第583話
二月二十日。道中これといった問題もなく帝都アンドレアスに到着した。ちなみに、魔導車については各所で導入が検討されるが、おそらくは遷都後に落ち着くまで導入はせぬだろう。どこも入用なのだ。
帝都に帰った後、俺達は新都の視察の後処理をしたり、遷都の行程について協議したり、とにかく遷都について本格的に動き始めた。
二月二十七日。枢密院での会議を終え、騎士団庁舎に向かっていると、馬車が急停止した。資料を両手に持って俺に説明をしていたリンが椅子から滑り落ち、書類が舞い散った。
「大丈夫か」
「私は大丈夫です。せっかく綺麗に纏めた資料がぐちゃぐちゃになりましたけど」
「見れば分かる。バンシロン銀士、何事か」
俺は車窓を開けて馬車に帯同するエヴラールにそう聞いた。何事もないのに馬車を急停止させるとは思えぬし、仮にそうであったとしたら文句を言わせてもらわねばならぬ。
「はっ。財務大臣閣下からの伝令だそうです。至急、財務省に来ていただきたいと」
「…承知した。リン、そういう訳であるから、おぬしは帰ってコボン将監と進めておいてくれ」
「分かりました。片付けるのでちょっと待ってくださいね」
「いや、俺が馬で行く。馬車はおぬしが使えば良い。では」
俺はそう言い、馬車から降りてエヴラールからヌーヴェルの手綱を受け取り、財務大臣からの伝令とやらの先導に従って財務省に向かった。ちなみに、アキは枢密院には同行せず、騎士団庁舎で将兵の訓練に参加している。
財務省に近づくと、慌ただしく走る財務官僚らしき文官と幾人もすれ違った。余程の非常事態であるようだ。
「少々お待ちください」
財務省前に着くと、財務大臣からの伝令はそう言って財務省の中に入っていった。待つよう言われたからには、その場で待つべきなのだろう。
財務省前で待っていると、第二防衛軍のカートメル大将軍が来た。どうやら俺と同じように呼び出されたようである。
「カートメル大将軍も来たのか。何用か聞いたか?」
「いや、とにかく来てくれと」
「そうであるか。余程の大事であるようだが…」
「モレンクロード大将軍、おお、カートメル大将軍も。急にお呼び立てして申し訳ない。こちらへ」
カートメル大将軍と話していると、ホワイティング財務大臣が出てきた。普段は落ち着いているように見えるホワイティング大臣が、これほど慌てるとは、本当に大事なのであろうな。
ホワイティング大臣の案内で財務大臣執務室に通されると、ホワイティング大臣は俺とカートメル大将軍に副官らを部屋から出すよう求め、自身も秘書官らを部屋から出して人払いをした。本当に何事であろうか。
「早速ですが、本題に入ります。先ほど、西門に半死半生の我が部下が辿り着きました。彼は皇帝大権による諸侯に対する徴税に従事していたのですが…輸送中に何者かに襲撃されたと、そう言い残して気を失いました。これが事実であるとすれば、億オール単位の損害が生じた事になります」
「億オールだと?」
「ええ。遷都どころではなくなります。そこで、お二方には調査と賊の討伐、他の輸送隊の警護をお願いしたいのです」
「承知した。騎士団から部隊を出そう」
「第二防衛軍としても協力は惜しまないが…そもそも輸送隊の警護はどこが請け負っている?」
「現地諸侯に協力を要請する事になっていますが…断られる事もあり…」
「なるほど、理解した。その件については後日、確実に話し合いましょう。騎士団も参加してもらいたい」
「承知している。とはいえ、後日だ。今は責任がどうとか言っている場合ではなかろう。ホワイティング大臣、半死半生のその者が所属する輸送隊の道程は分かるか」
「ええ、今持って来させます」
ホワイティング大臣はそう言うと、秘書官に指示を出すためか部屋を出ていった。
カートメル大将軍は腕を組んで目を瞑り、溜息をつきながら背凭れに寄り掛かった。街道の治安維持は第二防衛軍の管轄であるから、カートメル大将軍の苦労も大きくなりそうだ。
「お待たせしました。赤い線が道順で、線上の丸印が宿泊地です」
「…足が遅いな。宿泊地と宿泊地が近すぎる。脚夫と輸送量は釣り合っていたのか?」
「カートメル大将軍、それは後で良かろう。騎士団から部隊を出して襲撃地点を明らかにする。では俺は指揮を執らねばならぬゆえ…」
「大将軍が直卒するのか?」
「そのつもりであったが…」
「…分かった。襲撃地点が分かったら伝令でも出して知らせてもらおう。大臣、本件は国難に繋がり得る大事件である。皇帝陛下と軍令部に報告し、そちらに対策本部を立てる」
どうやら俺はカートメル大将軍が思い描いていた計画と違う選択をしてしまったようであるが、それはそれとして一度口に出したのであるから、カートメル大将軍の想定と違う計画で進めねばならぬ。
軍令部に対策本部を立てるとなれば、野戦軍と国防軍の共同任務となる。これはなかなかに大変な事になった。
「承知しています」
「モレンクロード大将軍、そちらは頼んだ」
「うむ。ホワイティング大臣、この地図の副書はあるか?」
「これが副書です。どうぞお持ちください」
「そうか、承知した。では俺は失礼する…前に一点。この件は公にしても良いのか? そうせざるを得ぬと思うが」
「陛下の指示を仰ごうと思う。それまではできるだけ内密に」
「承知した。では失礼する」
俺はそう言い、机の上に広げられていた地図を持って退室した。
部屋の外で待っていたエヴラールと合流して財務省を出た俺は、往来で出し得る最速で騎士団庁舎に向かった。
騎士団庁舎に戻った俺は、アーウィン将軍とレガット金士、第三独立騎兵金隊長であるレガー金士を、騎士団長執務室に集めた。レガー金士を呼んだのは今月の待命金隊が第三独立騎兵金隊であるためだ。
「非常事態だ。財務省の輸送隊が襲撃を受けたそうだ。襲撃地点も襲撃者も分からず、分かっているのは輸送隊の通り道のみである。この赤い線が、輸送隊の行程で、丸印が宿泊地だそうだ。レガー金士、すぐに出せる部隊は如何程か」
「銅隊が即応待機中です。他も今日中に全隊が出られます」
「承知した。待機中の銅隊には軍医と看護兵も含まれておろうな?」
「はい。定数通り、軍医一名と看護兵九名による衛生隊が銅隊本部直轄に編成されています」
「うむ。ではその銅隊を率いて俺が出る。増援が必要であれば求めるゆえ、銀隊以上の部隊が常時待機せよ。ああ、月が変わっても別命あるまで下番するでないぞ」
「はっ」
今日はもう二月二十七日であり、今日を含めても今月はあと二日だ。この事態が二日で解決するとは思えぬし、一個金隊のみで解決できるとも限らぬ。三月の待命金隊がどの部隊であったかは忘れたが、待命金隊が倍になったとしても別に構わぬだろう。それに、二月は短いので多少伸びても構わぬだろう。
「次だ。輸送隊は数億オールを輸送中であったそうだ。脚夫の数は分からぬが、それなりの人数だろう。レガット金士、負傷者の受け入れを用意せよ」
「はい。第三金隊と同行して現地で治療しますか」
「負傷者の数によってはその方が良かろう。追って指示を出す」
「分かりました」
帝都に辿り着いたのが半死半生の一名である点から考えれば、生存者が多数いるとは考え難いが、おらぬと仮定して大勢いたら対応できぬから、多少の無駄は覚悟して用意せねばならぬ。それに、準備不足で財務官僚に恨まれても困る。
「さて、アーウィン将軍。軍令部に対策本部が立てられるそうだ。おそらく国防軍との共同任務になるだろう。行って調整を頼む」
「共同任務ですか」
「ああ。財務大臣がカートメル大将軍も呼んでいたようでな。皇帝陛下と軍令部に財務大臣を連れて報告に行っている」
「それでは対策本部には財務省も参加するのでしょうか」
「ああ、おそらくな。他の輸送隊を迎えに行って警護する必要もあるだろう。その辺りの調整も頼むぞ」
「御意」
他の輸送隊がどれだけいるのか知らぬが、輸送隊一隊で数億オールであるならば、十隊以上いるかもしれぬ。となれば、輸送隊の規模にもよるだろうが、待命金隊だけでは戦力が足らぬだろう。
「では最後に。この件は皇帝陛下の指示があるまで、なるべく内密に進める。部外者には話すでないぞ。アーウィン将軍は対策本部で公表の指示があれば、すぐに騎士団に伝え、大々的に動き始めよ」
「御意」
「では動き始めよ」
俺はそう言い、話を切り上げた。大した情報量もないので、役割を決めて早く動き始めたほうが良い。
そういう訳で、俺達は部屋を出てそれぞれ動き始めた。俺はアキを呼ぶようオンドラークに言い、即応待機中の第三独立騎兵金隊第四銅隊が待機する区画に向かった。




