隣国へ3
2日目。無事に夜を越えて、日の出る前に出発をして今は昼間。予定通り遠山村の中層に来ていた。
「ぐぁっ!」
「ぬぉぉぉぉ!」
遠山村の中層は最近ここの開拓地に来たばかりの直家達にとって完全に未知の領域。妖怪の強さも、妖怪の姿形も初めて見るものばかり。妖怪があまり活動をしない時間帯でも、浅い層では比べもにならないほど妖怪が多い。
「……っ!水球連弾!」
今まさに吹き飛ばされた直家と岩蔵に襲いかからんとする妖怪の足を止めるために放った青海の妖術が数体の妖怪の動き僅かに止める。しかし、致命傷には程遠くギロリと青海を睨みつける。
「青海!!やめなさい!あいつら、私たちの妖術が致命傷にならない!目をつけられるだけよ!」
「で、でも!やらないと長貴君たちが!」
攻撃が当たった犬型の妖怪が一体が青海目がけて走ってくる。完全に青海に標的を定めた様子だ。
「くっ、青海!逃げて!」
「千雪ちゃんは!?」
「いいから!」
青海を押しのけて詠唱を始める。刺し違えても青海を狙った妖怪を仕留めるつもりだ。しかし、妖怪の方が速い。走る速度に比べて遥かに妖術の完成は遅いのだ。このままでは2人とも死ぬ。
「…………っぬぉぉっすぅっ!」
その瞬間、妖怪の横っ腹に向かってピンク色の光が一閃。素早さを武器とする妖怪すら、遥かに超える速度と勢いで深々と刺された小刀は蛍の全力のタックルで妖怪共々吹き飛び、空中で体制を立て直した蛍は刺さった小刀をねじ込み腹を切り裂く。
「ガッハッ!」
臓腑を周りに飛び散らせながら犬型の妖怪は即死し、蛍は返り血で所々赤く染まっていた。
「はぁはぁ。あんまり無理しないで欲しいっす……。私もそう余裕がある訳じゃ無いっすからね!」
「あ、うん。ご、めん。ありがと」
「いいっすよ!そうしろって直家に言われたっすし…」
蛍はまだ元々の実力があるため何とかなっているが、直家達は手も足も出ないというのが本音だ。もとより攻撃より守りに主軸を置く直家、岩蔵などでは攻撃が通らない。その他の肉弾戦派達はもちろん、最高の攻撃力を誇る青海達の妖術でもそれほどのダメージを与えれていないのだ。これではどうしようもない。まともに、相手が出来ているの蛍と長貴くらいだろう。
それにしても数が多く、2人がいくら頑張ろうと状況はあまり変わらない。また、見た事が無い妖怪達で、尻尾に青い炎が燃えている巨大な虎、目が赤く、異様に俊敏な犬の群れなど、明らかな格上で、何が弱点なのかも分からないのだ。これでは手の打ちようがない。
「ほれほれ、どうしたお前ら。そんなことでは戦場で生き残ることなど出来ぬぞ?」
対して猿家達、忍者集団は余裕だ。流石に開拓地の中に隠れ里を作り、それでも生活していただけの事はある。妖怪を完全に圧倒していた。持ち前の速さは勿論常に一対三の状況を作り出し的確な連携で素早く仕留めていた。忍者は妖怪狩りが専門ではないが、それでも直家達を遥かに越える。それほどの実力者なのであろう。
「ぐぅ!すまぬ!手が空いているのであれば助太刀願いたい!」
妖怪の攻撃を必死に引き受け、堪えていた岩蔵が叫ぶ。このままでは、死人が出るという判断なのだろう。心情的には気に食わないのだろうが、リーダーとして感情を押し殺す。
いま、手が空いているのは猿家。サボっている訳では無い。身の回りにいた妖怪達を全て1人で屍に変えて高みの見物と洒落こんでいたのだ。
その、必死の叫びを聞こえてなかったかのように岩蔵の方を見向きもせず口角を上げて見ていた。言うまでもない、己でどうにかしろという事なのだろう。
その姿を見て他の精鋭忍者達も直家達の近くにいる妖怪達には手出ししなくなる。
「……………ぬぉぉぉぉぉおッッッ!!!!」
そんな忍者達の姿を見て岩蔵も己の愚を悟る。あれは、味方ではない。情報さえ手に入れば後は誰が死のうが知った事ではない、言ってしまえば敵だ。敵に助けを求めた、己の滑稽さに怒りが湧く。自らの不甲斐なさに、力不足にあらゆる怒りを込めて咆哮を放つ。
「クソッ!偉そうにしやがって!」
「他の事に気を取られている余裕は無いよ!!目の前の妖怪に集中して!」
高みの見物を決める猿家を見て憤怒の表情を浮かべ悪態をつく。しかし、数体の妖怪達に追い回されている状態の猿吉、長貴が頭に血が登った猿吉を諌める。
「でも、どうするんだ長貴…。数が多すぎる。それに、俺の攻撃は通じないし…長貴と蛍だけじゃ時間がかかりすぎる…。このままじゃ、誰か死ぬ…」
「わ、私が、妖術はまだまだ放てる!それで…!」
「それでも…致命傷にはならない」
「別に致命傷にする必要はないわ。一撃でダメだったらもう1度やればいい話。ダメって言われてもやるわよ!皆!詠唱!」
妖術使いの千雪、小春、青海、静がそれぞれ詠唱を始める。岩蔵達もその様子を見てグルリと青海達の周りを固める。妖術の使えない小夏と多美も武器を構えた。
それを見て長貴が僅かに逡巡したが、囲いに加わる。直家、猿吉もそれにならった。妖術使いを中心に据えた方円の陣が完全した。
陣に加わる事はつまり、その場を動かないこと。それは、格上の妖怪達の圧力から逃れることが出来ないということでもある。蛍は遊撃として隙のある妖怪達を仕留めていっているが、負担はそれほどの変わらない。
「ガァァァァ!」「ウォォォォ!」「ギャァァ!」
囲まれ、攻撃にうつる妖怪達。それぞれ己の実力以上の数と相手をし、傷を増やしていく。しかし、守りのみに集中したために時間は稼げた。
「出来た!どいて!…今よ!火球連弾!!」
「…水球連弾!!」
「…お願いっ、鎌鼬!!」
灼熱の炎の球弾に、強い衝撃を放つ水の巨大な弾、触れたものを切り刻む風の刃。それらが岩蔵達の前にいた妖怪達を吹き飛ばした。流石に三つの妖術を一斉に貰っては無事では済まない。即死ではないが、戦線復帰は難しいだろう。
「よっしゃ、流石にこれだと攻撃が通じるな!」
歓喜の声を上げる猿吉。バラバラに逃げ回りながらの妖術は効果が薄かったが集中すると流石に違う。
「火炎弾!!!」
その時、詠唱のタイミングが他の人達より少し遅れたのであろう。小春が火の妖術を放つ。それも、確かな効果を持って相手に被弾した。直撃した妖怪は苦しそうな呻き声を上げて動きを止めた。しかし、この妖術は周りに炎を撒き散らす効果範囲の広い妖術であった。
「グガァァァア!」
周りの妖怪達が一斉に雄叫びを上げる。怒りの咆哮だ。6体の妖怪が小春に標的を定めて走り出す。
「う、うそ…」
僅かな、ほんの僅かな誤差であった。得意妖術の違いという不運もあった。それが、小春最大の誤算。
「行かせるな!」
岩蔵達、直家、が身体を張って止めようとする。蛍も後ろから多少無理して妖怪を1体止めて見せた。直家達で2体、岩蔵達でもう2体。
「あ…うっ…」
「小春っ!逃げてぇ!」
固まって動けない小夏に、千雪が悲痛に叫ぶ。
一瞬の空白、手を伸ばす千雪を抑える青海、小夏も多美も走り出すが遅すぎる。
巨大な虎。青く燃える炎をたなびかせ、鋭利な爪を矮小な人間に振り下ろす。
「あっ……」
グシャリと水分を多く含んだ肉が潰れる音がする。柘榴のように赤く、噴水のように血が吹き出る。そこに残ったのは下半身と身体のどの部位か分からなくなったあちらこちらに飛び散った肉片、上半身らしきもの。
巨大な虎が血と肉片が着いた手を上げる。血が滴る己の手を舐めて、肉片を食らう。
「あ…あ…っ…あっぁ…」
その時千雪の頭上から、何か落ちてきた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁあああァァァァア!」
それは、小春の頭。いざ、死ぬ寸前の絶望に染った表情をしている。涙を流し、恐怖に震えた最期。それがよく分かる。
「殺してやるっ!ごろじでやるっ!よくも!小春をっ!」
「言っちゃダメ!!」
青海の拘束を振りほどき、小春を殺した妖怪へ走る。無策、何も考えてはいない。激情に動かされた憐れな第2の被害者になるだけの愚かな行動。
「このっ!このっ!このっぉっ!」
無力な拳を振り上げて殴る。勿論直家達の槍ですら効かないこの妖怪には蚊に刺されたくらいの感覚だろう。鬱陶しそうに前足で弾こうとする。
「おらぁぁっ!」
その前足を直家が千雪にタックルをして間一髪避けることに成功する。
「何で邪魔するのっ!離してよっ!」
「馬鹿かお前は!死にたいのかっ!」
「離してって言ってるの!」
今の千雪には話は通じない。完全に小春が死んだショックと怒りで周りが見えていなくなっている。
間一髪で直家は千雪を助ける事が出来たが、それにしても猿吉と一緒に足止めしていた妖怪から抜けてきた事を意味する。互いに1人では妖怪を足止めすることは出来ないため、連鎖的に綻びが広がり方円の陣は決壊する。
自分の行動によってそうなるのは当たり前、本来の冷静沈着な千雪ならそのような愚は侵さない。しかし、今はそのような事すら考えることが出来ない精神状態なのだ。
「お願いっ……離してよっ…小春の仇をとらせてっ…」
だからこそ、離すことは出来ない。泣いて懇願を始める、千雪。強く掴み距離を離す為に走り出す。
「ガァァアッ!」
しかし、そのように背中を見せる獲物を逃すほどここの妖怪は甘くはない。直家の背中に飛びかかろうとする虎型の妖怪。直家は数十歩逃げたが、巨大な虎の妖怪は一飛びにも満たない距離、ニッと口角を上げて愚かにも背中を見せて逃げる直家と千雪を潰そうと後ろ足に力がはいる。
「直家っ!避けろっ!」
「後ろっす!直家!」
遅い、あまりに遅い。逃げるために必死に距離を稼いでいるが、遥かに妖怪の方が速い。逃げることは叶わない。
虎型妖怪が直家達に向かって飛ぶ。大きく凶悪な牙を生え揃えた口内を見せて。
「クソッ!オラッ!!」
「きゃっ!」
間に合わないと思った直家は千雪を放り投げ敵の射程から逃す。それが、直家が出来る精一杯であった。
ポタポタと、赤い血の雨が降る。立ち尽くす直家は五体満足の状態。
「もっと……早くこうすべきであった」
状況が理解出来無い直家は呆然とその声の主を見る。降り注ぐ大量の血は直家が殺されるはずであった虎型の妖怪から出ている。
吹き上がる血の雨を浴びた長貴は赤く染る。しかし、それだけではない赤さが、滲み出る妖気を感じる。これは、以前赤熊と戦った時の力、まるで生きているように脈打つ感じがする。
「…その姿…は」
長貴の姿は血の赤だけではない赤さに染まっていた。肌の色が変わっていたのだ。硬質な赤い肌に、目が釣り上がり、口に牙が見えていた。極め付きに、それは人間には決して生えないものであるはずの小さい角が生えていた。
その姿はまるで。
「……鬼…」
直家と同じく長貴の突然の変貌に呆然と声をだす。そう、それは正しく鬼。濃密な妖気がまるで蒸気のように長貴から出ている。
「なんとっ!鬼人化ではないかっ!あの年で…秘奥義を使うことをが出来るとは…」
その時、傍観を決め込んでいた猿家が心底驚いたように声を上げる。
「…鬼…人化…?な、んだ、そりぁ?」
猿吉が戸惑ったように呟く。初めて聞く単語だ。直家達は知らない、秘奥義があるのだろう。
「くっ!」
突如、膝をつく長貴。そういえば、この状態は負担が大きいのだった。この状態では、いくら強化されてもすぐに動けなくなる。
「うぅむ。流石にまだ、不慣れか…。しかし、驚いた…。これは拾い物かもしれんな」
そう言いながら、動く気配はしない。これを見たからと言って助太刀には入らないようだ。嫌に徹底している。
「長貴!大丈夫か!?無理するな!」
「い…や、大丈夫だ。すぐ終わらせる」
苦しそうな表情をしている長貴。体が限界を越えて実際に苦しいのであろう。しかし、それだけではないという事が直家には分かる。これは、後悔だ。
もっと早くこうすべきであった。それが、直家の全ての後悔の根源だろう。躊躇したのか、それとも出来なかったのか、それは直家には分からない事だ。
他の妖怪が長貴を警戒しながらジリジリと距離を詰めてくる。
「いい…1人で充分だ」
動けない長貴を守ろうと直家と猿吉が前に立つが、刀を抜いた長貴が2人より前に出る。
「1人って…いくら」
そう言い終わる前に、長貴が消えた。否、消えた訳ではない。直家の目に追えないほど速く移動したのだ。
「なっ!」
驚いて声を上げる頃には2体の妖怪が絶命していた。
「つ…よすぎる。前より遥かに強い…」
格上の妖怪を一瞬で殺す。真っ二つに斬られた妖怪に目を向ける頃には次の妖怪が絶命している。直家達では長貴が何処を移動しているのかどうやって攻撃しているのか分からない。それほど速いのだ。
直家達が唖然としているうちに、全てが終わった。直家達を囲んでいた妖怪達は全滅し当面の危機は完全に去った。
鬼人化をした長貴が、苦しそうに膝を再度つく。限界を越えた動きをしたからなのか身体から熱を逃がすために水蒸気と妖気が流れ出していた。長貴から感じる妖気がどんどん弱くなっていき、身体も元に戻った。
「長貴!大丈夫か!」
「長貴さん!」
直家と猿吉、青海が走って長貴の元へ行く。その顔は終わった後だというのに達成感などは微塵も感じず、だからといって苦しそうという訳では無い。これは、後悔だ。深い後悔が長貴を苦しめているのだろう。
「ごめん…ごめん……」
そう言って力なく倒れる。意識はあるが、虫の息という感じだ。先程の鬼人化で完全に妖力を使い切った長貴はしばらく起きては来れない。
長貴を急いで横に寝かせて休ませる玄武組と、それを呆然と見つめる千雪。それらを変わらず上から見ている猿家。
死人が出た。それも呆気なく。その事実を受け止める事がまだ出来ないでいた直家達には次の戦のを正しく受け止められないでいた。
これは、これから始まる地獄の序章に過ぎないということが分かるのはもう少し先だ。
中層戦 開拓者
戦死者1名 小春
負傷者3名 長貴 岩蔵組員2名
忍び
負傷者0名




