決着の時
「……退け!本陣に退くのだ!」
「逃がすかぁ!追えぇテメエら!」
「……ふんっ!逃がさん」
速水智頼が突如戦場に姿を表し、暫く戦を傍観していた後に軍勢が崩れ始めたら馬を翻し、逃げながら号令を出す。
それを追うのは猿吉、直家達部隊。敵の足軽隊を崩し無理矢理少数で敵の中に押し入っている。そんな無理をしている直家達でも村下勝真には置いていかれる。敵兵を脆い紙のように斬り飛ばしもはや身の回りに数騎しかいない騎馬隊とともに敵に迫っていた。しかし、敵も必死なようで
「村下勝真でも追いつかないか……」
「流石に近衛の馬廻りは最精鋭だからな。しかも必死に戦っている。いくら、速水家最強の男とはいえ、必死に抵抗する武士隊には少し足が鈍るだろ…俺らはその間に何としても進むぞ」
必死に村下勝真を先に進ませないように何十騎と突撃していったがほんの僅かな時間と引き換えに命を散らしていた。
「ここより先には進ません!」
「……無駄な事を」
そんな忠臣の存在を振り向きもせずに走り去る智頼の姿は大将としての資格など無いただの哀れな敗軍の将に見えた。その背中を捉えて離さない村下勝真は失望の色を隠せずに近づく敵を斬り伏せる。
「げっ!アイツもう敵を殲滅しやがった!置いていかれるぞ!テメェら気合を入れろ!このままじゃ俺らが先にアイツを討ち取れねぇぞ!」
「無理だ!何故か俺らの方だけ敵の数が多い!それに俺達は数が少なすぎる!もう、退かないと殺られる!」
「っ!く…クソがあっ!ここまで来て諦めんのかっ!」
「グッ!もうダメだ!先行しすぎた!一旦長貴達の所へ退くぞ!」
悔しがる猿吉と今まさに押し負けそうな直家が急いで先行した部隊を下げる。これにより更に智頼の姿は完全に見えなくなり、それを追う村下勝真ともはや3騎になった騎馬隊も時期に敵に飲み込まれていく直家達には見えなくなっていった。
「クソッ……ん?…」
敵を斬り伏せながら後退する猿吉は口惜しそうに見えなくなりつつある村下勝真の背中を見つめてある点に気がつく。
「何で…山中虎助の野郎がいねぇんだ?」
「おい!いつまでそこに突っ立ってる!速く逃げるぞ!」
「うおっ!」
一瞬そちらに気を取られた為に、孤立した猿吉を次々と攻撃し出す敵の足軽隊に応戦するので精一杯になり、僅かな疑問は隅に追いやられて忘れていった。
「止まれ」
村下勝真の先頭を少し距離を開けて走る智頼は馬を止めて、村下勝真の方に向き直った。その姿に村下勝真も止まる。最後まで追従していた騎馬は途中の妖術や矢の狙撃から村下勝真の足を止めないように身体を張って止めて全滅していた。
「………罠のつもりか?そちらの腕利きの武士が5人…無力な足軽共が100程か。その程度で俺を討てると考えたのか、貴様は」
パッと見は、村下勝真と智頼の2人しかいないように見えるが奥の深い林にそれだけの兵を隠したのだ。それを、すぐに看破された。しかし、それは想定内である。
「………あぁ、これで貴様を殺せる」
「愚かな…己との実力差も分からぬとは…。もう生きている貴様には興味は無い。疾く首を差し出せ」
「……クックッ!村下勝真よ…我が軍を壊滅させ速水家最強の男を殺し、今まさに俺の命を奪おうとする強者。たった1人で戦場をひっくり返したのは、さぞ気持ちよかったろうな」
「戯言を…首を差し出さぬのであればこちらからゆくぞ」
「しかし!貴様は生まれる時代を間違えた!これがはるか昔の戦国の世なら貴様の名は歴史に残ったであろう!だが、今は違う!村下勝真!とくと見よ!時代の変化を!次代の力を!銭の…力をッ!!」
手に持った槍を村下勝真の方に向ける。
「喰らえ!貴様が無力だと蔑みかえりみることすらしなかった存在の攻撃を!」
カチャ、カチャカチャカチャ………と深い林の葉の隙間から細長い筒が村下勝真に向けられる。
「ふんっ、小細工か…」
「あぁ、貴様の命を狩るな!放てェェェッ!!」
轟、と地を揺らす爆音。その音は、遠く遠く離れた義持の陣にも届き、馬は驚き暴れ、直家達も驚きで手が止まる。
今までの生で聞いたこともないような轟音。それが戦場の時を確かに止めたのだった。
ただ数人、この音を合図に動き出す者を除いて。
「なんだ!この音は!」
わずかな供回りと共に羽白山の奥に陣取っていた義持は先程起こった音に反狂乱になりながら狼狽える。
本来、1番狼狽えてはいけない義持が動揺したことで供回りの者達も混乱した状態が続いてた。
「狼狽えるなっ!」
その時、ここにいるはずの無い男の声。山中虎助の声が響く。
「山中様!いらっしゃったのですね!今の音はなんなのですか!」
供回りの1人が山中虎助に何があったかを聞いてくる。それを横目で見ながら、無視して進み左手を上げる。
「ぐぁぁ!」
「な、何をっ!」
その時、供回りの1人。山中虎助の側近である男が隣にいる武士を斬り殺した。
「分からぬか?貴様の質問の答えだ。終わりの合図だというな」
「どういう事だ!虎助!謀反か!」
「えぇ、そうですよ義持様。今までよく踊って下さいました。もう用済みです。大人しく首を差し出して下さい」
「………裏切り者め…!者共!この痴れ者を殺せ!」
「クックック…俺は仮にも武士の中で次席強さを持つ男ですよ?この人数で殺せると思っているなら……あまり舐めるなよ?小僧」
虎助に斬り掛かった者達は例外なく首を跳ねられてみるみるうちに供回りの皆が減っていき、ついに全滅した。
「終わりです、義持様。さぁ、あの世で村下勝真と一緒に仲良く地獄に案内されて下さいな」
「ひっ!く、来るな!ギャァ!」
川上家当主、義持。幼少期から山中虎助の謀略の道具として洗脳され、孤独な人生を歩き。何一つ己の力で成し遂げた事が無いまま最後まで哀れな傀儡としての生を終えたのだった。
1人の人間の運命をねじ曲げ、歪ませ、何も知らされぬまま絶望させて殺す。人としての血を感じない、冷酷で残酷な謀略家はあまりにおぞましい禁忌の所業を平然とこなし駒をひとつ進めたのであった。
しかし、たった一つ。一つだけ山中虎助の計算外の事があった。それは、義持の首が跳ねられた瞬間に本陣の後ろから狼煙が上がった事だった。
それは、何も知らない、何も出来ない、無能が死して初めてできた反抗の狼煙であった。
「…………何故生きている?村下勝真」
「…まだ死ねぬからだ」
轟音が鳴り響き、村下勝真のいる地面を大きく削り、消し飛び、愛馬はもはやそれが馬だと分からない程原型をとどめることが出来なくなっていた。
そして、村下勝真自身も無傷ではない。右腕はちぎれ飛び、鎧は消滅した。身体中から血を吹き出して、今にも命の灯火が消えそうな身体になっていた。
「ゴフッ…なるほどな。これは…効いた。妖術使いか?いや違うな妖気は脆弱な足軽だ。何かのカラクリ?それだけのものをこれだけ揃えるとは…」
「……南蛮筒という遥か西方の国が開発した最新の武器だ。これ一つ、大判30はする。蔵を2つ空にした。出てこいお前ら」
隠れ潜んでいた南蛮筒を抱えた足軽が出てくる。出てくる時も急いで筒の中を棒で何かを押し込んでいた。
「妖術を玉に込めて放つ筒でな。一撃の威力は妖術使いの爆発力には届かぬが飛距離と貫通力は今までの非ではない」
「なるほどな……油断したわ…。愚かなだったのは俺の方であったわけか」
村下勝真であればこの攻撃の危険性が少しでも分かっていれば、避けれていた。数が数な為全ては無理でも直撃はしないようするのは容易い。避けれていたのに避けなかったのは確かに慢心があった。己の肉体に傷をつけれるものはこの場に存在しないと。
「村下勝真よ。俺の勝ちだ。冥土の土産はこの位でよいだろう。第二射!構え!」
「……言うたであろう。まだ死ねぬと。この命はくれてやる。しかし、まだ死ねぬ」
「…命乞いか?村下勝真程の者も命が惜しいか」
「命が惜しくない時など無いわ!しかし、それよりも重要な者がおる!」
背後を振り向き遠くの羽白山から登る小さく今にも消えそうな狼煙が見えた。それを見た瞬間血が抜け今にも倒れそうな身体が力を取り戻す。
「速水家ではこの禁術を知っている者はおるかな」
取り戻された力、今度は溢れ出す。皮膚は赤く変色して行き身体の血管が浮き上がり漏れでる妖気の量が桁違いに膨れ上がる。額から出る立派な2本の角はまさに鬼の証明。鬼人化である
その妖気に当てられて次々と倒れていく南蛮筒足軽隊。しかし、何人か倒れてたまるかと南蛮筒を村下勝真に向けて睨みつける者もいた。
「ほう…脆弱な者共というのは俺の間違いか。貴様らに殺られたのは決して恥じることではなさそうだ。冥土の土産が増えたわ」
そう言って笑う、鬼と化した村下勝真はしゃがみこみ力を蓄えていた。
「な、なんだ。くっ、お前ら!行け!何もやらせるな!」
智頼の方を見ずに羽白山の方を見る村下勝真の背中を襲うように命令を出す。腕利き武士は、油断せずに囲み一斉に攻撃を仕掛けようとする。
そして、刀を振り上げていざ切りつけようとした瞬間。鬼と化した村下勝真の姿が消えた。振り下ろす先にはもう村下勝真の姿はいなく、一泊遅れて飛び立った時の衝撃波が生まれて武士達を吹き飛ばした。
「意味…が分からん…」
呆然と呟く智頼。分かったのは最新の南蛮筒という武器の他に、古き武士達も智頼が知らない武器を持っていたという事だった。
速水智頼は確かに、山中虎助の策略にハマりあまりに大きな物を失った。しかし、得たものも小さくは無かった。これは、戦を生き残った速水智頼の血肉となり大きく成長するきっかけとなったのであった。
戦場は南蛮筒の出した轟音により一時止まったがまた再開して激戦を繰り広げていく中、また戦が止まる。
それは殆どのものが初めて見る光景だっただろう。紅い閃光が戦場を走り去り敵も味方も巻き込んで吹き飛ばし、その謎の物体が通ったあとは凄まじく濃密な妖気の残り香を匂わせる。
それを目で追えた者は恐らく戦場にはいなかったのではないか。それほど一瞬の出来事であった。不思議な事が連続で起きて、2度も戦は止まったが。それが通り過ぎた後はまた、殺しあいの喧騒が戻っていった。
「クソが!あの野郎!最悪の嫌がらせをしやがって!」
羽白山の陣から遠く離れた位置で馬を走らす山中虎助達。達と言うのは側近だけでなく木板側にいる自分の部下もこちらに連れてきていたので数は20人近くいる。その全員が川上家でも上から数えた方が速い程の実力者で頭も良い、山中虎助の手足となって働く者達だ。まさか、愚かな傀儡だと思っていた義持のまさかの死んだ後の反撃に慌てて狼煙を消して逃げる。
「……山中様!あの轟音が聞こえたということはあの男は死んだと思った方が良いのでは?無理に逃げなくても…」
「馬鹿か!アイツは来る!死んだと同然の傷でも平気でな!それに感じるだろ!この嫌な妖気!」
「………これはッ!まずい!
山中虎助の言葉を確かめるためにどのような妖気を感じるか集中したら上空から何かが凄まじい速度でこちらに迫ってきているのが分かった。
前を走る山中虎助の馬の尻尾を掴み、引き込む。それに驚いた馬は暴れながら呻く。
「くっ!」
次の瞬間、そのまま走っていたら山中虎助がいた位置に村下勝真が地面を抉りながら着地したのであった。
「……………もはや語らぬ。皆殺す」
右腕はなく、身体はグチャグチャ。どう見ても生きていることが不思議だというのに、誰も言葉を発することが出来なかった。
最後の命の灯火はもう長くない。村下勝真は全ての妖力を鬼人化に費やし身体の回復を怠っていた。それは、山中虎助達も分かる。理解しているが、勝てる気が一切しないのだ。
しかし、山中虎助も覚悟を決めた。無言で刀を抜く。部下も次々に抜刀する。
戦の、因縁の、願いの、反抗の、全ての決着が今つこうとしていたのだった。
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