羽白山の戦い3
ついに戦に漕ぎ着けた…。
村下勝真が率いる部隊が出陣したその次の日の明朝。速水軍広い平原を見つけてそこを野営地にして休息をとっていた。近くに大きい川があり、水の確保もできて都合が良い。が、朝方は霧がでて視界が悪かった。
平原で本来見晴らしが良いはずだが霧の充満する中だと、視界が悪く、遠くが見えない状況に陥っていた。しかし、兵たちは気を張らずにゆっくりと行軍の疲れを癒していた。まだ、起きる時間ではないのだから。
何故、敵地でそのような事が出来るのか。それは、まだまだ敵が現れた情報が無く簡単にここまでたどり着けたから、色んな村で施しを受けて敵地という考えが薄れて来たから、と色々要因はあるが一番は
「第五部隊!只今帰還しました。索敵完了です。異常なし!」
「よしっ!後は第七部隊と第八部隊だけだな。少し遠いから、時間がかかっているのだろう!他の部隊は戻って良いぞ!」
「はっ!」
武士と足軽の混成隊による斥候隊の索敵能力を信用しているから。数は10人ほどと少ないがそれを四方に放ち情報を持ち帰らせる。これにより、軍が敵に気が付かないというという状況は1度も起きてはいないのだ。
この規律の取れた軍が川上家の強さだ。合理的で、役割分担がしっかりしている。そして、武士が足軽の指揮官役として上意下達がしっかりしていて足軽隊の練度も高いのだ。
速水家、速水軍は油断はしてはいなかった。それぞれの役割をしっかりと果たし、合理的に考えて敵は現れるはずが無いのだからゆっくりと休息をとる。
今回の軍の総大将である速水智頼ですら、今はお休みになられているのだから。それは、まるで精密なカラクリのように考え尽くされた仕組みだと言えた。
「…………………遅いな」
残りの斥候隊の到着が遅れている。それを待つのは索敵を任されている上級武士。今まで遅れても僅かな時間だったが今回は少し違う。胸に妙なざわめきが広がっていくのが分かる。
その時、ドドドッ!と馬の走る音が聞こえた。霧を抜けるのは第八の文字が書かれた旗をたなびかせる斥候隊の1人だ。胸に安堵が広がる。が、それはすぐに絶望に変わる。
「…来たか……ん?」
走るのは1人だけ。他の部隊の仲間は見当たらない。そして、何よりその表情。その顔は、恐怖と痛みに歯を食いしばりながら耐えて馬にへばりつくのに必死だと言うようなものだった。よく見ると、身体中から血が吹き出し、人も馬も多数の矢を背中に受けているではないか。
「なっ……」
そして、次の瞬間走る斥候隊の恐らく最後の1人の首が馬事斬られ跳ねられた。更に大きく多数の馬の走る音が聞こえ、首を跳ねた大柄な男の妖気の波動で霧が晴れる。それにより、襲撃してきた敵の全容が見えて言葉を失う。
「……敵襲だ………っ敵襲だ!敵しゅっ!?」
そして、事の大きさに頭が追いつき敵襲を仲間に伝えようとする。今ここにいるのは自分だけなのだから。伝えなければ大変な事になると、大声を出したがすぐに声帯ごと首が消えた。
「……っ!??」
宙に飛ぶ首が驚いたように己の首を跳ねた男を見る。それは先ほど、斥候隊の首を跳ねた大柄な男。あれだけの距離を一瞬で詰めて上級武士として実力者の1人である自分が瞬殺。矛についた血を払い地面に血が飛び散ったのを見て男は絶命した。
「征くぞ」
偵察隊を瞬殺し、矛を掲げ敵に向ける。敵に見つからないように抑えていた妖気が吹き出し、闘気が地を揺らす。
「吼えろォォォォォォォォオ!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ!!」
目を見開き、馬が鳴き、走り出す。士気は最高潮に達し、皆が走り出す。その集団に陣形など無い。しかし、皆が出せる最高速度で走るのだ。それが自然と楔型になっていった。
「スゲェなぁ!ここまで兵を熱する事が出来んのか!」
「俺らもその1人だけどな!この熱に乗っていけばどこまでも行けるような気さえするんだから!不思議なもんだ!」
士気が最高潮に達すると人は考えるのを辞める。冷静さは無くなり、熱が身体を支配する。その熱は心地よく、その先の事など考えずに前の敵を討つことだけに特化するのだ。熱に浮かされる状態は、このような遮二無二に突撃をする時に最大の効果を発揮する。
「ハァッッ!」
それは、先頭を走る村下勝真の鬼神の如き戦いぶりで更に大きくなっていく。敵はまだ寝ぼけた様子で野営地の簡易天幕から出てきて、状況を理解する前に殺されていく。
「雑兵は無視だ!敵の大将の首のみにしか価値はない!」
「オォォォォッッ!」
聞こえているのか、聞こえているにしても分かっているのか分からないような咆哮を返す突撃隊。騎乗する武士隊や歩兵の武士や足軽隊が始まって早々に返り血で赤く汚れていた。
どちらにしてもこの突撃隊は村下勝真について行くのだ。分かっていても分からなくても村下勝真が走る先に皆進む。
「もう敵軍の半分以上を進んだぞ!だってのに速水軍は全然迎撃出来てねぇ!こりゃ思ったより楽にいけんじゃねぇか!?」
戦が始まって30分程経っただろうか。敵の部隊を散々に蹂躙し、猿吉、直家の2人でだけでも何人の首を跳ねたか分からない。その中には格上の武士の首も数人混じっている。
「確かにこのままだと行けるとは思う。けど、少し上手く行き過ぎなような気がする…」
30分も経って敵の組織的な反攻が未だに無いことが直家の頭に引っかかる。別に敵が抵抗していない訳じゃない。個別の部隊がそれぞれ抵抗しているが規模が少数なため村下勝真に簡単に食い破られ全滅しているのだ。敵の大将がどこにいるかわからないために色んな方向を攻めていて、敵にどこを守ればいいのか分からなくしているというのも原因としてあるだろうが、どこか直家の胸に引っかかっていた。
「ォォォォオ!!!」
「また討ち取ったらしいぞ!!」
先頭集団で歓声が聞こえる。敵の重臣をまた討ち取ったらしい。村下勝真は敵の守りが固いところに大将がいるはずだと守りを固めている所に進むため敵の指揮官、重臣を多数の討ち取る事になっていた。逆に言えば大将の陣ではなくハズレだと言える。
「いい事なんだけど……敵の大将はどこにいるんだろう?流石にそろそろ討ち取らないと……」
こちらも少なくない数がやられて160人程になっている。その数倍以上を討ち取っているために元は充分に取れているのだが…そろそろこちらの体力が持たなくなっている。士気は最高潮であることには違いは無く、いつも以上の力を発揮出来てはいるが人間だ。当たり前だが限界がある。
「速く見つけねぇとヤベェのは村下勝真も分かってんだろ。だからこんなにそれらしい所を攻め続けているんだからな」
今のところその全てがハズレではある。直家や猿吉は開拓者など、やっているからまだまだ妖力の温存はある。しかし、足軽隊の皆はそろそろ疲れを顔に出し始めてきた。妖力量も少なく、体力も無い。本来は素人に毛が生えた程度の足軽が30分も全力で戦えることが奇跡のようなものだ。もう、妖力も尽きかけているはずだ。討ち取られた足軽隊の殆どは体力が尽きて倒れた所をやられているのを見るとそれがよく分かる。
それは、何も足軽隊の問題だけではない。武士も開拓者に比べて妖力量は少ない。妖力の使い方が上手く、減る量も少ないがそれも全力で戦い続けていると話は違う。こちらの軍は限界が近いのだ。
「……ッチ!敵も流石に態勢を立て直し的やがったか」
そのような事を思案していると直家、猿吉の方へも敵の部隊が向かってきた。殺られた仲間の仇を討つべく武器を持ち直家達を睨みつける。
「ぎゃぁぁ!」「うぁぁ!」
直家達が率いる足軽隊も倒れる者が次々に出てきた。敵にも隊長として武士がいて、更に足軽の中には直家達と同じ開拓者や傭兵からなっている者も少なくない。体力が無くなって勢いが無くなった中、純粋な実力差が出てくる。直家と猿吉の2人だけでは変わりだす流れを止めることは出来ない。
「テメェら!もうちょい気張れや!根性見せろオラァ!」
猿吉と直家が周り回って窮地に陥った味方を助けていくが、限界がある。このままでは、足軽隊は全滅だ。
「まずいぞ!逃げないと…クッソッ!」
それは無理だ。ここは敵の陣のど真ん中である。どこを向いても、敵しかいない。そして、何故か先頭集団の動きが止まり先に進めなくなっていた。
「なんで動かねぇんだよ!動き続けなきゃすぐに全滅すんだろうがァ!」
「俺にキレんなよ!分かってるわ!そんくらい!いいから、目の前の敵を蹴散らせ!」
大挙して押し寄せてくる敵兵。玉石混交で武士でも弱い者、足軽でも直家や猿吉より強い者。何とか2人で戦うことで死なないように戦えていたが、仲間の救援には迎えない。悲鳴が至るところから聞こえる。それが仲間か敵か最早それすら分からない。
「あ……やばいっすね、これ」
「あぁ……げぇ!新手だ!しかも騎馬隊だぞ!」
「嘘だろっ!?」
今の今まで、一応敵は部隊ごとに対応してきたがついに組織的に対応し始め更に武士隊で構成された敵の精鋭である騎馬隊がこちらの瀕死の足軽隊に突撃を敢行しようとしていた。
「無理、無理!ヤベェ!俺らも死ぬぞあれは!」
「オーバーキルだぞ馬鹿野郎!」
流石の猿吉も顔が青白くなり、直家は使わなくなった言葉を使ってしまう。わざわざ瀕死の足軽隊を騎馬隊で潰さなくてもこのままやっていれば全滅するのにわざわざやるのは弱い所から潰すためか、怒りのためか。
そのとき、先頭集団が動き出した。しかし、もう遅い。ここからだとどこに進もうが敵の騎馬隊がこちらを貫く。
「…やばい、死ぬ……」
そう思っていた。しかし、村下勝真は敵の騎馬隊の真横に突撃した。それに追従する味方の騎馬隊が敵を縦横無尽に切り裂き敵の騎馬隊が消えた。
「助かった…けど。敵の大将を討ち取るのはもういいのか…?」
村下勝真がこちらに向かって走ってくる。途中にいる敵を蹴散らしながら。そのおかけで負担が大分軽くなった。
「無事か?」
直家、猿吉の前に馬を止めて血で真っ赤に染まった全身にはまだまだ余力が充分以上残っているようだ。
「…あぁ、助かった。でも、いいのか?敵の大将を討ち取ってはいねぇんだろ?俺らの救援してる暇なんてねぇような気がするが?」
「おい!せっかく助けてもらったのにその言い方は…」
「いや、構わぬ。理由は簡単だ。今日は終いだ。時を逃した。これ以上は無意味。あとは疾く退くのみ」
「ってことは失敗…したのか?」
「ふんっ、今回はな。しかし、敵を知れた。旗の種類や、軍の正確な規模、兵種をな。次の突撃で決める」
そう言い馬を走らす。それに追従していく他の騎馬隊。敵を蹴散らし退路が出来ていく。
「…って!追いかけねぇと、置いていかれるぞ!走るぞてめぇら!死にたくなければな!」
「げぇ!敵の新しい騎馬隊がこっちを狙ってるぞ!逃げろ!」
猿吉も直家も悲鳴をあげながらめいめいに全力で逃げていく。追いすがる敵を振り払いながら逃げていくのであった。
第1次突撃作戦 結果
村下勝真大将 武士 騎兵120人 歩兵30人
足軽隊隊長 直家、猿吉、蛍97人
計247名
武士隊 騎兵死亡18人 歩兵23人
足軽隊 死亡69
計110名死亡
速水家総勢3458人。
武士死者79人 足軽死者298人
武士負傷者130人 足軽隊負傷者620人
更に指揮官クラスである重臣が5人ほど討ち取られた。
総死者380人近くだし、戦線復帰が難しい負傷者を合わせると戦闘員は欠員は780人となる。戦闘可能な人数は2678人となり四分の一近く数を削られ誰もが認める大敗北であった。あまりの被害の多さに追撃を途中で諦めて負傷者の救出に移った。




