第7話 王宮招集
王都セレナ。
王宮の一室。
そこには、国王と宰相、そして数人の貴族が集まっていた。
テーブルの上には、何枚もの報告書が並べられている。
「……五百匹、ですか」
宰相が一枚の報告書を手に取り、改めて確認する。
「はい」
答えたのは、王宮に仕える文官だった。
「王立魔法研究所で行われた大型召喚実験において、召喚された魔物は五百匹のスライムです」
「大型召喚実験で、スライム?」
貴族の一人が眉をひそめる。
「しかも五百匹だと?」
「はい」
「……失敗ではないのか?」
別の貴族が口を挟む。
「本来召喚される予定だったものとは、まったく違う魔物が出てきたのであれば、失敗と考えるのが普通でしょう」
「ところが――」
宰相が報告書をめくる。
「その五百匹すべてが、召喚主であるフロウベルという少女の命令に従っているそうです」
「五百匹すべて?」
「はい」
「……」
部屋が静かになる。
「それは……少々おかしくないか?」
「私もそう思います」
宰相が頷く。
「通常、召喚した魔物を制御するには、それ相応の魔力と精神力が必要です。五百匹ともなれば、単純に数が多いというだけでは説明できません」
そこで、それまで黙っていた女性が口を開いた。
「召喚術の常識から考えても、かなり異例ですね」
宮廷魔術師団長――ミレイアだった。
「五百匹もの召喚獣を同時に維持し、なおかつ命令まで正確に伝えているのであれば、召喚魔法そのものにも興味があります」
「つまり、彼女にはそれだけの実力があると?」
「少なくとも、そう考えるべきでしょう」
ミレイアは淡々と答える。
「本人がどう認識しているかは別として」
「本人?」
「報告によれば、本人は今回の召喚を『失敗』だと思っているそうです」
「……失敗?」
貴族たちが顔を見合わせる。
「五百匹を召喚しておいて?」
「はい」
「五百匹すべてを従わせて?」
「はい」
「それで失敗だと?」
「そういうことになります」
宰相が答える。
「……理解できん」
貴族の一人が頭を抱えた。
国王は、しばらく報告書を眺めていた。
「それで、その娘は今どうしている?」
「冒険者として活動を始めています」
「冒険者?」
「はい」
宰相が別の報告書を取り出す。
「昨日、リーフェンへの救援物資の運搬依頼を受け、現地へ向かったとのことです」
「リーフェン……」
「そして、そこで――」
宰相が報告書に目を落とす。
「救援物資の搬送だけでなく、町の復旧作業にも参加したそうです」
「その五百匹のスライムで?」
「その五百匹のスライムで」
「……」
再び沈黙。
「瓦礫の撤去、木材の運搬、水の搬送などを行い、復旧作業に大きく貢献したとの報告です」
「スライムが土木作業を……?」
貴族の一人が呟く。
「そのようです」
ミレイアが報告書を覗き込む。
「興味深いですね」
「ミレイア殿は、あのスライムたちを危険だとは考えないのか?」
「現時点では、特に」
ミレイアは即答した。
「少なくとも、リーフェンでの行動を見る限り、人々を襲うような様子はありません」
「しかし、五百匹だぞ?」
「五百匹だから危険、という判断も早計でしょう」
ミレイアは静かに答える。
「問題なのは、五百匹を操る召喚士が何を考えているのか――そこではないでしょうか」
「……なるほど」
国王が頷いた。
「その娘は、王都に戻ってきているのだな?」
「はい。すでにセレナへ戻っていると思われます」
「ならば――」
国王が報告書を閉じる。
「本人から話を聞こう」
「よろしいのですか?」
貴族の一人が尋ねる。
「何か問題でも?」
「いえ。ただ……」
貴族が言葉を選ぶ。
「五百匹もの魔物を連れている者を、王宮へ招くことになります」
「それならばなおさらだ」
国王は穏やかに笑った。
「危険かどうか分からないからこそ、直接話をするべきだろう」
宰相も頷く。
「では、招集状を」
「頼む」
「承知しました」
「あと一つ…」
「なんだ、ミレイア」
国王がミレイアに尋ねる。
「いえ…彼女は、いったい何を召喚しようとしていたのでしょう?」
◆
その頃。
王都セレナ。冒険者ギルド。
「……はぁ」
リンナが大きく息を吐いた。
「やっと帰ってきたな」
「そうですね」
フロウベルが答える。
二人の後ろには――。
ぞろぞろ。
ぷるん。
ぞろぞろ。
ぷるぷる。
五百匹のスライムがついてきている。
「王都に戻ってくると、やっぱり目立つね」
「そうですか?」
「そうだよ」
「でも、もう慣れました」
「私はまだ慣れてないよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
だんだん、受け応えが雑になってきているリンナ。
そんな会話をしながら、二人がギルドへ入る。
「おかえりなさい、フロウベルさん」
受付のイリアが笑顔で迎える。
「ただいま戻りました」
「リーフェンでの依頼、お疲れさまでした」
「はい。無事に終わりました」
「それはよかったです」
イリアが微笑む。
フロウベルも笑顔を返す。
「ところで――」
イリアが一枚の封筒を取り出した。
「フロウベルさんに、お預かりしているものがあります」
「私に?」
「はい」
封筒には、王家の紋章が刻まれている。
「……」
フロウベルが固まる。
「……これ、なんですか?」
「王宮からの招集状です」
「……」
「……」
リンナも固まる。
「……王宮?」
「はい」
フロウベルが封筒を見る。
そして、リンナを見る。
「私、何かしました?」
「……」
リンナが無言で五百匹のスライムを指さす。
ぷるん。
ぷるぷる。
ぷるっ。
「……心当たり、ありすぎるんじゃない?」
フロウベルがスライムを見る。
「……この子たちですか?」
「たぶん」
「でも、私、悪いことしてませんよ?」
「それは私も分かってるけどさ……」
リンナが顔を顰める。
「五百匹のスライムを引き連れて王都を歩いてる人が、王宮に呼ばれたんだよ?」
「……」
フロウベルは少し考える。
「もしかして――」
「うん?」
「スライムが王宮に就職するんでしょうか?」
「なんでそうなるの!?」
ギルド内に、リンナの声が響き渡った。
五百匹のスライムが一斉に振り返る。
ぷるっ。
「……」
イリアが口元を押さえて笑っている。
「ふふっ……」
「イリアさんまで笑わないでください」
「すみません。でも……」
イリアは封筒を見る。
「王宮からの正式な招集ですから、きちんと行ったほうがいいと思いますよ」
「……はぁ、分かりました」
フロウベルは渋々封筒を受け取る。
「王宮……ですか」
少しだけ緊張した表情になる。
「何を聞かれるんでしょう?」
「さあ……」
リンナが苦笑する。
「でも、たぶん――」
リンナは後ろを見る。
ぞろぞろ。
ぷるん。
ぞろぞろ。
ぷるぷる。
「この子たちのことじゃないかな」
「……」
フロウベルも振り返る。
「……でしょうね」
五百匹のスライムが、何事もなかったようにぷるぷるしている。
「まあ、行ってみましょう」
「そうだね」
「王宮なんて、初めてです」
「私も付き添うよ」
「ありがとうございます」
フロウベルが歩き出す。
その後ろに――。
ぞろぞろ。
ぷるん。
ぞろぞろ。
ぷるぷる。
五百匹のスライム。
王都セレナに戻ったばかりのフロウベルたちに、今度は王宮からの呼び出しがかかった。
果たして、王宮で待っているものとは――。
そして、五百匹のスライムについて、フロウベルは何を聞かれるのだろうか。
本人だけは、まだ何も分かっていなかった。
「……あれ?」
フロウベルが足を止める。
「この子たち、連れて行っていいんでしょうか?」
「…………」
リンナが頭を抱えた。
「今さら!?」




