第5話 別れと新たな出会い……ではなく、盗賊退治?
「それでは、私たちも街に戻りますね」
フェンリルの親子と別れる時が来た。
小さな子フェンリルは、フロウベルの足元からなかなか離れようとしない。尻尾を振りながら、何度も彼女を見上げている。
「また会いましょうね」
フロウベルがしゃがんで頭を撫でると、子フェンリルは嬉しそうに目を細めた。
その様子を見ていた親フェンリルが、念話で語りかけてくる。
『この子が世話になった。お前たちのことは覚えておこう』
「いえいえ。こちらこそ、信頼してくれてありがとうございます。また会えるのを楽しみにしています」
フロウベルは笑顔で答えた。
「そうだ。ひとつだけお願いがあります」
『何だ?』
「エルミドの森には、アラクネさんという魔族の方が住んでいるんです。お互いに争う理由はないと思うので、できれば遭遇しても戦わないでくださいね」
『アラクネ……蜘蛛の魔族か。分かった。こちらから手を出すつもりはない』
「ありがとうございます」
フェンリルの行動範囲は広い。エルミド周辺の森にも足を延ばす可能性があるだろう。
あらかじめ伝えておけば、余計な争いを避けられるはずだ。
「でも、アラクネさん、自分の縄張りに入ったら襲い掛かりますね……」
フロウベルは思案して、
「私の方でも釘を刺しますが、その前に会ったときは、『フロウベルから争わないように言われている』と伝えてください。たぶん聞いてくれます。」
『承知した。私も襲わないと約束しよう』
フェンリルが頷く。
「それでは、また!」
フロウベルたちが手を振ると、フェンリルは一度だけ大きく頷き、子フェンリルを連れて森の奥へと歩き出した。
子フェンリルは何度か振り返りながら、やがて木々の向こうへ消えていった。
「……行っちゃったね」
リンナが少し寂しそうにつぶやく。
「また会えますよ。きっと」
「そうだといいけどね」
「それにしても、フェンリルと知り合いになるなんて、普通は考えられませんね」
ミルファも、森の奥を見つめながら感慨深げに言った。
「そうですね。あの子も、いつか自分の意思で召喚契約を望んでくれたら嬉しいです」
「契約するつもりあるのね……」
「もちろんです!」
「はいはい。じゃあ、そろそろ出発しましょう」
リンナの声に、フロウベルは元気よく頷いた。
スライムたちも、彼女たちの周囲に集まり始める。
こうして一行は、再び街道を進み始めた。
「そういえば、アスタのことも言わなくてよかったの?あの人も森にいるわよね?」
リンナが思い出したかのように疑問を口にする。
「……あ! まずいですね……まぁ、フェンリルさんに食べられないこと祈りましょ」
扱いが雑で哀れなアスタであった。
◇
しばらく歩いた頃だった。
「……ねえ、あそこ」
先頭を歩いていたリンナが足を止めた。
街道の先に、数人の男たちが立っている。道を塞ぐように広がり、こちらを見ていた。
「冒険者……でしょうか?」
ミルファが目を細める。
「装備は冒険者っぽいけど、ちょっと雰囲気が違うわね」
リンナは腰の剣に手を添えた。
男たちはこちらの姿を確認すると、にやにやしながら近づいてきた。
「お嬢ちゃんたち、ずいぶんと大勢連れてるじゃないか」
「何かご用ですか?」
フロウベルが尋ねる。
「まあ、そう警戒するなよ。ちょっと付き合ってもらいたいだけさ」
「遠慮します。見ないでください。そんなスケベ顔で。」
フロウベルが辛辣に言葉を投げかける。
「なんだとぉ! おとなしくしていれば、痛い目を見ずに済むんだぜ!」
男たちの視線が、フロウベルたちの身体や装備を値踏みするように動く。
リンナの表情が険しくなった。
「……盗賊ね」
「おやおや、分かっちゃったか」
男の一人が笑った。
「そこの青髪のお嬢ちゃんも、白い髪のお嬢ちゃんも、なかなか高く売れそうだ。もちろん、緑髪のお嬢ちゃんもな」
「売る……?」
フロウベルの声から、少しだけ温度が消えた。
「ああ? 今なんつった……」
フロウベルが静かに、そして低い声で尋ねる。
リンナがまずいと感じる。これはあの王宮での激おこモード状態と同じになっている。
「そうさ。冒険者なら、奴隷商に売るのも悪くない。抵抗しなければ傷もつけずに済むぜ」
「それにそっちの二人は良い体つきしてるしな、ぐへへ。売る前にかわいがってやろうか」
男たちは下品な声を上げた。
「……はぁ。言うことはそれだけか? なら自分の罪を数えてあの世に行け!」
フロウベルは叫ぶ。後ろからリンナが頭をはたく。
「いったーい。何するんですかリンナ!」
「フロウベル、冷静になりなさいよ!なんで沸点が低いのよ、あんたは!」
リンナがツッコむ。
「だ、だって! あいつらが下品でキモくて生きてることが無駄な奴だから、つい。」
「つい、じゃないわよ。みんなでやるわよ」
フロウベルは二人を見た。
「わかりました。ミルファさん、援護をお願いします。リンナさんは前衛を。私はスライムたちに指示を出します」
「分かったわ」
「了解です」
ミルファが杖を構え、リンナが剣を抜く。
盗賊たちは、三人が戦う構えを見せたことに一瞬驚いたものの、すぐに笑い出した。
「おいおい、抵抗するつもりか? 女三人で何ができるってんだ!」
「女三人? 数の数え方が間違っているって言うのよ!」
フロウベルが答えると、盗賊たちが一斉に動いた。
◇
「リンナさん、右!」
「分かってる!」
リンナが駆け出す。
正面から迫る男の剣を受け流し、もう一方の剣で相手の腕を打つ。男が武器を取り落としたところへ、ミルファの魔法が飛んだ。
「風よ、足を払え!」
地面すれすれに吹き抜けた風が、別の盗賊の足元を崩す。
「うわっ!」
体勢を崩した男の前に、スライムたちが一斉に飛び出した。
ぽよん、ぽよん、ぽよん!
「な、何だこいつら!」
「スライムだと!?」
「そのまま押さえてください!ついでに、下着以外の服を溶かしちゃってください」
フロウベルの指示に、スライムたちが男の手足へまとわりつく。服を溶かしていくスライム。
別の男が仲間を助けようと剣を振り上げた。
「させません!」
ミルファが杖を振る。
「土よ、壁となれ!」
男の足元から土が盛り上がり、行く手を遮った。
「くそっ、邪魔だ!」
その隙にリンナが間合いを詰め、男の剣を弾き飛ばす。
「はい、一人!」
「リンナさん、左からもう一人!」
「了解!」
リンナが振り向くより早く、スライムが男の顔に飛びついた。
「うわあっ! 何だこいつ!」
「ぷるっ!」
男が顔を押さえている間に、リンナが足を払う。
倒れた男の身体にも、スライムたちが次々と集まっていった。
「ちょっと待て! スライムが多すぎるだろ!」
「だから言ったでしょ!数の数え方が違うって!」
フロウベルが答える。
残った盗賊たちも、逃げようとしたところをスライムたちに囲まれていた。
「ミルファ、あいつらも頼む!」
「分かりました!」
ミルファが杖を掲げる。
「風よ、道を閉ざせ!」
街道の両側から風が吹き抜け、盗賊たちの足を止めた。
そこへスライムの群れが押し寄せる。
ぽよん、ぽよん、ぽよん、ぽよん!
「うわあああっ!」
あっという間に、盗賊たちは全員、裸にされて地面に転がされてしまった。
◇
「……終わった?」
リンナが剣を鞘に戻しながら周囲を見回す。
「はい。全員、動けないように押さえてあります」
フロウベルの周囲では、スライムたちが盗賊の手足をしっかりと拘束していた。
「それにしても、思った以上に連携できましたね」
ミルファが杖を下ろし、ほっと息をつく。
「ミルファの魔法、助かったわ。あの風で相手の動きを止めてくれたから、かなり戦いやすかった」
「リンナの動きに合わせただけですよ。こちらこそ、前で戦ってくれたおかげで狙いを定めやすかったです」
「えへへ。これなら、これからも一緒に戦えそうですね!」
フロウベルは嬉しそうに笑った。
「そうね。……それにしても、スライムになんちゅう指示出してんのよ」
「この方が、相手も動けなくなると思って」
「わかったわよ……」
いつものやり取りに戻りかけた、その時だった。
「ま、待ってくれ! 俺たちはただ、金になる獲物を探していただけなんだ!」
拘束された盗賊の一人が叫んだ。
「獲物って、私たちもその中に入ってたんでしょ? 何をいまさら。盗賊から見れば全て獲物でしょうが」
フロウベルが睨みつける。
「そ、そうだ! だが、少し前に、森で小さな狼を見つけたんだ。珍しい魔物だったから、捕まえて売ろうとしたんだが……」
「小さな狼?」
リンナとミルファが顔を見合わせた。
「まさか……」
「その子は、どうしたんですか?」
フロウベルの声が低くなる。激おこモード再びである。
「逃げられたんだよ! 見張りが目を離した隙に、檻から抜け出しやがって……」
「でしょうね」
男は気づいていない。フロウベルがすべてを察し、激おこモードになっていることを。
「そうだ! だから、別の獲物を探していたんだ。お前たちを見つけたのは、ちょうどいいと思ってな!」
男は言い訳を続けようとした。
しかし、フロウベルはもう聞いていなかった。
先ほど別れたばかりの、小さなフェンリルの姿が頭に浮かぶ。
寂しそうに親を探していた姿。
お菓子を嬉しそうに食べていた姿。
スライムたちと楽しそうに遊んでいた姿。
あの子が、こんな男たちに捕まっていたのだ。
「……さぁ、お前の罪を数えろ!」
フロウベルの表情が険しくなった。そして何かを召喚しようとしている。
「フロウベル、やめなさい!」
リンナが叫ぶ。でも召喚をやめない。出てきたのはアラクネ。
「あら、呼ばれてきてみれば……スライムたちが抑えている人間、食べていいの?」
リンナは恐怖した。フロウベルが本気で怒っている。
ミルファは初めて見るアラクネに、驚愕の表情を浮かべている。これはダメだと。
「ねぇ、フロウベル、いいの?」
もう一度、アラクネが聞いてくる。
男たちも、妖艶な女性の体に大きな蜘蛛の下半身のアラクネを見て、恐怖する。
「ええ、構いませんよ。頭からでも、足からでも」
にっこり微笑んで、アラクネに告げる。リンナもミルファもドン引きし、抱き合って震えてる。
「頭から行くのもいいけど、足から食べて痛みと恐怖で泣き叫ぶところ見ながら食べるのもいいわね」
アラクネはにたりと笑い、その一言を発する。盗賊たちが全員恐怖で失神した。
その光景を見て、フロウベルが一息吐き、
「アラクネさん、ありがとう。もういいですよ」
「あら、残念。結構、面白かったのに」
「名演技でしたね!」
そう言って、フロウベルとアラクネ。目を点にして、こちらを見ているリンナとミルファ。
「ど、どういう事?」
さすがにリンナも戸惑っている。
「ああ、アラクネさんとは念話でもやり取りして、ちょっと脅してやろうと。」
「じゃあ、さっきまでのは本気じゃなかったんですか?」
ミルファの問いに、
「私は少なくとも半分は本気でしたよ……」
真面目に答えるフロウベル。
「この盗賊、フェンリルの子の件もそうですが、私たちも奴隷にしてたし、他にもたくさん犠牲者がいると思うんです」
一旦、言葉を切って、深呼吸をし、
「でも、ここで食べさせてしまったら、私も盗賊たちと同じです。それに、アラクネさんまで討伐対象になってしまいますから」
フロウベルは本気で怒っていた。だが、怒りに任せて命を奪うつもりはない。彼らには、犯した罪をきちんと償ってもらう必要がある。
「別に私は気にしないわよ」
笑って答えるアラクネ。フロウベルもアラクネに微笑む。
リンナもフロウベルに話しかける。
「それでいいのよ。無用な殺生なんてしない方がいい」
フロウベルがアラクネに、
「アラクネさん、ありがとう。これ、アラクネさんには少ないかもしれないけど……」
フロウベルが、鞄の中からありったけのお菓子を取り出し、アラクネに渡す。
「あら、甘いお菓子ね。めったに食べられないから嬉しいわ」
素直に喜ぶアラクネ。
「じゃあ、また、何かあったらお願いします」
「いいわよ。あなたのお願いは、いつも面白いから受けてあげるわ」
「それじゃ……おおっと、大事なこと忘れてた!」
フロウベルが帰還魔法を唱える直前で何かを思い出す。
「なぁに?」
腕にいっぱいお菓子を抱えながら、振り返るアラクネ。
「もしかすると、フェンリルの親子がアラクネさんの縄張りに知らずに入るかも知れませんので、襲わないで上げてください」
「フェンリル? それは大物だわね。さすがに私も襲わないわよ。返り討ちにされちゃうわ」
「良かった……フェンリル親子にもアラクネさんを襲わないようお願いしてあるので」
「ありがとう、じゃ、もう帰してくれる?」
「わかりました。『帰還』」
フロウベルが魔法を唱えると、アラクネの姿はその場から消えた。
「今回は、さすがに肝が冷えたわよ」
リンナは、思い返して、少しだけ震えた。アラクネではなくフロウベルの怒りに。
「魔物だからって、売り物にしていいわけじゃありません。まして、あんな小さな子を……」
「まあ、あの子は無事に逃げられたみたいだけどね」
「それでもです!」
「……ずいぶん怒っているのね」
リンナが小さくつぶやく。ミルファもフロウベルの本質に多少触れたであろう。哀しそうな目をフロウベルに向けている。
「当然です。あの子は、私たちが出会った大切な子ですから」
フロウベルはそう言って、森の方を一度だけ振り返った。
もう親子の姿は見えない。
けれど、あの子が無事に親のもとへ帰れたことを、改めて嬉しく思った。
「さて、行きましょう。街まで連れていかないと」
「そうね。……でも、どうやって?」
リンナが足元の盗賊たちと、周囲を埋め尽くすスライムたちを見比べる。
「スライムたちに運んでもらいましょう!」
「……やっぱり、そうなるのね」
ミルファは苦笑し、リンナは深いため息をついた。
こうして、三人の街道の旅は、盗賊たちを連行するという思いがけない寄り道をすることになった。




