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『ブルーシャークスファンお待ちかね! このチャンスで迎えたバッターは我らのジョン・ブラックだ! しかし結果はヒーローらしくないダブルプレー。さすがに開幕35連敗はヒーローにも効いたようだ。ここからは一塁すら踏めずにゲームセット。14‐2の惨敗でブルーシャークスの開幕連敗記録は36、勝ち星ナシの借金36で明日もスタジアムにこだまするのは全国のブルーシャークスファンのため息か!?』


 パチン。そこで妻のエヴァがテレビのスイッチを切った。


「アル、体に毒よ」


「あぁ、そうだね」


 心配する妻を横目に僕は立ち上がり、左手を大きく振りかぶった。多少、肘に軋みを感じるものの、動き自体は悪くない。問題ないようにさえ思える。


「でも、僕は一人のブルーシャークスファンとして、今日の結果が気になるのさ。それに、ブルーシャークスのプレイヤーはみんな僕の友人だからね」






 僕の名前はアルベルト・サンドロ。元ブルーシャークスのリリーフピッチャー、つまりプロ野球のピッチャーだった。

 史上最弱のチーム、ブルーシャークスの不動のセットアッパーとして活躍してオールスターゲームに出場したこともあったが、数年前の肘の故障で戦線を離れ、リハビリをしているうちにGMが代わり、当時31歳だった僕は若手を主体する新しいチーム方針から外れ解雇となった。

 その後はどこのチームからも声がかからず、今は無職、たまに地元のラジオ出演のギャラが入る以外は、妻の稼ぎと選手時代に使わずにとっておいた貯金で日々を暮している。


「いいのよ、あなたが元気なら」


 とエヴァは言ってくれる。今のブルーシャークスが弱いのは、パパがいないからだ! と息子は僕のことでケンカをしてくれる。

 幸せな人生だと思っている。でも、やはり野球への未練は捨てきれない。左手が、体が、マウンドに立ちたがっているのだ。


 そんなある日、ブルーシャークスからコーチにならないか、と声がかかった。

 引退からまだ日も浅く、根強いファンもいる。お前の人柄はコーチにも向いているし、今のブルーシャークスに必要なのは勝利よりも話題だ。話題と注目を集め、そして勝利。そんな最高のファンサービスが出来れば、ファンも大喜びだし人気回復のためにも効率がいい、だそうだ。

 なるほど、僕にとっても悪い話ではない。僕のコーチ就任と勝利、これがもくろみ通りに行けば「ブルーシャークスが強くなったのはアルベルトコーチのおかげ」と僕もいいことずくめって訳だ。でも、僕はすぐにその話にOKをすることが出来なかった。

 僕はまだ33歳。まだマウンドに立てるんじゃないかという僕の情熱を、コーチ就任の依頼が呼び覚ましてしまった。確かに、コーチとして結果を出せばいつかは監督という将来も見えてくるかもしれない。でも、僕の野球はあくまでもプレイヤーだ。今でもリハビリもトレーニングも欠かさない。全盛期には及ばないものの、まだまだ戦力にはなれるんだ!  決して若くはないが、コーチではなくプレイヤーとして若いプレイヤーに背中を見せたい!

 しかし、いつまでもプレイヤーに執着して家族に迷惑をかけたくない気持ちと、心機一転してコーチの話を受諾するかの板挟みになっていた。そして、僕はまだコーチの話をまだ家族にしていない。






「野球教えてくれよーアルベルト!」


 すぐそこのスーパーマーケットで芝刈り機のバッテリーを買った帰り、近所の子供に呼び止められた。


「いいとも!」


 と僕は返事をして彼に駆け寄った。彼の頭にはブルーシャークスの帽子が。


「野球が好きかい?」


「もちろんさ! ブルーシャークスは弱いけど……でもパパもグランパも、アルベルトは最高のピッチャーって言ってたよ! だから僕は将来アルみたいになりたいんだ。で、ブルーシャークスに入ってワールドシリーズに出るんだ!」


「ハハ、それは頼もしいなぁ!」


 めちゃくちゃなフォームでボールを投げる彼の顔が僕は今でも忘れられない。そんな彼が、数時間で上達していったのは自分のことのように嬉しかった。

 野球のプレイヤーを目指す少年は山ほどいるだろう。でもコーチを目指す少年は少ないはずだ。僕もずっと、ブルーシャークスを優勝させるプレイヤーを夢見て、プレイヤーになった。

 プレイヤーとしてブルーシャークスを優勝させることはできなかったが、コーチならあるいは……。と、さらに揺れる僕の心。






「なぁエヴァ。洗剤が」


「あ、あら、アル。洗剤なら…………」


 これもまた、ある日のこと。エヴァは僕が部屋に入ると急いでノートパソコンを閉じ、それを隠すように立ち上がって「ガレージにあるわ」。


「おい、何を見てたんだい? まさか、レッドスネークスのファンクラブのサイトじゃないだろうな?」


 おどけてエヴァのパソコンを開けると、西海岸で最高のスポーツ医学博士のサイトだった。


「あぁ、悪く思わないで、アル。わたしには、まだあなたが野球をやりたいんじゃないかと思って」


 釈明するエヴァ。彼女の言うとおり、僕はまだ現役に固執している。何より、それをエヴァに見抜かれて気を遣わせてしまったことがショックだった。


「でも、この先生の手術なら、全盛期まではいかなくても、またプレイヤーとして活躍できるくらいにはできるんじゃないかって…………」


「でも、そんなお金がどこにあるっていうんだい?」


 僕の口から出てきた言葉は、どこかその手術を受けることを前提としたもののように思えた。


「わたしの稼ぎがあるじゃない。それにあなたの現役時代のお金には、ほとんど手を付けていないわ。お金のことは心配しないで。大丈夫なのよ。あとは全てあなた次第」


 僕は唇をかんだ。僕はなんてバカなんだ。僕が煮え切らなかったせいで、家族にこんなに心配を…………。エヴァにも厳しい生活を強いてしまった。そして家族が心配していることも知らずに、コーチのことも隠して一人でずっと悩んで…………。


「エヴァ、実は僕は謝らなきゃいけないことがあるんだ。実は、ブルーシャークスにコーチとして来てくれないかと言われていたんだ。でもずっと隠していた。すまない。だからやっぱりその手術は…………」


「アル、言ったでしょう? 全てあなた次第よ」


 涙がこぼれた。恥ずかしくてその顔を見られないように最愛の妻を抱きしめた。








『さぁて全国のベースボールファンお待ちかね、今日がリーグの開幕戦だ! つまりブルーシャークスの連敗記録も始まるなら今日からスタートだ! 相手はいきなりライバル、レッドスネークス! リーグ屈指のサウスポー、ミゲルからなんとビックリ! 6回までに3点も! やっとリトルリーグの攻撃力を超えたようだ! さて、対する我らのエース、マリアーノは新コーチ、アルベルト・サンドロの指導のおかげか7回を2失点! ブルーシャークスの開幕戦にあるまじき好ゲームだ! 8回1点リードのマウンドには帰ってきた男、アルベルト・サンドロ! リハビリとトライアウトを経て今年からプレイヤー兼任コーチとしてブルーシャークスに復帰した頼れるベテランはかつての剛速球は鳴りを潜めたものの、グンバツのコントロールでピシャリ! 9回は火消し役、オートンが三者連続三振でゲームセット! ブルーシャークス実に41年ぶりに開幕戦勝利! 早くも地元では優勝セールが始まっているみたいだ!』






 祈ろう。神に、妻に、博士に、自分を再びプレイヤーとして迎え入れ、そしてコーチとしても歓迎してくれたチームに。

 僕は毎試合、ブルペンに入る前に祈りを欠かさない。

 しかし、その日は状況が違った。


「ヒャッハー! My name is Baku. Please call me Baku」


「お前、英語が出来るのかよ! すげぇなぁ~!」


「英語なんて簡単だぜ~! てめぇらとは頭の出来が違うのよ!」


「モンスター…………」


 パンクファッションに身を包んだモンスターがブルペンで暴れまわっていた。幸いにも他のピッチャーがいなかったからよかったもの、このままではどうなるかわからない。


「アメリカ料理に舌鼓だぁ~」


「や、やめたまえ!」


「どうしてやめてほしいのかぁ~? 納得させてくれたら食わないでやるぜぇ~?」


 僕はそれまでの人生を全てBakuに話した。一度は引退したことも、しかし再びマウンドに立てていることも、僕が復帰して4年、やっと地区優勝が見えていることも。

 それを聞いたBakuたちは涙を流した。


「お前も大変だったんだな」


「あぁ、そんな夢を追いかけた漢の夢を、ここで食うことなんてできねぇ。ここで食ったら俺らの血は何色だ…………」


 夢?


「これは夢なのか?」


 Bakuは一瞬戸惑って


「いや、何が夢なもんか。アンタが今、やっと夢を果たそうとしてる、って言っただけだ。ほら、出番が迫ってるんだろ。早く肩を作りなぁ~!」


 Bakuたちは「応援してるぜぇ~!」と叫びながら、ブルペンから走り去って行った。




 その奇妙な出来事から数か月。ついに、夢に見たマウンドに立つことが出来た。

 ブルーシャークスvsバイソンキングズでのワールドシリーズ、ここで勝利すれば、ブルーシャークスは108年ぶりのワールドチャンピオンだ。


「アルベルト・サンドロ」


 僕の名前がコールされ、僕はマウンドに駆け寄り、祈りをささげた。ブルペンに入る前に祈るだけでは、もう足りない。感謝しきれないほどの人々。ファンにも、それから、あれ以降ずっとスタジアムで僕を応援してくれているBakuたちにも。

 ヒーローインタビューとビールかけが終わった後、僕は現役引退を表明した。

 ブルーシャークスの選手としてチームを優勝させるという僕の夢は終わったからだ。もう、これ以上望むことはない。


「よぉアル~! 今日もスライダーが切れてたぜぇ~! あれがあれば連覇も夢じゃねぇなぁ~! ヒャッハー」


 涙も流しながら、Baku達も僕の引退を惜しんでくれた。


「なぁ、Baku達。実は、僕は君たちのことを知っているんだ。君たちは人間の夢を食べるんだろう?」


「それは……否定できねぇなぁ~」


「あの時、僕の夢を食べないでくれてありがとう。おかげで僕はこんなにいい夢を見れた。あぁ、夢だってわかってたんだ。でももう満足だ。あの時見逃してくれたお礼だ。僕の夢を召し上がってくれ」


 Baku達は下を向いて、肩を震わせ始めた。


「なんで知らねぇんだ? 夢は食っちまったら夢を食われたこと以外、起きた時には覚えてねぇんだってことをよぉ~!」


「こんな夢、食えるわけねぇだろアル! 俺はお前のことが大好きなんだぜ! 例え夢の中でもよ! 引退なんかしないでくれよアル! ブルシャークスファンによぉ、もっと夢見させてやってくれよぉ~!」


 泣きじゃくるBaku。


「僕の妻に、すごい名言があるんだ。『あなた次第よ』ってね。Baku、僕はもう何も言わない。君たち次第だ。食べるも食べないもね」


 と僕は涙を拭いて、にっこりと笑って見せた。


「じゃぁよアル~。お前の目が覚めるまでよ~、俺たちとキャッチボールをしてくれぇよぉ」


 また下を向いてしまったBakuの肩を優しく叩き


「いくらでもしよう。夜は長い」


「アル~! アンタは最高のピッチャーだ!」


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