初陣4
「なんだあれは?」
戦場に似つかわしくない綺麗な花火が上がる。それを遠目で見て眉を顰める秀三。しかし、己がだした疑問はすぐに分かることになる。
「………!?秀三様!アレを!」
「あれは……っ!?まずい!まずいぞ!すぐに全員を退かせろ!俺も行く!」
それは、村近くの森の中から次々と出る蠢く影。夜の闇のせいか詳しくは見えないが…100人近くいるだろうか?味方ではない…だとすれば、敵の援軍。ここからだとうまく見えないが、僅かな護衛と共に比較的に戦場の全体を見渡せる小高い位置にいた為に素早く気付くことができた。すぐさま移動を始めるが、それでも位置的に敵の方が早い。
「何故だ……何故気が付かなかった。斥候の部隊は出していたはず…」
一応周りに怪しい者が無いか確認したのだ。気に止めるような異変などの報告は何も無かった。
「秀三様!敵の方が速いです!間に合いません!」
「くっ!……っ!?あれは……そういう事かぁ!」
こちらより早く味方部隊に接触した正体不明の敵の援軍部隊。味方の足軽達が突如乱入した新たな敵に蹴散らされていく。そして、その勢いは止まらない。それどころか勢いは増していく。こちらの足軽達が体制をある程度立て直してもである。明らかにこちらより格上だ。つまり、
「森の………奥!妖怪達の棲家に身を潜めていたのか!ということはあの部隊は全員…開拓者か傭兵達……農民が殆どの俺達の部隊じゃ歯が立たない!」
歯が軋むほど噛み締める。完全にやられた。素人の多い村一つなら潰すのも容易いが戦闘経験豊富な開拓者や傭兵達が相手なら話は別だ。ましてや練度の低い農民達が多い足軽隊など容易く蹴散らせるだろう。こちらの兵が全軍纏めてかかっても勝てないかもしれない相手だ。そんな相手が後ろから奇襲してきたのだ、下手したらこの一撃で終わりだ。秀三達が駆けつけても立て直すことすら出来ないかもしれない。
これだけの戦力を出せるのはこの国で1人しかいない。木板 則平だ。しかし何故?この村はこれだけの貴重な戦力をつぎ込むだけの価値は無いはず…。何が目的だ?逆に開拓者や傭兵達だけでは武士達は討てない。数減らしくらいにはなるかもしれないが、それにしてももっと適した扱い方がある。
「わからない…」
一向に読めない。何が目的か…。今わかるのは、早く味方部隊に合流して退却の指示、それかバラバラになった足軽達を纏めないと被害が広がるばかりだということだ。
「クソッ!」
速く合流しなければ行けないと焦燥の気持ちの中、鍛えていない己の足の遅さが恨めしかった。
「お?合図があったな」
「行くか」
月明かりすら届かない闇の中、身を潜める者達。その足元には大量の妖怪の死体が転がっていた。ここで身を潜める為に事前に近場の妖怪を殺して回ったのだろう。妖怪達の棲家である本来騒がしい場所のはずが何も聞こえない無音。この近くを通ったものならばすぐに分かる異常さである。
そんな中で隠れていた者達が、あの花火を合図に一斉に立ち上がる。開拓者、傭兵達に指揮を取るものはいない。皆めいめいに、動き出し走り出す。そこには連携などというものは皆無。ただ、金の為にひた走る。
「ハハッ!参加するだけで小判1!」
愉快でたまらない。それだけの金があれば暫く遊んで暮らせる。そして、それだけではない。ある男を討ち取ると大判2枚の褒美が出ると聞いた。
「……小林秀三つったかぁ!待ってろよぉ!いまぶっ殺してやるからなぁ!」
欲望に忠実に走る者達。そこには、村の為など微塵に考えてはいない。ただ、己のみのことを考えて走る虎狼の輩。しかし、その爪と牙は強力だ。
「あ?なんだ早ぇな」
「あぁ、たいした相手じゃ無かったからな」
「じゃあ早くケリつけてぇから手伝え。あいつら弱い癖にしぶとくてよぉ。今に至ってもまだ抵抗をしてんだ」
「まぁ…自分達の村だからな。ここが無くなったらどうせ死ぬから、そりゃ必死にもなるだろ。もう、ここまで来たら勝負はついてるのに」
村の中に転がる死体の殆どは村人だ。その数も凄まじい。男は殺され女は犯される。家の中に隠されていた戦えない子供や老人は拘束をされて捕えられたり、老人は皆殺しであった。
「戦の習い…ね。俺達は何でこんな事やってんだろうな…」
「忍びの脅されてるからだろ?今更聞いてんじゃねぇよ。だいたいあいつら、勝ち始めたら調子に乗って襲い始めやがって…まだ敵残ってんじゃねぇかよ」
そんな会話をしながら襲いかかる村人を地に沈めていく直家と猿吉。横目で仲間である足軽達が若い女性に群がり裸に剥かれていた。そんな光景があちこちで広がっていた。女の死体は例外なく裸に剥かれ、あちこちから血を吹き出していた。
「ふんっ…」
「まぁ、今更綺麗事を言う気は無いよ」
気に入らない。が、わざわざ止めに行こうとは思わない。その原因の一端は直家達にあるし、この戦で手に入れた物の恩恵を受ける立場である為何も言えない。
現代日本の感覚がかろうじて残っている直家からすると出来るだけ、こういった事が少ない方がいいと思うのは贅沢なのだろうか?
「ま、皆殺しという命令が下ってんだ俺らは従うだけだ。今はな」
「今は…ね」
迷っても何してもやることは変わらない。まずは、生きて帰る事が第一だ。ある意味俺達のもあそこで女を襲っている欲望に忠実な足軽達と同じ。己の願いが一番大事なのだ。ある時、虎狼の輩という不名誉な事を言われた事があったが確かにそうかもしれない。己が、己が大事な者を守ろうとするために他者を排する。本質は何ら変わりはしない。ただ、何が大事かが違うだけ。
守るものがそれぞれ違うというのがこの国を覆う戦の病の根本的原因だろう。そしてそれは、また新しい病を生み出す。
「おのれらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぐぁっ!」「ぎゃぁぁ」
新しい復讐という名の病。それに取り憑かれたこの村の領主である男。女を犯す事に夢中な足軽達は一瞬で殺された。その近くにいた者達も斬り殺す。
「許さんぞ……許さんぞおのれらぁ!!殺してやるっ!全員!」
既にこときれた女の亡骸の目を閉じさせて、立ち上がる。刀がカタカタと震えるほど怒りに満ちて、その姿に恐れをなした味方の足軽達が逃げていく。
「逃がすかぁ!」
普通の人ならばそのまま斬られていたほどの速度で距離を詰める。まさに刀が届くその瞬間
「ぐぅ…重っ!」
「なんだ…お前は…先に死にたいのか?」
直家が間に入った。斬られかけた足軽は悲鳴をあげて更に逃げていった。ギリギリと刀と槍が火花を散らし少しずつ押し込まれる直家。
「死ねやオラァ!」
「っ!?」
真後ろから背中を斬りつけようとした猿吉の一振りは流石武人の体捌きでよけられる。そのまま、追撃して刀を二回三回と振るう猿吉だがその全てを避けられる。
「その戦い方…開拓者か。しかも、高位の…厄介な」
「チッ!」
全て避けられ、充分な距離を取られた。流石武士は強い。ここでやって勝てるか分からない。
「おい!やるぞ直家!この村の領主だろコイツ!流石に討ち取ったらなんか貰えるだろ!それに武士殺しなんて異名はどっかで仕官する時使える!」
「まぁ、そう言うと思ったよ…。でも、駄目なら逃げるぞ」
「どこまでも…己の欲望のみに忠実だな。無実の民を殺すだけじゃ飽き足らず…まだそれ以上を望むかぁ!」
「そりぁそうだ。テメエら生まれながらの武士には分からねぇかもしれねぇが俺ら貧乏名無しにゃそのくらいしねぇとなんにも出来ねぇんだよ。だからよ、ここで死ねや俺らの糧になれよ」
直家も改めて槍を構える。武士は守る物しか無い、それは停滞を生む。しかし、猿吉は違う前へ上へ失うものなど己の命のみならば平気で掛ける。直家もいるのは、死んでもいいからか、信頼の証か。
「獣に人の言葉は通じぬか…。知性など欠片も感じぬ人の皮を被った獣が!ここで屍を晒せ!」
「はっ!死んだ方が獣だ!どっちになるか試そうじゃねぇか!」
互いに動き出した。刀を振りあげて走る男。妖力も充実し速度も速い。また、防御するだけで手が痺れる程の剛力。まともに打ち合うと長くは持たない。1人では絶対に勝てない格上だ。
「くっ!ちょこまかと!」
しかし、こちらは1人ではない。腹も腕も立つ信頼に値する猿がいるのだ。本物の獣はやりずらいだろう。
「こっちも見ろよ!」
猿吉に気を取られれたら直家が、直家に気を取られたら猿吉が。絶妙なタイミングで互いに攻撃を入れる。阿吽の連携だ。
「くぅ!厄介な!我が弓なら一撃だったものが!」
「言い訳言い訳ぇ!それ以上は死んでから喋れや!首だけになったら聞いてやるぜ!」
これ以上ないほど理不尽な事をのたまい刀を振り回す猿吉。徐々にこちらの連携の精度が高まり、一人一人の動きが速くなっていく。
「おのれぇぇ!」
「しねぇぇぇぇ!」
「ぬぉぉぉぉぉりぁぁ!」
3人の咆哮が重なる、男の刀を直家の槍が弾き上半身が一瞬がら空きになる。その隙を逃す猿吉ではない。
「っな!?」
「貰いぃ!」
猿吉の刀が今までの中で一番速い速度で振り下ろされる。肩口から腰まで斬られて鎧が真っ二つに割れ血が吹き出す。
「ガハッッ!…まだぁ!」
弾き飛ばされ、崩れた体勢を斬られた体で持ち直そうとする。それでも、遅い。目の前には槍を引き絞る直家の姿。
「グッ…」
胸を穿つ直家の槍。痙攣する身体に更に下から切り上げる猿吉、胸に傷が増えていく。直家の槍は刀を取りこぼし男が倒れるまで突き続る。同じように猿吉も何度も斬りつける。
「ガッグッアァ」
ズンッ、ザシュ、ザクッ、と男の胸から血とともに水分をたぶんに含んだ音を出す。内蔵が飛び出て傷が無いところを探す方が困難な状態に陥ってもまだ死なない。
「あぁ……」
「…コイツまだ生きてんのかよ…」
「こっち見んな」
ゾンビのような様子になっても倒れ無い様子を見て直家をチラリと見る猿吉。
「…ふっ……あぁ……フフフ…この音が聞こえるか?俺が呼び込んだ死の音…すべてを失った俺が出来ることはこれだけ……ハハハハハッ!死ね!屑共!お前らの死体が!俺らの慰めだ!せいぜいあっ」
「何言うかと思ったら…くだらねぇ。どうでもいいや、とりあえずお前は死ぬんだからよ」
狂ったように喋る男の首を跳ねた。愛する村人を失い、自分を失い、命も失った。哀れな男。しかし、この男が呼び込んだ怨嗟の花火は確かな死の音を呼び込んだ。
「音って、言ってたよな?どういう事だ?」
「死に際の戯言だろ?気にする必要ねぇよ」
先ほど跳ねた首を腰に括りつける猿吉。顔は満足気だ。しかし、直家は最後の言葉がただの戯言には聞こえなかった。音とは何なのか、戦場には音など煩いくらいある。その中でどんな音が死に際の男に聞こえたのであろう。
「…………ん?」
耳をすませる。戦場のこだまする悲鳴。そんなのはどこからも聞こえてくる。しかし、僅かな異変を感じる。もう、制圧したはずの村の東側の悲鳴が多い。それも、急速に大きくなっていく。これは?
猿吉も気がついたのか眉を顰めて、そちらの方を注視する。
「行くか?」
「やな予感しかしないけど…行こう」
あそこは、長貴達がいたはずだ。どちらにしても合流しなければならない。何が起こっているか、まだ把握が出来て無いまま走って行くのであった。
首の無いこの村の領主の死体に、村人達の死体。家は燃やされ踏み潰され打ち捨てられている。この日、一つの村が灰燼に帰した。しかし、この戦を引き起こし裏にいる者達の思惑が渦巻く戦場はそのような事を一切考えることなく進む。一つの目的のために利用されて、哀れに死んでいった者達に花をたむけるものは誰もいない。
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