初陣2
あれから少しして、出陣の準備で大変そうな秀三のお手伝いを願い出た直家達。意外な事に猿吉は文句も言わずに手伝いに参加した。後で聞くと、兵をまとめて出陣までの流れを見たいという考えがあったそうだ。
町に出ていた長貴に岩蔵千雪達とも無事に合流し、皆にも秀三のお手伝いを手伝って貰った。目の回るような忙しさに、改めてこれだけの仕事を短時間でこなしていた秀三の凄さを実感する。
それでも10人以上の人員の増加は時短の役に立ったらしく、秀三いわくいつもよりかなり早く終わったらしい。
そして、準備を開始して約一刻半。攻める場所が比較的に近場で行軍は1日でよい距離だというのもあり、兵糧をあまり持たずに行くことが効いたのであろう。かなり早く支度が整った。
「いやぁ、すまなかったね。本当に助かったよ。君達の助けが無ければもう一刻近くはかかってたかもねハハッ」
などと笑っているが、10人以上の手助けが入っても一刻しか変わらないのを考えるとやはり凄い。熟練の采配もあるがここまでくると天性のものを感じざる負えない。
とはいえ、流石に急場で作った編成で出陣に漕ぎ着けたと言ってもまだごちゃごちゃとしている。整然とした隊列の行進とは比較にならない、列も何もかもがぐちゃぐちゃになってとりあえず進めと近道の山道を進んでいた。公道ではないため、妖怪や山賊に襲われる危険が高いが、流石にこの人数で移動すると妖怪はともかく山賊は見ただけで引っ込むだろう。
ちゃっかりしている山賊などは下手すれば戦にしれっと参加するのもいる。
「やっぱり…凄い人数だな」
その軍の先頭集団の1人である直家は後ろを振り返り率直な感想を述べる。音吉や五助、犬太の前から参加していた組はこれでもだいぶ減ったと言っているが、初めて見る直家からしたら数百人の武装した集団がぞろぞろ動くのは圧巻だ。
「まぁ、初めて見るとそうなるな。犬太だって口をアホみたいにポカーンと開けて見てたし」
「五助も似たようなもんだったろ!……まぁ、うん、確かにかなり減ったって言っても凄いよ」
犬太も後ろを振り返り、目を細める。先頭を歩いているため自分達が通った山道が人で埋め尽くされて最後尾が見えないという光景は確かに初めて見る人を驚かすだろう。
「一番多い時は千人くらいいたかな?今は半分近いけどさ」
音吉は肩をすくめる。妙に様になり両隣の音吉の連れである女2人がそんな音吉を見て頬を染める。
「あ……あれ?な、なんで私をそんな目でみるの?」
殺意の篭った目線が軍全体から音吉に集中する。自業自得だろう。ちなみに直家は軽く槍を握っていた。
「面白い人だね音吉君というのは」
今まで黙って先頭を歩いていた長貴が会話に加わる。まぁ、いい奴ではある。というか、長貴と似ていると思ったがやはり少し並んで喋ってみると何か違う。何が違うのかは説明は出来ないが。説明できるところはほとんど似通っているというのに。
「けっ、女を連れてる野郎に碌な奴はいねぇよ」
猿吉が吐き捨てるように言う。完全な偏見だろう。もっと言えば羨ましいだけだ。なぜ分かるか?直家がそうだからだ。
「猿吉くんって素直じゃないねー。2人は無理かもだけど1人だけなら猿吉君だっているじゃん!」
「知らん!来るな!寄るな!そのニヤケ面を辞めろ!」
「もー、本当に素直じゃないねー」
頬を膨らますあざとさナンバーワン小悪魔小夏が猿吉に寄ってからかいにいく。凄まじく嫌そうな顔をして距離を取ろうとするが、流石千雪の組の接近戦担当。軽い身のこなしで猿吉の目と鼻の先まで来る。この集団の中で唯一猿吉を手玉に取れる女だ。
今度は猿吉に殺意が篭った目線が集中する。小夏もなかなかの容姿をしている。小柄で可愛い系だ。歯軋りの音が聞こえてくるくらい悔しいだろう。小夏に目を付けられた時点で猿吉の負けが確定していたのかもしれない。
「ふぅ……。た、助かった…」
音吉が殺意の目線から逃れたことに胸をなで下ろす。下手したら敵と戦っている時に後ろから刺される危険だってあるのだ。結構洒落にならない。
「くっ!」
流石の猿吉とはいえ、この数の殺意の目線には気圧されたのか誰かに擦り付ける事が出来ないか周りを見渡す。
「「!」」
目が……合った。その時の猿吉の顔は人様に見せられないほど醜悪に笑った。その時、凄まじい悪寒が直家に走る。直家は何かが起こる前に助けを求めるために周りを見渡すが長貴が何が起こっているから理解出来てきていない顔で首を傾げているのを見たのが最後であった。
「そういや直家!あの城下町にはいい娼婦が沢山いたぞ!って俺に言ってたがもっと詳しく聞かせろ!」
「そ、そんな事言って「へぇ、詳しく聞かせてちょうだい直家」…へ?」
焦って否定しようとしたが、その時に絶対零度の視線で直家を貫く千雪に遮られた。決まった!と言った会心の顔をしている猿吉を尻目に着実に直家は追い詰められていった。
「何処にどんな娼婦がいるか教えてもらおうじゃないの。詳しいんでしょ?」
直家にはなぜ千雪がこれほど突っかかってくるのか理解出来なかったが、何故が気圧される。更に、蛍もニヨニヨと笑いながらこの流れに参加してくる。
「そうっすよ!どういう事か詳しく聞かせてもらうっす!娼婦なんて使わなくても私がいるのに!」
一番でかい爆弾を投下しやがったこの野郎。この蛍の台詞に顔を真っ赤にする青海と静。小春はもっと面白いものを見つけたと言った感じにこちらを見る。
「わ、私は別にそういうつもりで怒ってるじゃないわよ。ただ、女性が多い中でそういうことをするのはどうかって言う事で……」
千雪も顔を染めて俯いてブツブツと呟く。そして、声は悲痛な感じなのに顔がニヤケいる蛍は見ているだけで気分が逆撫でされる。後でお仕置きだ。火種にガソリンを撒きやがったからな。大爆発だよこの野郎。
猿吉の上手い誘導の末に全てのモテない男の憎しみを一身に受けるハメになった。
「クソォ……後で覚えていろよ蛍!」
「あれあれぇ?こんな状況でそんな事言っていいんすかー?」
「クッ!」
蛍の言う通りだ。この状況では蛍に逆らえない。そんなの漫才のような事をやっていると一番先頭を歩いていた秀三が飽きれた顔でこちらを振り向く。
「君達…これから戦だってのに余裕だねぇ。しかも、初陣だって?肝が座っているというか、なんというか…。ここまでくると少し呆れるよ」
全ての会話を聞いていたのであろう。気苦労の多い中間管理職である武士の秀三と自由人の開拓者では気性がここまで違うのかと1人で驚いていた。今回の話では、羨ましいとは思わなかったが。
「つってもよぉ…もう歩き始めて二刻だぜ?歩いているだけだからよ疲れはしねぇが流石に暇だ。無駄話の一つや二つでるだろ?」
そうなのだ。もう二刻ほど経っている。同じ国内で1日で行ける距離とはいえ、それでも軍の規模が大きくなればそれだけ行軍も遅くなる。直家達だけなら走って半日もかからないだろうし、武士達の乗っている馬があればもっと早いだろう。それに日も傾き始めてきた。
「まぁ、それは分かるけど…。行軍ってそういうものだし。それに俺は結構指示だししてるから忙しいし…」
秀三は先頭で細かく指示を出しているので気を張っているだろう。
「ま、いいけどよ。どうせ今回も圧勝なんだろ?俺は気楽に行くぜ」
この軍の中では開拓者、傭兵団自体がまず少ない。だからか、直家達開拓者組は軍の中でもトップクラスの戦闘能力を持つ集団なのだ。武士以外なら油断しなければ勝てるだろう。
「……緊張で疲労するよりマシか…。まぁ、戦の時は頼むよ……」
そうして前を向き直り更に先に進む。この調子で行けば今日の夜遅くに着くらしい。先行した武士を待たせるわけには行かないのでこのまま強行するようだ。
話が一段落して黙って進むかと思ったその時。
「で、話を聞かせてもらおうかしら」
…………うやむやにはしてくれないようだ。
この後、後ろから刺さる殺意の目線に耐えて蛍のちょっかいを躱し日が落ちるまで本人もよく分からない弁解を続けるのであった。
それは、夜遅くのある村近くの森林。いつもより殺気だった雰囲気に小鬼達妖怪は震え、森の奥に引っ込む。雲一つない夜空。星が煌めき、月が優しく村を照らす。
普段は人々が寝静まる時間。篝火を沢山つけて紅く光る村の中で多数の人が忙しく動き回る。そこに女も男も関係ない。それぞれ、村を守るために必死で働く姿があった。周りを柵で囲い、皆何かしらの武器を持っていた。
その様子を小高い山の上から見下ろす集団がいる。月の光を反射し光る程の豪華な鎧を装備した武士達である。
「ふんっ…。親父から任された討伐命だが。俺がわざわざでてくる必要など無いほどちんけな村だな。吹けば飛びそうだ。こんな奴らが我が川上家を裏切るなど…理解出来ぬな」
「それほど愚か…ということですよ。義持様のお考えなど理解出来ぬ者達…だからわからせにきたのでしょう?」
「そうだったな…」
その武士集団の先頭にいる川上家次代当主候補川上義持と馬廻り集の隊長である山中虎助。ニコニコと笑いながら義持に賛同し持ち上げる。虎助は線の細く目もいつも瞑っているように細い。そして、いつも不気味にニコニコと笑っている。一部の家臣から佞臣と呼ばれている男だ。しかし、確かな実力があり村下 勝真の次の強者である。
「山中の言う通りだ…あ奴らに川上家の考えを分からせて裏切ったことを後悔させてあの世に送ってやる!女子供も全員な!そうすれば、川上家の名が轟き裏切ったことを他の武士達も考え直すであろう!」
「流石義持様!深すぎるお考えに私は感服しました!早速その神の如き策を実行に移しましょうぞ!」
「よろしく頼むぞ山中」
「はっ!おまかせを」
頭を下げて義持から離れて馬に乗り号令を掛けに行く。義持はこうしたいと考えを述べるだけで実際に動かすのはほとんど山中虎助や村下勝真の仕事だ。正確に言えば、馬廻り衆という義持の守りを受け持つ武士達の隊長が山中虎助で、それ以外の武士団の実質的トップが村下勝真のである。
しかし、最近はそれが少し変わってきた。武士団の中にも山中の影響力が無視出来ないものになり、今では武士団ですら半分は山中の手にあると言ってもいい。
元々、村下はあまり地位にこだわるタイプではない。あるのは川上家への固い忠誠と己の鍛練による向上のみ。一種の天才で、あまりその二つ以外の事に興味無い人である。生活が裕福な時はそれでも圧倒的な実力と無意識なカリスマが人を率いらせていたが、今は事情が違う。腹芸とかができる訳じゃない中、複雑を極める武士達の状況を考えて纏めることは出来なくなっていた。
「ハハ、馬鹿な男だ」
1人、馬を走らせる山中が醜悪に口角を上げて笑う。
「アレで次の当主とは……フフッハハ!川上家も堕ちたものだな」
先程、義持と喋っていた時の態度とは全く違う。別物と言ってもいい程態度が豹変した。これが、まだ誰も知らないこの男の本性である。
「勝真もそうだ…あれだけ周りの武士達の目が変わっているというのに気にも止めないとは!ハハッ!本当の馬鹿だ!おかげで随分とやりやすかった!」
哄笑をして、喜びを噛み締める。もはや川上家の武士団の半分以上は山中の手の内にある。
「さて……ここまで来たら後は最後の詰めのみ」
そう呟くと、歪んだ顔はいつものニコニコ顔に戻る。馬に鞭をうち伝令を急ぐ。
「則平様…もうすぐでございますよ…」
山中虎助の真意を知るものはまだいない。
「命令が下った!俺たちだけで村を殲滅する!」
少し前に所定の場所に到着した秀三率いる軍団。到着した事を伝えに秀三が武士団の本隊に走り指示を受けてきたようだ。
「俺たちだけぇ?武士共は何してんだよ」
「うっ…。それは…」
「猿吉くん…それは秀三さんだって思っている事だよ」
何故、と聴ける立場ではない。秀三は命令を受けるのみ。もとより理不尽なのはわかっていた。
「すまない………」
悔しそうに俯く秀三。悔しい思いは一緒なのだ。
「しかし、何で武士達が戦に参加しないんだ?あいつらが参加すればすぐにカタがつきそうなのに…」
直家の率直な疑問。
「さぁな。戦っても恩賞が少ないか出ないんだったら武士達だってやる気なくすだろ?それに戦に絶対はねぇし、こんなつまらねぇ戦で命を落とす可能性だってあるんだ。そりぁ、参加しなくていいんだったらしないだろ。それに味方が少ない川上家は武士の一人ひとりが虎の子だし、一人死ぬだけで大幅な戦力低下だ。それを避けたいとかもあるんじゃねぇか?」
と、スラスラと考えられる理由を述べる猿吉。
「まぁ、猿吉君が言った内容の全てだろうね」
長貴も同じ考えで頷く。武士達がいないというのは秀三率いる軍だけで何とかしろという事だ。確かに人数は相手の倍近くあり、まともな防衛能力の無い村一つ。勝利は確定していると言ってもいい。しかし、村の領主である武士の存在が気になる。討ち取ることが出来てもかなりの被害が予想されるのだ。
「武士達が戦に参加したら遥かにすくねぇ被害で済むのによ」
「それは言わない。言ってもしょうがないからね」
肩をすくめる長貴に、溜息を吐く猿吉。それぞれが武器を構え初めて仕度を整える。ここから村まで四半刻(30分)程。直家達以外は慣れたように、直家達は少し緊張の色を漂わせて先に進み始めるのだった。
初陣というタイトルなのに戦わないのはごめ(略)
本当にすみません…。




