羽白山の戦い6
「伝令!伝令!村下勝真と一騎打ちの末、長内様が討たれました!それにより、部隊が崩れて敵に多数討ち取られています!」
「なんだと!」
その凶報が届いたのは長内が討死した数分後。椅子から立ちあがり呆然とした顔で戦を見る。
前線部隊が崩れていくのは見ていて分かってはいた。が、長内がそれほど容易く討ち取られるとは思っていなかった。速水家では文句無しの最強の男ですら敵わないとはどんな化け物なのか…。
「クッ!崩れる前線部隊を退却させて、敵を陣の中に引き込め!」
こうなってしまえばまともな指揮官は己のみ。悲しみにくれている暇など無い。私情を押し込み将としての仕事に徹する。
「敵も数を減らしたはず……体力の限界も近いだろう。そこで矢の雨と妖術隊の攻撃でトドメを刺してやる!」
半分強がりに近い独り言で己と仲間を鼓舞し不安げな仲間に心配をかけさせないようにする。
必死に作った気丈な顔とは裏腹に指揮棒を持つ腕は震えていた。伝令係や馬廻り隊は、その震える腕に気づき不安そうに智頼を見る。それに気がついた智頼は強引に震えを止めるために勢いよく立ち上がる。
「何をしている!今が正念場だぞ!ここはよい!貴様らも出陣しろ!」
「し、しかし、殿の御身が」
「俺がよいと言うておるのだ!いいから行け!」
「はっ!」
慌てて本陣の陣幕から出ていく近衛の馬廻り集と伝令隊。自分を守るべき者達がいなくなり、誰もいなくなり広々と感じる陣幕の中、力無く床机椅子に座り込む。
「なんだ……なんだと言うのだ…。川上家にこのような力は残っていなかったはず……。数日の後には城を占領していたはずだったというのに……何故!!我々が負けようとしているのだ!おのれぇっ!!」
絞り出すような声で今、陥っている状況に憤る。
「こんなはずでは無かった…」
速水家の重臣を複数失い、最強の男である長内も討ち取られた。軍勢も壊滅状態で退却すら出来ない。こちらは敵の数倍の兵力と練度、質の良い武器を揃えた。負ける道理などありはしないはずだったのだ。
しかし、蓋を開けてみれば負けるはずのない速水家は大敗し今は己の命が狙われているという体たらく。これは敵を全滅させ川上家を滅ぼしてもついてまわる悪評となるだろう。寡兵に大敗した、脆弱な軍だと。
「覇道を突き進むというのは幼子の見る夢であったのか?…初代様はこれを知って覇権をとる夢を諦めたのか?」
この島国、大和は長い歴史の中で幾度も戦国の世を迎えてきた。そのたびに一番の強者が天下を取り幕府を作り、一時の平和の後にまた戦国の世に戻るという内乱をずっと繰り返しているのだ。
しかし、神室家はそんな歴史を深く理解し、もう二度と戦国の世に戻らぬように今までとは少し違う対策を施した。それは当時の圧倒的な力を背景に他の武家の軍備の制限、縮小化させた。足軽隊を解散させ、武士という常備軍のみでその数とて制限をさせたのだ。
必要最小限の精鋭のみにするのが軍としての弱体化に繋がり、さらに、武士から統率力と求心力を奪う結果になった。人を率いる事が出来る者も少なくなった。これにより、普通であれば30年もすれば政権が崩れるのに100年も持った事実がある。
つまりである。逆に言えば足軽隊を組織し武士に指揮能力を持たせ更に高い練度を保持していれば、神室家に骨抜きにされた他の家の武士と少しの足軽隊の軍勢など敵ではないはずなのだ。
速水家はそう決め、準備に長い時間をかけて今の軍勢を完成させた。弱くは無い、それどころか陸前国の反乱勢力に対して圧倒的な戦果を挙げたのだ。
それは、速水智頼に覇権を取る夢を見させるほどの戦果であった。
「俺は間違っていたのか……」
しかし、結果は残酷であった。この男の敗因はあまりに細かく制度を決めて兵の力を分散させてしまった事。陣形にこだわり軍として勢いが無くなってしまった事。そして、
「殿!本軍が敵とぶつかり早々に前線部隊が崩れそうです!!このままでは殿の御身が危のうございます!陣を下げられては!」
「ひぃ、なんだあの化物は!誰も敵わねぇぞ!」「長内様を討ったののもあいつらしい!無理だ!勝てない!」「前線が崩れるぞ!あれだけ弓矢を浴びせて数が減ったのに!何で奴らは崩れねぇんだよ!」
人払いした陣に伝令の1人が陣を下げるように献策してきる。また、足軽隊や武士の怒号と悲鳴が聞こえる。
「……長内を討った?」
「あっ!外は危のうございます!お戻りください!」
その一言に反応し急いで陣幕から出る。
「あれか…」
長内を討った男というのは一目でわかった。村下勝真という男というのはあやつであろう。ここにいても分かるほどの濃密な妖気。こちらの軍の武士達が必死に止めようとしているが歯が立たなく突破されている。
「化け物……か。なんだ、そうか…俺が負けようとしているのはあいつのせいか」
そして、村下勝真という男がいるからである。たった1人の化け物、怪物に戦場をひっくり返されるなど大和の歴史ではよくある話である。しかし、歴史の中ではであって普通あることでない。隣国に、しかも名もそれほど通っていない男が歴史に名を残す程の力を持っている。そんな身近に化け物がいて、己の心血を注いだ軍勢が潰されようとしている。そんな理不尽、なんというか、
「………………槍を持て」
「はっ?」
「聞こえないか!!槍を持てと言っている!速くしろ!」
「はっ!た、ただ今!」
立派な兜を被り、側近が持ってきた槍を奪うように受け取り馬に乗る。
「許せるか!!そのような理不尽!軍が個人に負けるなど!あってはならぬ!俺が認めぬ!」
負け続けて意気消沈していた少し前が嘘のように腹の中が煮えたぎっている。ここは、軍略、戦術、知略の場だ。たった1人の存在に、個人の武勇に、戦況が左右されてたまるか。これは、智頼の考え方を真っ向から否定する結果だ。戦術、戦略に負けたのであれば認めよう。しかし、そんな出鱈目な戦術とも呼べないような突撃作戦、1人の力で戦況を変えるなど、軍略家としてそれだけは認めてはならないのだ。
「証明してやる!俺が正しいと!アレを準備させよ!無傷の妖術隊を下げて隊列を組ませよ!弓隊も同じだ!急げ!それまでは、俺自ら時間を稼ぐ!ハッ!ついてこい!これが勝つかどうかの分水嶺だ!」
「と、殿!クッ!皆のもの!ゆくぞ!」
馬を走らせる温存していた部隊を全て前に上げて全力で敵にぶつかりに行く。
「こちらも戦術を変えるぞ…あやつ…村下勝真のみを狙い、打ち取れば良いのだ。それで勝てる…いや勝つ!」
歴史書ではそのような化け物が出たら、余程の戦力差が無ければ逃げるのみだと書いてあった。しかし、極たまにそのような敵を討てるのであれば全力で討つようにと書いてある。敵は少数でその者の存在があるから士気が保てている。しかし、もし討ち取れれば敵は瓦解すると書いてあった。
普通なら強者を複数人まとめてぶつけるかして討ち取るが、こちらはそのような強者はいない。
「見せてやる!時代の変化という奴を!貴様の軽視した経済と銭の力を!」
不敵に笑い、馬を走らせる智頼には確かな勝算があったのだった。
「ぎゃあ!」「ぐあっ!」「し、死ぬっ!」
「足を止めんじゃねぇ!進めえ!止まると串刺しだぞ!」
「うわっ、危ないっす!」
「ぐっ!おい!蛍!俺の後ろに急に隠れるな!矢が刺さって痛いだろ!」
「普通痛いじゃすまねぇんだがな。ま、そこは岩蔵達も一緒か…」
直家、猿吉、蛍と岩蔵は敵を崩し、敗走する敵の背中を斬りつけ追い回し敵の本隊と見られる軍勢を見つけた。一足先に村下勝真は敵の本隊交戦中だ。だが、近づく時に矢と妖術を受けたようで数を減らしていた。それでも、勢いは衰えるどころか更に増している。
そんな村下勝真を追って足軽隊も進むと案の定、矢の雨を馳走され足軽隊には粗末な木の板で作った置型の縦しかない。そのため、次々に被弾し数を減らしている。
「ッチ!ここまで来ると三部隊に分けるより一部隊にまとまったほうがいいぜ!いくら何でも数が減りすぎだ」
「同感だよ猿吉くん」
「うおっ!なんだ!長貴!いやがったのか!」
いきなり後ろから声をかけられて驚いた猿吉。長貴がいつの間にかこちらの隊に合流していたようだ。後ろを見ると長貴の隊もいた。
「義元様は負傷兵を多数抱えているからね。矢のどどかない所で待機するようにするみたい。その代わり後詰の兵を多数いただいたよ」
「そうか!よかった…このまま矢を受けて数を減らしたら敵にぶつかる前に全滅だったよ」
「と、言っても三部隊合わせても、もう動けるのは180人もいないよ……というか…直家くん大丈夫?矢が3本も刺さってるよ?」
「そいつは大丈夫だよ。面倒臭いから一々抜かないんだとよ…理解出来ねぇよ」
「そ、そうなんだ…。えーと、後でちゃんと抜いてよ?」
「……自分の身体がおかしいのは分かっているけど…なんかなぁ…」
「テメェの身体の話はどうだっていいんだよ!それよりこれからどうすんだ?今は矢を受けながら進んでいるけどよ…もうちょい近づくと敵の妖術も受けるぞ、これ以上は流石に持たねぇよ」
「それに関してはどうしようも無い気がするね。対策としてはこちらも妖術使いである青海さん達が奥にいるけど…数が違いすぎるから…やっぱり一秒でも早く敵の下へ辿り着いて乱戦に持ち込むしかないんじゃないかな?」
「やっぱりそうか…そうと決まればだ。おい、直家!」
「なんだよ」
「俺とお前、そんで岩蔵達が先頭に立って敵に突っ込むぞ。足軽共じゃ足踏みして先に進まねぇ。多少危険でもいっきに敵の本隊とぶつからねぇといけねぇからな。テメェなら丈夫だから何回か妖術を受けても生きてるだろ。肉壁になれや」
「最後の一言が無ければ抵抗なくやれてんのに…。まぁ、俺はそういう役目だからな。仕方ないか…」
肉壁として順調に成長していく自分の身体に少し悲しそうな表情をする直家。アニメやマンガの主人公にはなれそうに無い身体である。脇役の死亡フラグを乱立させている立場だ。理想像には遠く、むしろ離れていっている。
「はぁ……すぅ!お前らぁ!ここで矢を受けててもつまらないだろ!痛い矢は俺がいくらか受けてやる!だから、ついてこい!遠くから俺たちを攻撃する奴らを蹴散らすぞ!」
「「「オオオォォ!」」」
力強い背中が敵軍に走っていく。その姿を見て、矢を受けて弱気になっていた足軽隊に勇気が戻る。直家の足取りは足軽隊の速度に合わせているため速くは無いが、1歩1歩着実に進み矢を何本か受けるが構わず進む。その姿に更に勇気が湧き盾に隠れて進まない者達も進み始める。それにより周りの者達も置いていかれないように進むのであった。
「うしっ!止まった足を動かす見てぇのは直家の方が適任だな。動き始めたぜ!」
「そうっすね。直家、カッコイイっすよー」
「お前ら俺の後ろに隠れながら言うな!お前らも少しは矢を受けろ!」
「嫌だな」
「嫌っすよ」
「クソッ!」
「いや、お前…もう少しすると」
「そうっすよ。もう少しすると」
その時直家の隣で爆発音がした。足軽隊の何人か吹き飛び、直家にも被弾し身体が吹き飛ばされそうになる。妖術隊の射程に入ったのだ。
「ぬぅっ!」
敵の妖術隊による攻撃である。次々こちらの仲間に被弾し足軽共が宙を舞う。流石の直家も妖術の直撃には進む足を鈍らせるが止めはしない。
「ヌォォォォ!」
左脇腹に被弾し、肉が抉れ骨が衝撃で折れた。しかし、足を止めては敵の思うつぼ。根性で進む。
「うわっ…よくその怪我で動けますね…」
「気持ち悪い身体だな、本当に」
「テメェら後で覚えてろよ!クソッ!ヌラァッ!」
直家のおかげで被弾せずにすんだのに酷すぎる言い草だ。しかし、あまり文句を言っている暇もない。妖力を総動員して傷を癒していく。取り敢えず、完治までは妖力がかかりすぎるため骨を繋ぎ血を止めるだけにする。激痛がするが無視だ。
「なんと!あの男!妖術が直撃しても進んでくるぞ!」
「何で立ってんだアイツ!うわっ!こっち来た!おい!詠唱が終わるまで矢を放って時間稼ぎしろよ!」
「は、はい!ぬわっ!」
「バーカ!ここまで来たら矢なんて番えている時間なんかやらねぇよ!オラァ!」
「ほいっす!」
ある程度距離が近くなったら猿吉と蛍が直家の背中から飛び出し敵に飛びかかる。2人のトリッキーな動きに反応できず次々と斬り伏せられて、2人に意識が向くと
「よくも散々やってくれたなオラァ!敵は弓兵ばかりだ!一気に乱戦に持ち込め!」
直家が弓兵を3人薙ぎ払い。足軽隊に突撃命令を出す。それに応える足軽隊の士気はあれだけ数を減らしても高い状態を維持していた。
「皆!あんまり広がらないで!一点突破であることを忘れないように!弓隊も味方が近くにいると放ちはしない!纏まって敵の中を進むんだ!岩蔵や直家、猿吉達の周りに固まれ!」
長貴の適切な指示が勢いだけの猿吉、直家の軍に方向性をもたせる。
「水球連弾!!」
そして、こちらの妖術隊の青海達も駄目押しの妖術を放ち敵に更なる混乱を与える。
「崩れたぞテメェら!ついてこいオラァ!」
妖術によって空いた穴は猿吉が見逃さずに近くにいた兵を連れて突撃を繰り返す。
これにより、敵本隊の弓隊、妖術隊を突き破り先に進むことに成功したのであった。
「ん?もう、村下勝真が見えたのか?予想だともう少し先に進んでいるはずだったんだがな」
先頭を突っ走り直家と共に指揮官の武士を討ち取った猿吉は前方に村下勝真隊を見つけた。敵は今までより上等な装備を整えている騎馬隊だ。多分馬廻り集であろう。流石に一味違うのだろうが、今までと比べて数が少なく村下勝真にとっては足止めにしかなら無かった。
「うおっ、なんか急に敵が増えたぞ!」
「速水家も全兵力を出してきたんだろうね。ここが正念場だよ。あまり長く足止めされてたら、数の少ないこっちは全滅だからね」
「……なぁ。あれ…敵の総大将じゃない?」
「速水智頼とか言ったか?あいつは前線に出るタイプじゃねぇって聞いたぞ。……でも、それっぽいな。影武者か?」
「分からないけど…本物だったら……」
「あぁ、狙わねぇ手はねぇな…」
2人で頷き後ろを振り向く。
「お前ら!敵の総大将を見つけたぞ!ケチな川上家でも報奨間違い無しだ!行くぞォォ!」
「俺らについてこい!足軽隊が首を取るぞォ!」
「「 「オオオオォォォ!!」」」
「あ!2人とも!まったく、勝手に!罠だったらどうするんだよ!仕方ない……皆!2人に続いて!」
足軽隊の声が聞こえたのか村下勝真も敵の総大将を見つけたようだ。何かを叫び村下勝真の隊も騎乗し味方を鼓舞していた敵総大将の速水智頼に狙いをつける。
足軽隊、村下勝真率いる騎馬隊に見つかり智頼に猛然と迫っていく。その姿を見て、冷や汗を垂らしながらニヤリと口角を上げた智頼の顔に気がついた者は誰もいなかった。
戦は最終盤を迎えていた。この時点で先を見通しているものなど誰もいなく、先の見えないなか、己の力を信じてぶつけていくしか無かった。
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