羽白山の戦い4
「何たることだ……」
村下勝真率いる突撃隊が退いて間もなく速水智頼が死屍累々の自軍を見て呆然と呟く。虎の子の武士隊の被害の多さもそうだが、足軽隊の被害が半壊と言ってもいいほど酷い。これも全て寝ている時に起き、混乱を収めることが出来ずに広がった結果ともいえる。しかし、不意の出来事に対応するシステムもちゃんと組み込んでいたはずだが……と、自問自答する。
「手酷くやられたな智頼様」
「……長内殿か」
突如、智頼の後ろに現れたのは速水家の重臣の1人だ。速水家では、最強の武士と名高くその身体は190センチを越える堂々たる体格で手に持つのはちょうど男性の大人位の身体の大きさと太さを誇る鉄棒。身体は若々しく、妖力に満ちていた。
「あぁ、しかし敵は運がいい。我が速水家最強の名を持つ俺と合わなかったからな。俺がいれば突撃隊の村下勝真とかいう野郎は今ごろ首になってるぜ?」
「ふふっ…流石の自信家だな。心強いぞ」
右腕を折り曲げ己の筋肉を誇示する長内。それを見て、硬い表情が緩んだ智頼。
「………今回の結果は無視できるものではない。大敗だ。認めよう。これは、我が速水家の軍を1から見直さないとならないだろう」
「………なんて言っていいかわかりませんがね、智頼様は考え過ぎなんだと思いますぜ?」
「何?」
「いえね、俺は頭悪ぃから合理的で無駄のないっていう軍をつくれはしねぇ。それを創れる智頼様はスゲェって思いますが……でも、なんか脆いんですよ」
「脆い……とは?」
「文字通りですよ。無駄のない行軍、徹底した兵糧管理、そのおかげで迅速で効率よく進行して来れましたが…でも多分一番大事な決戦で負ける。何でって、それは役割分担を徹底しすぎているんですよ」
「……………分からんな。聞けば聞くほど負けるはずが無いと思うのだが…」
無駄を省けば、省いた分のエネルギーが余る。その余ったエネルギーを使い本来は手の回らない所を埋められる。そうなれば、軍として完成度が高まり隙が無くなり、無駄の多い他の軍より強くなる……はずだった。少なくとも理論上は完璧だった。
「……精巧なカラクリは一つ歯車が狂うだけで全てが壊れる。しかし、安く構造が簡易な童用の玩具は案外丈夫なもの。これは、軍制にもあてはまると思うぜ?多分、敵はそれを分かっていた。こっちの歯車の一つを無理矢理壊しただけ。その結果がこれだ」
首の無い重臣達の亡骸に滅多刺しにされて殺されていた武士、山のように積まれた足軽達の死体。それになるまいと必死に瀕死の重傷を耐える者達。涙を流さないものの方が少ないほど悲しみに包まれていた。
「………………どうすればいい…。俺には分からぬ。この軍は考えるに考え抜いて創ったものだ。これが通じなければ、この戦…勝てぬ」
この軍を作るのは決して楽ではなかった。実戦経験は少ないが、考えつく限りの事は全て試した。速水家の努力の集大成の一つと言っても過言ではない。これ程の難産を乗り越えてここにいるのだ。また、この場で新たな速水軍を作る事など不可能だ。
「ハッハッ!勝てますよ。こっちも単純化すればいいんですよ。難しい指示は廃止。命令は突撃のみ。我々は数が多いんだ。負ける道理が無い!それに俺がいる!!」
「……ハハッ…最後はお前か…」
「えぇ、俺がいる限り負けまねぇ。……でも…まぁ、もし万が一があったら…アレを使うのがいい。まだ、温存かい?」
「あぁ、金がかかったからな…奥に引っ込めておる」
「ま、最後の最後の話だ。さて、単純化するか」
話を切り上げ、軽々と今までの軍制を壊す発言をする。
「……どうするのだ?徹底的に染み込ませたからな抜くのは厳しいぞ」
「そんなのこんなに人数が減ってしまえば機能しないからすぐに抜ける。なぁに、散々にやられて悲しんでるのを怒りに変えてやればいいんだよ。そうすりゃすぐだ」
そういう長内の目には、悲しみにくれる足軽、武士隊達の目に確かな復讐の炎が燃え盛ろうとするのが確かに見えていたのだった。
「軍制とかじゃなくて、認められねぇよな。あんな少数にメッタメッタにやられるなんて…屈辱だぜ。この気持ちはあいつらを皆殺しにして俺らの方が強いと認めさせねぇと収まんねぇぜ」
余裕な表情を崩さない長内だが、誰よりも強い憤怒の感情が抑えきれず膨大な妖気の放流となって現れる。その妖気は確かに長内の屈辱と憤怒の感情を感じる荒々しいものだった。
それを感じ、立ち上がる足軽、武士達。怒りは伝染しやがて全てに染まった。声なき激情、壮絶なる表情とは裏腹に誰1人として口は開かない。整然と隊列を組んでいく。
軍制で定めた、いかなる時も隊列を崩さないという条約だ。胸に秘める激情と冷静な陣形。ある意味、今この瞬間が速水家の求めた軍が完成したのかもしれなかった。
「大戦果ではないか!!」
突撃隊は敵が途中で追撃を中止したおかげで想定より多く帰還出来た。村下勝真は鎧についた泥や返り血を洗いもせずに軍議の席に顔をだし、結果の報告をする。
その結果を聞いて、表情の硬かった川上義持は簡易椅子から立ち上がり喜びの声をあげる。その場にいた義元も直家と猿吉達が生きていることを知っているため安堵の表情を見せる。
「水をさすようで申し訳ないですが…約束の速水智頼の首は持って帰れておられないのですね?」
そんな2人と対照的に表情が暗いのは山中虎助。あまり露骨に顔を顰めはしないが心中は穏やかではないだろう。
「何を言う!こちらも名を知っている速水家の重臣の首を5つも持ち帰ったのだぞ!これ以上を求むのは酷だろう!」
いつもは山中虎助の言いなりな義持が、高揚した気分のまま山中虎助に反論する。そんな変化にさしもの山中も一瞬目元がピクッと動く。山中にとっては良くない流れだ。
「いえ、こちらの死傷者も少くはありません。こちらの戦力は700程になりました。敵の正確な被害は分かりませんがまだまだ2500以上はいるでしょう!差は広がりはしませんが縮まりもしていないのです!」
確かに山中虎助の言うことは間違ってはいない。今回の突撃は善戦したに過ぎず、敵を壊滅に追いやった訳でもないのだ。指揮官を多数討ち取ったのは大きいが、勝ちがこちらに傾いた訳では無い。
「それは…そうだが…」
「出来るなら、今回の一撃で決めてしまいたかった。敵も今回のことで同じ手はくらわないようにするでしょう。そうなれば同じ手を使っての勝ち目は薄いはずです。決して楽観視して良い状況ではないのですよ」
山中虎助が言っているのは正論だ。しかし、本人は平地で敵を待つという破滅的な策を提案していた事を考えると良く同じ口でそのような事を言えると感心するというか呆れる。
「ならばどうするのだ?それでは山中が提案した案でも駄目だということになるのだが…」
「えぇ、私の考えが浅かった事は認めましょう。なので、一旦退却しましょう」
「なに!?それでは、敵を前にして逃げたという汚名が付くではないか!」
「いえ、こちらは敵の重臣の首を5つも上げたのです。どう考えても今時点の勝ちはこちらにあります。ならばあとはそのまま退けば敵も今回の傷を癒すために退却するでしょう。こちらの負けとはなりません」
「……そうなのか?」
「えぇ、そうなります」
山中虎助にとってはこのまま相手の大将が討ち取られてはかなわない。ならば一旦退いて態勢を立て直した速水軍ともう1度ぶつかった方がいいだろう。その方が確実だ。そして、この策は負けない戦を心掛ける義元にとっても文句の無い内容のはずだ。文句があるとすれば、目の前でかしずく男のみだろう。
無言を貫く村下勝真を恐る恐る見る。表情すら変わらない村下勝真に変化が現れる。放出される妖気の質が変わったのだ。
「………山中虎助よ。貴様が何を考えているのかは興味は無い。しかし、この戦は川上家の命運を握るのだ。これ以上邪魔をするなら…………殺すぞ」
「………っ!!」
凝縮した殺意が、放出される妖気に乗り山中虎助に届く。笑顔で献策していた山中虎助の表情が恐怖に歪み、数歩後ろに下がる。その様子を困惑気味に見る義持。
「この戦、敵の大将をとらなければ負け。それは正しい。ならば、何度でも俺が行こう。必ずや敵の大将の首を殿の眼前に届けて見せます」
「で、できるのか?」
「お命じ下されば」
頭を深く下げ指示を待つ村下勝真。それを見てどちらに託すかを決めた。
「ならば命じる!武士、足軽共!どちらも好きなだけ連れていけ!そして、次の突撃で敵の大将の首をとるのだ!」
「はっ!!必ずや!」
立ち上がり、軍議の天幕から出る村下勝真。山中虎助はそれを、呆然と見送ることしか出来なかった。
「……ふぅ、思い通りに事は進まぬものだ」
軍議が終わり、自分の陣に戻った山中虎助。折りたたみの簡易な椅子に座り考え込む。
「まさか、あの人数で突撃して帰還するとは…驚きです」
側近の男も傍らに立ち、独り言に返す。
「あぁ、あんなことは俺の知ってる限りあの男にしか出来んだろうな。まったく……策略家、軍略家泣かせだ」
「……しかし、まだ計画がダメになった訳では無いはず。どのよう立て直しましょうか?」
「立て直す……か。そうだな、個人の武勇で戦況が変わるなどあってはならない。軍略家として、許してはならない事実だ。しかし、あの男が大きな影響力を持っていることは確か。何としてもここで死んで貰わなければ…」
「次の突撃作戦は僅かな近衛隊…我々以外の武士や足軽が全員参加して突撃するようです。我々近衛隊は義持様の護衛をこの山の陣中でするように聞いてますが…どうしますか?」
「………俺は近衛隊の半分を率いて突撃隊に参加する。お前はもう半分を率いて義持様の元にいろ。俺が何とかする。計画はそのまま進めるつもりでな。狼煙が上がったら殺れ」
「ハッ!確実に!」
山中虎助も覚悟を決めた。己の策略を成功に導くには己が高みの見物ではダメだ。ならば、己の命を賭ける。策略家として、また一武士としてのプライドだ。側近はそれを理解して静かに頭を下げる。
「この戦…俺か村下勝真のどちらかが死ぬ…負けぬぞ、負けてたまるか!我が野心!あのような男に潰されてたまるか!」
友を殺し、主君殺し、国を荒廃させ、多数の民を不幸に貶めても得たいものがある。それを得るために山中虎助は命を賭ける。山中虎助は確かに乱世でそれを成すだけの器を持っていた。
「良かった!三人共無事だったんだね!」
「何とかな……」
「ちょっと後ろから迫る馬蹄の音がトラウマだけど……」
「私ももうごめんっすね。と言ってもすぐに同じ状況になりそうですけど…」
生きて帰還した三人を見て喜ぶ長貴。他の面々も安堵の表情を浮かべる。千雪などは帰ってきた直家を見て近くよって話そうかどうかを迷っている。それ見てニヤニヤと嫌らしい顔を見せる蛍。
「あーあ、疲れたっす。直家おんぶしてっす!」
「嫌に決まってるだろ!こっちだって死ぬ程疲れてんだから!」
「いいじゃないっすか!」
背中に抱きつく蛍と振りほどこうとする直家。それを見て、ムッとした顔に変わり、迷いは消えて直家の元へ近づいていく。
「ベタベタ引っ付かないでよ!」
「そんなこと千雪に言われる筋合いないっす!千雪ちゃんの想い人ならまだしも」
「なっ!そんなわけないでしょ!」
「ならいいっすよね〜」
「くっ!」
そんな茶番というか、蛍の千雪いじりを尻目に猿吉にも小悪魔の手が迫る。
「猿吉くーん!おかえり!どうだった?」
「くっ、来るな!近寄るな!お前といると疲れる!」
「え〜。ひっどーい。ねぇ、多美ちゃん!」
「ん〜?そうだね〜」
眠そうな目を擦りながら適当に返事をする多美の返答にほらぁ!と言った顔をする小夏。早々に体力を大幅に持っていかれた猿吉は頭を抱える。
「………なんだか…仲間が増えたのが普通になってきましたね」
青海がじゃれ合う仲間達を見ながらそう呟く。長貴も頷き表情を緩める。
「だからこそ死ねないよ。生きて帰らないと。山城国で開拓者としてまた頑張って等級を上げて…皆でお酒でも飲みたいね」
「はい。そうですね」
そうすればきっと楽しいだろう。そう思い口にした願い。それが叶えられるかはこの時は誰も分からなかった。
それぞれの思惑、復讐、再戦、策略、覚悟、そして願い。皆が己の望む未来を叶えるための決戦を明日、迎えるのだった。
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