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9 夏の暑月 2

5/1からGW連続更新しています。3日目です。

 わたくしが夏休みの前にやることはもう一つ。あの隠れ家食堂へ行くことです。改めて日中にエステルに行ってもらってアポイントを取りました。

 エステルを伴って、土曜日の、約束の時間に伺います。昼の少し前、開店前を指定されました。

 準備中の札が下がったドアをくぐります。カランとドアベルが鳴り、


「いらっしゃい」


 と店主がカウンターからこちらを覗きました。


「今日はカウンターへどうぞ」


 と招かれるまま、わたくしとエステルはカウンター席の一角に腰を下ろします。

 カウンターには、マスターと、もう一人中年手前でしょうか、それくらいの男性が立っていました。


「こちらはわたしの倅で、今は卸問屋の代表をしています。この店の食材やスパイスも倅に仕入れを任せていますので、同席させました」


 マスターに紹介されて、彼はぺこりと頭を下げました。


「ソルトレーク商会のバーナードと申します」

「プリムローズ商会、ジンカイイ侯爵家のプリムですわ」

「侍女のエステルでございます」


 自己紹介が終わったところで本題ですわね。

 エステルに目配せして、カウンターテーブルの上に試作のハーブ塩を詰めた小瓶を乗せました。


「ジンカイイ侯爵領では、わたくしが主導して、香草やハーブの栽培を進めております。季節にはフレッシュハーブを、それ以外では、ドライハーブを販売するのですが、ただ、ハーブやスパイスの種類があっても、馴染みの無い方には使いにくいかと思いますの。そこで、お塩と乾燥ハーブ、それから何種かのスパイスをあらかじめ混ぜておいた合わせ調味料、ハーブ塩を販売したいと考えております。是非、その道の先達のご意見を賜りたいですわ」


 マスターとバーナード様はカウンターテーブルのハーブ塩の瓶のを恐る恐る開き、ひとつまみ程ずつ手のひらに取られました。

 それを、ぺろ、と舐められます。お二人の動作が揃っていて、親子にして師弟、というのがとても良くわかります。

 マスターはふむ、と頷かれました。


「塩と、コショウ、あとは砂糖が少し、それから──」


 マスターが上げられたのは混合したハーブの種類です。一舐めで分かるものではないと思いますの!


「正解です」


 手元に書きつけを出して照らし合わせたエステルがマスターに感嘆の声を上げました。

 このブレンドは、商会本店の食料品担当が考えましたし、わたくしも味見しております。

 寮の調理室を借りてお肉を焼いて見ましたが──自分でやろうとしたらエステルに代わられたのですけど──、美味しくできていると思います。

が。


「お嬢様、これは、一般人にはまだ足りないよ」


 言ったのはバーナード様です。


「考えは良いし、味も良いけど、庶民が買える固い肉や少し安い肉だと、臭みを消しきれないだろう」


 なんと。

 確かに、お肉はエステルに予め買って貰ったものですし、領地で試験に使ったのも売る前の新鮮な肉だったはず。

 マスターが頷き、バーナード様と目配せしました。


「スパイスやハーブを全て家に常に揃えて置くのは手間だし、そもそも使いきれるもんじゃない。うちの商会で一番少ない量でも普通の家では一月では使いきらないだろう。それが何種類もなんて嵩張って仕方ない。だが、商会もそれ以上少ない単位じゃあ採算が合わないから値段を上げにゃならん。それなら、使いやすい調味料に混ぜるってのは良い。元々混ざってるんだから、他を買わなくていいしな。だから一口乗らせてくれ」

「元々問屋ですから、本当は小口売りをしなかったのですが、求められて売るようになりましてね。小売りの勘所はそちらが上手でしょう」

「そこで、うちから塩と、そちらの領地で取れないスパイスやハーブを融通しよう。混ぜてまたうちに卸して欲しい」

「では、当商店では瓶詰めで売りますわ。そちらは、瓶を持ち込んだ方には量り売りをしていただけません?」


 いわゆるバルク販売ですわね。わたくしが問いかけると、マスターが首を傾げます。


「酒みたいにかい?」


 樽から必要分だけ分けて貰うのはよくある方法なのですわ。わたくしは頷きます。


「はい。例えば、重さが200グラムで小銀貨一枚、などで。器代は別にして専用の容器を買って貰うか御自身でお持ちいただくかして」

「たしかに、それなら在庫は樽で持っても良いわけか」

「左様です。いかがでしょうか?」


 マスターは、にやり、と笑います。


「良いでしょう。息子が乗ると言ったのです。私は商会に口出ししません。味については、わたくしたちも混合を考えさせていただきましょう」

「では、こちらの商会からハーブを手配させます。エステル、よしなに」

「かしこまりました」


 わたくしとマスターは固く握手をいたしました。

 マスターと、バーナード様はそれぞれ、エステルに連絡先を示したカードを渡しておられます。それを提示することで、お店の方に取引先であると名乗れるわけですわね。


「後程商会のものを行かせます」


 エステルがそうお伝えして、わたくしたちはお店をあとにしました。

 その足で乗り合い馬車を捕まえて、大通りにあるプリムローズ商会の支店へ向かいます。

 今日は支店で話を付ければ終わりですわ!

 大通りの支店は乗り合い馬車の停車場から少し歩くとすぐです。

 ちょうど店頭に出ていた番頭が気付いて、慌てて駆け寄って来ました。


「お嬢様、おいででしたか!」


 軽く挨拶をして、商会の中の事務室へと入ります。一応は代表なので、専用の事務室も頂いております。ほとんど使っておらず商会のものたちが掃除だけしてくれている状態なので、勿体ないから応接室にでもして欲しいと伝えるのですが頑として首を縦に振ってくれないのです。

 ですからたまに顔を出したときには使うようにしております。

 部屋には番頭と支店の会計を呼んで、先程の取引の話を伝えます。


「承知しました。本店の奴と、お嬢様が見込んだ料理人の味付けなら間違いないでしょう。お話のとおり、保存しているハーブを届けさせます」


 番頭はすぐに頷いてくれました。

 会計は帳簿を開いて


「予備費には余裕がありますから、まだお嬢様は好きに商品開拓していただけますよ」


 とホクホク顔です。


「では、学園祭に──」

「お嬢様の私財とは別に、当支店の広告宣伝費から広告料を納めようと考えております」


 わたしがお願いする前に先出しされてしまいましたわ。優秀怖い。

 支店の番頭と会計、あとは本店の番頭と会計、さらにわたくし個人の会計は、エステルの親戚筋で、みな侯爵家に忠誠心篤い方々。その上番頭たちは個人の忠誠をわたくしに捧げてくれています。当時はまだ子どもでしたのに。

 お陰で、安心して店を任せて居られるのですけれど、こんな小娘にと申し訳なくもなりますわね。


「では、よろしくお願い致しますわ。連絡先は、エステルに」

「こちらです」


 先程頂いたカードを番頭に渡して、今日の予定は全て終了。

 部屋の時計石を見ると、お昼を少し過ぎた頃でしょうか。


「わたくしたちは帰りますから、昼食と休憩はきちんと取ってくださいましね。

エステル、わたくしたちも何か食べてから帰りましょう」


 番頭たちに盛大に見送られながら支店を出て、大通りを歩きます。

 大通りから一本逸れると、小さな個人営業の店が軒を連ねます。学生よりも大人、商店や工房の従業員や職人を対象にした店ばかりです。丁度昼過ぎで、食堂は昼食営業の終わりごろ。数量限定のような昼定食は既に売りきれていることでしょう。


「エステルは食べたいものはあるかしら」

「こんな時しかお嬢様と同じテーブルで頂くことはありませんから、わたくしには何でもご馳走です」


 あら嬉しい。基本的に使用人の食事は家なら別室や別時間、店なら別のテーブルですものね。こうして二人きりで出掛けないと、確かに無い機会です。元々支店に出るつもりでしたから、今日は動きやすいワンピースにつば広の帽子です。スカート丈が膝下なのは仕方ありません。一応『ご令嬢』というやつですので。これなら、貴族の娘でなく大店のお嬢様でも通じますから、町を歩いても平気なのです。

 もう少し庶民の装いをしたいのですが、エステルがそれは悲しそうな顔で見てきますので諦めておりますの。

 さて、お昼、どこで食べましょうか。

 と、視線を巡らせると、立て看板型の黒板にメニューが書かれたお店が目につきます。

 ジンカイイ直送、とか書いてありますわね。

 エステルに視線を向けますと、首を左右に振りますから、エステルも知らない店ということですわ。

 これは、入ってみなければ!


 ドアをくぐるとカウンターのみの店内。カウンター内には初老の女性が一人。

女性一人の店、というのも珍しいのに、その上調理人も女性なら、イルフカンナではかなり珍しい部類です。


「昼食はまだよろしい?」

「どうぞ、お嬢様」


 ハスキーボイスなその女性は、アイ、マムと答えたくなる感じです。わたくしの趣味嗜好ではありますけど。


「ジンカイイ直送と書かれていたのはなんですの? わたくしもジンカイイ出身で気になりましたの」

「存じてますよ、ジンカイイのお嬢様。うちで取り扱ってるのはジンカイイ領で取れるフレッシュハーブさ。生のまま運ぶには今は暑いから、今はドライやペーストですけどね」


 まあ! わたくしをご存じの方なのですね。ジンカイイ領出身でらっしゃるのでしょうか。


「昼食を二人分お願い致します」


 エステルは頷いてオーダーしてくれます。


「はいよ」


 と店主が答え、戸棚から生地らしきものを取り出します。

 それを二つに分けて、手で伸ばし、そして。

 ぽん、と高く飛ばされました。

 ああ! これは! ピッツァのハンドトス!

 くるくると回って落ちて、遠心力で延びていくしなやかなピッツァ!

 良いサイズになったら、トマトソースにバジルソース、ドライバジルとモッツァレラチーズ。木製のオールのようなもの──正しくはピールというそうですが──に載せて、薪窯へ。

 電気オーブンがないこの世界では、レストランに薪窯があるのが当たり前すぎて、ピッツァの窯だと気付きませんでしたわ!

 薪窯にいれてしばらく。

 ぷちぷちと生地とチーズの焼ける音を立てて、窯からピッツァが出されました。

ああ! 美味しそう!

 そう言えばこちらに生まれてからピッツァ、初めてかも知れません。あらかじめ切れ目をいれてから、ナイフとフォークを添えてわたくしの目の前へ。もう、好き!


「とても美味しそうです! これはどういった料理ですの?」


 知らないふりをしながら尋ねれば、彼女──マムとお呼びしましょう──は、顎を掻いて


「パン生地を投げてトマトソースで焼いた奴だよ。大体季節のソースで焼くからねぇ。……そうだ! お嬢様名前付けてとくれよ」


 は?

 いえ、これはピッツァ。ピッツァに違いありませんが! 申し訳なく!

 もうこうなればやけですわ。


「で、では、投げておられましたから『ハンドトス』でいかがでしょうか? 今日のものはハンドトスのトマトバジルソース、などのように、ハンドトスの、何味、としては」


 苦し紛れ!

 本来はマルゲリータと呼びとうございますが!


「わかりやすくていいね! じゃあうちは、ハンドトス食堂だ!」


 マムがからから笑います。

 はぁん。わたくし、苦し紛れになんということ。


「お嬢様……」


 呆れたのか、エステルがため息混じりに呟きます。ごめんなさいましね!?


「奢るよ! 冷めないうちに食べとくれ!」


 マムが呵呵と笑います。わたくしは前世で見たような気がするピッツァの食べ方にチャレンジいたします。

 四つに切られたピッツァの一切れを、耳の方からとがった方へくるくると、耳を内側に巻いて行きます。巻き終わりましたら、のり巻きやロールケーキのように一口大に切りながら頂きます。

 実のところ、コーラ片手に手で食べたいですが!

 それはまたの機会にいたしましょう。機会があれば。

 一口食べるとまず広がるのはオイルと小麦の芳醇な香り。それから溢れ出す熱々のトマトソース。

 これは! あつ! あっつ!

 はふはふと熱を逃がしながら味わうと、トマトソースのなかに複雑なスパイスとハーブの味わい。酸味と甘味の絶妙なバランスを、チーズの塩味が引き締めます。仄かに苦味や青みを感じるバジルソースがまた味に深みを与えます。

 あー。

 炭酸が欲しいですわーーー。


「美味しいですわ。ただ少し口のなかが脂っぽくなりますので、お水を頂けますかしら。炭酸水があると嬉しいのですけれど」

「炭酸水だね。あるよ」


 マムがこん、と瓶を開けて、グラスと共にわたくしの前に置かれました。

 それからスライスレモンの入った小皿を出されます。


「好みで沈めて飲んどくれ」


 最高ー!


「最高ですわ。完璧です! ハンドトスも美味しいですし、言葉が見つかりませんわ!」


 わたくしは大喜びで炭酸水を手酌して、レモンを沈め、ハンドトスと交互に頂きます。

 くぅーーー!!!

 これぇー!!


「お嬢様、こういったものもお好きだったのですね」


 ほくほくと食べていたらエステルが目をまん丸くしてわたくしに言いました。


「だって美味しいのだもの!」


 手が止まりませんわよ!

 エステルはおっかなびっくりわたくしの食べ方を見てから食べています。そして目をまん丸に。そうでしょう、そうでしょう。


「お嬢様を疑うわけではありませんでしたが、美味しゅうございます」

「炭酸水はどう?」

「頂きます。お嬢様に先程ご自身で注がせてしまいまして申し訳なく」

「いいのよ。こういうのは、美味しいように気楽に食べたいわ」

「あはは! お嬢様は分かってるね! ナイフとフォークをつけちゃいるけど、男衆は耳を手掴みで食べてるよ」


 ですよね!!

 ああー! あっという間に無くなってしまいますわ。

 ナイフとフォークを置いて、炭酸水をのみ干して。ナプキンで口元を拭って。


「はぁ。美味しゅうございました。あっという間でしたわ……」


 恍惚と呟けば、マムはまた声をあげて笑いました。


「あっはは! お嬢様、他に客が居ないからいっちまうけど、ジンカイイ侯爵の秘蔵っ子の次女姫様だろ? 何度か故郷でお見掛けしたから知ってたけど、こんなに気持ちのいい方とはね!」


 秘蔵っ子の次女姫様!? そんな呼ばれ方してましたの?


「社交もせずに好き勝手させていただいておりましたから、そんな風に呼ばれていたのでしょうか。お恥ずかしいですわ」

「いやいや! 旦那もお嬢様のお陰で、やる気になれた言ってたのさ!」


 そんなことは無いと思います!


「旦那はさ、ジンカイイ領の作物が好きだったけど外で振る舞うことができなくて腐ってたのさ。それがここ数年で都でも使えるようになったろう? それが次女姫様のお陰だって評判なのさ。今は旦那はお嬢様の商会の仕入れをしてるよ」


 んまー!


「うちの商会の仕入れ……もしかしてニンゼの奥様?」


 ニンゼはとにかく食品の目利きがすごいのです! 拘りすぎて怖いときもありますけれど、信頼の置ける職人と言えましょう。今は領地で作物の栽培指導と、それを商会向けに農民から仕入れることを任せております。


「あっはは! あんな下っぱの名前まで覚えていてくれるとは光栄だね! その通り。カルム・ニンゼはわたしの旦那で、わたしはピアザ・ニンゼともうしますわ?」


 軽くふざけてマム──ピアザさんがおっしゃいます。


「ピアザさんとおっしゃるのですね。プリムと申します。カルムにはお世話になっておりますわ。暮らしが離れてご不便お掛けしておりませんかしら」


 ニンゼには領地に居てもらっていますから、都住まいのピアザさんとは離ればなれですわ。


「子どもも居ない初老の夫婦が、わざわざ一緒に居ることもないし、わたしたちはお互い得意なことやりあってる同士みたいな関係で落ち着いてるんですよ。わたしがお嬢様の『ハンドトス』で、都で一旗揚げればあの人も腕の奮い甲斐があるってもんです」


 商会の者たちには、商会で取り扱う商品を安く買えるようにはしておりますけれど、そこまでしてもらうのに、安く買えるだけではいけませんわね。


「マム」

「やめとくれ、ピアでいいよ」

「では、ピアさん。お使いのハーブとスパイス、当商会で取り扱う物なら

特価で卸させますわ。ピアさんとニンゼの働きは、必ず我が商会と領地の為に成ります」


 ピアさんは驚いたように目を丸くしてから、首を左右に振りました。


「やめとくれ」

「えっ」


 喜んでいただけるかと思ったのですが、独り善がりでしたでしょうか。


「ああ、そんなにしょんぼりしなさんな。嫌なんじゃないよ。むしろありがたいさ。だけどね、ここはわたしの店だ。わたしが、ジンカイイのが美味しいと思うから使うんだ。『わたしが選んだ』んだよ。わかるかい、お嬢様」


 わたくし、その言葉に雷に撃たれたような気持ちです。

 ぴしゃーん! です。さもなくば、目から鱗が十重二十重。

 わたくしったら何て失礼をしたのでしょう。

 直ぐ様、カウンター越しですが、出来るだけ深く頭を下げました。


「申し訳ございませんでした」

「「お嬢様?!」」


 ピアさんとエステルが声を揃えて叫びます。ピアさんは純粋な驚き。エステルは戸惑い、でしょうか。


「おっしゃる通り、ピアさんはニンゼの奥様でらっしゃいますが、この店という城の主でした。差し出がましいことを申しましたわ」


 自分が選び、自分で作った城に、他人が良かれと美術品だの絵画だの持ち込まれても嫌ですわよね。一人暮らしで自分好みの家具家電を揃え始めてたのに、白物家電を勝手に親から送り込まれる、みたいな。

 ……ちょっと例えていてイラッとしましたわ。

 これがお節介とか大きなお世話というものなのですね。気を付けましょう。


「そこまで恐縮されてもねぇ」


 ピアさんはポリポリと頭を掻いておられます。


「いいえ、わたくしの浅慮ですわ。お恥ずかしい限りです」

「気にしなさんな。お嬢様の善意は確かに受けとりましたとも。気にしてくださるなら、ちょくちょく食べに来て、売り上げに貢献しておくれ!」

「もちろん!」


 ……売り上げに、貢献。

 そうです!


「学園祭に、ご協力いただけませんか?」

「学園祭?」


 ピアさんは首をかしげます。


「わたくし、今年一年学園におりますの。そこで、普段裏方になりがちな、調理などの専科も出店を出して、披露できる催しを行うのです。ピアさんも、出店されませんか?」


 今の試算ですと、飲食は来場者を捌ききれないので、外部からも招く予定なのです。


「学生たちにも負けたくないという刺激になると思います。わたくしの思い付きなので、正式なご依頼ではなく、まだ確定的にお話はできないのですが、わたくし個人としては、ピアさんに出ていただきたいですわ!」


 食べ歩きにも適していそうですし、わたくしだけが楽しいのですけれども!

 ピアさんはぽかん、としています。


「お嬢様は……商売人になるべきだねぇ。令嬢にしとくのは勿体ないよ」


 ため息と共に溢されます。

 お嬢様らしくない、のはわかります。残念ながら、このように育ちましてごさいます。こう、問題解決と聞くと血が滾りますのよね……。


「ピアさんのようなお方にお褒めいただき光栄ですわ。お困りのことがあったら何時でも商会にいらして。エステル」

「こちら、お嬢様の紹介カードでございます。プリムローズ商会にお持ちいただければご相談承ります」


 慣れたもので、エステルはすっとわたくしのネームカードを差し出します。

 ピアさんはそれを受け取って、なんだか楽しそうに笑いました。


「ほんと、面白いお嬢様だよ」

「本当に美味しかったのですもの。学園祭については、決まっても決まらなくても報告がてらハンドトスを頂きに参りますわ!」


 なんなら、自治会の打ち上げ、ここでやりたいくらいです。


「うちのハンドトスがついでかい?」

「まさか! 報告がついでです」


 あっはっはっと声をあげてピアさんが笑います。わたくしもうふふ、と声をあげたいのを堪えながら笑いました。


「長居をいたしましたわ。お会計をお願い致します」

「言ったろ? 奢りだよ」

「あら、わたくしに適切な対価を払わせてくださらないの?」


 ピアさんはまた楽しそうに肩を竦めます。


「客の誇りにゃけちつけられないね。二人前に炭酸水で小銀貨四枚」

「かしこまりました」


 即座にエステルが大銀貨二枚を差し出しました。

 小銀貨三枚が大銀貨一枚に相当しますから、小銀貨二枚ぶんのチップになりますわね。適切でしょう。


「釣りを」

「不要ですわ」

「お嬢……」

「貴重なお話を伺いましたから、その謝礼も兼ねて。どうぞお受け取りを」


 ふう、とピアさんがため息を吐きます。


「誰に似るとこういう令嬢になるんだか」

「あら、わたくし原典でしてよ」


 ピアさんはまた大笑いして、銀貨を受け取ってくださいました。


「それじゃ、唯一無二のお嬢様、またのお越しを」


 ふざけたようで丁寧な礼でお見送りされて、わたくしとエステルはお店を出ました。

 貴重で得難い時間でしたわ。今日は良い出会いが沢山ですわね。とても良い日です。


「では、エステル、寮に帰りましょうか」

「はい、お嬢様」


 寮から都の邸宅へ帰る支度もしなければなりませんし。いえ、ほとんど手ぶらですけれど、頂いたお手紙や縫いかけのサシェなども包まなければなりません。

 この週末を過ぎれば、もう夏休みなのです。お兄様が馬車を寄越してくれますから、それまでに荷造りをしなければ。

 乗り合い馬車の停車場通まで大通りを歩いておりますと、豪華な馬車がわたくしたちの少し先で止まりました。見覚えがございます。

 あれは。

 え。

 待って。そのイベントは今でしたでしょうか?

 夏休み前の最後の週末。大通り。昼下がり。

 あ。

 ああああああ。

 馬車のドアを御者が開き一人の、隠しきれない高貴な雰囲気を纏った男性が降りてこられます。

 めっちゃキラキラしてる。


「やあ。奇遇だね」


 キラキラスマイル、王太子殿下であらせられます。

 いえほんとヒロインのイベントですのでわたくし関係ございませんのことよ。そうですわたくしのイベントではございませんあばばば。

 キラキラ殿下にエステルは一歩下がって顔を伏せて控えます。そういうマナー良いから! 助けてエステル! わたくしを拐って逃げて!

 好意がある気がする自覚直後にそんなご無体な。

 確かに流石メインヒーロー、顔が良い。声も良い。顔が張り付きスマイルがデフォなのにふと崩れるのとか素敵だと思うけれども!

 けれども!

 それは傍観者、プレイヤーであるから良いのであって、直視して無事で済むかというと、別問題なのです。


「ご機嫌麗しゅうございます。で……」

「グラム、と」

「グラム、様」


 小声で指示されて咄嗟にお名前を呼んでしまいました。うう。そうですわね。ゲームの通りなら今はお忍びで、貴族の振りして視察中のはずですものね……! ここで殿下と呼ぼうものなら大混乱間違いなしです。


「此処で会ったのも縁だ。送ろう」

「いえ、そこまでは」


 助けてエステル! 二回目!

 ですのに、エステルは深々と頭を下げ


「わたくしは、乗り合いで帰りますゆえ、お嬢様をよろしくお願い致します」


 なんて言うのです!

 エステル! ねえエステル!

 殿下がエスコートの為に差し出された手を、わたくしは、自然な動きで掴みます。染み付いた令嬢ムーブが今は憎うございます。

 御者が踏み台を置き直し──殿下、踏み台無しで降りてらしたわねそう言えば──、殿下の手を借りながら馬車へ乗り込みます。

 わたくしを進行方向を向ける方へ座らせ、殿下が向かいに。

 窓をコンコンと叩いて、座ったことを伝えれば御者が手綱を振るいました。二頭引きの馬車がゆっくりと動き出します。舗装された大通りと、高価な馬車のクッションによる効果で、乗り心地は抜群の良さです。乗り合いのみっちり感とは訳が違います。

 そも、未婚の令嬢を馬車とは言え密室で男性と二人きりにさせるとか、エステル! エステル!!!

 わたくしの情緒は幼児だと思っていただきたいですわ……。

 向かいに座る殿下は、心なしか上機嫌。狼狽えるわたくしを楽しんでらっしゃるのでしょうか。うっうっ。


「そんなに警戒しないでくれ。何もしないから」


 なにもってなんですの!? 本来は何をされますの!?

 落ち着きましょうわたくし。思い出すのです。ゲームで起こったこのシナリオを。

 『輝きのソナタ』の学園編では、週末の予定を選んでステータスアップや、イベントで攻略対象との絆を深めたりしていきます。夏休み前、最後の週末はルート分岐のキーポイントです。昼下がりに大通りへ出れば殿下と。学生街にいればアンドン先生。寮にいればムジーク様、貴族街へ行けばお兄様などの貴族子息の皆様。貴族子息の分岐は、さらにステータスなどが関わってくるのですが!

 大通りで殿下と出会った場合、今のように馬車にのせられて、それからえーっと。


「考えごとかな」


 殿下の声に、はっと我に返ります。正面に座って上の空とは失礼にも程がありました。


「申し訳ございません」

「いや、無理に誘ったのは私だからね。……少しは意識してもらえたと自惚れても良いのかな」


 ふんぐっ!

 変な声が出そうになりましたわ。


「で、殿下を意識しない令嬢などおりませんわ」

「君も?」


 殿下がぐいぐい来ますわよ!

 ここで嘘をついても良いことはございませんね。ふー。ちゃんと口にするのは、やはり恥ずかしいのですけれど。


「でなければ、このような無様をお見せいたしません」


 とはいえ、直接的に答えるのは恥ずかしいので、視線をそらしてお答えします。それから、チラリと盗み見ますと。

 あ。

 これは。

 これはだめです。

 耳を赤くして口許を隠して、なんて。

 お互いに赤面して、視線をそらして無言だなんて。

 なんこれ!

 なんですのこれ!

 恥ずかしい。恥ずかしさが増しすぎる。

 エステル! 助けてエステル!

 何か話題を求めて窓の外へ視線を向けます。

 大通りの人通りは賑やかで、沢山の人が土曜の午後を楽しんでいるのがわかります。

 親子連れが手を繋いで歩いていて。

 商店の店先で客と店員が談笑していたり。

 初々しい距離感の男女が、デート、して、いたり。

 デート!

 デートしてるのは!

 あれは!


「お兄様!」


 わたくしの声に、殿下も視線を窓に向けました。

 あっという間に通りすぎる窓の景色、確かにそこにいたのは。


「お兄様とメアリー様でしたわ」

「いつの間に」


 殿下が溢す言葉にわたくしも頷きます。ぱっと視線が絡んで、また沈黙してしまうのですが。

 乙女か!

 いえ、わたくしは乙女ですけれども。

 お互いに不思議な、不快ではない沈黙のまま、馬車は学園に辿り着きました。

 正門前で止められそうになって、わたくしは顔を上げます。


「もう少し、先で下ろしていただけませんか?」

「離れて良いのかい?」

「あまり、人目に付きたくありません」

「それもそうか」


 殿下は頷いて御者に覗き窓越しに指示を出しました。

 それからまた少し馬車は進み、人通りのある通り沿いで止まります。

 御者がドアを開き、踏み台を置いて、手を差し出します。

 わたくしはその手を借りて、馬車から降りて振り返りました。


「送っていただいて、ありがとうございました」


 お伝えしてから、カーテシーをいたします。

 見上げれば、うっとりするような笑みの殿下。目の毒!


「そ、それでは!」


 踵を返して歩き出すと、


「プリム嬢!」


 呼び止める声に振り返りますと、身を乗り出した殿下が居られて。


「気を、つけて」


 呼び止める声から一転、弱々しい殿下の声に、わたくしは今一度黙礼して、今度こそ背を向けました。

 歩き出せば馬車が走り去る音が遠ざかります。

 少しの距離で、もう学園の正門です。

 丁度、向こうからエステルも歩いて来ておりました。丁度良い乗り合い馬車があったのでしょう。

 わたくしは思わず早足でエステルの方へ向かいます。


「エステル」


 走り出しそうになるのを堪えて、エステルを呼びます。エステルも速足でこちらに向かってきてくれて。

 ぴったり正門の前で、わたくしはエステルに抱きつきました。


「お嬢様」


 戸惑ったようなエステルは、品がないと叱る暇もないようです。そうでしょう、わたくしにも余裕はございません。


「どうしましょう。わたくし、変だわ」


 エステルはわたくしの体を剥がすと、そっと手を取ってくれました。


「変ではありません、お嬢様」


 そして手を引いて歩き出します。こんな風に手を引いて貰うのはいつ以来でしょう。

「お嬢様は、怖がってらっしゃるんですよ」


 初夏の日差し。昼下がりから夕方へ差し掛かる時間。少し汗ばむ手を不快に思わずに居られる信頼感は、得難い関係だと思います。

 学園の通り沿いの木々は青く枝葉を伸ばし、これからをまるで疑いもしない。

 わたくしは、これからを、これからの変化を。


「怖がって、いるのかしら」


 多分、そうなのでしょう。

 知っていたはずの世界は色を変えて、その他大勢だったはずのわたくしは、きちんと、歩かなければいけなくて。

 決められた物語などなく、無限に見えるくらい未来は分岐していく。

 わたくしは、現実を生きなければなりません。

 分かっているつもりなのですけれど、前世の知識が邪魔をする。


「そうね、わからないことは、怖いわね」


 ぽつり、わたくしは呟きます。エステルがきゅっと手を握ってくれます。汗ばむ陽気ですが、嬉しい熱さを手に感じます。


「一緒にいてね」

「もちろんですとも」


 それから二人、無言で手を繋いで寮に帰りました。


明日もあるはず

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