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生者の祈り

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深く、悲しみに沈む千雪。青海が寄り添っているが、効果は薄いだろう。元々青海と千雪達は微妙な関係だ。これがおとぎ話で、昔虐めていた奴らが死んでしまった、というのであれば勧善懲悪ということで何も思わないだろう。


しかし、現実は違う。例え、どのような悪人でもそれは1面にすぎず、悲しむ人がいるものだ。勿論、多いか少ないか、深いか浅いかはあるが。千雪と小春の関係を直家達は深くは知らない。青海と同じ昔なじみだと言うことくらいだ。


だからといって聞くことは出来ないだろう。元々3人いたはずだが、先日再開した時は1人いなくなっていた。死んだか抜けたか分からないが、これで昔馴染みと言えるのは青海1人となってしまった。1人ならまだしもこれで2人目だ。悲しみは直家達が思っているより遥かに深いだろう。


「いつまでそうしておる。早うせんと置いてゆくぞ?」


心が不安定な状態の千雪。出来れば、少し落ち着くまでここで休ませたかった。だが、そうは行かない。


「………お願いします。もう少しだけ待ってくれませんか?」


青海が懇願する。どう考えても今の千雪には戦闘どころかまともに歩く事すら出来ない。


「待てぬ。お主らは忘れておらんか?ここはまだ中層だぞ。貴様らはまた死人を増やしたいのか?」


この言葉に反論する者はいない。正しいのだ、直家達には一刻も早く移動したい気持ちがある事は否定出来ないし、ここに留まることの愚も分かる。


しかし。


「……………………」


虚ろな目で頭だけとなった小春を抱き俯いている千雪の姿を見るとそれは出来ない。期間は短いとはいえ、濃密な時間を過ごしてきたのだもう見捨てられるほど薄情には直家にはなれない。なりたくもない。


「………はぁ、そこの女はひと味違うと思うておったが……期待外れだの。ふぅむ、そうじゃの……」


人が死んでも心を動かさない鋼の心を持つ忍者からしたら、何と弱く脆い心だと。そして、それをただ見ているだけの直家達も甘いと、そう思っている。


「……お主らに死なれてはこちらも困るのだ。しょうがないのぉ弱く脆い幼子のような貴様らが早く次に進めるように手伝ってやろう」


「はっ?…っ!」


唐突であった。突如、武器を抜き動かない千雪の首めがけて小刀を振るう。ここに至るまで猿家は一切表情を変えることは無かった。ただ、そう、無垢な幼子に教えるような口調と表情で、突如動き出した。それでなくても速く、追いつけない程の速度だ。誰も反応出来わけがない。鬼人化が出来る長貴をを除いて。


キィンッ!と鋼どうしがぶつかる音が千雪のほんの30cm前でおこる。


「…………何故止める?…お主も分かっておるのだろう?このままではまた死ぬぞ?」


「お前こそ…ふざけるなよ…。今、殺そうとしたよな?使えないと、そう判断して!」


「ふむ……会話にならんな。それに、何を当たり前の事を聞くのだ?はぁ、仕方ないの…考えろ…お主の仲間は誰だ?」


「ここにいる全員。もう、そうなった」


「優先順位を考えろ。そこの、多美と言ったか?その女とそこの青海という女、どちらが死んで欲しくないか…どちらだ?」


「……………」


「当たり前だ、そこの青海という女だろう。貴様の組の仲間なのだろう?しかも、貴様はその頭。………では、もう1度聞こう。そこの女がいなくなれば次に進めるようなる。仲間の死という危険が激減するのだ。どうする?」


鍔迫り合いから互いに離れる。長貴の方は限界の中、鬼人化して猿家と対峙していた。


「………クソ共が…」


猿吉が吐き捨てるように呟く。そうまさしく、人でなしの畜生共。だからこそ、鋼の心と肉体を持ち、強い。それに、忍者は常に正しい。合理的で機械的、非道な判断を眉一つ動かさずに遂行できるから早い。全てにおいて早いのだ。それは、人の持つ情を捨てたゆえの、人間には追いつけない領域の早さ。


だから、人でなし。人では追いつけない。世間から毛虫の如く嫌われても、結果で示し続けてきた。己の有用性を広く世に認知させた。その、忍者の強さを直家達はいま目の当たりにしていた。


長貴が刀をおろす。それを見て、猿家が鼻で笑い刀を振り上げる。


「ふんっ、当たり前の判断に時間がかかりすぎだ。貴様には期待しているのだ。あまり失望させるな。分かったらどけ」


しかし、長貴は退かない。その場を離れはしなかった。


「………貴様…」


「僕の答えは変わらないよ。ここは退かない。行きたきゃ僕を殺せよ」


刀を構え直し、珍しく憤怒の表情で猿家を睨めつける。


「………愚かな。何と…愚か。失望したぞ、長貴。その甘さは、仲間かお前自身の命で回って来るぞ?」


「そうかもね…。でも、その時も先に死ぬのは僕だよ。その覚悟でやっているんだ。あと、お前に期待されるとかゾッとするね」


その時初めて、眉毛がピクッと動いた。


「……穏便な方法でお主らを動かしたかったが……残念だ」


武器をしまい、猿家が右手を上げる。


「なっ!」


「きゃ!やめて!」


「ぬぅ!いつの間に!」


「離せっ!クソッ!」


その時、長貴の後ろから仲間達の悲鳴が聞こえた。首に小刀が触れるほどの距離で身動きの取れない猿吉。青海も地面に押さえつけられた。千雪もその仲間達も囲まれ詠唱出来ない。岩蔵達は後ろから拘束される。少し早く気がついた直家は暴れ回るがすぐに3人くらいの忍者に関節を逆に回されあと少しでも動かしたら外れるというくらいになって身動き出来なくなった。


「ほれ、そこをどけ。退かぬと仲間が死ぬぞ?」


「……ここまで…ここまで!ここまでするのか!貴様らは!」


「このような手法が世では、外道、鬼畜と呼ばれることは分かっておる。だが、早いだろう?楽だろう?さぁ、どけ」


「………クソ外道共がっ」


「ほう?貴様もそのような汚い言葉を使うのか。意外じゃのう。しかし、心外だ。貴様が決断しやすいようにここまでお膳立てしてやったと言うに…。忍者の中では優しいほうじゃぞ?貴様らに利用価値があるから残してやってるが…無かったらとっくに…これじゃ」


手首を首の当たりで引く動作をする。全員死んでいるということなのだろう。


「くっ…そ…」


長貴が膝をつく。鬼人化も解けて荒く息をする。もう、本当に限界だ。


「ふぅむ、無理すると死ぬぞ?」


妖力が完全に無くなると死ぬ可能性がある。だが、長貴はまだ諦めてない。再度身体が赤く染まっていく。本格的にこれ以上は死ぬ。


「はぁ、分からぬのであれば仕方ないのぉ…一人やれ」


また右手を上げて捕まる直家達の誰かを殺そうとする。


「…待って!!」


最悪が訪れる、その瞬間千雪が立ち上がり叫ぶ。


「お願い…やめて…私は大丈夫だから。動けるし、戦えるから…だから…だからっ!…これ以上殺さないで…」


「千雪……」


何が大丈夫なのだろう。今だに足は震えているし、目は焦点があってない。寒さを堪えるように自身を抱きながら、そう言う姿は痛々しさしか感じない。


「…わしの目には足でまといにしか見えないが…どうだ?仲間の為に立ち上がったのであれば、仲間の為に死なないか?」


もう少し頑張らないか?と、学校の先生のように優しく諭す。促している内容はあまりにもおぞましいが。


「………そうね…。いいかもね…」


そんなおぞましい提案に、千雪はボソボソと呟くように肯定する。今の千雪はまともな精神状態ではない事が分かっているからこその提案だ。


「っ!何言ってるの!千雪ちゃん!ふざけないで!」


「千雪がいなくなったら私達どうしたらいいのよ!」


「そうよ!お願いだからやめて!」


「や…やめて!い、嫌!そんなことやめて!」


青海、千雪の仲間達が叫ぶ。しかし、それが届く精神状態ではない。心が壊れているのだ。


「お主が死んだらみんな助かるぞ?それがお主の、リーダーの役割ではないのか?」


「…………」


「死ぬだけじゃぁ。楽だぞぉ…」


まるで催眠術のように、猿家の言葉が千雪の胸に傷口にグチャグチャと刃を入れてねじ込んでいく。ゆっくりと、ねっとりと、吐息のような口調で千雪に刷り込んでいく。


「そうよね…そう。それがいいわ…」


護身用の小刀を抜く千雪。短いとはいえ人ひとり自害するだけだったら、充分過ぎるほどだ。


「クソ野郎が、卑怯だぞ!テメェ、妖術を使いやがったな!」


途中で気が付き猿吉が叫ぶ。それに対する猿家の反応は無い、しかし口角を僅かに上がったのを見ると本当なのだろう。人の弱った心に作用する妖術も存在するようだ。


「ふっ、ふざけるな!!この外道共がァ!」


「おのれぇ!」


直家、岩蔵達も皆その事実に激怒する。あまりにもこちらの神経を逆撫でする手法を取ってくるのだ、一時的に怒りで拘束されている事を忘れて再度暴れる。


大人しくさせようと関節を決める力が強くなるが、気にせず上に乗っかる忍者を退けさせようとする直家。


「うぉぉぉぉ!」


その時隣で捕まっていた岩蔵が立ち上がる。槍を持ち直家の上にいた忍者を吹き飛ばす。


自由の身となった直家はすぐさま走る。小刀を握る千雪の元へ。


「私が…死ねば」


小刀を腹に突き立てようと、逆手に持つ。


「やめろォォ!」


迷いなく自身の腹めがけて差し込む。ほとばしる血は赤い花のように。









赤い血が千雪の顔を汚す。ポタポタと地面に落ちる血を見て目の焦点が戻った。


「………あっ………な…んで」


呆然と血で赤くなった小刀から手を離す。後ずさり腰が抜けたように座り込む。


「……何で…アンタ……」


「っ……痛ってぇ。慣れてるから…いいけどさ…本気死ぬつもりだったなお前」


間一髪間に合った直家の肩に深々と刺さった小刀。それを抜き取り安堵の息を吐く。傷口はもう直りかけているのは、流石と言うべきか。しかし、かなり無茶して直しているために傷痕は確実に残るだろう。


「……ごめんなさい…また、迷惑をかけて…ご」


「それ以上はいい。謝らなくてもいい。また、操られても面倒だしな」


酷い言い草にピクッと千雪の眉が動く。強気な光が目に灯り始めた。


「………なによそれ。ちょっと酷いんじゃない!そんな言い方しなくてもいいじゃない!」


「くっ、ふふっ、はははっ。そうだな、悪い悪い。でも、そのくらいの方が俺は好きだ」


「っ!…なっ、にを!?」


「落ち込むな、とは言わないけど…いつものお前でいてくれた方がこっちは助かる」


「……私には随分厳しいじゃない…。慰めもくれないのね」


少し落ち込んだ様子の千雪。


「これが、男の慰め方だ」


座ったままの千雪に手を差し出す。


「それは、直接言う勇気が無い意気地無しって言うのよ。覚えておきなさい」


ふっと笑い直家の手をとり、立ち上がる。もう目は生気を取り戻し強気な顔に戻っている。催眠は完全に解けた。


「……」


珍しく憮然とした表情をする猿家。


「私はもう大丈夫。これで文句無いでしょ?」


「外せ」


猿家が左手を上げると拘束されていた仲間達は解放される。千雪の仲間達が走って千雪に抱きつく。使えなくなったら切り捨てるが使えるのであれば生かす。感情の無い機械的な判断をすると千雪の読みは当たった。


「ほれ、移動するぞ」


「ちょっと待て」


「……はぁ…なんだ?」


「ほんのちょっとでいい」


そう言って直家は、全身に妖力を漲らせ石突きで地面を何度も叩く。それを見て意図を理解した岩蔵達、猿吉が駆けつけて地面に攻撃をし続ける。


「アンタ達…何を?」


「親友だったんだろ?墓くらい作った方がいいだろ?」


そこに出来たのは人ひとり入る事が出来る程の穴。飛び散った肉片を集めることは出来ないが頭だけは埋めて祈った方がいいだろう。


「…………ありがとう…。ありがとう…」


その穴に小春を埋めて手を合わせて冥福を祈る千雪。


「今まで付き合ってくれて、心配してくれてありがとう。もっといたいけどごめんね。もう行かないと…」


涙を流す千雪。そうすぐに仲間の死に立ち直れる訳がない。だが、リーダーとして一人の開拓者としてずっと落ち込んで引きずってはいられない。でも、これだけは、この瞬間だけは必要だった。


これは、生者の我儘。自己満足だ。死者は語らないし何を思っているのか分かることは永遠に来ない。しかし、これは生者のケジメだ。死者は生者の次へ進むために利用される。突き詰めてしまえば無。なんの意味もない、忍者からしたら頭がおかしい非効率的な行為なのだろう。


この世は生者の世だ。生者が作り、生者が生きていくための世。ならば、死者の気持ちを勝手に想像しよう。きっと幸せに死んだと、詭弁だと知っていながら、そう信じよう。死者は生者の役に立ちあの世で喜んでいると、そう思って生きていこう。生者の身勝手を貫き通そう。


でないと弱い生者は次に進めないのだから。


「……先に行ってて…次に会うときは私は皺くちゃのおばあちゃんになって貴方に笑われてやるからさ」


そう言って振り向く。涙はもう無い。リーダーとして道を示す者としての格が上がった様な気がするほど、強く、気高い。意思の強い目、さらに強く。


「行くわよ。アンタ達」


颯爽と歩き出す千雪に、仲間達が嬉しそうについて行く。青海はそんな千雪を眩しそうに見ていた。


「理解出来ぬな……。分からぬ、何故士気が上がる?状況は悪化しているだけなのに…?分からぬ…」


「それが分からないから歴史の表に出れないんだよ。常に歴史の裏側にいたのに誰も残らない、最後には敗北する。弱く脆い者の気持ちを知らないものに上には立てないよ」


「……………………分からん。しかし、お主の言っている事が歴史が証明しておる…」


一人悩む猿家へ、千雪が言う。


「分からなくてもいいわよ。わかって欲しくもない。ごめんなさいね、待たせて。もういいわ、行きましょ?」


「…………そうだな。その方が早く確率が高い」


忍者は機械的に物事を進める。それは、正しい。間違えるわけが無いのだ。しかし、それは一つの正しさでしかない。一つの正しさを絶対と考える忍者には分からないだろう。


この時忍者の恐ろしさを見たと同時に、忍者の限界も見ることができた。


「だから嫌なんすよ。忍者なんてのは」


そうボソッと呟く蛍の言った言葉は誰にも届かなかった。


早く陸後国に行きたい…。

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