしたわ。お胸ばーん、お尻どーん、コルセットぎゅー! みたいな。
「これは」
「ちょっとその、父の要望を差し引いても、品がないともうしますか、古いと申しますか」
「お父君はローズマリー様のサイズをご存じだったの?」
「いえ、我が家が使っている店に予め根回しして、わたくしの希望を無視して押しきったようでして、今シーズンはもうこれらしか」
「あらまあ」
ここまで来るといっそ清々しいと申しますか、
「その、野望の前にお父君の器が、その」
「はい、足りておりません」
誘い浮けとはいえ断言されてしまいましたわね。
「ですから、学園の貸衣装を借りようかと。我が家にはもう落ちて困るほど家名に価値はございませんし」
「……それをわたくしに言ってしまって良かったのですか?」
わたくしが問い掛ければ、ローズマリー様は薄く微笑まれました。
「夏休みの間、ずっと考えておりました。そして、このドレスが届いた時、思ったのです。父がわたくしを道具としてしか見ていないのなら、わたくしはわたくしとして、道具でなく意思ある人間だと、わたくしの意思で逆らおうと」
そして、一呼吸おいて仰います。
「わたくしの忠誠を、受けていただけますか?」
ローズマリー様が真摯に、わたくしに向かいました。
わたくしは、ローズマリー様の手を取って応えます。
「もちろんですわ」
ローズマリー様が選ばれたのなら、わたくしは頷くだけです。
ただ、確認すべきことが、ひとつ。
「それは、個人の忠誠でらっしゃいますわよね?」
「ええ。家の忠誠はまだ父に。いずれは、わたくしが、ジンカイイ侯爵家にと思っておりますが、それも、プリム様がおられるなら、と考えておりますわ」
「えっ」
「プリム様が嫁がれたなら、嫁がれた先が我が主家。そう心に決めております」
あいやー!? なんで!?
「それはその、光栄ですけれど、ともすれば我が家より格が下がる可能性も無いわけでは」
「あり得ません」
断言されてしまいましたわ。伝染しますの? この、わたくしへの、自分で言うのもなんですが、過度な忠誠のようなもの!
「仮にプリム様が下位貴族に嫁がれたとしても、間違いなくその家は隆盛を極めます。わたくし、それが見えておりますわ」
見ないで。そんな絵空事ご覧にならないで。
ともあれ。さておき。目の前の問題はそれではありませんね。
「ですがこれで表立って個人的になら支援出来ますわね。ローズマリー様、わたくしの部屋に来てくださる?」
「もちろんです、我が君」
我が君……!
なん、なんそれ、萌え、これが萌え!?
どうしましょう、転生してから新たな扉を開いてしまいそうですわ。いえ、ここは努めて穏やかに。そう。ビークールですわ。
息を整え、わたくしたちは連れ立ってわたくしの部屋へ。
ローズマリー様に椅子を進めてからエステルにことの次第を伝えます。
「承知いたしました」
エスエルが頷くのへ、ローズマリー様がすこし狼狽えられました。
「あの、お話が見えないのですが」
「ローズマリー様は貸衣装をお召しになるのでしょう? でしたら、わたくしのアクセサリーや小物をお貸ししますから、そちらをお付けになって。ドレスよりも、受け継げるものに価値を見出だしている、とでも仰ればよろしいわ」
「実際は受け継ぎませんけれども」
「そこは嘘も方便と許していただきましょう。ローズマリー様がこれから少しずつ買いためて行けるよう家を治めてくださいまし」
すこし嫌味っぽかったでしょうか。ですが、お家のことは、どうしてもローズマリー様に踏ん張って頂かなければなりません。
ローズマリー様はさして気にされた様子は見せず、一度、しっかりと頷かれました。
エステルが屋敷からアクセサリー類を取り寄せてくれてから、改めて二人で打ち合わせをする約束をして、今日は解散となりました。
最後までローズマリー様は我が君呼びを止めては下さりませんでしたわ。違和感を、お持ちになって……わたくしの願いは、どうにも儚く散ってしまうようでした。
そして学園祭がやってきます。
社交シーズンとはいえ、わたくしたち学生は、仮装や出し物がない限り制服姿です。
正門と校舎の間には、建築建設専科の皆様が、展示の一環としてゲートをお作りになりました。木製の土台に、美術専科に依頼したという各専科をモチーフにした立体造形があしらわれております。このゲートが出来上がりに近づく程、学内も色めき立って、盛り上りが最高潮の中、本日を迎えました。
開始と同時に、化学や薬学を専攻する専科の方々が合同で製作したという、前世で言うところのカラースモークが高く立ち上ぼり、周囲に大きく知らせます。
騎士専科が備品として備える大砲の空砲が天に響き、音花火のように散っていきます。
この学園初めての、ただ一日のお祭り騒ぎ。開幕でございます。
自治会役員は、基本的に学園祭本部である自治会役員室に詰めております。というのも、初めてのことですから、何か問題や支障があった時にすぐに対応できるようにするためです。わたくしは終日ここにいる予定ですが、皆様は交代で詰めていただくことになっています。わたくしが責任を負うのですから、当然のことですわね。
というのに。
「当番でない方は見て回っていただいて構いませんのよ? 教室の方も気になりますでしょう?」
とお声がけしても、全員からいいえ! と力強い答え。なんだかんだと問い合わせがありますから、居ていただくのはとても心強いのですが、申し訳ないと言うか。
「案内図なくなりましたー!」
「予備のガリ版を今工芸室で刷ってるから受け取りに行って!」
「急患ー!」
「医学専科の部屋を一時的に救護室にしてますからそちらへどうぞ!」
「ままー!」
「あら! ここで待ってましょうね。お名前言える?」
忙しないですわ。
わたくしも、届けられた迷子の子を受け取って、お菓子を渡して、もう大丈夫と微笑んだら、目を反らされてしまいました。悲しみ。モブ顔に癒しなんて無いのです。
「ジンカイイさんっ!」
そこへ駆け込んでくる教頭先生。顔が真っ青ですから、何となく察してしまいます。
「殿下がお見えですよ」
ですよね。
できればここでお地蔵さんをしていたい。けれども他の皆様に殿下のお相手を頼むわけにもいかない。既に皆様の視線がわたくしに突き刺さっているのをひしひしと感じます。
「かしこまりました」
わたくしが立ち上がると、今日はわたくしと共に自治会役員室に来ていたエステルがさっと後ろに付きました。心強いです。
わたくしはエステルを伴い、教頭先生の案内に従って、すすす、と粘り腰を効かせて応接室に向かいます。
ドレスではないのでそこまで滑るように歩かなくても良いのですが、殿下にお会いするとなると、やはりこう、体が令嬢ムーブをしてしまいますのよね。今日は外部の方も多いですからお邪魔にならないようにスムーズに。す、す、と行きましょう。ぶつからない、躱させない、避けさせない。それこそが心遣いというもの。全方位に意識を配り、滑らかな足裁きをいたしましょう。
──それを見た外部の方々が、またお嬢様の姿勢に感心してしまうのですが
と、エステルが思っていたことなど、わたくしは知りようもありません。
今のわたくしにできるのは、滑らかな足さばき、優雅な歩み。ただそれだけです。
やがて応接室にたどり着き、教頭先生がノックをなさいます。
学園長からのどうぞの声に、ドアを開いて中へ歩み入りました。
ソファに殿下、その後ろにラーシュ様。この度は、兄を含めた残り二人はおいでで無いようです。
わたくしは深くカーテシーを致します。エステルもそれにならい、従者の礼をしております。
「楽にしてくれ」
殿下の声に、姿勢を戻しますと、既に殿下は立ち上がっておいででした。
「学園長と教頭には無理を言ってしまった。感謝する。わずかな時間ではあるが、わたしのわがままに付き合ってもらいたい。ジンカイイ嬢、発案者として案内を頼む」
殿下のお言葉に、
「かしこまりました」
と再び礼を致します。
教頭先生も学園長も付いてこないまま、わたくしは殿下と並んで応接室を出ました。後ろに、エステルとラーシュ様が続きます。
「先生方はよろしいのですか」
殿下に問い掛ければ曖昧にするように、穏やかに笑われるばかり。これは先に手を回しましたわね。お兄様の手紙といい、殿下が大人げなくなってきましたわ。
わたくしはひとつ息を吐いて、そちらがそのつもりならば、と気合いを入れ直します。
そう。令嬢として、完璧にご案内いたしましょう!
「では、先生方の代わりにしっかりご案内いたします。ご無礼があるかもしれませんが、お許しくださいませ」
「ああ、許す」
殿下が頷き、手を差し出されます。あ、やっぱりエスコートですのね。令嬢らしく、優雅にその手を取りました。狼狽えるなどいたしません。少し、殿下が驚かれたようですが、そのまま引き寄せられます。そのまま曲げられた肘に手をスライドして、エスコートスタイルの完成です。
わたくしは殿下とともに、学園内を歩きます。展示では特に前回視察で出番のなかった法務専科の研究発表や、商業専科の市場調査報告などで、殿下はまじまじとご覧になっていました。
特に商業専科の報告については、殿下も
「城の調査と遜色ない」
と太鼓判を押してくださいました。
それを聞いた学生たちの目の輝きは、忘れようもありません。
また、殿下の前ではありましたが
「お嬢様!」
と駆け寄ってきた方々がいらっしゃいました。
殿下を仰ぎ見れば頷かれましたので、そのまま話を伺います。
「わたくしどもは、プリムローズ商会の奨学金を頂いて学園に通っております」
「直接お目にかかり、お礼を言える機会と思い、無礼を承知でお声がけしてしまいました。申し訳ありません」
お二人がそろって深々と頭を下げられました。
「奨学金?」
殿下が興味を持たれてしまいましたわよ。
「はい! 無礼ながら殿下、ご説明させていただいてもよろしいでしょうか!」
お止めになって!!
「そ、それは、詳しくはわたくしから殿下にお伝えします。お二人は展示にお戻りになって」
「申し訳ありません、お嬢様。承知いたしました。ですが殿下これだけは!」
「うん、聞こう」
止めなさい殿下!
「お嬢様のお陰で我々は進学できました! どうか、ご承知おきください!」
殿下が穏やかに頷かれます。
「承知した」
すると二人はぱっと顔を輝かせてから深く頭を下げて駆け去りました。
もうだめです。殿下がまた興味を持ってしまいました。
「では詳しくは、プリム嬢、頼むよ」
「後ほど、お兄様にお手紙を託します」
「うん。待っている」
穏やかに頷かれましたので、このお話はお仕舞いですが、少し頭が痛いですわね。
ともあれ、時間は限られていますからご案内を続けましょう。
芸術専科の展示。医療看護の研究発表。
騎士専科の集団行動は圧巻の一言です。当初はメアリー様へのリベンジマッチを求められていたとか。ブラック様の鶴の一声で却下されたそうです。
そのメアリー様は、貴族専科と従者専科合同の喫茶室で当番をなさっておいでです。要するに、簡易な茶会を行って、貴族のマナーなどを皆様に体感いただく、という実践展示でございます。
そちらにも殿下をご案内しますと、むしろ立場を理解するゆえに、皆様がかちこちに固まってしまわれました。確かに、体験していただく実践展示にプロ中のプロが現れればさもありなん、というところでしょうか。カラオケ大会の審査員が大御所演歌歌手みたいなものでしょうか。
ただ、皆様がわたしを見る眼差しが心なしか微笑ましいような。
フィリィ様なんてお客様そっちのけでうんうん頷いておいでです。ステイ。お仕事なさいませ。
殿下は全体を見渡してから教室を後にされました。
すれ違う平民の方々も驚いて道を開きながら、歓声をあげています。こんなに近くに王族の方が居るなんて、信じられないことでしょう。
ちらり、とラーシュ様を振り返ればすこし困ったように微笑まれます。
騎士専科の方々や街区の警備騎士の皆様にも警備に入って頂いていますが、不特定多数ということは確かですから、ラーシュ様は気が休まらないことでしょう。
方々を見て周り、殿下のお時間も残りわずかというところで、飲食の出店の通りに入りました。
殿下に毒見もなくお召し上がりいただくわけにも行かないので、見て回るだけなのですが良い匂いでお腹が空きますわね。
すこし進んだところにピアさんのハンドトスのブースを発見です。調理専科の方々とも協力なさっているご様子。ああ、ご機嫌をうかがいたい! あとハンドトス食べたいですわ!
時計石を見ればもうお昼時。殿下の視察は午前一杯ですからさもありなん。
「気になるものがあるのかな」
殿下に尋ねられれば答えぬわけにはいきません。気を遣われてしまいましたわ。お恥ずかしい。
「わたくしが直接お願いした方の出店がございまして。後ほどご挨拶にうかがいますから、どうぞお気になさらず」
わたくしが答えれば、後ろからひょいとラーシュ様が顔を覗かせました。
「どの店だ?」
「あちらの」
「騎士たちから最近聞いている。ハンドトスとかいう、薄いパンにソースをのせて焼いた定食屋だろう?」
「左様ですわ。ジンカイイ領のハーブをたっぷり使っておりますの」
「ならば、俺が買ってこよう。一口毒見してからお二人にお渡しする。どうだい?」
わたくしがそわそわしていたせいでしょう。ラーシュ様のお気遣いは嬉しゅうございますが
「お手間を取らせるわけには参りませんわ。どうぞお気遣いなく」
重ねてわたくしがもうしますと、殿下は肩を竦めてから
「ラーシュ、腹が減らないか?」
「いいね、俺もそう思ってたんだ」
そう言って、ラーシュ様がさっと出店の方へ向かってしまわれました。
わたくし、ぽかんと見送るしかございませんでしたわ。
殿下に視線を向けますと、少しだけ穏やかなお顔で。
「昼時だからね」
ですって。
気遣い!
慣れた気遣いが悔しゅうございます。ホストはわたくし側ですのに、また気を遣わせてしまいましたわ。
すぐにラーシュ様が二つ折りにされてロウ引き紙に包まれたハンドトスを二つ持って戻ってこられます。
ひとつを開いて一口齧り、
「旨いなこれ!」
と呟かれてから、齧った部分を改めてちぎり取って殿下に手渡されます。
それから未開封の包みをわたくしへ。
「ラーシュ様は召し上がられないのですか」
「ん? ああ、俺は護衛だから。任務が終わったら店に行くさ」
熱いうちに食べなよ、とラーシュ様が微笑まれます。イケメェン。さすが攻略対象でらっしゃいます。
「わたくし一人、一つを食べきるは憚られますわ。エステルと分けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうか。そうだね。気が利かなくてすまない。ラーシュ、お前がそれを食べてくれ」
「俺が?」
「ああ、そして私は」
言って、殿下はご自身がお持ちの、毒見されたハンドトスを二つに割りました。
「プリム嬢、これならどうだろうか」
割った片方を、殿下がわたくしに差し出されます。
す、スチルカメラー! カメラどこー!
学園祭イベントはございませんでしたが、これはスチルになる角度ですわよ!
「で、でで、殿下のものを頂くなんて畏れ多いことでございます」
「私も食べたと知られると煩いものが城にいるんだ。昼食も用意されているだろうし、助けると思って」
殿下が、微笑みの仮面を取って、ニッコリと笑みを浮かべられます。
ずるい。
そう言われてしまっては、受けとるしかないではないですか。
ずるいです。
わたくしは受け取って、それから思案しました。果たして、かじりついて良いものかと。
人前でなければ。エステルと二人なら。殿下でなければ。わたくし、躊躇わずにかじりついていたと思います。ですけれど。
「あちっ!」
悩むわたくしの耳に届くのは、ラーシュ様の悲鳴でした。
「大丈夫ですか?」
先ほど齧ったときは平気そうでしたのに。
「ソースが思ったより熱いし、輪をかけてチーズが熱い」
ラーシュ様はそう言って笑います。
殿下が頷いてから口に運ばれ
「確かに、熱いな」
ともごもごとされています。また気遣われてしまったようです。わたくしも意を決してかじりつきました。
「お嬢様!」
エステルが慌てておりますが、もはやこれまで。
じゅわっと広がるソースとチーズ。鼻に抜ける小麦のかおり。やけつく程焼きたての香ばしさ。
「んふ、おい、ひ」
熱さに舌が回らなくなりながら、少し涙目で呟けば、殿下がばっと視線を反らされました。
「破壊力がすごい」
小さく呟かれた言葉の意味が分かりませんが。
エステルとラーシュ様は殿下に深く頷いております。なんですの。
ともかく、あまりお見せできるものでもありませんので、熱さに耐えつつぐぐっと食べきります。最後に口許をハンカチーフで拭いましょう。
熱くて涙出ましたわ。鼻水も出そうです。ずび、なんてやれませんから、ハンカチーフで軽く押さえて、と。
「ん、いかがでしたか、殿下」
もう食べてしまいましたし、開き直りましょう。
殿下も食べ終えておられて、ひとつ頷かれます。
「市民の発想は驚かされるな。これならば、外で働くものたちも食べやすいだろう」
殿下のお言葉に、わたくしも頷きます。
「出店のために二つ折りになっておりますが、本来は円のまま出されますの。昼食を食べに来る方々はそれを手掴みで召し上がるそうですわ。わっとやってきて、すぐに焼き上げてもらって、熱いまますぐに食べて、午後のお仕事へ行かれるとか」
「なるほどな。活力になるわけだ」
「はい。小麦と野菜とハーブとチーズですから、それなりに栄養も取れますし」
殿下はぺろり、と指先を嘗めあげてからハンカチーフで拭われました。
えっっっっち!
なんだかすごくセクシーに見えましたわ。なにこれ。スチルの大洪水。わたくし思わず顔を背けてしまいました。
「すまない。品がなかったな」
殿下がそう仰いますので、小さく、いえ、と応じつつ姿勢を戻します。ピアさんにご挨拶するのは後ほどにしましょう。心臓が持ちません。
「殿下、そろそろ」
それを察した様に、ラーシュ様が声をかけられ、
「うん」
と殿下が頷かれます。
応接室へ殿下をお返しし、名残惜しげに手を握られるのに
「楽しゅうございました。失礼いたします」
と完璧な礼を示せば、殿下が少し、笑われた雰囲気。顔を上げるわけにもいきませんから、わたくしとエステルの姿勢は礼のままです。
「ではまた」
殿下の声と共に、応接室のドアが閉まり、わたくしのお仕事終了です。
ああ、危なかった。乙女にされてしまうところでしたわ。
「お嬢様も素直にお甘えになればよろしいですのに」
エステルがポツリと呟きますが、学園でそんなことした日には、慣例を無視してご婚約か! みたいな噂が駆け巡るに決まっております。
「ほぼ既成事実では」
しゃらっぷ!
相方としては、ええ、そうですが、まだ。まだ落ちておりませんわたくしは。エステルにしてみればもどかしいことこの上ないのかもしれませんが、こればかりは。
だって。
ゲームのシナリオ通りじゃなくなったって、それでも『ルート』の確定は卒業の時だって、思ってしまうんですもの。
記憶が邪魔をする。良く分かっております。それでも。
「未来が分からないのだから怖がったって良いでしょう」
ポツリと呟いて、エステルは聞かないふり。
わたくしは少し頭を振ってから、エステルを伴って自治会役員室へ戻りました。
それからは何事もなく。
思えば殿下の日程が午前でしたからムジーク様のお誘いをお断りする口実にはいまいち信憑性が欠けたかたちになりましたわね。
殿下の日程がギリギリまで見えていなかったのもございますけれど。
そんなわけで、学園祭も終わり。あとは後夜祭と片付けです。
エステルを先に寮に帰して──片付けは学生のみでやらなければ意味がありませんから──、自治会役員たちと最後の仕上げです。
作り上げられたものが撤去されていく特有の寂しさを感じながら、わたくしは展示会場の撤去状況を手分けして確認しておりました。
それぞれの教室が元通りになっていることを確認して、確認表に○をつけます。
自分の担当を終えて、自治会役員室へ戻ろうというとき、
「お嬢様」
と姿を見せたのが
「ナハト。後夜祭は終わりまして?」
親戚にして、ジンカイイ侯爵家麾下のタベーモア子爵令息です。魔力学以外ではあまり関わりはなかったはずですけれど。
「おおよそ。今は各専科で名残を惜しんでる感じかな」
「そう。それは良うございました」
名残を惜しめる程度に楽しめたのなら、やった甲斐はあったというものです。
「お嬢様は?」
ナハトの問いかけに、わたくしも頷きます。少し、顔が緩みますわね。
「満足ですわ」
わたくしが答えますと、ナハトはにっこりと笑いました。
「なら、もう悔いはないですよね?」




