第581話
アズラ卿と合流し、俺達はモレンク血閥特区内の邸宅街や住宅街、各種の施設を視察し、モレンク血閥特区の視察を終えた。
俺はロード公爵邸で一泊し、翌日にはヘーリオス区に戻った。一月三十日の事である。エジット陛下に同行して帝都アンドレアスに帰る者は、今日中にヘーリオス区に集合するよう言われている。明日は帰る準備をして、明後日にはサントル・アンピールを発つ予定である。
ちなみに、復路に関しては貴族や聖職者は同行せず、官吏のみが同行する。官吏も何割かはサントル・アンピールに残って遷都の受け入れ準備を進める。
ヘーリオス区に戻った俺は、近衛兵団本部に来た。視察団の出発用意をする拠点となっているのだ。
本部内の会議室に行くと、エジット陛下を中心にジェローム卿やジュスト殿、ファーブル公らが何やら悩んでいた。
「モレンクロード大将軍、私的な視察を終えて戻りました。何やら悩んでおられるご様子ですが」
「うむ。大将軍、早速だが知恵を借りたい」
「は。何でありましょうか」
「我が妃がサントル・アンピールに残ると言い出してな。移動の体力的負担も大きいし、それは予も認めようと思う。とすると、近衛兵と侍従の配置に問題が起きる」
「詳しく伺いましょう」
エジット陛下らの悩みの種は人員配置についてであった。詳しく聞くと、そもそもヘーリオス区の設計に問題があるように思えた。
まず、近衛兵の配置であるが、そもそもヘーリオス区は皇宮警備隊を中心に近衛兵団が警備をする前提の設計である。だが、皇宮警備隊は同行しておらず、同行していた近衛騎兵銀隊は輸送任務などがあるため、一個しか残せぬ。それゆえ、サントル・アンピールに残せる近衛部隊は、一個近衛騎兵銀隊に、第一親衛隊と第二親衛隊である。これでは短期的な警備任務はできても、長期の警備には耐えられぬ。
次に、侍従の配置であるが、これは単に不可侵宮の設計に問題があるように思える。侍従だけならばともかく、皇妃の生活を長期的に営むとなれば、連れて来た侍従を全て残していかねばならぬ。エジット陛下は近衛兵や侍従武官らを従卒として扱う事により、最悪の場合は侍従は必要ないが、皇妃殿下方はそうもいかぬ。
さらなる問題として、物資が不足しかねぬ。計画では、補給対象であるエジット陛下の一行が二月一日にサントル・アンピールを発ち、日数が経つごとに帝都アンドレアスに近づくのだが、皇妃殿下方がサントル・アンピールに残る場合、随行者の分も含めた物資をサントル・アンピールに届けるために日数が増え、これによって輸送部隊が消費する物資も増える。
「何かいい案はあるか、大将軍」
「陛下、警備要員に関しては、騎士団から近衛兵団に部隊を派遣できます。物資に関しては、モレンク血閥が提供できます」
「騎士団の兵力提供はともかく、モレンクが物資を負担してくれるのか」
「は。皇妃殿下方にご満足いただけるかは分かりかねますが、それでもよろしければ」
「ありがたい。この恩には必ず報いる」
「いえ、臣下として当然の事であります」
騎士団は貴族や聖職者の警護と規律維持に人員を割く必要がなくなるため、復路では余剰部隊が生じる。むろん、サントル・アンピールに残って遷都の受け入れ準備をする者もいるが、そうでない将兵も残していけば良いだけで、彼らに近衛兵団長に従うよう命じれば良いだけである。
モレンク血閥の物資であるが、アガフォノワは意外と心配性であるようで、長期の任務には必要分の倍程度を準備するそうだ。さらに、アズラ卿が魔導車両のお披露目を兼ねて必要以上の輸送車両を手配したようで、アガフォノワとアズラ卿の思惑が一致した結果、モレンク血閥は物資に余裕があるのだ。むしろ、倉庫の完成を優先しなかった事を、領主府の役人らが悔いていた程である。
俺は騎士団が派遣する部隊について近衛兵団長エッジレイ将軍と相談するため、物資についてはリンに任せる事にした。エヴラールにはアズラ卿に事情を伝えに行ってもらった。
アズラ卿としても、宮内省と直接関わって魔導車について話ができるし、両者に得がある話になるだろう。
俺はエッジレイ将軍と退室し、騎士団幹部と近衛兵団幹部を集め、派遣部隊や指揮系統などについて確認した。
騎士団から提供する部隊はファラー将軍が無作為に指定した八個の歩兵銅隊と、アーウィン将軍が指定した二個の騎兵銅隊であり、これらはファラー将軍が残って指揮を執る事になった。この他、遷都の準備要員についても、ファラー将軍が纏めて指揮を執る事になった。
近衛兵団側は、パムファイネッテ妃殿下の第一親衛隊とジュヌヴィエーヴ妃殿下の第二親衛隊に加え、第二近衛騎兵銀隊が残る。さらに、指揮権の関係でエッジレイ将軍が残り、近衛兵団と騎士団からの派遣部隊の指揮を執る。
このままではエッジレイ将軍は、場合によっては遷都までサントル・アンピールに残る可能性もあるが、何かしら策を講じて帝都アンドレアスに戻るかもしれぬ。状況次第である。
これにより、エジット陛下に同行して帝都アンドレアスに戻る近衛兵は、第一、第三近衛騎兵銀隊と皇帝親衛隊のみであり、これらの指揮は近衛兵団副長と皇帝親衛隊長を兼ねるメリエス副将軍が執る。
侍従武官長のサヴォイア将軍との兼ね合いもあるし、少々面倒かもしれぬが、皇帝陛下の護衛という目的は一致しているのであるから上手くやるだろう。
諸々の準備を進め、日が暮れ始めると、俺の部屋となっている迎賓館の一室にエジット陛下がサヴォイア将軍のみを伴って来た。
「ジル卿、ファーブルから聞いたんだが…輓獣を必要としない魔法の車を発明したというのは本当か?」
「ええ。実物がございますので、ご覧になりますか?」
「いいのか? こっちだろう?」
「は、左様です」
エジット陛下はそう言うと、俺を先導して歩き始めた。ファーブル公から聞いたと言っていたし、汎用魔導車についても聞いたのかもしれぬな。
汎用魔導車を停めてある場所に来ると、操縦や整備などを担当するシュムラ准尉とメラッド軍曹が俺達に敬礼した。ちなみにこの二人は汎用魔導車を警備するため、ここで寝泊まりする。
「陛下、こちらです。シュムラ准尉、皇帝陛下に汎用魔導車について、ご説明して差し上げよ」
「は。まずはこちらを」
シュムラ准尉はそう言うと、それなりに厚い資料を陛下と俺に手渡した。俺が説明を聞いた時はこのような資料は貰わなかったが、それは俺が身内だからであろう。
シュムラ准尉は俺がアズラ卿に聞いたよりも詳しく、汎用魔導車やその他の魔導車について説明した。
「陛下、我々には魔導車を献上する用意がございます。維持費までは負担できませぬが、どうしますか?」
「うむ。ありがたい話だが、今は遷都で何かと入用だからな。遷都して落ち着いたら、改めて頼もうかな。ああ、もちろん代金は支払うよ」
「は。それでは詳細はその時に相談いたしましょう。今日はもう暗いので別日にはなりますが、乗ってみますか?」
「そうだな。明後日の出発の日に乗せてもらおうかな。ジル卿も一緒に乗ってくれるだろう?」
「ええ。ラモリエール元帥らも誘ってみますか?」
「私から誘ってみよう。八人だったな? 誰を誘おうか…明後日までに私から誘っておく。楽しみにしておくよ。それじゃ、話を聞くだけ聞いて帰るのは気が引けるけど、もう遅いから私は帰る。また明日」
「それでは、お休みなさいませ」
エジット陛下はそう言うと、サヴォイア将軍を連れて帰っていった。
俺は迎賓館の部屋に戻り、シュムラ准尉に貰った資料を見ながら、俺の愛車についてアキが眠るまで二人で話した。まあ試乗せぬ事には何も分からぬので、結論は出なかったが。




