密談
「ふざけんなっ!」
戦が終わり城に帰還していた直家達。その表情は暗い。そんな中、蛍の報告を聞いた猿吉が激昴する。
「落ち着いて猿吉くん…」
「これが落ち着いていられるかよ!殺されたんだぞ!仲間が!味方に!」
「猿吉くん…君なら分かるよね…それを大声で叫ぶ事の危険性を」
「っ!ふんっ」
心底気に入らないといった顔の猿吉がドカッと座る。
あれから、2日。城に帰ってきても秀三様は帰って来ずに、届いたのは凶報だけ。秀三様の討死と音吉達が帰ってこないという事実。それを見ていた蛍は顔を真っ青にして暫く口を閉ざしていた。
そして、事情を察した長貴の提案で高いお金を払い料亭の個室を借りて周りを1通り警戒してから蛍に見聞きした事を聞いたのであった。
「ふぅむ……山中虎助なる男の狙いがよく分からないな…」
「そうね……でも、この川上家の為ってわけじゃ無さそうよね」
岩蔵と千雪が考察を重ねる。話しきった蛍は肩の荷が降りたように直家に寄りかかる。頬の傷はもう癒えかけているがまだうっすらと傷跡が残っている。
「……すまないな蛍。危険な役目を押し付けて…」
「…大丈夫っすよ、このくらいは。少しヒヤッとしたっすけど」
頭をグリグリと撫でて安心した顔をする蛍を見て暫く続ける。直家にとって突如できた妹のような存在になった。失って何も感じないものなど、今集まっている仲間達では誰もいない。
妹なのにヤってんのかよ、というツッコミはやめてあげて欲しい。2次元現実逃避大好き人間だった過去の後遺症で、未だに妹の存在はエロゲでしか知らぬ悲しき男なのだ。女性経験の少なさが変な方向で発揮されている直家を止めるものは誰もいない。
話が逸れた。
「問題は山中虎助なる男の真意じゃない。僕等が1月生き延びる事だ。そのために今回の事はプラスになるのかマイナスになるのか…」
「おい…長貴…いや、なんでもねぇ。その通りだ」
世話になった秀三が死んでも悲しみにくれることなく話を進める長貴に猿吉が口を挟もうとするが、すぐにその口を閉ざす。長貴の言っていることが至極真っ当な事だからだ。
「私はプラスにはならないと思うわ。理由は秀三様が足軽隊の精神的支柱で事務作業も正直神がかり的な采配で起こっていたわ。あんな人がそうそういるわけないわ」
「俺も同意見だ。これで、足軽隊は最悪解散かよくても戦力大幅減だろうな」
数は集めることが出来てもその中の質は落ちるであろう。前の足軽隊は秀三様がいたからこそ、持っていた所が多分にある。
「今の所戦ではこの中で死人は出なかった。けど、この先に待ってる戦はもっと厳しいものになるのは目に見えているわけだね……。正直逃げ出したいね、このままいけばこの中で本当に死人がでるよ」
「ホッホッホ……いまのは、冗談として受け取っておくぞ?」
「っ!?」
その時、突如現れた猿家に皆それぞれ武器を構える。
「やめた方がいいっすよ…囲まれっているっす」
蛍が今気がついたという悔しそうな表情でそう皆を諌める。
「けっ…中間報告って奴か」
「その通りだ…と、言ってもだいたい把握しているがな」
「なら何のようですか?」
「冷たいのぉ…」
何を白々しいと苛立ちが募る中、猿家の道化を見続けるのが嫌になった猿吉がキレる。
「いいからはやく要件を言えや!テメェらの顔は1秒たりとも長く見たくねぇ!」
「ハッハッ!まだまだ元気がいいのぉ!そうじゃの、お前いや、蛍とか言ったな?お前の話をもう少し詳しく聞かせて貰いたくてな…。重要な情報だ。こちらが集めた情報と掛け合わせあちらの真意が見えてくるのでな」
「そっちの集めた情報ってのはこっちに教えてくれないの?」
「ハッハッ!無理なのを分かってて聞くのは時間の無駄というのはお主も知っているはずだ。拾った命だ、大事にしなければまた失うぞ?」
表情は分からないがそこだけは、ニヤリと笑いかけたのが分かる。千雪は気丈に睨みつけるが一切気にしない。
「詳しくって言ってもっすねぇ…もうだいたい盗み聞きしたんでしょ?」
「お主が仲間に嘘をついている可能性、ワシらが聞いている可能性を考慮しているなんてことも考えられる。それに、こっちの方が手っ取り早いからな」
「これだから…忍者は」
蛍が吐き捨てるように言うがすぐに返される。
「同じ穴のむじなが何を…さぁて、戯言はこのくらいにして聞かせてもらうか」
もう一度、直家達が聞いた説明と同じ事を繰り返し猿家に伝える。
「ふぅむ、なるほどのぉ。大体分かってきたぞ…」
「もういいだろ!はやく出てけよ!」
「急くな急くな…」
顎に手を当ててふむふむと考える猿家。これだけの敵意に晒されても飄々とした態度に更にイライラが加速する。
「いいかげっ!」「さて、我々はそろそろおいたまする、残り20日程か?お前達が生き残れることを祈っておるぞ」
そう、心にも思ってないことを言い残し猿家がシュッと目の前から消える。
「…………囲みも消えったす」
「クソッ!相変わらず気に入らねぇ野郎だ!」
「今に至るまで監視されていることなんて忘れてたくらい音沙汰無かったのに何で今…」
「僕達が持っている情報より遥かに色々な情報を保有しているんだろうね。だから、何か重大な情報を掴んだからその裏を取りに来た…そのあたりじゃないかな?」
直家の疑問に長貴が憶測で答える。確かな情報など無い中憶測でしか答えることは出来ないのだ。
「まぁ、そのあたりが妥当ね。でも、その重大な情報を私達が知らないっていうのはなんか気持ち悪いわね」
「そうでもないよ」
「どういうこと?」
千雪が頭に疑問符を浮かべて長貴に問い返す。それを、なんて言おうか少し考えた後に説明を始める。
「うーんとね……僕達が持っている情報は蛍さんの見たものだけだ。だけど、それをあちらは重要な情報だと言った。つまりは、この情報に関わりの深い話のはずだよ。それに、猿家は僕達には伝えられないって言った。なにも、全部が全部伝えないというのは効率重視の忍者の考え方からするとあまり良いとは言えない」
いい情報はやる気の向上や、より効率的な情報収集が出来るようになる。むしろ積極的に伝える場合だってあるだろう。
「なのに一切伝えないってことは、情報収集をやっている俺達が逃げ出す可能性がある情報を猿家は掴んでるってことか?」
「そこまでは言わないよ。でも、いい方向ではないはず……山中虎助が秀三様を殺す事によって起こる、なにか、は僕達にとってあまり良いとは言えない事が起きるってことと考えるとしっくりくると思う」
「その、なにか、が分かればもっと対応しやすいんだけどねぇ…」
直家の長い溜息が部屋の中で静かに響く。こちらも情報が少なすぎる。日々の出来事に忙殺され何も出来ていないというのがここに来てボディーブローのように重く効いてくる。
「まてや、直家。脳味噌小せぇのはわかるがよ、そう思考を止めんなよ。もうちょい考えてみると憶測でもなんか見えてくるぜ?」
こいつはこういった場でも躊躇なく俺に喧嘩を売るのか。いいだろう、買ってやるよ。青筋を浮かべて立ち上がろうとした直家を蛍が抑える。
「待つっす。いまの悪気は無いみたいっすよ?」
猿吉の方を再度見ると、中指で額をコツコツ叩きながらブツブツと呟いている。頭の中で情報を整理しているのだろう。こいつマジで今のは故意に喧嘩売ったわけじゃなさそうだ。
「いや、余計腹立つんだが」
つまり、こいつは本音の部分で俺の脳味噌が小さいって思っているってことだろ。後でぶっ叩いておくことを頭の片隅に覚えておく。
今叩いてもよかったのだが、こうやって考え始める猿吉を止めるのは勿体ない気がした。たまにあるのだこうやってスイッチが入る時が。断片的に散らばる情報のピースを埋めていき一つに繋げるのは猿吉の得意分野である。
「ッチ…やっぱり情報不足だな。憶測が多すぎる…」
「いいから話してみろよ。俺を馬鹿にしただけの考えはあんだろ?」
「ハァ?俺がいつテメェを馬鹿にしたよ?」
いつもだし、マジで覚えてねぇのか。次の稽古の時覚えてろよ…。
「まぁまぁ、それで猿吉くんの考えを聞かせてもらってもいいかな?」
「たいしたもんじゃない。長貴の考えを少し進めただけだ」
そう言って、一息つき話を始める。
「まず、秀三は有能だった。この足軽隊の中枢にいて質は低くても数は川上家の中では1番だろ?確実に川上家の力になっていたはずだ。それが、殺された。それが川上家の重臣の立場にいる山中虎助とかいう野郎にだ。何故?罪も無い中、ましてや同士討ちは重臣でも重罪だ。可能性としては私怨、目障りだから殺した?それにしては騎馬隊を引き連れていたということが腑に落ちない。次は、川上家の命令。これも薄い。そうだとしたら隠す必要などないし、良くも悪くも秀三の価値を奴らは理解できてねぇからな。干渉なんてしねぇよ。ウチの足軽隊は家の規模のわりに小さすぎるからな、完全な窓際だ」
良くもこれだけ思いつくものだ。これに関しては素直に賞賛せざるおえない。
「色々考えたが1番話の筋が通っているのがこれだと思うんだわ。山中虎助が川上家を裏切るつもりだって事。仮説だが、これにすると不可解な行動に説明がつく」
「この場合の裏切り先は…」
「木板則平とかいう勢力だろうな。って考えるとあの開拓者、傭兵団の襲撃も頷ける。この国のそれだけを支配してたらあれも用意出来るだろ。全ては秀三を殺すため、あの懸賞金はまさにそれだ。ここまでくりゃ分かるが、目的は露骨な川上家の弱体化。川上家はされたことにすら気がつかないまま柱を一つ折られたわけだ。ましてや山中虎助の騎馬隊は全員が山中が裏切る事を知ってる奴らだろ。そんで、多分あれが全員じゃねぇ……裏切るとまではいかなくても動かない奴も多いって考えると…」
「川上家の頼みの綱である武士達も役に立つかどうか分からないし、下手したらほとんど裏切っているってこと?」
「あぁ。まぁ、当然だろうけどよ。川上家に恨みを持ってない奴の方が少ないんじゃないか?」
考えれば考えるほど、どうしようも無い家だ。滅びることが運命で決まっているとさえ思える。運命ではなく自業自得によるものなのだが。そして、その事にとうの川上家が気がついていない。
それなのに、まだ支配者面をして高慢は態度を取っている。己の勝利など信じて疑わぬかのように。なんとまあ、
「滑稽だな…もはや自身を支える土台など崩れ去っているのに…まだそれに気が付かずに居座り続けているなんて」
「あぁ、本来なら馬鹿共が馬鹿な事をして当然のように滅んだ…で済む話なんだが、俺達はそうはいかない。最悪な事に俺達は当事者だ。足軽隊が弱体化して、味方の武士共も信用出来ない。そんな状況で生き延びなければならねぇ」
「「「「……………」」」」
言葉が出ない。これから来るであろう最悪が頭を過ぎったのであろう。
無茶、無理、無謀。嫌な三拍子が揃った。忍者に脅されていても本気で逃げ出したくなるような状況だ。直家達はヒーローではない英雄的な力を持っているわけでもチートを持ってるわけでもない一般人達だ。油断すればすぐに死ぬし、油断しなくても死ぬ時は死ぬ。そんな、吹けば飛ぶような存在なのだ。
そんな俺達が、絶望的な状況で生を得るために足掻かなければならない。人間はこういう無力感を感じた時に英雄に憧れるのだろう。絶望の闇打ち払い、希望の光を照らす英雄に。しかし、円も縁も無い直家達を救ってくれるヒーローなど現れはしない。
などと、世迷言を考えるがよく考えると無茶、無理、無謀はいつもある事だ。いつも死と隣り合わせでやって来たはずだ。救ってくれる英雄などいつもいなかった、ならどうするか。
己が己を助ける英雄になる事だ。今日まで常にそうしてきた。なら、今回もそれで乗り切ろう。乗り切るしかないのだ。冷や汗が頬を伝い1滴ポトリと落ちる。今までの中でもっとも深く高い闇の波が直家を飲み込もうと押し寄せてくる。その波に対して直家は豆のような矮小で脆弱、吹き飛ばされるのみの存在だ。それでもやる。
重い空気、暗い空気が部屋を覆う。願わくばこの空気を吹き飛ばせるだけの自信を、生き延びられる、敵を打ち払える力を。
「英雄ね…」
そんな存在になりたい。そう朧気に思えた瞬間であった。
伏線の回収、出そうと思ってたキャラクター。出すタイミングを失して宙ぶらりん……。小説家を改めて尊敬します……。




