初陣3
ようやく戦じゃぁ!
チリチリと燃えるような妖気の昂りを感じる。今まさに爆発しそうな緊張感を持ち両軍が対峙した。
片やいつもは鍬を持ち農作業に精を出し、もしも村に妖怪が現れたら武器を持ち戦う者達。男も女も鍬を武器に変えて村を守ろうと決意を固める。それを率いるはその村の領主である武士とその従者達。数は総勢250人。
対して、村を囲むそれぞれ村の人々より上質な武器を構えて攻撃の命令を待つ軍団。士気の高い村の人々と比べて、どこか厭戦気分がある。こちらも戦い慣れてきた頃合のはいえ元は村人と何ら変わらない人達。陸後国内の開拓者や傭兵団の殆どはもういない、斜陽の軍。質が大幅に落ちた軍で、それを率いるは上級武士から下級武士にまで落ちてもなお働く秀三。数は総勢580人。
村の柵まで距離は100m。互いに弓が届かない位置。
「………………」
バチッバチッと、村を照らす松明の弾ける音のみ聞こえる静寂。高まる妖気と裏腹にその戦場は嵐の前の静けさを保っていた。
「………弓用意ッ!」
秀三が叫ぶように号令を出す。それにより、戦場に音が次々に生まれていく。柵の中の村の人々も忙しく動き出す。
「放てぇ!」
こちらの軍の弓を持つ者達が整然とは程遠い並び方で並び、バラバラに放つ。元々村人だった者達に急いで覚えさせた弓だから、熟練度もバラバラで村に届かない矢も多く、方向も定まらない。しかし、数はそれらの欠点を覆い隠した。
「ぐぁっ!」「ぐうっ!」「ああぁ!」
雨のように降り注いだ矢が数人の村人に直撃した。効果は急場しのぎにしては申し分ない。
「来るぞ!備えろ!」
今度は村人からの反撃の攻撃。しかし、こちらの攻撃に比べて圧倒的に弓の数も矢の数もそして熟練度も足りない。ただでさえ少ない矢がこちらに届きすらしなかった。こちらの被害はゼロ。少し前に出ていた弓隊の失笑を買った。
「プッ……っぁ!」
その時、ヒュンと明らかに音が違う矢の音が聞こえて弓隊の何人かが射抜かれる。全員即死だった。村人の矢の威力ではなく、一矢で3人が貫かれているのは並の人間ができる芸当とは思えない。
「……敵の武士か?」
村から放たれる矢は確実にこちらの軍の誰かに当たる。かなりの速射だが放たれる位置が同じだ。人数も3人くらいだろう。武士達が出てくるのであれば、弓で攻めるのはこちらの被害が大きくなる。
「しょうがない……全軍!進めぇ!」
ならば包囲させている軍を進めて、脆い柵でをとっぱらって直接攻めるのみ。3人だけではこの人数を止めることは出来ない。
秀三の戦での仕事は後はもう戦後処理以外に無くなった。1度軍を進めさせてしまえばただでさえ統制のとれていない軍である。細かい指示など聞きはしない。後は、勝利の報告を待つだけだ。
仕事が出てくるとすれば、それは
「退却の時かな……」
これだけの人数差でそれは無いだろうと思いながら、ボソッと呟くのであった。
「……全軍!進めぇ!」
遠くで秀三の号令が聞こえる。その声に待ってましたと言わんばかりに駆け出す男が一人。
「あの馬鹿!」
何のことはない。猿吉である、迫り来る矢を避け、払い落とし先に進む。
「オラァ!テメェら!俺に付いてこいやぁ!!一番槍は俺様だがなぁ!」
ガハハハハ!と、高笑いしながら走る猿吉。開拓者をやっている猿吉の脚力に追いつけるものなど誰もいない。あっという間にもう半分の距離を走り抜いていた。
急いで直家も追いかける、それを見て犬太や五助も槍を背負って走り出す。
「…どうしますか…長貴くん」
顔を抑える長貴に、いつもの事だと半分呆れている青海が訪ねる。
「……僕達も行くよ。でも、ただ突っ込むんじゃなくて妖術で柵を吹き飛ばそうか。僕達にはそれが出来るし」
「私は最初からそのつもりだと思ってたけど……大変ねそっちは」
千雪が同情の視線を長貴に向ける。
「何だかんだ、あの2人が動いて失敗があまり無いから言いづらい…」
溜息を吐き、気持ちを入れ替えて武器を構えて進む。守りを固めて被害が出ないように。
猿吉を筆頭に突撃組は一部の血気盛んな若者やしょうがなくついて行った直家、こっそり後ろに付いている蛍といった編成で一番守りの薄そうな柵に向かって勢いよく走る。
対して、長貴を中心とする大多数の集団は死にたくないあまりやる気のない人達が竹や藁を編んで作った盾で守りを固めてゆっくりと進む。特に号令を掛けたわけじゃないが、開拓者の中心人物が動いてそれに追従する者達大勢でた為、この軍隊の中で唯一比較的に整然と動く集団となったのであった。
数は少ないが一番勢いがよい猿吉を先頭とした集団と、数は多く防御力も高いが勢いが無い長貴の集団に分かれた。
良いか悪いかは別にして確かに直家達開拓者は軍の中で大きな影響力を持つことになったのだった。
「……くっ!やはり強行してきたか」
「いかが致しますか?」
至るところで怒号が聞こえ、矢の雨が降り注ぐ村の最前線にいる上質な鎧を着込む男とその従者のような男が矢を放ちながら話をする。
「出来れば村に近ずけさせたくは無かったが……仕方ないな。出来るだけ村の中に入れないように時間を稼いでくれ。奴には頼りたくない」
「分かりました…しかしこの様子だと長くは」
「分かっている!だが、あいつらは虎狼の輩!村の事など考えはしない!頼るのは最後だ!」
「………その時が来たら…」
「決断はする。しかし!今ではない!」
「…分かりました。とりあえず、耐えるように村の者達に伝えて参ります」
「頼む」
矢を放ちながら離れていく従者。それを見届けて矢を放つ速度を更に上げる。
「まだだ!まだ我らは負けんぞ!川上家にも!奴にも!俺は!負けんぞぉ!!」
しかし、この男の思いとは裏腹に無情な現実が着実に牙を向き始める。次の矢をつがえようとした瞬間、男の真後ろの方角から多数の悲鳴とドォン!という柵が倒れたような音がしたのだ。
「!?馬鹿な!!もうだと!?いくら何でも速すぎる!」
持ち場を離れて急いでその方角に全力疾走で向う。焦燥で身が焦げそうな気持ちで民家を抜けると漆黒の闇の時間である夜では見ることのないはずの、閃光の光が目を刺した。
「うっ!」
次の瞬間、轟音と爆発がほぼ同時に男の耳と身体を蹂躙した。
「こ……れは…」
比較的に距離は離れていた為にダメージは無かったが、村人達と懸命に建てた柵が無惨に四方に飛び散っていた。そこの守りを担当していた村人の死体が男の隣にグシャりと落ちる。次々とだ。
「…ハ…ハハハハッ!」
柵が吹き飛び大きく空いた穴から敵がなだれ込む。あちこちから、悲鳴が聞こえてきた。それは辛く厳しい中一緒に生きてきた愛しき村人達の声。死体が、山が築かれて増えていく。何故だろう?笑い声が聞こえる。自分の喉から、涙を流し腹を抱えて笑う。男の哄笑が多数の悲鳴と合わさり村中に響く。
「……愚かだ……なんと…愚かッ!俺はぁ!」
近くにいた敵兵を撫で斬りにする。返り血を浴びて天に咆哮する。
「我々小さい者達にも…力があると…誰にもつかなくともやっていけると…偉そうな顔をする川上家に!奴に!……分からせてやろうと……」
愚か、愚か、愚か、と壊れた機械のように呟く。その男を狙い武器を振り上げて斬りかかる4人。
「なんと愚かぁ!」
4人の上半身が一斉に宙を舞う。足軽達はいつ攻撃されたか分からないまま死んだ。それほどの速さの抜刀だった。
「なんと!傲慢か!あまりにも!甘い!」
涙を流し、嗤いながら戦場に身を投じる男。
「我々は…どちらかにつかなければ…生きていけんのだ…」
何かの腹を決めた。左手を真上に上げて炎の妖術を放つ。それは血と怒号が飛び交う戦場で美しく空に上がってまるで花火のように爆発した。
「ならば…俺は!」
凄惨に嗤うその顔は憎しみに歪んでいた。
「柵なんてなぁ!勢いで押し倒すもんなんだよ!続けぇ!」
「戦に参加したのは初めてだろ!何でそんなに自信満々なんだよ!」
「オラァ!」
「聞けよ!!」
完全にハイになって何も聞こえない猿吉。早速柵に飛び乗り猿の如き身軽さで必死に守ろうとする村人達の矢と槍を避けて村の中に侵入することに成功した。
「な、なんだこいつ!」「ひぃ!」「嘘だろ!」
「うるせぇ!!黙って死ねぇ!」
あっという間に侵入を許した事に驚き一瞬動きが止まった村人を次々に斬り伏せる。血の滴る刀を掲げて叫ぶ。
「猿吉様が一番槍だぁ!よく覚えておけぇテメェらぁ!!」
「オオオオオオオォォ!!」
「何が一番槍だ!お前刀だろ!クソッ!このままじゃ、後で馬鹿にされる!俺も行くぞ!」
「お供するっす」
「あれ!?蛍いたの!?まぁ、うん!離れるなよ!」
士気は最高潮に高まり、痛みを忘れて突き進むその勢いはちっぽけな柵では止めることなど出来はしなかった。先行した猿吉がいなくなった事で先頭が直家になり柵にタックルをかます直家と五助、犬太達。メキメキと音を立てて柵が壊れた。
「オラァ!暴れるぞテメェら!!付いてこいやぁ!」
戦場に出ると急に生き生きとしだした。完全にテンションが振り切れている。たが、確かにそれに触発されて直家も犬太達も恐怖を忘れて進む事が出来ていた。猿吉には猿吉の将才があるのだろう。
一斉に攻撃を始めた中で一番早く柵の突破に成功した猿吉達は柵の周辺を固める村人達を掃討していった。
阿修羅のような勢いで進む猿吉達に比べ長貴達はまだ柵に取り付いてすらいない。
「……もう大丈夫です長貴くん」
「分かった…」
だが、柵の前で矢を防ぐのはもう終わりだ。準備は整った。
「……放てぇ!」
その瞬間、水、風、火、ありとあらゆる属性の攻撃が広範囲の柵に直撃する。一瞬の閃光ののち爆音と爆風が長貴の元まで届く。
「さて、吹き飛んだね。後は進むだけだよ」
「「「オウ!」」」
長貴が槍を構えて1人走り、それに岩蔵達も続く。強者に付いていたその他の兵たちはついて行くしかなくなり長貴を追いかける。長貴はこれを狙っていた。中に入ってしまえば後は乱戦だ。
青海や千雪達はその集団の後ろの方を進む。妖術使いはなるべく味方の近くにいるように行動する。そういう決まりにした。出ないと長貴か岩蔵のどちらかが残らなければならないからだ。
「まっ、後はやることなんて無いだろうけど」
気楽そうに後ろに手を組む小春。多美も似たような雰囲気だ。それを千雪が窘める。
「油断しない!」
そう、まだ何があるか分からないのだ。油断すればいかに強者とはいえ簡単に死ぬのが戦場なのだから。
「ぎゃあ!」
「村人が殆どじゃねぇのかよ!」
「ん?」
時折、仲間の悲鳴が聞こえる。そちらを見ても武士らしき人はいない。もしかしたら、村人に混じって強者がいるのかもしれない。
「俺が行ってくる」
「ふんっ」
直家がその方角に向う。猿吉は直家に任せて前を向き直り刀を振るい続けるのであった。
槍を握り走る直家。その先にいたのは、ただの若い村人のような容姿の男達、10人くらいはいるだろうか。こちらの武器を奪ったのか上質な槍と刀を振り回す集団は、こちらの兵を蹂躙していた。
「…………懐かしいな…」
どういう事か妖気を観察してみる。その瞬間戦場にいるのにフッと笑った直家。その目に写っていたのは
「才能の差…ね」
まるで妖力を手足のように身体中に動かす若者達。粗末な槍を振り回すだけで味方の兵が何人も吹き飛ぶ。それは、直家が開拓者になりたての頃散々に負かされた相手と同じ者達。才能溢れる開拓者の卵達だ。
昔は凄まじく羨ましかった。今だって羨ましい。才能何てあって困るものじゃない。でも、直家は才能などなくとも生き延びてここまで来た。逆に才能なんて無いからここまで頑張り抜けたのかもしれない。
「なんて、今考える事じゃないな」
槍を持ち直し進む。前の若い村人達は初めての戦場で強い自分に酔ったような顔で戦っていた。そのうちの1人が直家を見つける。
直家を指差し走り出す10人。武器を構えて口角を歪めながら。
「一年前の俺なら手も足も出なかったよ」
瞬殺であった。それは村人から見たら速すぎて目で負えない速度で繰り出された槍の技。首や上半身が宙に舞い、心臓を穿かれた死体は倒れた。
「運が無かったな。今は俺が強い」
返り血すら浴びない直家。味方の足軽からしたら突然強敵が肉片になったようなものだ。
「お、オオオオオオオォォォォ!」
「スゲェ!」「何が起こったか分かるか!?」
威風堂々と立つ直家の姿に折れかけた士気が回復する。仲間達が直家の強さに震えて咆哮を上げる。勢いが完全に戻った。
「なっ、なんだあいつ!」
「くっ……」
そして、村人達からしたら希望の光が瞬殺されて士気が折れかける。トドメのように勢いの戻った足軽達に攻撃されて壊走を始めた。
「なんか、めっちゃ本気でしたね。あんなのに本気出す必要ないのに…なんか嫌な思い出でもあるんすか?」
いつの間にか横にいる蛍が直家に訪ねる。この忍者は戦場でも飄々としていてマイペースだ。もっと働けと言いたいような気もしてくる。
「嫌な思い出ねぇ…と言うか、勝手に俺が思ってる因縁だよ」
「……うぇ…なんかそれでやられる村人は不憫すね」
「運が悪い奴らだったってことだ。いろんな意味でな」
その時ヒューという、まるで花火を上げたような音が聞こえて上を見上げる。まさに、夜空で花火のように綺麗に咲き、遅れてパァンという音が聞こえた。
「…何なんすか、あれ?」
「わからん、けど…」
綺麗に咲く花火になんとも言えない不安がこみ上げて来た。何故か嘆きの気持ちがこもった花火に見えてしまい黙って見上げてしまう。
「…嫌な予感がする」
ようやく初陣らしく…。




