羽白山の戦い5
次の日の明朝。700人程の戦力のうち650以上のほぼ全軍が突撃隊に加わった。それらの者達が並ぶ中、村下勝真は高台に立つ。
羽白山に到着して数日が過ぎて、山の中に立派な砦が作られて堀も掘られた。堀を掘った土で高台を作ったため大きく、高い。そのため司会の悪い森の中でも村下勝真の姿が良く見えた。
「……………………」
腕を組み、目をつぶる村下勝真。その後には山中虎助の姿も見える。あの男も突撃隊に参加するようだ。その山中虎助が不意に1歩下がった。
「ッ!」
その理由はすぐに分かる。濃密で激しく、そして力強い妖気が一気に周りに放出された為だ。その発生源は沈黙を守っていた村下勝真だ。
「………多くは語らぬ。貴様に求むのは俺に付いてくることのみ。それを完遂するものには敵の大将である速水智頼の首を跳ねる瞬間を見ることができるだろう」
「「「「………………」」」」
村下勝真の言葉を遮って喋るものはいない。一挙一動を見逃さぬと全員が注視する。
「敵を屠る。死にたく無ければば死兵となれ、行くぞォ!!」
「「「「オオオォォォォォォ!!」」」
確かに、言葉は少ない。しかし、その言葉一言一言に力があった。そして何より濃密な妖気、激しい闘気、圧倒的な覇気の波動が全てをものがっていた。
足軽も武士も皆、己の得者を掲げて吼えた。その大気が震えるような音に押されるように愛馬に跨った村下勝真は走り出す。それに置いていかれないようにまた皆が走る。
士気は最高潮。陣形は自然と出来上がった偃月の陣。大将と精鋭兵が先頭に立ち突っ込む為に攻撃力の高く一点突破に特化した陣形で再度敵の軍に風穴を開けに出陣するのだった。
「……来ましたな」
時は日が登ってから数刻。立ち込める霧は消えて、広い平原に陣を構える速水軍の姿があった。まだ、川上軍の姿は見えないが物見に行かせていたものの狼煙が上がった。すぐ消えたところを見ると殺されたのかもしれない。敵はこちらの想像を越える速度で迫ってきているようだ。
「あぁ、決めたとおり先陣は頼むぞ長内よ」
「殿の眼前に数百の首と村下勝真とかいう男の首を並べて見せますよ。楽しみにしていてくださいや」
Г頼むぞ…」
Г殿は安心してここで指揮を取ってくださいよ。先頭で殺りあうのは俺の役目ですから。では、次は論功行賞でお会いしましょう」
長内 是正。速水家に古くからある名家の出身で先代から使えていた重臣である。殺された重臣達は比較的に武闘派では無かったが、長内は違う。政略や知略が尊ばれ武門の家が少ない中、速水家の武を一身に背負いその期待にそうだけの実力を備えている。実際に妖怪の主を単独で討ち取ったという話すらある程だ。そんな男が率いるのは騎馬隊や腕利きの足軽隊など、約千人が敵とぶつかる先陣だ。鋒矢の陣で迎え撃つ。
速水智頼は、全体の指揮をとる。鋒矢の陣の先陣と違いこちらは少し離れて横に広がる鶴翼の陣。こちらは負傷兵が多く勢いのある敵兵とぶつかるのはむかない。
しかし、近くに控えさせる奥の手と突撃にはむかない弓兵、妖術使いが多くいるためにもしも突破された時は包囲しながら敵を殲滅できるだろうという考えでその陣となった。
そして、速水智頼がいるのはその最奥。敵が狙っているのは己の首だ。それは速水家側も分かっている。逆にいえば敵がここに到達できなければこちらの勝ちだ。
速水智頼の考え出した二段構え。復讐に燃える兵たちの士気も高く、練度も良い。
「勝てるぞ…これなら、勝てる!」
指揮棒。握る手が震える。それは恐怖からか、武者震いからか、それは本人にもわからない。
違いに300m程の距離を開けて両軍が対峙する。日は高く登り先頭に立つ長内と村下を真上から照らす。溢れ出す妖気は違いに強く、身体から湧き出る水蒸気のように天に吸い込まれていく。
ピリピリとした緊張は痛いくらいに高まっていく。逸る気持ちを抑えるのも限界に達している。両軍、その限界を見極めている。待ち過ぎても良くなく、すぐに突撃命令を出してもタメが足りない。自軍の緊張、勢い、逸りが最高潮に達する最高のタイミングを待つ。それゆえに言葉は無い。
聞こえるのは荒い息遣い。目は血走り、身体が震え始める。今か今かと敵を視線だけで殺せるようなほど見つめる。身体から汗が止まらない。誰かの汗が頬を伝い顎から落ちて地面に吸い込まれる。
そして、その時は来た。
「前の敵を粉砕し大将の首をとる!!俺に付いてこい!突撃だ!死兵よ!吼えろぉぉぉォ!!」
「復讐の時だ!あの屈辱を晴らす機会があるお前達は幸運だと思え!今だけは難しい事は忘れろ!俺に続けぇ!皆殺しだァァッ!!」
同じ瞬間に得者を敵に向けて叫ぶ両雄。それに応えるのは、喉をからし地を揺らす死兵。そして、復讐の炎に身を焦がされ、整然とした陣形を組まずに無策に敵に切り込む姿はまるで知性無き獣だが、その勢いはかつてのそれでは無い。
両軍と両雄は互いに吼えながら、迫り、迫り、そしてぶつかった。
最初に魅せたのは川上軍だった。先頭を走る村下勝真と精鋭騎兵の突撃は敵の騎兵を早々に木っ端微塵にした。その中でも村下勝真の活躍は群を抜き槍を一振りするだけで馬ごと騎兵が3騎地に沈む。その勢いを止めれるものなどいなかった。
次は速水軍。先頭に立ち川上軍に切り込んだ長内も川上家の精鋭武士騎兵を2騎斬り殺し先に進む。その僅かな穴を見逃さずに、長内の号令と同時に速水家の騎兵が突撃をする。
両軍の先頭はぶつかること無く、互いの側面にぶつかり早々に陣形など無くなり乱戦の模様に変わってきたのだった。
「テメェら!敵を押し返すぞ!続けオラァ!!」
「皆!離れたら死ぬよ!まとまって!弓隊!手を休めない!青海さん!妖術の準備が出来たら合図を出して!槍を構えて敵を近づけさせないで!」
「……右側が押されている……後詰を右に出せ!左はそのまま押し出すように指示を出して!負傷兵が出たら後ろに回せ!」
戦場の花形である騎兵でも無く武士でもない直家達も足軽隊の指揮官として必死に戦っていた。この突撃作戦は武士隊の騎兵だけでは成功しない。それだけでは敵の最奥にいる大将につく前に殆どが妖力が尽きてしまう。それを支えるのは、邪魔な雑兵を引き受ける直家達だ。
村下勝真を先頭に走る部隊はもはや敵のかなり奥まで進んでいる。直家達、足軽隊はどうにかしてそれに追いつかなければならない。が、敵の武士と足軽隊の混成隊に遮られて上手く進めないでいた。
「ッチ!!今回は随分としぶてぇじゃねぇかよ!この前は簡単にやられていたのによ!!」
「前のが上手く行き過ぎていたんだろ!それにしても、この変わりようは予想外だったけどッ!」
「正直恐怖っすね。1度倒れたら確実に死ぬまで滅多刺しにされていたっすよ」
「うへぇ…」
直家と猿吉、蛍は足軽隊の最前線。目と鼻と先にいる敵を斬り殺しながら仲間を鼓舞し無理矢理でも先に進もうとする。しかし、敵は前とは全く違うと言ってもいいほど手強く、押してもすぐに同じだけ押し返される。一進一退の攻防が続いている。
「やべ!また、武士共にやられている!行くぞ直家!」
「またかよ!クソッ!わかった!蛍少し頼むぞ!」
「合点承知っす!」
少し前まで、武士殺しだ、なんたらなんてやっていたが初陣から数えて武士を殺した数など両手の数を越えてきた。速水家の武士は川上家とは違い質が比較的に低いというのもあるが、それでも武士は強い。1体1で何とか勝てるか、今は猿吉と組むことでなるべく早く片をつけるようにしている。
「ぬっ!貴様らか!足軽隊の指揮官とやらは。そちらから来るとは幸運なり!かかってこい!すぐにクッぬ!」
「話が長ぇ!無駄話を聞いている時間なんてねぇんだよ!早く死ねやぁあ!」
息付く暇もない程の怒涛の猛攻が速水家の武士を襲う。この国に来て参加した戦場、常に命の危険に晒される状況が猿吉を更に成長させた。
「なんという猛攻!足軽にしておくには勿体ない程だ!しかしッ!これならばどォッ!?」
「卑怯と言うなよ?戦場の習いだからなァ!」
いざ反撃に転じようとした瞬間、乱戦の中突如現れた直家の槍が脇腹に突き刺さる。最初からこの機会を窺っていたのだ。最初から2対1よりも、いきなり背後から斬られる方が反応出来ない。敵の実力を出させる前に殺す。これが直家と猿吉が編み出した戦術だ。
「……ぬぅ、見事也」
大きく振り降ろされた猿吉の刀が動きの止まった武士の首を斬り飛ばした。その首を直家が掴みそれを掲げて武士を討ち取った事を誇示する。
「「「「オオオオオオオオオォォォォ!!」」」」
士気は高まり、立っているものは勢いが付き怪我で立てなかったものも立ち上がり敵に食いかかる。直家、猿吉が率いるのは最初の突撃作戦で数を大きく減らした為、このくらいやってくれないとすぐに全滅してしまう。そのため、直家と猿吉は最前線を駆けずり回り士気を上げる。
直家、猿吉隊は足軽隊の切り込み役だ。そのため敵にも狙われやすく孤立しやすい。そして、時には全滅の危機も多くある。
「げっ!ヤバいっす!直家!戻るっす!騎兵が!」
そう、敵の精鋭部隊である騎兵隊の一部に目を付けられた場合だ。こればかりは直家と猿吉、蛍だけではどうにも出来ない。ならばどうするか
「矢を放て!充分に引き付けたら妖術を放つ!詠唱を始めろ!他のものは俺に続け、前線の救援に向かうぞ!」
中衛と直家隊がいない両翼を受け持つ、足軽隊最大数を誇る長貴隊。全体のバランサーの役割を果たしていた長貴の部隊から岩蔵が救援が送られてくるのだ。
こうして、一時的に強化された直家隊に敵の騎兵が突撃してくる。
「槍構えぇ!突き出せぇ!死んでもそこを動くなよ!」
岩蔵が直家隊の前に立ち敵の騎兵の勢いを落とそうとする。しかし、武士が騎乗する騎兵隊を止めるのは足軽が密集して槍衾を作ったくらいでは止まらない。石突きを地面に固定して槍を出しても足軽隊が吹き飛ばされる。しかし、動きは少し遅くなった。
「止まらぬのは分かっていたわ!弓隊!妖術使いよ!一斉に放てぇ!」
岩蔵は次々に次の手を放っていく。弓隊の弓は後方の敵足軽隊に当たり、青海達がいる妖術使いの集団は一斉に動きの遅くなった騎兵隊に向けて妖術を放つ。
これには流石の精鋭騎兵であろうと、ダメージは大きい。即死するものや落馬するもの、殆どが負傷した。それを見逃すはず無く、猿吉と直家は落馬した騎兵の首を跳ねたり槍でトドメをさしたりする。
「助かったぜ岩蔵!後は俺らが片ずける!」
「なに!たいしたことではないわ!それと、水臭いことを言うな!俺も混ぜろ!お前ら!続け!」
「今が攻め時だ!進め!敵を崩すぞ!」
直家の声に応えるように前に進める足を早め敵に襲いかかる。
本来なら持ち場に早々に戻らないといけない岩蔵も加わり、騎兵がやられて士気が落ちた敵軍とは対照的に勢いに乗った川上軍は敵の足軽隊を崩し始めた。
「……押してるね…。ふぅ、敵も崩れたしここも先に進めようか」
足軽隊の最奥。その中に義元の姿があった。騎乗しているため少し周りより高い目線で戦場を俯瞰していた。
義元の役割は最奥で、熱く熱した前線の者では出しにくい冷静な指示を出すこと。負傷兵を下げたり少ない後詰をどこに出すべきかなど、大まかな指示を出す立場にいた。
「本当…あの人たちを仲間にして良かった…」
足軽隊がたむろする中、偶然見つけた者達。何故ここにいるのか、目的は何なのかがまるで謎な人達。何となく探りは入れてはいるけどどれが正しいかはまだ分からない。
正直素直に信用ができるような素性でない。が、それでも信用しても良いという己の勘を信じた事が今になって実を結んでいる。
猿吉という男は、人の本質を見抜き粗暴な口調とは裏腹に深い思慮がある。また、小さい身体から繰り出される猛烈な連撃、想像出来ない動きは天性の物を磨いた結果だろう。そして何より、戦の申し子と言っても良いほどの活躍を前線では見せる。それで、戦は初めてだと言うのは驚きだ。
そして、直家というどこか不思議な雰囲気な男。変に常識が無かったり、妙な知識を持っていたりと何かと謎の多い。一番の特徴は異常な丈夫さ。本当に人間かと疑いたくなるほどだ。それ以外はパッとしない、才能が無いという自己評価は間違ってはいないのだろう。しかし、短い期間であったが尋常ではない鍛錬をこなしていたのを見た。身体は平均より大きく、その大きく筋骨隆々の背中は見ているだけで安心する。
岩蔵と言われる男が率いる仲間達も熟練な開拓者として風格が出て心強い。青海と千雪という女子も中々の腕を持つ妖術使いでその組の仲間も強く、接近戦担当もいる。元々は別々の開拓者の組の混成チームらしいがそれぞれがバランスの良い組だ。
謎なのが蛍という女子だが、元々忍者らしいということは予想がついているがよく分からないのが正直なところだ。へんに頭が切れるために油断が出来ない。
そして、一番の拾い物は長貴という男だ。あの男は現時点で別格だ。猿吉と直家がいる組のリーダーをやっているだけあって凄まじく有能だ。開拓者としての実力も一番高く、何より今回が初めて軍を率いたはずなのに誰よりも上手く軍を操っているのだ。正直自分でも出来ないだろう。
一番難しい中衛で前線と後衛のバランスを上手く保ち部隊を分断させないようにするのは素人には出来ないほど難しいものだ。これは、天賦の才か自分の知らぬ何かの経験があるのかは分からないが、今この瞬間が持っているのは長貴の力が非常に大きい。
長貴を筆頭とする直家、猿吉、青海がいる玄武組とかいった開拓者達。案外、長貴があの3人を成長させたのかもしれない。
「なんて、今考えることじゃないな。行くよ皆!作ってくれた機会を活かさないと!」
軍配を前に掲げ、下知を下す。後衛が動き出したことで全体が前に進み前線の敵軍は完全に崩れていくのであった。
「クッ!流石精強で知られる川上家!崩されるか」
戦が始まり早々に川上家の足軽隊にこちらの歩兵隊が崩されているのが見える。救援に向かわせた騎馬隊もやられたようだ。自分で行きたいが、今は村下勝真率いる騎兵隊と鉾を交えている途中だ。ここを離れたら全体が崩れかねない。
「やはり……」
この現状を打破するには一つしかない。周りを見渡しある男を探す。
「見つけたぜぇ!はっ!」
距離が少し離れた所に村下勝真を見つける。そう、打破する方法とは敵の部隊長を殺すこと。川上家最強の男を殺すことによって敵の士気は致命的になるだろう。
「テメェら続けぇ!奴を殺すぞ!」
ひととおり敵を仕留めた長内率いる騎兵隊は村下勝真に向かって馬を走らせる。
「………むっ?」
「村下勝真ッ!覚悟しやがれ!」
村下勝真の近くにいた川上家の騎兵を斬り殺し矛を振り上げて突撃をする。
「俺の名は長内是正!速水家の武を司る最強の男!貴様を殺す者だ!」
「………」
気迫は充分、身体の妖力も最大限強化した。馬の出す最高速度を記録しているだろう。長内が、出せる最高の一撃で決める。
「イャヤァァァァァァァァ!!」
目と鼻の先、鉾が振り下ろされる。村下勝真はまだ動かない。とったと確信できる位置まで鉾が振り降ろされた。瞬間
「…邪魔だ、失せろ」
下半身が無くなっていた。乗っていた愛馬の首ごと己の身体が斬り飛ばされていた。
「はっ?」
何が起こったか理解が出来なかった。何故死ぬはずの村下勝真が生きていて己が死のうとしているのか。そして、理解が追いついた時身体が地面にグシャッと落ちる。
「……このっ…化け物め………あぁ、申し訳ねぇや」
村下勝真は死んだ長内に一切の興味を示さず先に進む。長内は後続の川上家の騎馬に頭を潰され完全に絶命した。
戦が始まり1時間も経っていない中、戦況は大きく変わり初めていたのだった。
感想をよろしくお願いします。ご慈悲を。




