隣国へ2
「なるほどね。今の状況は理解できたよ」
「びっくりしました。目が覚めるなり跳ね上がるなんて…もしかしてまだどこか悪いとかじゃ…」
「いや、赤熊とタイマンして目が覚めたら女しかいない家の中で寝ているなんてそりぁ驚くだろ」
「ハハ…猿吉くんの言う通りだよ…」
「でも、見てみたかったな。そんなに驚く長貴なんてなかなか見れないだろうし」
「ハハ……お恥ずかしい」
本当に顔を赤くして恥ずかしがる長貴。それを見て小声で青海がボソッっと呟く。
「困惑してる長貴さんの姿すっごく可愛かったです……」
「ん?どうしたんだい?青海さん」
「い、いえ!なんでもないですよ!」
慌てて誤魔化す青海。
長貴が起きたのはこの里にきて2日目の朝。妖力が回復したにも関わらずまだ身体が重くて動きにくいという。やはり、直家が見たあの時の赤い妖力を纏った状態のせいなのだろうか。見た時も聞いた時もない状態で猿吉に聞いても知らないといい。長貴本人に聞いても覚えてないらしい。
まだ、本調子とは言えないものの長貴が目を覚まして玄武組は元の状態に戻ったため、心無しか全員に元気がもどった感じがした。どれだけ強がってもリーダーのいない状態では調子が出るわけがない。
「それで、明日には陸後国に移動になるのかい?」
「あぁ、1ヶ月はあっちにいることになる」
「うーん、正直、忍者に脅されなかったら絶対にやらない内容だね。話を聞くと命がいくつあっても足りなそうだよ」
そんな内容だからこそこのような面倒な手を使って、死んでもいい奴らを捕まえてきたのだろう。直家達よりは強く生還率は高いはずだ。逆に言えば忍者達でも避けるような生還率で直家達はやって行かなければならない。
「しょうがねぇよ。ここに来て命があるだけでマシだ。それに、死ぬつもりはねぇからいい経験になるだろ?」
「そりゃあ、生きて帰ってこれたらいい経験だろうけど…」
楽観主義というか、強気というか…。ネガティブな事を言って士気が下がるよりかはいいのかもしれないが。
「あの、長貴くん。ここまで聞いて何か質問とか無いですか?」
ここまで目が覚めてから直家と猿吉に一気に説明されたために聞き逃したところがあるのではないかと青海が訪ねる。
「うーん、そうだねぇ……。質問というか疑問なんだけども、ここから陸後国まで東にかなり進まないと行けないと思うんだけど…どの道を使うのかなと思って」
「それはなんも聞いてねぇな。先導は忍者達がするって言ってたからよ。俺達も結構いるが当たり前だが忍者共はもっと多い。そんな人数でゾロゾロと普通の街道を歩くのはやめた方がいいだろうし」
「ってことは、この森の中を突っきる感じでいくのか?」
「でも、人数を分けて行けば公道でもバレないと思うけど…」
「我々が変装し隠れることには自信がある。しかし、それを暴くことに自信を持つ輩もいるのだ」
「うおっ!猿家か!いきなり話にはいってくんな!」
「言うたであろう?常に監視はしておる、と。まあ、それはいいとして納得していただけたかな?」
突如猿家が猿吉の後ろに立ち長貴の疑問に答える。
「納得も何も僕達は特にやましいことがないから、歩いても大丈夫なんだけど。まぁ、捕虜の身だから従いますよ」
「ハハッ、手厳しいのぉ」
そう笑いながらまた、黒い霧共に消え去る猿家。
「何だったんだ…」
「疑問に答えるというより、監視しているぞって言う事を伝えたかっただけなんじゃない?」
「心臓に悪ぃんだよ……。よりによって何で俺の真後ろに立つ…」
忍者も人間だ。監視と言ってもやはり暇なのだろう。今のは猿家のイタズラ、暇潰しのようなものなのかもしれない。その暇潰しにも実利があるから忍者は油断ならないのだが。
「さて、出立だ。準備はよいか?新人足軽共」
更に1日が過ぎ、今日が出発の日。森の中を進みそのまま隣国である陸後国へ進む。そのための準備は整った。里の忍者、老若男女とわず全員で陸後国へ移動である。流石に一塊で行くと人数が多すぎるので数十組に分けて別ルートでそれぞれ向かうそうだ。直家達は猿家以下15人近くの精鋭忍者と共に移動する。
「………まだ開拓者だ。そのような呼び方はやめていただきたい」
「ホッホッ。そうじゃったな」
生真面目な返答が返ってきて面白かったのた笑う猿家。これは、単なるおふざけ。忍者達、特に猿家は気楽だ。いや、本心は里の命運がかかっているため気楽では無いだろう。しかし、それは命がかかってる直家達も同じ。今の直家達には冗談は通じにくい。返事を返した岩蔵は元から冗談が通じるタイプでは無かったが。
「猿家さんよぉ、距離的に1日じゃつかねぇんだろ?しかも、森の中を進むってなるとどのくらいかかるんだ?」
「……もうよいか。そうじゃの。だいたい寝る時間以外は全て移動に費やして3日程」
猿吉の質問に少し考えて返答を返した猿家。ここから何日かかるかを答えるだけで今の位置が分かってしまうという危険があるから一瞬躊躇したのであろう。里の位置を変えると聞いたのでここの位置が知られてももう問題は無いのだろう。
「………ッチ。じゃあ、全然違う所をさ迷っていた訳か」
頭の中に地図がある猿吉は悔しそうに呟く。距離を聞いて今どこにいるかだいたいの目星がついたらしい。長貴も苦笑いしている。よほど見当違いの場所を歩いていたらしい。
「3日も森の中………」
サァと顔が青くなる千雪達。岩蔵達も覚悟を新たにしたような表情だ。直家達とてこれからの大変な3日を思い苦い顔をする。
もちろんだが、妖怪は出る。昼はまだいい。しかし妖怪の時間である夜を3日は直家達では厳しい。一緒に行動をする忍者達がいるとはいえ素直に味方とは言えない間柄である。
「あぁ、そういえば言い忘れていたが…我々の進む道は2日目に中層を通るのでな。死なぬように気を付けるように」
「はぁ!?ふざけんなよ!俺らは初めてこの森に入ったばかりの奴らの集団だぜ!?ここにいる妖怪ですら格上ばかりだ!」
猿家の言葉を聞き猿吉が怒り出す。これは直家も、いや全員が同感だ。遠山村の開拓地の中層なんて行ったら本気で死者が出る可能性が大きい。こればかりは意地っ張りの猿吉も反発する。
「知らぬ。出来なければ、戦場で生き残ることは無理だ」
「っ!…………」
しかし、返答は無慈悲。そして、改めて戦へ参加することへの難易度の高さがわかる。猿家が唇を強く噛み、血が流れる。強く、猿家を睨めつけ腰にさしている刀の柄を折れんばかりに握る。
「猿吉くん……」
「クソッ、クソッ、クソがぁ!俺が!こんなクソみてぇな奴らの道具になって……畜生がぁ!!」
多分猿吉が怒っている理由は命をなんだと思っているんだとか、そういった博愛じみたものではない。格上の忍者に捕まり、言いなりの状況に明らかに死んでもおかしくない場所に放り出される己の情けない姿が許せないのだろう。
猿吉は勝てないと判断した相手には勝負は仕掛けない。たまに頭に血が登る時はあるが基本的には冷静に戦力差を考えるのだ。しかし、それが今回は通じない。明らかに絶望的な場所に、己の意志とは関係無しに放り込まれる。屈辱だろう。
「この際はっきり言うが貴様らは我々の奴隷だ。その身でありながら要求以外の事をしないということを感謝して欲しいものだ。貴様らには拒否権はない。それをよく覚えておけ」
「…………わかっているよ。そのくらいはわきまえる」
忍者達の目的は情報。それさえ手に入ればいいのだ。後は直家達のうち何人が死のうがそれこそ全員死んでもいいのだろう。だから、拒否権無いし。それでもやらないのであれば猿家が約立たずとして直々に殺すでだけであろう。
グッと槍を握る力が強くなる。圧倒的な理不尽。しかし、これは当たり前の事なのだろう。力不足、敗北というのはこれほどの屈辱的状況を甘んじなければならない。しかも、猿家の言う通りこれは捕虜の身としてはだいぶ甘い処遇だ。
猿家は言うことを言って会話をやめて先頭へ戻る。迷いなく森の中を進む背中を追いかける直家達はそれぞれ覚悟を新たにする。
里の中では身体を休めるため、常に監視の中の緊張感からあまり考えないようにした自分達の状況。それが現実として突きつけられた今。
「……クソがっ!」
隣にあった木を殴りつけ拳がめり込む猿吉。己の見積もり甘さ、力不足、それによって起こった屈辱的な状況。怒りを力に変えてこの理不尽から一刻も早く抜け出そうと頭脳と身体をフル回転させる。
「せっかく拾った命だ。すぐ落としてもつまらない」
剣呑な目の猿吉を横目で見る長貴も、岩蔵も、千雪も組のリーダーとして己の組だけは絶対に誰も死なせないと、この危機を乗り越えるために考える。
「はぁ、忍者から足洗ったっすのに何でこう血なまぐさいんすかねぇ」
1人ぼやく蛍。その口とは裏腹に身体は忍者だった頃の癖が染み付き己の最適な位置取り、油断なく周りを見渡し音を立てずに移動する。猿家が率いる精鋭忍者達と遜色無いレベルであった。
くしくも、猿家の言葉が昔の忍者だった頃の蛍を蘇らせたのであろう。これでも名高き八杉家の里の忍者であるのだ。
そして、直家。彼も猿吉ほど表に出しはしないが己の力不足をつよく悔いている。
「………………死んでたまるかよ」
力不足のまま、何も出来ずに終わる。それだけは嫌だ。猿吉のように内に秘めた何かを成すという願いがある訳じゃない。それでも、このような所で終わるのは冗談じゃない。
槍を握る拳に更に強く力がはいる。この森を抜けても1ヶ月もの長い間戦に参加しなければならない。
「……それに、誰も死なせたくは無いな…」
短い間であったが、皆いい人だ。勿論組の仲間も他の組では玄武組の方を助けるが出来るだけ助けたい。自分を犠牲にしてとまではいかないが、この無駄に丈夫な身体の使い所はだいたい分かってくる。
「ふむ、今日はここで休む。見張りにお主らも半分起きていろ」
「けっ、言われなくてもそうするわ。テメェらに寝首をかかれそうでおちおち寝れねぇよ」
「全員起きていても我々が本気を出せばすぐに首など飛ぶというに。無駄な心配はしなくてもよい」
全然安心できない言葉を聞いて余計目が冴える直家。今日だけで大量の妖怪達と戦闘を繰り返し身体が返り血と自分の血で汚れている。ちなみに妖術使い達は明日の中層以降のために温存してある。
「千雪さん達は先に休んでて下さい。明日は妖術を使う機会が多くなると思うので」
「わ、私は大丈夫」
「ダメだ。青海も休んでて」
「で、でも…」
「長貴…ほら!言ってやって!」
「青海さん。気持ちは嬉しいんだけど…お願いゆっくり休んで」
「は、ひ、わ、分かりました」
流石長貴。青海キラーだ。手っ取り早い。
「ほらほら、乙女は休むっす。青海さん行くっすよ!」
さらっと蛍も青海と一緒について行こうとする。
「おいまてこら!お前はこっちだ!」
「えぇー!やだぁ!眠いっす!疲れたっす!」
「お前忍者だろ!我儘いうな!耐えろ!忍べ!」
「嫌っす!それなら今前に言ってた何でも聞くってお願い使うっす!やすませろぉっっす!」
今までの中で1番ジタバタと暴れる蛍。襟首を抑えているために実害はないがこれでは使い物にならなそうだ。
「直家さん……蛍ちゃんも頑張ったんですから少し休ませても…」
「こいつは思ってるほどヤワじゃない。大丈夫ですよ。ほら、行くぞ。あと、その願いは今は無効だ」
「横暴っすぅ!ちぐじょう!はなしやがれっす!」
ジタバタと暴れながら直家に引きずられていく蛍。それを何とも言えない表情で見送るのだった。
話が進まねぇ…。




