第584話
俺はアキや第三金隊第四銅隊と合流し、事情を説明せぬままとりあえず出発した。
道中、銅隊幹部を集めて簡単に説明したが、理解されたかどうかは分からぬ。まあその都度指示を出せばよいので、理解されておらずとも構わぬ。
地図通りに駆けると、半日も経たぬうちに襲撃地点と思しき場所に着いた。
倒れている者や破壊された荷馬車、折れた帝国旗などが散乱していた。倒れている者はほとんどが非武装で、数名の武装者も帯剣のみで数億オールを輸送中であるとは思えぬ。
「フリッド銅士、この辺りに築陣せよ。それと並行し、生存者の捜索と救護、死者の収容を進めよ」
俺は襲撃現場を見つつ、傍らに控える第四銅隊長のフリッド銅士にそう指示を出した。ある程度の期間はこちらで襲撃者の痕跡を探したり、僅かに残っているかもしれぬ物品を回収したり、現場に留まらねばならぬだろうから、築陣しておいて損はなかろう。
「はっ。襲撃者の捜索はいかがなさいますか」
「捜索はいらぬが、周囲の警戒は必要だ。見える範囲に兵を配置せよ」
「御意。閣下はいかがなさるので?」
「俺は少々調べねばならぬ事がある。十名程度貸してくれ」
「は。精鋭をお貸ししましょう。ソルニア上士、貴様の隊から腕扱きの下隊を閣下にお貸しせよ」
「御意に。カーター中士、貴様に上隊を任せる。ルコティ下士、隊を連れて俺と来い」
ソルニア上士と呼ばれた下士官は俺とフレッド銅士にそう返して一礼し、部下に指示を出した。下隊ならば下士が指揮官で問題ないが、わざわざソルニア上士が来てくれるようだ。
俺はアキとエヴラール、ソルニア上士とルコティ下隊を連れて襲撃現場を見て回った。
襲撃現場を確認していると、横転した荷馬車の側面に声明文らしきものが書かれた紙が釘打ちされていた。
声明文によれば、襲撃は魔将王軍の武装財務総監を自称するグレゴワールとやらに指揮される、魔将王軍武装税務隊によるものだそうだ。グレゴワールの主張では、正統なるサヌスト国王であるアルフレッドにはサヌスト王国内での徴税権があり、グレゴワールはそれを主君に代わって行使したが、これに反抗したため、主君に認められた権限を根拠として死刑を執行したとの事だ。
「まずいな。アルフレッドによるものであるのならば、諸侯の叛乱であった方がまだ良かった」
「と言う事はだぞ、団長様。奴ら、数億オールの軍資金を手に入れたって事だろ? まずいじゃないか」
「ああ。財務省が具体的な数字を出さぬゆえ正確には分からぬが、場合によっては我が軍の年間予算を上回りかねぬ。兵数は我が軍の十分の一以下であろうから…当面は金銭に困らぬだろうな」
「団長様、まだグレゴワールに奪われただけでアルフレッドの懐に入ったわけじゃない。アルフレッドならともかく、グレゴワールなら探し出して取り戻せるんじゃないか?」
「ああ、急いで対策せねばな。エヴラール、何か書くものを」
俺はエヴラールから受け取った紙を用いて、襲撃者は魔将王軍である事、その指揮者はグレゴワール武装財務総監を自称している事を知らせる軍令部に対する報告書、ただちに他の輸送隊に対する護衛部隊の派遣と魔将王軍に対する捜索部隊の出撃、討伐部隊の編成をアーウィン将軍に命じる指示書を書いた。野外であるから簡易のものしか書けぬが、伝われば良いのだ。
「ソルニア上士、これを確実に帝都のアーウィン将軍に届けさせよ」
「はっ。ルコティ下士、下隊の半数を連れて貴様が行け。接敵しても戦うな。貴様の役割は無事に帝都に辿り着く事だ。分かったら行け」
「了解」
俺が報告書と指示書、それからグレゴワールの声明文をソルニア上士に渡すと、ソルニア上士はルコティ下士にそれを託した。ルコティ下士は五名の兵士の名を順に呼び、彼らを伴って全速で駆け去った。
その後、他に手掛かりになりそうなものを探しつつ襲撃現場を見て回ったが、金貨が数枚落ちていただけで、これといった新しいものは見つからなかった。
俺はフレッド銅士が築いた陣地に戻り、報告を受けた。やはりというべきか、衛生隊を中心に生存者を捜索したが、全員が死亡していたそうだ。
「閣下、帝都から伝令です」
「うむ。通してくれ」
フレッド銅士が将兵に集めさせた、散らばっていた金貨を数えていると、伝令の到着をソルニア上士が知らせた。ルコティ下士が出発した頃合いから考えれば、おそらく入れ違いになった事だろう。
「軍令部より参りました。大元帥たる皇帝陛下、並びに軍令部総長にして財務省輸送隊襲撃事件対策本部長に任ぜられましたラモリエール元帥閣下から、帝国騎士団長閣下への指令です。帝国騎士団は襲撃者を特定し、これを討伐すべく、一度帝都に戻られたし。本指令はアーウィン帝国騎士団副長閣下にも通達されております」
「承知した。他の輸送隊の警護は必要ないのか?」
「は。そちらは第二防衛軍が担当いたします」
「そうか。ところで帝都に戻るとは俺だけに対する指令か?」
「閣下にはただちに戻っていただきます。初動対処にあたった部隊に関しては、帝国憲兵隊が派遣されますので、その到着次第戻っていただきます」
「承知した」
どうやらジェローム卿が対策本部長として指揮を執るようだな。まあ俺とカートメル大将軍の二人に指示を出すならば上席者たるジェローム卿以外に適任者はおらぬだろう。
俺はフレッド銅士に諸々の指示を出して、帝都からの伝令に先導され、アキやエヴラールを連れて襲撃地点を発った。
帝都に戻る頃には日が暮れていたが、軍令部には灯りが点いていた。俺は騎士団本部には寄らず、軍令部に直行したのだ。
財務省輸送隊襲撃事件対策本部と書かれた看板が扉の横に置かれた部屋があり、そこに入るとエジット陛下やジェローム卿、ジュスト殿、アーウィン将軍、ホワイティング財務大臣らがそれぞれ部下を連れて集まっていた。
「帝国騎士団長モレンクロード大将軍、ただいま帰還いたしました」
「うむ。待っていたぞ。早速だが、先の報告以上の情報はあるのか? 吉報であれば嬉しいが」
「陛下、残念ながら吉報ではありませぬが二点。まず一点目、襲撃現場には生存者はおらず、全てが死者でした。次に二点目、声明文以外の痕跡は発見できず、現場に残されていたのは死者と残骸と数枚の金貨のみでありました」
「そうか、生存者はいないか」
「は。少なくとも現場にはおりませぬ」
「うん、それじゃあ状況の確認だ。元帥」
「はい。モレンクロード大将軍の報告と合わせますと…」
エジット陛下に言われて、ジェローム卿が状況の説明を始めた。
まず、財務省からの報告と襲撃地点から考えて、一昨夜から昨朝の間に襲撃されたものと推測される。
襲撃時点から計算すると、襲撃者が騎兵のみで構成されると仮定した場合、襲撃地点から最大で八十メルタル離れられる。ただし、これはあくまで襲撃部隊が騎兵のみで構成された場合であり、数億オールを積んだ荷車があれば距離は縮まる。
つまり、襲撃地点を中心に四十メルタルを重点的に、最大で八十メルタルを捜索する必要がある。これはあくまで現時点での推測であり、時が経てば経つほど範囲が広くなってしまうので、なるべく早く動かねばならぬ。
さらに、こちらは全く根拠のない推定であるが、数億オールの金貨をそれなりの速度で安全に、襲撃地点から最も近い海に運ぼうと思えば、総員で三千名程度の人員が必要となる。むろん、これには補給部隊も含まれているので、三千の騎兵が動き回っているという訳ではないが、それはそれとしても、ある程度の規模の戦力を有するであろう事はほぼ確定である。
「それじゃあ、モレンクロード大将軍、アーウィン上級将軍に命ずる。帝国騎士団の騎兵部隊を動員して、襲撃者を捜索し討伐せよ。襲撃者特定のため、捜索範囲内に限定し、隊商等に対する検査を認める。追って同様の命令書を騎士団本部に送致するが、それを待たずして行動を開始せよ」
「御意。それでは失礼いたします」
俺はそう言い、アーウィン将軍らを連れて軍令部を出た。
道中、アーウィン将軍から報告を受けたが、アーウィン将軍は帝都近郊の騎士団騎兵部隊に対し、出撃の用意を命じていたそうだ。財務省輸送隊の襲撃を公にするまでは緊急の演習といって準備させたが、公表以降は理由も通達し、まずは捜索部隊の編成をさせていたそうだ。優秀な部下をもったものだ。




